第116話 二年次実地演習 5
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私が戻った時にようやくリードは寝ぼけ眼で辺りを見回していたところだった。
「おはようリード」
「…おはようセシル。…今日が演習の最終日か」
「うん、朝ご飯作っちゃうから少し待っててね」
リードが支度をしてる間に私は採ってきた食材の調理を始めた。
まずは土ネズミを部位毎に切り分けて火が通りやすくして魔法で作り出した平らな岩を熱して肉を並べていく。
じゅわわわと音がして肉の焼ける匂いが漂っていく。
焼いてる間に水を浮かせて熱操作で沸騰させその中に採集してきたむかごを放り込む。山芋のむかごは極小のじゃが芋のようで皮付きのまま茹でて食べるとなかなかおいしいのでそれなりの数を採ってきた。芋なので炭水化物が多く含まれておりすぐにエネルギーになってくれるので朝食にするには一番だ。
もちろん本体の山芋も回収している。
地魔法でゆっくりと周りの土をどけていくが一気にやると途中で折れてしまうので慎重に行う必要があるのだが、時間も限られていたので折れても構わないと思い一気に掘り出した。
それでも私の腕くらいのサイズが採取出来たのは上々だろう。
その山芋の皮をむいて火で焼いておく。山芋と言えばすり下ろして熱々のご飯にかけて食べたいところだけどこの辺りには米がないので未だにその食べ方は味わっていない。それでも焼いて食べるとホクホクとして美味しいんだけどね。
茹でていたむかごのお湯に今度は卵を溶いて入れ、先日鉱物操作で取り出した岩塩を入れて味を整えていく。
スープをカップに入れ、焼いた肉と芋を大きめの葉っぱに並べるとすっかり支度の終わったリードの前に並べた。
「はい。何とか集めてきた材料で作ったものだからあんまり美味しくないかもしれないけど…」
「そんなことはないさ。僕一人じゃ食べ物を探すことすら出来ないのだからな。今はセシルと一緒にいられることを幸運に思う」
「田舎者ですから」
私が自虐的に微笑むとリードは自嘲的に笑う。
そんな風にして二人で苦笑いしながら食事を摂る。
私達が二人で夜営するのはもう何度もしているので慣れてはいるもののこんな食事をしたことはない。
初日は余裕を持って獲物を狩っておくことができたので気にしなかったが、今日のはかなりギリギリだった。
少しくらいなら食事を抜いても問題ないけど、まだまだ身体が成長しているリードにそういうことはなるべくしたくないというのが私の考えなので多少味が悪くてもなんとか用意したい。
まぁでも味はよくないけど栄養だけはバッチリだけどね?
リードも珍しく私が用意した食事で「セシルが作った中で今までに無い独創的な味だな」なんて言ってたので、やっぱりそんなに美味しくなかったんだね。
確かに私も食べてて美味しいとは言えなかったけどさ。温かいまともな食事が出来ただけでも良かったと思ってるけどね。
二人で私の用意した食事を終え、デザートにと採取したベリーを口にする。かなり酸味が強かったもののおかげで頭はしゃっきりした。
「さて、残り鐘二つ弱。ここからなら昨日のペースで行けば鐘一つくらいで到着する予定だよ」
「本当にセシルは頼りになるな」
「でもいつまでも私が先導してたら訓練にならないから今日はまたリードが先導で行ってもらう。そうすると多分四の鐘ギリギリになると思う」
「…わかった。よし、早速出発しよう」
そう言うとリードは荷物を担いで私が示した目的地の方向へと歩き始めた。
リードの後ろを歩きながら探知スキルで目的地までの反応を調べておくことにしよう。
万が一、例の魔物と思わしき反応が近寄ってきたら即座に対処しないと時間に間に合わなくなる可能性が高い。
ちなみにAクラスの生徒で目的地に時間内に辿り着ける可能性があるのは七組ほど。それだけこの目的地の設定は無理があるのだ。
彼等にとってこの演習は本当の意味で訓練でしかない。
成績を上げたいと思うのはAクラスでも成績下位の貴族だが、彼等の目的地はここではない。
私達にとっては通過点に過ぎない場所に設定されており、そこが彼等の目的地だ。
ちなみにババンゴーア様の目的地は私達と同じだったようで昨日の場所からこちらへと戻ってきている。
従者が方向音痴なのか、主人が話を聞かずに突進するのか…考えるまでもなく後者だろうね。
三日間に渡る演習のせいかリードもしっかり休んだものの積もり積もった疲労感が身体を蝕んでいるのだろう、移動速度がかなり落ちている。
落ちているけどこの速度でも十分間に合う。
目的地と思わしき場所も完全に把握できた。
さっきからずっとその場所から動かない反応が一つだけある。
多分貴族院の教官のものだと思う。
そしてその場所へ向かう私達と他五組。もう一組はまだ休憩しているのか動いていない。このままだと時間内に到着するのは厳しい。
そして厄介なことが一つ。
昨日から探知スキルで把握していた魔物と思わしき反応がかなり近くまで寄ってきているのだ。
目的地に辿り着くか、その前かに恐らく接敵する。
それが私達になるのか、他のペアになるかはわからないけど時間的にはほとんど同時になりそうだ。
そしてこの状況を把握出来ているのが今は私だけ…いや、多分ミルルなら、魔力感知の非常に高いあの子なら気付いているかもしれない。
どのみち各々で対応するにはちょっと厳しいかもしれない。
と、そこへ再び新しい反応が見えた。突然私の探知範囲内に入ってきたその反応はすごい勢いで私達のいる場所に迫ってきている。
いやいや、ここ森よ?
