第134話 貴族子女三人の話し合い
「それじゃ私は貴族院に戻ります」
「あぁ、引き続きリードルディを頼むぞ」
「わかりました。…ファムさん、また会いましょう」
「はい、セシル様もどうかお元気で」
早朝、私は王都クアバーデス邸を出て貴族院の寮へと向かう。
時刻は二の鐘が鳴ってすぐくらい。
王都はベオファウムと違って二の鐘くらいではまだそこまで町が活発になっていないけど、冒険者らしき人や勤め先に向かう人などはちらほらと見かける。
私もこの時間に出ないと朝起きてきたリードのお世話に支障が出る。
モースさんにサンドイッチを作ってもらい軽く朝食を済ませると、早々に屋敷を出ることにしたわけだ。ちなみに昨夜のおいしい食事と今朝の無理なお願いを聞いてもらったお礼としてモースさんには新しいレシピを渡しておいた。
私が王都に来てから見つけたトマトそっくりのボトンという野菜を使ったミネストローネなので、モースさんなら幾度か試作すれば完成度の高い料理に仕上げていくだろう。
屋敷の前で領主様とファムさんに挨拶を済ませ、私は貴族院への道を駆けだした。
ガチャ
特にノックなどすることもなく寮の部屋に入ると、既に起きてリビングで着替えを済ませたリードがいた。
普段から早朝に走り込みもしているので、この時間に起きていないことはないと知ってるものの万が一ということもあるからこうして戻ってきたわけだ。
結局その心配は杞憂に終わったけど。
「おはようリード」
「あぁ、おはようセシル。父様は結局何の用事だったんだ?」
私の朝帰り自体は昨日リードから屋敷に泊まってこいと言われてる時点で何も咎められることはなかったものの、挨拶だけ済ませると領主様の要件が気になっていたのか早速聞いてきた。
「こないだの実地演習でリードとミルル、ババンゴーア様を守って脅威度Aの魔物を討伐したことに対するお礼だったよ」
「…そうなのか?」
「うん。ベルギリウス公爵とゴルドオード侯爵もいてびっくりしたけどね」
「ふむ…。…父様のことだ。何かしら悪巧みの一つでもしてるのだろうがな」
「えぇ…。でも特にいろいろ聞かれることもなくお礼だけ貰って、ファムさんと一緒にお風呂入ったりしてきただけだよ?」
「セシル…あの父様が『何も聞かず』に、『お礼だけ』して帰すわけがないだろう?少しは疑え」
「えぇぇぇ…」
朝から不機嫌なわけではなく、リードは至って冷静に今回の件を読んでいるようだ。
でも実の父親をそんな風に疑わなくてもいいのに。
まぁでも無理もないか。あの領主様だもんね。
私も父親…というか両親自体が前世で非道い目に合ったから思うところもあるし、そういう考え方自体否定する気はない。
こうしてセシルとして生まれた今の両親自体は大好きだけどね。
ちょっと心配性すぎるのは玉に瑕、主にランドールの方。
「貰っちゃったものは返せないし、今後の領主様の出方を見てからしか私達は動きようがないと思うけど」
「……それもそうだな。僕も貴族院にいる以上クアバーデス侯爵領のことは把握するにも限界がある。次に何かしらの動きを見せてきたら対処しよう。……つまり、今後は下手にお礼の品など受け取らないようになっ」
「はーい……と言いたいけど、私みたいな従者の身分で頑なにお礼を受け取らないなんて非礼はできないってば」
「それも、そうか。…なら次は僕も同行しよう。父様も何を考えてるかわからないし、セシルを一人で行動させるのも不安だしな」
「ひどっ」
「事実を言ったまでだ。さて…そろそろ朝食を食べに行くか」
「むー…。あ、そだ。はいコレ」
リードの酷い言い方に少しばかりむくれた私だけど、朝食の話になって思い出したように腰ベルトへ手を伸ばした。
取り出したのは今朝モースさんに用意してもらったサンドイッチ、もう一人前分だ。
「これは?」
「屋敷にモースさんが来ていてね。彼に作ってもらった朝食だよ」
「それは…ありがたいな。寮の食堂の味も悪くはないが、セシルのレシピをいくつもマスターしているモースの味には程遠いものがあるからな」
リードは私からサンドイッチを受け取ると早速包みを開き、その一つを手に取った。
最初はシンプルなハムサンドのようだ。
ベオファウムで売っているハムは少し薄味なので、調理過程で少し塩を振っている。
特によく動くリードは塩分が不足しがちになるだろうし少しくらい塩が効きすぎてるくらいでも美味しいと言ってよく食べている。
とは言え塩を効かせたハムとパンでは喉も乾くだろう。
私はポットを取ってきてお湯を入れ、すぐにお茶の用意をするとリードの前に紅茶の入ったカップを置いた。
自分の分の紅茶を入れて、彼が食べ終わるのを眺めながらゆったりとした朝の時間を過ごすのだった。
「ふぅん…お父様ったら私に内緒でセシルに会いに行くなんて酷いですわね」
「ふむ…しばらく父上には会いたくないものだな」
私達は三組でガゼボにてお茶会をしている。
勿論昨日会った三人の大貴族の子女達とその従者という面々である。
貴族院にはこういったガゼボが至る所にあるが、今いるのはその中でもかなり外れの方にあるため内緒話には最適だ。
一応他の人の目が届くこともあるので私やカイザック、サイードさんはそれぞれの主人の後ろに立っている。
ちょっと聞かれたくない話なので念には念を入れて遮音結界も使って万全を期している。
