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第136話 どこかで見た三人

 人が増えてきたこともあり、私も一度調理場へと戻った。

 調理担当は私以外にも三人いて、それぞれちゃんと作れるようになるまで特訓もした。候補は他にもいたけど結局スピード重視にしたため基準に満たない人はみんな下拵え班に振り分けられている。

 細かく野菜を刻んでタネを用意するのも大事なことだ。


「あの怪物クラーケンを使った新作料理!まだ王都のどこにもない世にも奇妙なタコヤキはこちらだよっ!!」

「貴族様の料理も作っていた料理人が編み出した奇跡のソース!誰も食べたことのないプリプリのクラーケンの身も絶品!」

「さぁさぁさぁっ!新しい物好きの王都民がこれを食べてないってのは流行遅れになっちまうよ!今なら出来立てだよ!」


 呼び込み部隊のよく通る声があたりに響いて道行く人達も足を止めてこちらの屋台を窺っている。

 そろそろいい頃合いだね。

 私はミルルにアイコンタクトを送ろうとしたところで目の前に立ったお客さんに遮られてしまったので、ゆっくりと視線を上へと向けていった。


「タコヤキいち…いや、四人前いただこう」

「……なにしてるんですかりょ……。王都嫌いだったんじゃないんですか…」

「…何のことだ?それより早くしてくれたまえ」


 目の前のスラッとした長身の男性。

 目を仮面舞踏会で使うようなマスクで隠し、普段よりも地味な服を着ているけど一目ですぐ気付いた。

 ツバの広い帽子を被っているけど、そこから零れた真っ赤な髪は隠し切れていない。

 しばらく前に会ったばかりだし当然今も貴族会議の時期じゃない。

 にも拘わらず現れたのは…。


「父様?…何をしているのですか」

「リー…。な、何のことだ?私はこちらの聞いたことがない料理を食べてみたいだけだ」


 リードがミルル達と一緒にこちらに歩いてきて、やっぱりすぐ気付いたらしく声をかけていた。

 当たり前だよね。私でさえ気付くってことは誰が見ても一目瞭然だよ。


「はぁ…まぁ構いませんが、決してセシルやユーニャの邪魔だけはしないで下さいよ」

「当たり前だ、二人とも私の領み……んんっ!何のことだ?」

「…駄目だなこれは。クラトス、モース」

「は」

「へっ、へいっ!」


 リードが声を掛けると同じように変装していた二人が返事をした。

 この時点でいろいろ台無しだろうに、リードもなかなか容赦ない。

 クラトスさんは領主様と同じような変装を。モースさんはどこから持ってきたのか大工さんのような格好に瞼のぎりぎりまで手拭いを頭に巻いていた。話し方も相まってまるっきり山賊にしか見えない。


「これも国民学校の生徒の勉強の一環らしい。長居すると彼等の邪魔になるから早めに父様を連れていけ」

「はは、承知致しました」

「…セシルの嬢ちゃんが新しい料理を作るなんて聞いたんでいても立ってもいられなくまっちまいまして…」

「わかった。とりあえず頼むぞ」

「へいっ!」


 あんな山賊姿がよく似合うような悪人面のモースさんだけど私のレシピをいくつも作れるようになっているのは今のところ彼だけだ。

 クアバーデス家としてはモースさんは手放すことの出来ない人材になっただろうね。それこそ王族に言われても何とか言い逃れをしてでも拒否するんじゃないかってくらい重宝しているのが分かる。

 普通領主と一緒にコックまで王都に来ることなんてまず無いんだからさ。

 ひとまずあくまでただの食い意地の張った通行人だと言い張る領主様にタコヤキを渡すと彼等は店から離れていった。

 溜め息をつきながら辺りを見回せばババンゴーア様もいつの間にか到着していてサイードさん共々二人でタコヤキを食べていた。

 何はともあれこれでようやくお店に専念…。


「たのもう!ここがセシ……新しい料理を出す店かっ?!」

「うひぇっ?!……って……どこかで会いませんでしたっけ…?」


 今明らかに私の名前言いかけたよね?


「今日が初対面であろう!先日の『パスタ』のような新しい料理を食べたくて自領から急いできたのだ!」


 いやだから、ね?それ言ったら初対面なんて言えないでしょ!


「ち、父上…?」

「おぉっ!ババンゴーア!…既に食べてるのだな?私にも早く出してくれ!」


 駄目だこの人。もう隠す気が無いんだ…。

 とりあえず声が大きくてやたらと目立つのでストックも含めて四人前渡しておこう。


「ほほぅ…これがセシル殿の新作料理なのだな…?」

「…父上…ここで騒いでは国民学校の生徒の迷惑になります故、離れて食べた方が良いです」

「む?…ふむ…お前がそんな気を回すことが出来るようなるとは…。貴族院での生活も良い勉強になっているようだな。よし!ではババンゴーア、案内しろ!」


 いつまでも大声で話し続けるゴルドオード侯爵をババンゴーア様がこちらに目線を送りながら連れ出してくれた。

 さすがのババンゴーア様もあの豪快なお父さんの前では普通の常識人に見えちゃうから不思議だ。

 いや待てよ?ひょっとしてこのままゴルドオード侯爵領に戻ったらあの性格になっちゃうんじゃないだろうか?

 …だとすると彼の奥さんには到底私はなれる気がしないね。

 どのみち今のままじゃ私に一撃入れるなんて出来ないから問題ないだろうけどさ。

 ババンゴーア様とゴルドオード侯爵がいなくなってやれやれと思った矢先、私がお店の前を眺めていると何やら妙なものが見える。


「ほら、あーんしなさい」

「はい、あーんですわ」

「ふふ、今日も可愛らしいね」


 …ミルルが謎の紳士と恋人同士のような食べさせっこをしていた。

 ここまでの流れで相手が誰なのかはすぐにわかるけど…なんなの?大貴族なのに暇なの?

