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閑話 貴族三人の話し合い 1

クアバーデス侯爵視点のお話です。

 彼女はこちらが一緒につれてきた侍女と共に部屋を出ていき、この場に残ったのは貴族三人。

 クラトスもセシルと共に一度退出してもらっている。

 目の前にはゴルドオード侯爵と次期ベルギリウス公爵の二人。

 歳も近い上に子ども達が同い年ということもあり、以前より交流のある貴族達だ。

 他にも伯爵に二人ほど子どもが同い年の貴族もいるはずだが、この場にはそぐわない。


「ふふ、なかなか面白い子でしたね?」

「あぁ。全く強そうに見えないというのに脅威度Aの魔物を単独で倒すとは恐れ入る」


 私を除いた二人がそう話しているが、私としては気が気でないのは事実だ。

 リードルディがセシルのことを大変に気に入ってることはよく知っているが、セシルの出した条件は「全力の自分に一撃入れること」だ。

 はっきり言ってリードルディにその可能性は無い。

 脅威度Aの魔物を単独で討伐するような者とは先程二人が話していた通り、正しくSランク冒険者ということになるだろう。

 そんな者相手に一撃?あの子が卒業までにそこに到達するとはとても思えないし、普通有り得ない。

 まず何よりもランドールとイルーナから生まれたあの子がそこまでの強さを持った理由もわからない。

 冒険者としてのランドールなどどこにでもいる中堅どころでしかなかったはず。イルーナは魔法使いとして多少名を馳せていたがセシルのような理不尽さではなかった。

 あの子の強さは全くもって理解が出来ない。

 …おっと、思考がズレてきていたようだ。

 ともかく、リードルディに期待が出来ないならば他の方法で我が領、もしくは王国に拘束出来る何かが必要になるのだ。

 そのための方法を取るためには目の前にいる二人に協力してもらうのが一番ということだ。


「『面白い』などという言葉では済まないのが、あのセシルという娘だ」

「ほう…クアバーデス侯がそこまで言うのか。確かに見目も悪くない上に礼儀正しくなかなかの胆力も持ち合わせているようだしな」

「ゴルドオード侯…女の子に対して『胆力』はないでしょう?」

「む?そうか?はっはっはっ、それは失礼したなっ!」


 ゴルドオード侯がいると話がなかなか正しい方向に進まないので厄介だが、ここには次期ベルギリウス公爵としてのウィルがいる。

 彼は貴族院時代の同期でもあり当時はかなり仲の良い友人であったことは間違いない。しかし、お互いが貴族としての生活を送る上でかなり歪んできたことも間違いない。

 だがこうして腹の探り合いをしていることも当時を思い出すようで懐かしい。


「さて、話の続きは食事の後にしよう。そろそろ我が家の料理長が用意した夕食の準備が出来た頃だ」

「ふむ、ではご馳走になっていくか」

「そうですね」


 私が二人を食事に誘えば断ることもそうはない。

 理由はある意味不名誉なことではあるのだが。


「あの会食、会合嫌いのザイオンが食事の誘いとは…ふふ。これは期待できますね」

「ふむ、そういえばそうだな。クアバーデス侯はどこのパーティーに行ってもいないことで有名だ」


 ということだ。

 あんな腹芸しかしないパーティーなど何の楽しみがあるというのだ。

 我が領に益のあることならともかく、ただ顔繋ぎ程度のパーティーや会食、会合など参加するだけ時間の無駄だ。

 私は二人に先立って屋敷内を歩き食堂へと案内した。

 セシルは今頃使用人向けの食堂であの侍女と食事中のはず。

 いくら化け物じみた能力を持つあの子でも貴族が会食している場に来ることはまずないだろうが、万が一も有り得るのであぁして侍女を連れてきてセシルにあてがったわけだ。

 食堂について席に着くとここ王都クアバーデス邸の侍女達が食前酒を出してくる。

 軽めの白ワインで口当たりの良い物を選んでいる。


「うん、まぁまぁですね」

「ちと酒精が弱いのではないか?」

「ゴルドオード侯…最初からそんなに飲んでどうする…」

「そうか?我が家では食前酒であろうともっと酒精の強いものを出すようにしているぞ?」


 呆れた顔をしている私と苦笑いを浮かべるウィル。

 ゴルドオード侯の酒好きは有名だし仕方ないだろう。

 それよりもさっさと話を進めよう。

 私が手元にあるベルを鳴らすと侍女達が料理の乗った皿を持ってきた。


「む?なんだこれは?前菜ではないのか?」

「あぁ、今日の食事はコース料理ではないからな。この後もう一つとデザートだけだ」

「ふむ?しかし見たことのない食べ物だな?」


 私達の目の前には茶色い大鋸屑のようなものが乗った楕円形の物体。その周りには細切りにされた葉物野菜と小さなボトンを彩りに載せた一皿だ。

 皿の横に置かれた小さなカップには黒いソースが入っており、見た目だけならとても食べ物にかけようなど思わない代物なのだが…。


「これはトンカツという料理だ。横に置かれたカップの黒いソースをかけて食べてくれ」

「…この黒いソースを、ですか…。ザイオン…貴方いつからゲテモノ食いになったのですか…」

「とてもではないがこんな焦げたようなソースをかけようとは思えん。だが、この茶色いものは非常に香ばしく食欲を誘う匂いだな」

「味は保証する。私も初めて食べた時には大層驚いたものだからな」

「…ということはこれはクアバーデス家に伝わるレシピではないのですか?」

「質問は後だ。まずは食べよう」


 なかなか手を出そうとしない二人の目の前で私はカップからソースをかけて一口大に切ってあるトンカツを一つ口の中に入れた。

