第119話 二年次実地演習 8
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目の前には膝をついたバカイザック。その後ろには呆れた顔で腕を組んだリードがいる。
ミルルは倒れていた生徒達を回復し終えて一緒に教官がいる場所へと向かってくれている。
その場所には既に辿り着いている者も…ってこれはババンゴーア様だね。
どうやら私達がオーガと戦っている間に目的地まで辿り着いたらしい。
それはまぁ置いといて。
「で?なんで私の宝石壊したの?」
「いや、アレは魔石…」
「…あ?」
「「ひぃぃぃぃぃっ!!」」
威圧スキルを全開にしてちょっと脅したら二人は私から十メテルも後ろ向きに下がっていった。
その姿はまるっきりゴキ……いや、あの生き物のことは思い出したくない。
園に入るまで母親といたアパートにはあいつらがいつも大量に湧いて……。
ブルルルルッ
うん、これ以上はやめよう。
遠い過去を思い出して背筋に寒気が走ったところで再びバカイザックを問い詰めることにした。
「それで?」
「い、や、まさかセシルがあんなに楽々とオーガロードを倒せるとは思わなくてだな…」
「…あれだけ私に痛い目に合わされたのに?」
「…アレは私との対人戦だっただろう?」
「ふぅん…どっちでもいいや。私の大事な宝石を壊すんだから私もバカイザックをどうしようと構わないってことよね?」
「なんでそうなるっ?!」
「そもそも僕は関係ないだろっ?!」
手に貯めた魔力を彼等に向ける私を二人は青ざめた表情で見上げているが、私の怒りはそう易々と収まるものではない。
と、その時。
…ずんっ…ずんっ…ずんっ…ずんっ…
遠くからリズミカルに重い物を落とすような音が聞こえてきた。
その音は絶えず一定のリズムで聞こえてきており、徐々に大きくなってきているのがわかる。
探知スキルで確認すると…なるほど、もう間もなく到着するね。
さすがにここまで近寄られているとこの二人を逃がしている時間は無さそうだし…なるべく早く片付けるしか方法はない。
考えてる間にもリズミカルな音はどんどん大きくなってきており、それが近付いているのがわかる。
その音はつまりは足音なわけだけど、音から察するに体のサイズはオーガロードとあまり変わらないくらいだと思う。
「おふざけの時間は終わりみたいだよ」
「…ふざけていたのはセシルだけでは…」
「何か言った?」
「いいや!何でもないぞ!」
リードが何か言った気がしたけどとりあえず無視して私は次の戦いに集中する。
カイザックも既に立ち上がりなんとか構えを取ろうとするが、さっき使った魔石解放はかなりの無理がかかったようで疲労の色が濃い。
リードは頭数に入れるには実力不足だ。
とは言え、最初からこの二人に戦わせるつもりもない。
もっと言えば足手纏いにしかならない。
そのくらいの相手だと思っている。
そして、私達が足音が聞こえる先に意識を向けていたところ、突然それは速度を上げてこちらへやってきた。
「はやっ?!」
「バカイザック!避けて!」
私達のちょうど真ん中に立っていたバカイザック……いい加減可哀相なので…カイザックは突進してきたそれに体当たりの的となった。
「っとにっ!もうっ!」
私は横からカイザックに当て身をして退かすと今度はその体当たりの的が私に代わることになる。
カイザックは私の当て身を受けて横に十メテルほど飛んでいった。その際リードも巻き込んで二人仲良くここから退場することになったが、私にとっては好都合というもの。
咄嗟に魔人化を使って突進を受け止めたが、それに対して私の体重は軽すぎた。
「うあぁぁぁぁぁっ!」
ダメージはないものの、何本もの巨木を巻き添えに後ろに数十メテル吹き飛ばされてしまった。
耳元でバキバキと木がへし折れていく音が聞こえるが飛ばされた勢いはなかなか止まらず、かなり間合いが開くことになった。
とんでもないのが出てきたものだね。
確かに体重は軽いけど魔人化を使った私をこんなに吹き飛ばすなんてケツァルコアトル以来じゃないかな?