 というか親バカとファザコンの二人の空間がやたらピンク色に見えて仕方ない。

 あ、ほら。

 やっぱり商人科の生徒みんな引いてるじゃんか。


「いいなぁ…ミルルみたいに私達も食べさせっこしたいなぁ」

「ユーニャ……。ちなみにその『私達』っていうのは?」

「勿論私とセシルに決まってるでしょう」


 ユーニャは自分の赤くなった頬を両手で挟み込むように隠すとイヤイヤと身体全体を使って首を振り出した。

 この子の百合趣味は以前からだけど、子どもの頃に比べて具体的になってて怖い…。

 ユーニャを傷付けたくはないけど、私にその気はないからねっ?!

 なかなか妄想と言う名の夢から醒めないユーニャを放っておいて私はピンク色の空間を作り出してる二人のところへと足を運んだ。

 これって実は空間魔法だったりするんじゃないの?


「お客様、当店ではそのような行為は許容しておりません。また往来では公序良俗に反します」


 相手が公爵様だとわかっていても言わねばならない。

 さすがにこんな姿を子ども達に見せるわけにはいかない。


「おや…?まあいいじゃないか減るものじゃないんだから」

「そうですわ。それに私とお父様のどこにそんないかがわしいものがあるんですの?」

「純情な子ども達が減ります!あといかがわしいとかそういうことじゃなくて人目を気にしなさいって言ってんのっ!」


 なんなんだこの親子は…。

 ミルルはちょっとズレたところがあるけど割と常識的ないい子だと思っていたのに…。


「まさか…セシルもお父さんに会いたいんですの?」


 ミルルの言葉に私の中の何かが切れそうになる。

 そりゃランドールにもイルーナにも会いたいけどっ!

 ディックにはもっと会いたいけどっ!


「カイザック」

「…なんだ、セシル殿」

「これはいつものことなの?」

「『これ』というのが今お嬢様と旦那様がされていることなのだとしたら、いつものことだな」

「…引き摺ってでもいいから早くどこかへ連れてって…」

「む…いや、しかし…」


 私の要求を何とか避けようとカイザックが口を開こうとしたところへ私は手の平の上に極小さな水の玉を浮かべた。


「…切り刻むわよ…?」

「わ、わわ、わかった!」


 しかし結局私の脅しに屈したカイザックは何とかいろんな言葉を並べてミルルと次期ベルギリウス公爵を連れていってくれた。

 これでやっと平穏になる。

 サクラとして呼んだ応援だったのに余計なトラブルしか呼び込まないならいない方がマシだよ。

 結局ここに残ったのは何度も試食して既にこの味に慣れてしまっているリードだけで、頼りにしていた他の応援は役に立つ前に全員退場となってしまった。

 とは言え…。


「はいっ!一人前銀貨一枚です!」

「こっちは四人前!」

「はいっ!もうすぐ焼けますからお待ちください!」

「国民学校商人科新作料理タコヤキの最後尾はこちらでーす!」


 あの騒動のお陰でかなり目を引いたらしく屋台の前にはかなりの行列が出来ている。

 ざっと三十人くらいは並んでるだろうか?

 一度に作れるのはフル回転して三十人前くらいだけど、売る先からどんどん作っているにも拘わらず、作った先から売れてしまうので供給が間に合っていない。

 これはちょっと予想外だった。


「さすがにセシルの新作料理だけあって相当な人気だな」

「リード…。いやでもこれはちょっと異常だよね」

「そうか?セシルに比べたら何もおかしなところはないだろう」


 ひどっ?!

 最近リードの私に対する扱いがどんどん雑になってきてる気がする!

 恨みがましい目でリードを見上げるが、彼はどこ吹く風で行列を見ている。

 ちょうど焼き上がったようでどんどんお客さんが流れていくけど、やっぱり減った先からまた並んでる。

 というか、一度食べた人がまた並んでるし!そんなに中毒性の強い食べ物じゃないと思うのに。


「セシル、すごいお客さんだね!これなら来年の予算もあっという間に稼げちゃうよ!」


 商人科の統括担当をしてもらっているユーニャが中間売上を書いた板を持って私のところへ来た。

 見てみるとなるほど、確かにいいペースで売上は伸びている。

 けど、今回はメインとなるクラーケンを私が提供してる分利益は出ているけどこれが今後私の手から離れた時にはここまでの利益は出せなくなるだろう。

 そうならない為に必要なのは何なのか?

 私としてもそれを商人科の全員に考えてほしいと思う。


「けどこんな珍しい食材を使った新作料理が銀貨一枚って本当に良かったの?十倍の金額でもいいと思うんだけど…」

「こんなものでしょ。少なくとも今後『タコヤキ』って聞いたら『銀貨一枚』が当たり前になるくらいお客さんの印象に残ればいいの。何でかわかるかな?」

「ん……。真似されても利益が出ないようにするため?」

「勿論それもだけど、それは本来自分達で仕入れをする場合でも同じことだよ。ほら、しっかり考えて」

「うぅ…セシルはやっぱり理不尽で意地悪だよ。なんで商人になるための勉強してる私よりいろんなこと知ってるの?」


 これでも前世では短大の経済学部だったんだからね?

 ここ数年商人になるための勉強を始めたばかりの子に負けたら私が立ち直れないよ。

 ユーニャは私に出された問題を必死に考えながら持ってきた中間売上の板を穴が開くほど見つめていた。

 そんな時だった。

 私が待ちわびたお客さんが来たのは。

今日もありがとうございました。

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