「とりあえず今話したことはそれぞれの親には秘密にしておいてくれ。我が父ながら何を企んでいるのか全く予想が出来ないのでな」
「クアバーデス侯爵の悪巧みはいつものことですわ。かと言って探ってしまえば勘づかれてしまいますね」
「左様。ならば今は放っておくしかあるまい」
「あぁ。僕も同じ意見だ。どうせ下手な対処をしてもそれすら計算されているだろうしな」
それにしても領主様って散々な言われようだね。
領主館を出なかったらこんな風に言われてるなんて知ることは無かったかもしれない。
「それにその三方が揃って何かをしようとしているのならどの道止めることも妨害することも出来ませんわ」
確かに公爵一人に侯爵二人が関わっているような話ならここにいる子ども達がちょっと何かしたくらいでは何も揺るがないだろう。
ことが私自身のことなのにあまりに遠い世界の出来事のようで全く実感がわかない。
「よし、ひとまず報告は以上だ。この話はここまでだな」
「うむ、お互い何かわかったことがあれば都度話し合いということでよかろう」
「ですわね」
「…それで次の話だが……近く国民学校で発表会があるのは聞いているか?」
大貴族達の企みは結局お互いが共有するだけということにして次の話に入る前に全員が紅茶を飲み干した。
私達従者はそれを確認するとそれぞれの主人のカップへと新しく紅茶を注いだ。
「えぇ、毎年夏に開かれていますね。特に私達は成人してから家に仕えてくれる優秀な人材をスカウトするために三年次からは活動することが許可されます」
「…そう、だったか?」
「ババン…ゴルドオードでは特に優秀な文官をスカウトせねばならんのだろう?」
「む、むう…。…それで?」
あ、今無かったことにしたね?
ババンゴーア様も悪い人じゃないけど如何せん脳筋すぎる。
考えることを仕事にしてくれる優秀な片腕は絶対的に必要になるのは間違いない。
「今回セシルの友人で僕とも幼い頃から交流のある者がセシルと共に出店するらしくてな。皆もどうかという誘いだ」
「セシルの?でしたら喜んで参加致しますわ」
「俺も行こう。セシル殿の幼い頃からの友人であればさぞ優秀な人物なのであろうしな」
「…あぁ彼女は優秀だ。だが商人になる夢があると言っていたしババンのところへ行くとは思えんがな」
軽く嘲笑うようにリードが言うとババンゴーア様もニヤリと不敵に笑う。
「それこそ言ってみなければわからんだろう?」
「好きにすればいいさ。どのみち他にも優秀な人材がいれば早いうちに目をつけておくのは悪いことじゃないしな」
二人の貴族の男の子達はいろいろと企んでいるようだけど、ミルルはそれをニコニコと微笑みながら見ているだけだ。彼女はスカウトしないのかな?
ベルギリウス公爵家は優秀な人材が既に揃っているのかもしれないし、それこそ黙っていても向こうから雇って欲しいと言ってきそうなものか。それなら侯爵家だって貴族としてかなり高い立場になるのだから応募も多いと思うけど…。
まぁ自分の目に叶う相手を雇いたいと思うのは普通のことだよね。
「当日は僕ら五人で行く。セシルは護衛が出来ないが…まぁ問題無かろう…」
「申し訳ありません」
「ミルリファーナ様共々私が御守りするから問題無い。演習の際セシル殿には世話になったからな、少しくらい恩返しさせてくれ」
「感謝します、カイザック殿」
遮音結界を使っているので気にしなくていいはずなんだけど、カイザックの話し方を聞いているとつい丁寧に話さないといけない気がしてくるのは不思議だ。
とりあえずこれで当日の心配もしなくて良さそうだけど。
後は今週末の試食会でOKが出ればかなり目標をクリア出来そうだ。
「さて…続いては次回の試験についてだな」
話は終わりかと思いきや、リードは次の話題を切り出した。
てっきりこれで終わって午後はババンゴーア様と訓練するのかと思ってたよ。
「…リード、まだ話すのか?」
終わりと思っていたのは私だけではなかったらしい。
ババンゴーア様はげんなりとした顔で淡々と話を続けるリードを見やる。
根っからの脳筋なのでじっと座っているのが苦手なのかね?
「ババン、帰りたければ帰るといい。だが、座学の試験で一番心配なのはお前なのだぞ?」
「ぐっ…。…仕方ない、もう少し付き合ってやろう」
「ババンゴーア卿?リードルディ卿は来年も皆一緒のクラスが良いと遠回しに言ってるだけなのですよ?」
ミルルがクスクスと笑いながら男の子二人を見てとても嬉しそうにしている。
昨夜次期ベルギリウス公爵と話した感じだと家を出るまではこうして友だちと一緒にお喋りすることもなかったみたいだし、どんな話でも楽しいのかもしれない。
「…そんなことはない」
リードは認めたくないだろうね。
ぶすっとした顔でミルルから顔を背けるが、態度がわかりやすすぎる。
リードがへそを曲げたりババンゴーア様がそわそわし出したりまたミルルがニコニコしながら彼ら二人をからかったりしていたが概ね順調に話は進み、試験勉強の目処が立ったところでようやくこの話し合いの場は解散となった。
従者をしている私達三人はそれを微笑ましく眺めながらも時々ハラハラして、終わった時にはほっと一息ついたのだった。
今日もありがとうございました。




