第129話 親友と再会
久々に登場です。
「なっ?!」
今日一番のびっくりした顔のおじさんを眺めながら私は続ける。
「カンファさんにはバレちゃってるからね。でも他言無用だよ」
「セシルちゃんは宝石に目がない年の割に強い女の子だと思ってたけど、今日から認識を改めることにしたぜ…」
「これがあれば今までよりも沢山の宝石を持ち運べるでしょ。ちゃんとおじさんが持っててもおかしくないようなデザインの鞄を選んだはずだし、素材もそれなりに良いものを使ってるよ」
「…そうだな。下手すりゃ山一つくらい買えそうだ。素材はブラックバイパーの皮って…これ鞄だけでもいい値段しそうだな」
「どこかの国では蛇は金運が上がる象徴なんだってさ。だからこれは私からの先行投資の一つだと思ってもらえればいいよ。これからも期待してるからね」
どこかの国、とは勿論前世の日本のことだけどそんな説明をする必要はない。
そして私はテーブルの上の晶洞石を手に取って腰ベルトへと収納した。
これでもう取引は成立。キャンセルは受け付けません。
「無茶言うなぁ…。まぁでもその理不尽さがセシルちゃんのいいところだよな!じゃあこいつは俺が貰ったぞ?」
「遠慮なくどうぞ。今日もいい買い物が出来て満足だよ」
「俺もだ。セシルちゃんに会うと毎回とんでもなく儲けさせてもらってる」
「これからも頼むよー」
「お互いになっ!ぬはははは」
変な笑いをするおじさんの前で私はすぐに帰り支度を始めた。
「さて、それじゃ私は帰るね。明日は朝出発しなきゃいけないからさ」
「おうよ。また今度どこかで会ったらすげえの見せてやるからな!」
「えへへ、期待してお金貯めとくね。それじゃおやすみー」
私はおじさんの部屋から出ると宿の受付をしていたおばさんに会釈して出ていこうとしたが
「お嬢さん、まだ若いんだからあんまり早いうちから体を売るのはおばさん感心しないわ…」
「やってませんからっ!おじさんとは商談しに来ただけです!」
という口論になっておじさんが野次馬に来たところでようやく事態が収拾したのが一番大変な出来事だったよ。
失礼しちゃうよね。
娼婦の真似事しなくてもちゃんとお金は稼いでるんだから。
翌朝、ギルドが用意してくれていた宿を引き払い王都へと戻ろうとマズの門へと向かって歩いていた。
早朝の空気は澄んでいて海で鳴く鳥の声や港で騒ぐ漁師達の声すら町中に響いている。
この町にまた来るのはいつのことになるかわからないけど、漁師さん達や船乗りさん達とはまた会いたいと思う。
「すみませーーん、セシルさーーーん」
ふと名前を呼ばれて振り返ると冒険者ギルドの制服を着た受付のお兄さんがこちらに向かって走ってきていた。
思い当たる節がないわたしはひとまず足を止めてお兄さんが到着するのを待った。
「はぁはぁはぁ。良かった、間に合った」
「あの…?」
「あぁ、すみませんでした。昨夜ギルドマスターに言われてこれをセシルさんに渡すようにと」
お兄さんが差し出してきたのは一枚の紙。
それを受け取るとざっと目を通してみる。
「えっと…。クラーケン以外の討伐も確認出来たが手続きをしていないので王都でやるように?ナニコレ?」
「読んで貰った通りですよ。港湾組合からセシルさんが討伐した魔物の中にあちらから出されていた魔物の討伐依頼が達成されたと連絡がありました。詳細はそちらに書いてある通りですが、セシルさんはもう王都に戻られると聞いていましたから、朝早くに宿へ向かったらさっき出たところだと聞いて慌てて追い掛けてきたのです」
「そうなんですか。わざわざご苦労様です」
「本来ならマズの冒険者ギルドで手続きをしていただきたいところですが、日程もシビアだと聞いていますのでこの紙を王都のギルドマスターへとお渡しください」
「うん、わかりました。マズのギルドマスターにもわざわざありがとうございますって伝えておいてください」
受付のお兄さんは了承してくれるとそのまま引き返していった。
気をつけて、と言わないのは私が高ランク冒険者だからだろう。
さて、それじゃさっさと帰りますか。
マズを出てから走って街道を進み、人目につかないところで飛び上がって王都のすぐ近くまで飛行してきた。
あちらを出たのが二の鐘の直後だったので、王都にも四の鐘が鳴る前に到着出来たのは幸いだ。
何せ明日からまた講義が始まるのでギルドでの手続きをとっとと済ませてしまいたかった。
そして通い慣れた王都の冒険者ギルドへ顔を出していつも通りクレアさんのカウンターへと向かえば、これまたいつも通り退屈そうな顔で呆けているクレアさんと目が合った。
「…寝ぼけているのでしょうか、セシルさんが見えます」
「ただいまクレアさん。ギルドマスターいる?」
「…そうでした、セシルさんでした。マズまで往復五日で帰ってくるなんて馬鹿げたことをしても気にしてはいけない人でした。ギルドマスターは執務室にいますのでどうぞ勝手に行って下さい」
なんか随分投げやりな対応だね?!
