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第128話 カボスさんと商談

 おじさんの部屋に入ると中年男性特有の匂いがしたのでこっそり部屋に脱臭(デオドラント)の魔法を使った。

 ちなみにこれ、アンデッドと戦う時には必須です。

 あれすごく臭いから。

 そして部屋に備えられているテーブルに向かい合わせで座るとおじさんは受け取ってきた荷物からいくつかの箱と袋を取り出してテーブルの上に置いた。


「さて、それじゃ今回の商談の中身はこれだ」


 おじさんが袋を開くと中から私の握り拳くらいの大きさのセイシャライトが出てきた。

 深い青紫色で透き通っており、向こう側までちゃんと見えるほどインクルージョンが少なくそれでいてクラックもあまり見られない極上物であることは容易にわかる一品だった。

 タンザナイトそっくりのこのセイシャライトはこの世界独特のものではないかもしれないが、ここにこうして唯一無二の輝きを放っているのならそれだけで十分。

 その表面に映る恍惚とした私の顔がこの宝石の素晴らしさの物語っていると言えよう。


「…セ、セシルちゃん?大丈夫かい?」

「…ひぇぃ。あ、あんまりにも素晴らしい宝石だったからつい。こんな大きな物よく手に入ったね」

「今回は偶然もあったね。魔物の影響で外国から来ていた商人がこの国での滞在費を捻出するために手放したと聞いてるよ。結局魔物は今朝退治されちゃったみたいだけどね」


 えぇ、退治したのは私だからね。

 さて、それよりもだ。


「こんな大きなセイシャライト、高かったでしょ?」

「まぁ…そうだね。セシルちゃんにならこいつを譲ってもいいけど……」


 おじさんは考え込むような顔をして目の前のセイシャライトを睨む。

 この宝石は外国からの輸入でしか手に入らないことも考えれば非常に価値の高い代物で間違いない。

 相当に高い金額を言われる覚悟もしている。

 そしてたっぷりと貯めた後、口を開いたおじさんから金額を告げられた。


「白金貨十枚ってとこだね」

「買った!」


 金額を言われた瞬間に購入する旨を伝えた。

 おじさんもそこまであっさり商談が成立するとは思っていなかったのか、口をぽかんと開けたまま体が固まっている。

 白金貨十枚くらいなら今回のクラーケン退治で入ってくる額とほぼ同じなので全く高いと思えない。

 私は腰ベルトからテーブルに白金貨を積み上げると目の前に置かれたままになっている大きなセイシャライトを引き寄せ、息がかかる距離で見つめ合った。

 これだけ綺麗ならダイヤモンドやコランダムに負けない存在感を出してくれそう。

 そしておじさんが出した袋にもう一度仕舞うと腰ベルトへと収納した。

 ここまで当のおじさん本人は未だに硬直したままで、これでは次の商談に入れない。


「おじさんっ、次は?次はどんなの用意してるのっ?」


 興奮覚めやらぬままおじさんに問い掛けるとようやく彼も意識を取り戻してくれた。


「次は…これだな。これだけ色の濃いエメラルドはなかなか見られないと思うけど…ヴィンセント商会で買い付けてるセシルちゃんなら持ってるかもなぁ…」

「おぉ…。いやいや、これは見事だよ。深い森の奥を覗き込んでるみたいな緑。天然物だとすぐわかる表面の細かい傷と僅かなクラック。そして何よりもこのサイズ。この存在感は宝石の女王の名を欲しいままにしてるよ。惜しむらくは少しだけ黒みがかった緑色であることくらいだけど、それもさっき言った通り森の深淵を覗き込んだような吸い込まれるほどの魅力が…」

「わかった!わかったからっ!セシルちゃん、そのエメラルドがすごいのはわかったって!」

「………ごめんなさい、私の言葉では一言でこの女性(ひと)の魅力を言い表せられなくて…」

「…十分すぎるよ…。ま、まぁ気に入ってくれたみたいで良かった」


 気に入った、なんてレベルじゃない。

 エメラルドは既にいくつか持っているけどこれは何としても手に入れたい。

 さっきのセイシャライトと合わせて今夜のお楽しみがとても捗りそうだよ。


「それで、おいくら?」


 私は欲しい気持ちを隠すことなくおじさんを真正面から見据え、殺気すら漏らさんばかりの視線で射抜く。

 いくつもの商談を乗り越えてきたであろうおじさんも少しばかり引いているけど私は目の前のエメラルドを見るだけで終わらせるつもりはない。


「…そ、そうだな…セシルちゃんなら白金貨五…」

「買った!」

「…ご、ごじゅ…」

「おじさん?いくらなんでもこのエメラルドにそこまでの価値はないよ。私もおじさんを信用して買い物をしてるんだから失望させないでね」

「はぁ…セシルちゃんには敵わねえや。白金貨五枚だって本来ならぼったくりもいいとこなんだぜ?」

「そのくらいの価値はあると思ってるから平気。じゃあこれ代金ね」


 私はテーブルの上に更に白金貨を積み重ねた。

 そして目の前のエメラルドを傷付けないように布手袋をしてから手に持つと先程のセイシャライトと同じように息がかかるほどの距離で見つめ合う。

 あぁ…吸い込まれそうなほどに美しいエメラルド。

 もういっそこのまま吸い込まれてもいいかもしれない。

 周りの景色がモノトーンになっていくような感覚。

 その深緑の輝きに魅せられて魂までも嵌まってしまいそうだ。


「お、おーい。セシルちゃん?」

「……はっ。あ、ごめんなさい。つい」

「いや、いいんだけどね。よくそんなに宝石を誉める言葉がつらつらと出てくるなと感心してたよ」

「え…。私口に出してた?」

「あぁ、はっきりと。聞いてるこっちが恥ずかしくなりそうなほど恍惚としてたよ」


 どうやらまたやらかしたらしい。

 以前カンファさんとベルーゼさんにも言われたけど、極上物を目の前にすると抑えられないのかもしれない。

 ま、別にいいや。

 これが私だっ!