どうしてそんな移動速度が出せるのよ?
感じられる魔力はそこまで高くはないものの、探知で探れる強さはかなりのもの。恐らく、脅威度A。
さすがに貴族院の生徒では厳しい…いや、至急避難するレベルだ。
教官だって弱くはないが、それでも冒険者ランクで言えばBランク程度。その経験や知識を加味したとしてもそのくらい。
それより上のランクは正しく超人達の世界だ。
さて、このことをリードに伝えないといけないんだけどさすがにさっきのように盗賊がどうこうというレベルを超えている。
これで貴族院の生徒、しかもAクラスで死者なんて出た日にはあの話が長いだけの校長じゃ貴族達からの追求に耐えられまい。
「どうしたセシル。何か問題があったか?」
「まぁちょっと…ってなんでわかるのよ」
「…セシルが考え事をしている時はその内容によって表情に差があるからな」
そんなに私の表情ってわかりやすいかなっ?!
かなりいろんな人に言われているけど、自分では完璧なポーカーフェイスだと思ってるのに。
とにかく考え事をしていることがバレてるなら話が早い。
「目的地の近く、つまり私達の近くに魔物の反応がある」
「魔物か…。それはどのくらいのものなんだ?」
「リードでも倒せそうなのが七つ。カイザックやミオラで倒せそうなのが二つ。…あと、脅威度Aに匹敵しそうなのがすごい勢いでこっちに近付いてる」
「きょっ、脅威度Aだと?!馬鹿を言うな!この森は演習の前に冒険者や教官達が強い魔物を間引きしたはずだ!」
リードの言う通り、確かに貴族院の生徒にとって脅威となるような魔物は間引きした。
私もその手伝いをしたから知っている。
私がギルドマスターから受けた依頼に「オーガの殲滅と住処の撤去」というのがあった。
四十ほどに増えていたオーガを狩り尽くして、住処となる洞窟を完全に塞いでの依頼達成とされた。あの時もオーガロードと呼ばれる個体がいたけどそれも一体だけだ。
多分それが今回は二体。そして多分それを上回る上位個体が迫っている。
私が潰したオーガの集団に対する報復なのかはわからないけど、明らかにその住処だった洞窟があった方から上位個体は接近してきている。
オーガ自体はさっきも言った通りリードでも倒すことができると思う。皮膚が硬く、力も相当に強いので攻撃は通りにくい上にこちらの防御を無視するかのような馬鹿力での攻撃を受けてしまえばリードなんて簡単に戦闘不能になるだろう。
その代わり速度は無いので俊敏に動いてあちらの防御を上回る攻撃を当てれば倒すことは難しくない、と思う。
尤も、本当にオーガかどうかはわからないけど。
「とにかく先を急ごう。他のペアと合流して対処するか避難するかしなければならない」
「…うん。目的地まではあと二千メテルくらい。私達より先行しているペアが…ミルル達ともう一組。同じくらい離れたところにババンゴーア様がいる」
「よし、じゃあまずはミルリファーナに追いつこう」
「ミルル達はここから真っ直ぐ、あと千メテルの距離にいるよ。魔物はミルル達から五百メテル。多分ミルルはもう気付いているみたいでさっきから動いてない」
「…急ぐぞ」
リードは前を向き直すとさっきよりも速度を上げて歩き始めた。
疲れてるはずなのにクラスメートのために無理してるところはちょっと格好いいと思わなくもない。
だだ下がりだったリードの評価がほんの少しだけ上向きに補正された。
私達がミルルやカイザックと合流した時に見た光景は既に満身創痍となったカイザックと魔渇発作寸前のミルル、力無く地面に横たわる数名の人だけだった。
カイザックはいい。傷を負ってはいるけど致命傷はない。
ミルルも大丈夫。魔渇発作寸前ではあるけど時間を置けば回復するし傷を負っているわけではない。
恐らくはカイザックが本当の意味で死ぬ気で守っていたのだろう。
他の倒れているリードのクラスメートと思わしき数名の貴族も死んではいないようだけど、呼吸がだいぶ浅くなってきており早い段階での治療が必要だと思われる。
そして魔物達も二体倒れている。
予想通りというか以前この森で見かけたオーガ達で、カイザックのショートスピアで貫かれたかミルルの魔法で倒されたか。ともかく数を減らして今は残り五体。
ここに向かってきている脅威度Aの魔物もいることだし、なるべく早く片付けないといけないね!
「いくよ!リード!」
「あぁ!いくぞ!」
今日もありがとうございました。