お昼ご飯前で血糖値が下がってるからかな?頭が回っていない様子。
とりあえず私も自分の用事を済ませてしまいたいのでクレアさんの前を素通りし、買取カウンターにいたジュリア姉さんにも「ただいま」とだけ伝えて執務室へと向かった。
「…なるほど。じゃあその手続きはクレアにしてもらうよう話しておくからまた次回来たときにでも時間を貰おう。それとこれが今回の報酬だよ」
硬貨の入った布袋がテーブルに置かれるとガチャと重そうな音を立てた。
私はそれを受け取り腰ベルトへと収納するとすぐに立ち上がった。
「忙しいね?昼食もまだなのだろう?たまには一緒にどうだい?」
「明日から貴族院の講義が再開するからいろいろと準備もしたいし、今日は遠慮しておきますね。何かとっておきの面白い話でもあるなら時間の都合を付けるけど」
「はは、これは手厳しい。それじゃあまた落ち着いた頃で構わないよ」
ニコニコと笑っているものの、ギルドマスターであるレイアーノさんは左手をヒラヒラさせて私の退室を促していた。
だったら最初から誘わなきゃいいのに。
何とも言えない気分になったけど、私も何か言うつもりもないのでそのまま執務室から出ると一階のホールへと戻ってきた。
私がギルドマスターと話していたのは少しの時間でしかなかったはずなのに、ホールに戻ると何やら少し騒がしい。
ベテランが新人に洗礼でもしているのだろうか?
あぁいうテンプレに何の意味があるのか未だにわからないけど、私に関係ないのなら敢えて止めようとも思わない。
しかしよくよく見ているとどうやら依頼受付カウンターでトラブルが起きているようだ。
ちょうど業務の合間だったのか野次馬をしていたジュリア姉さんがいたので隣へ行って状況を確認してみよう。
「姉さん姉さん」
「あらセシルちゃん。レイアーノとの話は終わったの?」
「うん。報告だけだしね。それより何かあったの?」
心だけは乙女の姉さんは今日も色っぽい服で肌をあちこち露出させている。
ムッチリ?と盛り上がった上腕二頭筋や大腿四頭筋がセクシーです。
でも私は筋肉フェチではないからね?断じて違います。
「何でも依頼内容が結構無茶な割に報酬が安いから受けてもらえないかもって受付で説明してるんだけど、どうしても受けてもらいたいから早めに紹介してくれって言ってるみたいね」
「無茶な依頼?」
「よくわかんないけど新しい料理のレシピ開発とその調理みたいね。新しい料理のレシピなんて料理屋に売ればそれなりのお金になるのに安い報酬で受けてくれる人なんていないのにねぇ」
「あぁ…それは確かに無茶だね」
私ならいくらか提供はできるけど、それを見ず知らずの人に安く提供する義理はないしね。
それなりの宝石でもくれるなら考えてもいいけど。
おぉ、なんかヒートアップしてきたみたいでこっちまで声が聞こえてきたよ。
「ですから、どうしても受けていただきたいのですっ!」
「そうは言われましても…その依頼をその報酬で受ける冒険者の方がいらっしゃらないことには…」
…あれ?この声?
「あら?ちょっとセシルちゃん?」
隣で姉さんが声を掛けてきたのもそのままに、その声の主の近くへと歩みを進めた。
相変わらずというか、自分のやりたいことはなんとしてでもやろうとする姿勢だけは変わっていないらしい。
「ユーニャ、あんまり無茶言ったら駄目だよ」
「うるさいわよっ!だいたい無関係の人にそんなことっ…そんな……セシル…?」
「うん、私だよユーニャ。久し振りだね」
ユーニャは依頼受付カウンターのお姉さんににじりよって何とか自分の依頼を通そうとしていたけど、私が姿を現したことによって勢いを無くしてしまった。
その隙に私はカウンターの上にあった依頼票を確認してみると、姉さんが言っていた通りの内容が書かれている。しかも報酬は小金一枚だ。これじゃ確かに受けてくれる人はいないだろうね。
「お姉さん、その依頼は私への指名依頼にしておいてください。報酬は依頼者との食事。代金はこちら持ちで」
「わ、わかりました。それではその内容で受諾します」
「うん。あとでクレアさんに依頼書を回しておいてください」
そう告げると職員のお姉さんは素早く処理を進めるとそのままカウンターの奥へ引っ込んでいった。
それを見届けた私はユーニャへと照れ笑いを浮かべながら向き直った。
「これでユーニャの依頼はギルドが正式に受けたことになるからね」
「セシルッ!」
久し振りに会ったユーニャは私の思い出の中よりももっと体は成長していたのに、中身は昔のままなのか私に力強く抱きついてきたのだった。
今日もありがとうございました。