 カリカリになった衣が一噛みするごとに食べる楽しさを伝えてくる。中に入っているオークの肉はしっかりと火が通っていて噛むごとに芳醇な脂が口の中に広がる。

 そして少し酸味のある濃厚なソースがそれを綺麗にまとめ上げくどさを感じさせることなく、喉の奥へと消えていく。

 何度か食べた料理だが、やはり美味い。

 モースもここまで形にするのはかなりの苦労をしたと言っていたな……奴の給金を少し上げてやらねばならんな。

 私が食べる様子を見て二人は恐る恐るトンカツを口に入れた。

 そして一噛み、二噛みすると目を見開いて何度も咀嚼し飲み込んだ。


「なんだこれはっ?!こんな美味い料理は初めてだっ!」

「オーク肉の芳醇な脂をソースが洗い流してくれますし、何より噛むごとにカリカリとした食感が新しい!こんなものどうやって…」


 二人の反応に私は口角が上がりそうになるのを必死に抑えた。

 どうやら成功らしい。


「質問は後だと言っただろう?料理が冷めるから先に食べてくれると我が家の料理長も喜ぶ」


 私が促せば二人は一心不乱に目の前の料理へと向かっていった。大食漢のゴルドオード侯は足りないだろうと思い追加で何皿か用意させているし、あのウィルでさえトンカツのお代わりを頼んでいる。

 二人が食べ終わりそうなところでまたもやベルを鳴らして次の皿を用意させる。


「おぉ、そういえばもう一皿あるのだったな。次は……これもまた見慣れぬ料理だな?」

「そうですね…。確か海の先にある国にはこれと似た料理があると聞いたことがありますが、王国では見ることのないものですね」


 ち、流石に博識なウィルだけのことはある。

 この料理と似たものを知っているらしい。

 しかし先程のトンカツと違い私が食べてみせるよりも二人はすぐに手をつけ始めた。

 未知な料理への好奇心が警戒心を上回ったのだろうな。

 かく言う私も目の前に置かれた「パスタ」と呼ばれる細長い小麦から作ったものにフォークをつけた。

 セシルはこの料理を食べる時にフォークをクルクルと回してこのパスタを巻き付かせて一口で食べていたが、私も同じ事が出来るようになるまで何度も失敗したものだ。

 その時の私と同じことを目の前のいい歳をした大人の貴族が苦戦しながらも何とか口にパスタを運ぼうと悪戦苦闘しているのだが、私はそれを横目にフォークをクルクルと回して巻き付かせ口へと運ぶ。

 トンカツを食べた後だからか今日のソースは酸味の効いた爽やかな味わいになっている。

 ビネガーではなく柑橘類を使ったソースをベースに王都で手に入る魚介類を具にしており、くどくもなく酸味が鼻につくこともない絶妙なバランスになっている。

 …やはりモースはセシルからレシピを受け取ってからかなり腕を上げている。給金上乗せは確定としても十分な見返りを用意してやらねばな。


「ザイオンは器用ですね。なるほど…こう……うん?…こうして…」

「くそ……しかしこれでは慣れるまでマナーを守っての食事など出来んだろう…」


 それが狙いだからな。

 パスタを上手く食べられない様子を指摘して付き合う必要のない相手を遠ざけるのにちょうどいい。

 とは言え、味は間違いなく絶品なのだ。

 そういう相手には心行くまで味わってほしいと思っている。


「ふぅ…なんだか苦労して食べている間にお腹も膨れてしまいましたね」

「ウィル、まだデザートが残っているぞ?」

「はは…デザートは軽めのものが良いですね」

「私も同意見だ。甘い物はあまり好きではないのでな」

「そう言うと思っていたさ。だが、それでも一口食べてみてくれ」


 再びベルを鳴らすとやってくる侍女達。

 さて、今度はどんな反応を見せてくれるかな?




「もう入りません…」

「ふはははっ!デザートまでお代わりしてしまったのは久し振りだったな!素晴らしい料理だった!」

「ありがとうゴルドオード侯」

「こんなに満足した食事は私も久し振りでした。ザイオンにまんまとやられてしまいましたね」

「ふっ…。わかっていても手を止められなかっただろう?」

「悔しいですが、その通りです。一体どんな方が作っているのです?」


 食事を終えて紅茶のカップだけがテーブルに残っており、部屋にも私達以外にはクラトス一人しかいない。

 私はクラトスに目配せするとそっと退室していった。

 目の前の二人は椅子の背もたれに寄りかかり、自分の腹部をさすっている。

 見ていたので知っているが確かに二人ともかなり食べたからな。ゴルドオード侯はパンケーキを三回もお代わりしていたくらい気に入った様子。


「さて、今食べてもらった料理を作った料理長を呼んでいるのだが……このレシピを私に譲ってくれた相手のことは気にならないか?」

「…何?レシピを作ったのは別人だと言うのかっ?!」


 ゴルドオード侯が椅子から立ち上がりそうな勢いで前屈みになって食いついた。

 立てないのは純粋な食べ過ぎだろうな。


「その通りだ。料理長を呼ぶことは出来るがレシピ開発者とどちらが興味ある?」

「レシピを作った者に決まっていますよ。これだけの物、ザイオンにだけとは狡い。是非ともベルギリウス家にも譲っていただきたい」

「ベルギリウス公、抜け駆けも狡いと思われるぞ?我が家にも欲しいな」


 やはりか。

 食事というのは相手を懐柔するのに有効だとは知っていたが、ここまでとは思わなかった。

 これをセシル風に言うと「胃袋を掴む」と表現するのだとか。あの子の頭の中はどうなっているのだろうな。

 さぁ、ここからが話し合いの本番だ。

今日もありがとうございました。

次回も閑話が続きます。

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