身体の関節を動かし支障がないことを確認して元の場所へ戻るために足に力を入れる。
魔人化を使っているため理力魔法も同時使用している。
少しだけ使う分には問題ないけど魔人化を高いレベルで使おうとすると身体の強化が恐ろしく高まってしまい、そのまま足に力を入れて駆け出そうとすると地面が爆散してしまいかねない。
特にここは森の中で、地面は柔らかい腐葉土な為注意しておかないと一歩ごとにクレーターを作ってしまい流星雨でも落ちたようになってしまう。
理力魔法はアドロノトス先生に教えてもらった便利な魔法の一つで普通の大人程度の力の念動力と見えない足場などを作ることができる。魔人化で踏み込めば一撃で砕けてしまうようなものだけど一歩ごとに生み出せるようにちゃんと訓練もしてある。
そして力を入れた足が見えない足場を砕くと私の身体は元の位置まで戻ってきた。
私に体当たりしてきた魔物も大したダメージもなく戻ってきた私に驚いているようで今度はまるで舐めるように私を観察してきた。
尤も、それは私も同じなわけだけど。
「…やっぱり、ぱっと見た感じはオーガっぽいね?」
カイザックとリードは私の当て身からようやくフラフラと立ち上がっている。
そんなに強くしたつもりはなかったけど、咄嗟のことだったから加減がうまくできなかったのかもしれない。
となると、やっぱりこれは私一人でなんとかするしかないね。元々そのつもりだったけど。
私が動かないでいることを油断と取ったのかオーガらしきもの…簡易的にオーガキングと呼ぶ…が拳を振り上げて突き落としてきた。
一つ一つの動作が速く武道家としてでもやっていけそうな動きだ。
上から迫る暴力の塊を大きく避けて私も拳で殴りかかる。
「たああぁっ!」
ドゴン
「ぐぶぅぁぁっ」
ちょうどオーガキングの胸のあたりを殴りつけると大きな音がしてその巨体が少しだけ浮き上がる。
その隙にオーガキングの体を蹴って着地し今度は顎目掛けて拳を突き上げた。
「せいっ!」
ゴガッ
「ぶぐっ」
とても硬いものをぶつけたような音がしてオーガキングの頭が後ろに仰け反ったので今度は両手に魔力を込めて追撃態勢に入った。
しかし私が着地すると同時にオーガキングも体を起こして左手を振りかぶった。
私は着地の体勢がよくなかったせいで少しだけその対応が遅れてしまい、避けようとする思考と受け止めようとする思考に一瞬迷いが出てギリギリで防御の構えを取る。
「ばあぁぁぁぁっ!」
バガッ
「ぐうぅぅぅぅ!!」
右手に魔力を集中していたとは言え、まともに受け止めた身体が軋んで悲鳴を上げる。
魔人化と理力魔法のおかげで吹き飛ばされることはなかったもののその分まともに衝撃を受け止めてしまいダメージが大きく体に残ってしまった。
「セシル!」
「だっ、大丈夫!こっち来ないで!」
とてもではないけどリードがあんなのを受けてしまったら全身の骨が砕けてしまうかもしれない。
やはり魔人化を使っているとは言えあの攻撃をまともに食らうのは危ないし、早々に決着を付けた方が良さそうだ。
「げひっ!げひひひっ」
オーガキングは私が吹き飛ばなかったことを嬉しそうに笑っているように見える。とても気持ち悪い。
戦闘狂かね?私はそんなのに付き合うつもりはサラサラないんだけどっ!
ダメージが残る体もそのままに魔力を込めた両手で嬉しそうに笑うオーガキングに殴りかかる。
がんっ
「ぶぉぉぉっ」
オーガキングの左頬を全力で殴ったが顔を右に向かせるくらいだった。
でも私のターンはまだ終わってないからねっ!
ガッ ゴン ガガガガガガッ
「やあぁぁぁぁあぁあああぁっ!!」
岩でも殴りつけてるような感触が手に伝わってくるが、オーガキングは徐々に体の力が抜けてきているようで私の攻撃に為す術がないままに殴られ続けている。
「があっ!」
ドゴォォォォン
頭の上から両拳を叩きつけると凄まじい音がしてオーガキングは地面に頭を突き込んで全身をピクピクと痙攣させることしかできなくなった。
「はぁはぁ……。終わった、かな…?」
さすがの私も息を切らせてしまった。
こんなに全力の戦闘をしたのはギルドマスターの依頼で受けた脅威度Aの魔物討伐くらいだ。
つまりはこのオーガキングもそれと同等だったということ。
自身に回復魔法を使ってダメージを癒やしているとリードが走り寄ってきた。
「セシル!大丈夫か?!怪我はないか?!」
「リード…。ふぅぅ…大丈夫。今回復魔法使ったから」
「そうか、その程度ならよかった。…しかしこいつは一体なんだったんだ?」
「さっきのオーガ達のボスだと思うよ。脅威度Aは間違いない強さだったね」
「…脅威度Aというと普通は王国の騎士団一つが総掛かりで討伐するようなものなんだがな…」
リードの言葉は聞かなかったことにして、私は再びオーガキングへと視線を戻した。
地面に顔を突っ込んだまま動かないけど、ピクピクと痙攣しているところを見るとまだ息はあるようだ。
とっととトドメを差して魔石だけ回収しておこうかな。
こんなことになるなら腰ベルトを着けてくるんだったよ…そしたら身体ごと回収していけたのに。
「リード、トドメを刺す時に暴れるかもしれないから離れてて」
「わかった」
私は短剣を抜いて魔力を込めると動かなくなっているオーガキングへと近付いていく。
リードは私から離れてカイザックの近くまで下がってくれた。
これでオーガキングがトドメを刺すときに暴れても被害があそこまで届くことはないだろう。
私が短剣でオーガキングの首を斬り落とそうと振り上げたとき、それは突然聞こえてきた。
---egg所有者同士の戦闘を確認しました---
今年はありがとうございました。
なろうに投稿し始めてたくさんの人に読んでいただけてとても感謝の一年でした。
来年も引き続きセシル共々よろしくお願い致します。




