閑話 貴族三人の話し合い 2
寝落ちしていました…。
前回の続きです。
夕食も終わり食後のティータイムというところだが、次期ベルギリウス公爵もゴルドオード侯爵にもこれからが大事な話だ。
既にすっかり外は暗くなっている。
悪巧みをするには打ってつけの時間と言えよう。
「それでレシピをつくった者を紹介してくれるのでしょう?」
「ウィル、まぁそう焦るな。私とてただ自慢したいがために二人を夕食に誘ったわけではない」
紅茶の入ったカップを手を取って一口飲むと仄かに甘い香りが鼻から突き抜けていく。同時に舌先に残る心地よい渋み。
甘いデザートの後によく考えられた構成だ。
これもまたあのランドールとイルーナの娘であるセシルから助言されたものだった。
「そもそも、二人は既に会っているのだからな」
「何?誰だ?この屋敷にいる者か?」
ゴルドオード侯が椅子にもたれかかったまま鋭い視線だけこちらに向けてくる。
食べ過ぎて動けぬ姿で視線だけ送られても迫力も何も無いがな。
「さっき会ったばかりさ」
「さっき…だと?」
「…まさか……?」
ウィルはすぐに気付いたようだが、ゴルドオード侯は未だに気付いていない様子。
ゴルドオード侯爵領には身体ばかり鍛えて頭の弱い者が多いと聞くが、どう考えてもこれは領主のせいだろう。
「…あの子、ですか?」
「あの子?あの子とは一体……まさか…?」
「…そう、セシルだ」
二人とも気付いたものの、頭の中では否定したい気持ちだったのだろう。表情に余裕の色が全く無い。
それはそうだ。成人もしていない平民の女の子に用意出来るようなレシピではない。
そもそもオークの肉も魚貝類も砂糖も、あの村で用意することなどほぼ不可能と言っていい。
「…彼女は実はザイオンの隠し子なのでは?」
「私はエルシリア一筋だ」
「ふふっ、知ってますよ。しかし、そうなると尚更分からないですね。彼女はどこでこんな知識を得たのでしょうか?」
「強さ、容姿、礼儀、更に料理も出来るとなればとんでもない逸材だぞ?」
二人とも冷や汗を流すように難しい顔をして押し黙ってしまったが、私の話はまだまだ終わらない。
「セシルの両親は私の友人なので、両親から聞いたものではないことだけは間違いない。それとこれを見てくれ」
「…これは?」
二人に渡したのは二枚の紙。
一枚目に書かれているのはただの数字の羅列に過ぎないが、二枚目には縦と横の線によって数字が区切られ見易く整理されたものだ。
「これは税の徴集を紙にまとめたものですか。二枚目のものはとても見易いですね。最近の文官達はこのようなやり方を教わっているのですか?」
「セシルが見にくいと言って、その場でそれを作ってまとめてみせたそうだ。今クアバーデス侯爵領ではその『表』によって税の取り漏らしや過剰徴集が激減した。他にも表から『グラフ』というものを作って内政における各種対策に追われている」
「それは…王宮の高位文官達と同じかそれ以上の能力かもしれんな」
「加えて言えば、内政に関する具体的な助言を下級文官たちにしていてかなり的確らしい。それがあの子が八歳の時だ」
私の説明が終わると彼等は持っていた紙をテーブルに放り出して天井を仰いだ。
「天才、等という言葉では足りない。神の御使いと言われた方がまだ納得出来ます」
「これほどの人物が在野に埋もれていたというのか。しかもまだ子ども」
「在野に埋もれていたわけではないだろう。事実八歳にしてリードルディの家庭教師として我が家で雇っている」
「それで?」
天井を見上げていた頭を戻してウィルが真っ直ぐに私へと視線を寄越してくる。
その視線は先程セシルに対して自身の娘を守ってくれた恩人への物とは明らかに違う。私と同じく貴族特有の捕食者の、そして濁った大人の目だ。
「それで、とは?」
しかし私もそう簡単に話に乗るつもりはない。
あくまで主導権は私にあるのだから。
「惚けないでほしい。あのセシルという娘をどうにかしたいから私達を今日ここに呼んだのでしょう?」
「確かにな。自分の息子と結婚させようにもセシルから出された条件があるからな。しかしそんなもの貴族としての権力を使えばなんとでもなるだろう?」
「貴族としての権力?そんなものはこの国にいるから通用するものだろう。あの子がその気になれば家族を連れて他の国に行くことなど造作もない」
「…でしょうね。権力で縛ることは出来ない。かと言って暴力で従わせようにもSランク冒険者に匹敵するほどの戦闘能力。男ではないから女をあてがうことも出来ず、内政を理解するほどの頭もあるから搦め手も使えない」
「仮に搦め手を使っても最終的には自力で何とかしてしまうだろうな」
私達の話し合いはそこで一度止まってしまう。
それぞれがお茶を飲み、口の中を湿らせて再考する。
「冒険者はどこに流れていくも自由というのが困ったものだな」