「んんっ。それで、次はあるの?」


 無理矢理咳払いをした上でおじさんへと向き直って次の商品を催促する。


「次、というか最後だね。他はもう売り先が決まってるからセシルちゃんに都合してあげられないんだ。悪いね」

「おじさんにも都合があるんだからそれは仕方ないよ。それで?」


 おじさんは「うん」と頷くと、ソフトボールくらいの大きさの黒い石を取り出した。

 ぱっと見た感じは宝石ですらないただの石。いや若干だけど表面にキラキラと輝くものが見える。これは、ひょっとして…?


「ここに少しだけ穴が空いてるんだが、セシルちゃんは光魔法を使えるかい?」

「え?うん、勿論使えるよ」

「…まぁセシルちゃんだしね」


 おじさんはうんざりしつつも呆れた顔を浮かべた。いろいろやらかしてるからだろうけど、そんな器用な表情作らなくてもいいのに。


「ここの小さな穴から極小の光魔法で中から照らすようにすると凄い物が見えるよ。やってごらん」


 私は言われるがままに黒い石を手に取って、指示された穴へ聖魔法の光灯(ライト)を極小さなものにして送り込むと中を覗き込んだ。


「ふぁぁぁぁぁ…これ、やっぱり晶洞だったんだぁ…」

「これはおじさんがいつも買い付けてるところからたまに見つかるものでね。だいたいは割れてしまってるんだけどこれはたまたま割れずに見つかったんだ。割ってしまうとこの珍しさはわからないし、かと言って割らないと中の様子がわからないだろう?扱いが難しいけどセシルちゃんならこれの良さはわかってくれるかい?」


 わかるなんてもんじゃない。

 今ほど魔法が使えるようになってよかったと思った瞬間はないと言っていいほどだよ。

 小さな穴から覗き込んだ晶洞の内部はびっしりとアメジストの結晶が張り付いていて、夜空に万華鏡が現れたようなキラキラと素晴らしい景色が広がっている。

 夢中になって眺めていた私だけど、光灯(ライト)の明かりが小さすぎてあっという間に真っ暗になってしまった。

 もう一度光灯(ライト)を唱えようとして、商談中であるのとを思い出した私は手に持った晶洞石、一般的にジオードと呼ばれているそれをテーブルに置いた。


「これはとても良いです」

「セシルちゃん、よだれ」


 おじさんに指摘されて私は制服のポケットに入れていた白いハンカチで口元を拭った。

 このまま醜態を晒すとおじさんにただの残念少女認定されそうなので、そろそろお淑やかなところも見せておかなきゃね。


「失礼しました。おほほ…」

「…セシルちゃんが宝石を前にしたら美少女の皮が剥がれることはよくわかってるから気にしなくていいよ」

「え…私そんなに?」


 全く自覚がない、とまでは言わないけど他人の前ではそれなりに上手く隠してたはず。カンファさんとベルーゼさんの前では盛大にやらかしてしまったか。あの時は本当にやばかった。目の前に他人がいるのにいろんな衝動を抑えきれなくなりそうだったもんね。具体的には語らないけど。


「それでこいつの値段なんだが…これはおじさんにもわからんのだよ。だからセシルちゃんが決めてくれて構わない」

「えぇ…そんな丸投げしなくても…」

「いやいや、セシルちゃんならちゃんと適正な金額を言ってくれると信じてるから大丈夫。それが多少金額が少なくともセイシャライトとエメラルドの取引だけでも十分すぎる利益が出てるからね」

「…おじさん、それ私の前で言ったら駄目なやつでしょ?」


 さすがの私もこれには呆れてしまう。目の前に取引相手がいるのに十分すぎる利益があったって。

 苦笑いで見つめる私だけど、おじさんは更に続ける。


「極端に言えばこれはおまけであげてもいいと思ってるくらいだよ」

「んー…そこまで言うならこれに関しては物々交換でどうかな?」

「物々交換?何かいい宝石があるのかい?」

「おじさん…私が宝石を手放すとでも?」

「…それはないか」


 全くないわけじゃないけどね。

 現に家族や友達には御守りとして付与魔法で魔石にした水晶やシトリンを渡しているのだから。

 そして私は普通の鞄から取り出したものを晶洞石の隣へ置いた。


「これは…。って、セシルちゃんまさかっ?!」

「まさか…そのまさかだよ」


 ニッコリと微笑むと私はテーブルの上に置いた鞄から明らかに許容量を超える大きさの樽を取り出した。中身はワインが入っているはずで高さも幅も一メテルはあるだろう立派な樽だ。当然重さも相当で私どころかおじさんよりも重いと思う。


「やっぱり…魔法の鞄…」

「入る量はヴィンセント商会本店くらいで重量は確認してないけどヴィンセント商会の建物くらいは問題無く入るはずだよ」

「…え。いや、セシルちゃん…そんな容量の魔法の鞄って…もう国宝級だよ?金額を付けるにしたってそれこそ聖金貨数百枚はするんじゃ?」

「別にいいでしょ。だってこれ私が作ったんだもん」

「なっ?!」


 おじさん今日一番の驚いた顔だった。

今日もありがとうございました。

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