「しかも平民ですからね。貴族のように国に仕えるという考え自体がない」
「そして貴族にしようにも全力を出したセシルに勝てるような独身の貴族などいるとは思えん」
ゴルドオード侯が口火を切ったが、結局話は進まずに頓挫する。
この件、出来ればあと三年以内に方向性を決める必要がある。
貴族院を卒業してしまえば今度こそセシルを縛るものが何も無くなってしまう。
「貴族に…。いっそ貴族にしてしまいますか」
「なに?ウィル、話を聞いていたか?セシルに勝てそうな独身の貴族がいないからこうして頭を悩ませているのだろう」
「それはあくまで妻として娶る場合の話でしょう?私が言っているのは貴族家の当主にしてしまえば良いのでは、という話です」
「ウィルフリード卿、女性では貴族家当主にはなれないのでは?」
ゴルドオード侯の言う通りだ。
王国法では貴族家当主は男性であることが定められているはずだ。
「あなた方…本当に貴族院を卒業したのですよね?王国法に記されているのは『貴族家当主を継ぐ者は正嫡であること。但し次期当主が決まるまで例外としてその配偶者、もしくは正当な血統を継ぐ者が代理として引き継ぐ』です」
「…ふむ?つまり?」
「ゴルドオード侯……ここは王国法の講義でも習ったはずですよ?」
「そんな昔のことは覚えておらんよ!ふはははっ」
笑い事ではないだろう。
だが貴族家当主とは跡継ぎとして男子をもうけることを義務化されているようなものだ。
その意味ではウィルも焦っているはずだが、本人は気にした様子を見せたことがない。
「つまり、王国法には跡継ぎに関する記載しかないのですよ。新しく興った場合にはこれに当たらない」
「なるほど!盲点だったな」
「…だが、頭の固い他の貴族連中が黙っておらんだろう?」
「Sランク冒険者として貴族に叙爵することなら可能ではないか?」
「Sランク?あの子のランクはまだBでは?」
「現在クアバーデス侯爵家からの超長期護衛依頼中になっている。貴族院卒業と同時にAランクになる。後はSランクに上がるための条件は…」
「伯爵以上の貴族と王族からの推薦が十件以上、でしたか」
「私達の手駒だけでも十件は足るだろう。後は王族だが」
「それは私から陛下に奏上してみましょう」
「頼む」
やはりウィルをこちらに誘ったのは間違いではないな。
セシルもあれで責任というものを重く受け止めているところがある。王国から貴族という位を授けられれば簡単に逃げ出すことも出来まい。
ふふ、面白くなってきたぞ。
「尤も、それでもあの子が逃げようと思えば逃げられてしまうでしょうけど」
「そうだな。恐らく本気を出されたら王都騎士団では対抗出来る者などおらん」
「それは多分大丈夫だろう。あの子もあれで与えられた立場はしっかりと全うするからな」
しかし、あの子に一つの領地を任せることは出来ないだろうな。そんなことをすればその戦闘能力が発揮されることが無くなってしまう。
そうならないよう法衣貴族になってもらうのが一番か。
「それにしてもザイオンが一人の人物にここまで執着するとは」
「あの人嫌いで有名なクアバーデス侯とは思えんな」
「ふん、なんとでも言えば良い。だが、セシルは間違いなくこのアルマリノ王国に無くてはならない存在だ」
「えぇ、それは間違いないでしょう。ミルリファーナも良い友人に恵まれたものです」
「出来れば我等の息子達のいずれかがあの子の出した条件を達成してほしいものだがな」
ゴルドオード侯のその言葉に三人とも苦笑いを浮かべる。
確かにそれが一番望ましいことは間違いないが、それが出来るならこのような場を設けること自体していないのだから。
私達は更に話を詰める為に話し合い、一通りの計画が出来上がったのは既に八の鐘が鳴ろうかと言う時間だった。
泊まって行けと言う私に対して彼等は帰るというのでそれを屋敷の玄関で見送り、お互いに頷き合うと送迎の馬車は夜の闇に消えていった。
二人が帰った後、私は寝室で一人呟いていた。
「これでいい。これでセシルが他の国に行くことだけはなくなった。後は時間を掛けてリードルディに…もしくは私に近しい者の妻になりさえすればなんとでもなる」
そのためにもランドールとイルーナ、そしてその息子のディックと言ったか。その三人は何としても守っていかねばならない。
もし約束を破った場合にセシルがどんな行動に出るかわからん。
万が一にもセシルの力の矛先が私、または王国に向くことがあったとしてもそれに太刀打ち出来る者などなかなかいるものではない。
全くもって厄介な…しかし、得難い才能の持ち主。
今はまだこれだけでいい。
父上、私はこの王国をどんなことをしても守ってみせます。
それが貴族としての勤めを逸脱するようなことであったとしても…。
今日もありがとうございました。




