第12話 「もうしません」とは言いません
PV、ユニーク、ブックマークが増えていくとやる気が出てきますね!
7/28 題名追加
「キャアアアァァァァァァァァァァァァッ!」
自分の耳に自分の悲鳴が突き刺さりキンキンと耳鳴りがする。勢いよくベッドから転がり落ちた。
何?今のはキャリー?私は…キャリーを殺していたの?
木貼りの床の上で丸まり、頭を抱えてさっきまで見ていた夢の中のキャリーの顔を思い出す。
血塗れで、内臓を零しながら私を恨みの籠った目で見つめて。
「うっ…うえぇぇぇぇぇ…。げぇっ…うっ、ぐぶっ」
私はキャリーを。キャリーを殺した?なんてことを…。
こみ上げる吐き気に耐えきれずその場で胃の中身を全て吐き出していた。
昼に食べてから何も口にしていないのでほとんど胃液しか出ていないのに、吐瀉物独特の刺すような臭いが立ち込める。
「ううぅっキャリー…。きゃりぃぃぃぃ…」
「セシルちゃん!?」
「セシル!?」
「う…ぁ…ぁぁぁぁぁぁっ…」
勢いよくドアが開いてイルーナとランドールが入ってきた。
吐瀉物塗れで床に倒れている私を抱き起してイルーナが抱き締めてきた。汚れることも匂いも気にせず力強く頭を抱えて背中に腕を回す。
「きゃ、きゃりーに、あやまらないと…」
「キャリーちゃん?キャリーちゃんがどうしたの?」
私のうわ言にイルーナがランドールを見上げると
「キャリーなら父親が連れて帰ったはずだ。自衛団の本部にも顔を出していたし、怪我一つないぞ?」
「セシルちゃん。キャリーちゃんは無事よ?」
「わ、わた、し。きゃりーを、こ、殺して。ひ、火で、火で焼き尽くし…」
「違うわ、それはキャリーちゃんじゃない。セシルちゃんがやっつけたのはゴブリンだよ。キャリーちゃんはお家に帰ったのよ」
キャリーは家に?え…?
「キャリーちゃんはセシルちゃんが必死に守ったのよ。セシルちゃんが痛い思いをして、助けたんだよ」
「え…あ。私…?」
あれ?なんで私ゴブリンを倒したのにキャリーを殺したみたいに思ったんだろ?
さっきまでの絶望感や焦燥感は綺麗に無くなり、冷静になってイルーナとランドールを見上げた。
「……落ち着いた、みたいだな」
イルーナは私の服を脱がせて魔法で作り出した水を桶に入れると手拭いで清めてくれた。更に着替えをさせてくれた後、部屋の掃除のためにとダイニングまで抱っこしたまま連れてきた。
私を椅子に座らせた後、台所で鍋に魔法で水を入れて、更に魔法の火でお湯を沸かしてくれている。
お湯が沸くくらいのタイミングで掃除が終わり、部屋の窓を開けて換気を始めたランドールもダイニングへとやってきた。
イルーナの方もそのタイミングで三人分のハーブティーを入れてくれ、それぞれの前に木のカップを置いた。
私は何も言わずにそのカップを手に取り「ふーふー」してちょっとずつ口に運ぶ。
「セシルちゃん、もう落ち着いた?」
「うん。…ごめんなさい。部屋とか服とか汚しちゃって…」
「そんなこと気にすることじゃないぞ。こんなことで謝ることなんて一つもないからな」
私が気まずい雰囲気で顔を背けながら言うとランドールはニッコリと笑いながらカップを手に取ってお茶を啜った。
「怖い夢を見たのね」
「うん…。今日やっつけたゴブリンが倒しても倒しても起き上がってきて。斬っても焼いてもダメで。そしたら、身体の大きさが私とかキャリーみたいだなって思えてきて。次に起き上がってきたら…」
「あぁ、もういい。…怖かったな」
夢で見た内容の説明をしていたが、ランドールに遮られた。
確かにそれ以上は思い出すのも辛い。あんなキャリーの顔は思い出したくない。
「……うん。すごく怖かった。ね、ねぇ…キャリーは、キャリーは本当にちゃんといたよね?私ちゃんと守れたよね?」
きっと今、私は泣きそうな顔をしてると思う。
前世で守れなかった和美ちゃんのことが頭をよぎる。
ちゃんと今日は最後まで戦い抜いて守りきったはず。キャリーと一緒に森を出て歩いていたはず。キャリーがお父さんにすごく怒られていたところも見たはず。
なのに…。自信がない。
「セシルはちゃんと守った。オレやイルーナの教えた力を使って勇敢に戦った。誰一人怪我もしないで無事だったさ。……もっとも、セシルだけは怪我をしていたがな」
ランドールは悲しそうに笑いながら再びお茶を啜る。
「オレは狩りの技術ばっかりでもっと大事なことをセシルに教えてなかったのかもしれないな」
「大事なこと?」
「…あぁ。狩りをするってことは、その生き物の命を奪うってことだ」
それはわかる。私だって元々日本人だしご飯のときの「いただきます」は命をいただきますってことなんだってことくらいは知ってる。
「同じように魔物を狩る場合もだ。特にゴブリンやオークなんかは人間に近いから、人殺しをした気分になってしまう人がたまにいる」
ランドールは少なくなってきたカップの中を見つめながら呟くように告げた。
それは…私の夢の…。
「そういう人の行く末は三つくらい決まっててな。一つはもう狩りに出られなくなってしまう人。もう一つはそれを喜んでやってしまう人。最後は乗り越えて前に進む人だ」
ランドールは一つずつ指を立てながら私に微笑む。
多分、私がどうなるかわかってて言ってるんだろう。
「セシルちゃんが怖くてもう狩りに出られないって言うなら、私たちがずっと守ってあげる。いつか結婚してセシルちゃんの大切な人が守ってくれるようになるまでずっとね」
結婚?
私が?
前世でも彼氏すらいたことのない私が!?
や、まぁ…勉強とかバイトが忙しくてそれどころじゃなかったんだけどさ。
全然想像できない…。そもそもラブラブな空気とか私苦手だし。
「セシルが嫁に行くのかぁ…。オレは嫌だなぁ」
「ランドくん」
「いいじゃないか。こんなに可愛い娘なんだぞ」
上機嫌に笑うランドールにジト目を送るイルーナ。
目が線になってるよ。というか、娘に嫉妬しないで。
「ま、とにかくだ。オレも同じ経験があってな。初めてゴブリンを狩ったときは、やっぱりちょっとな。もちろん、最初に動物を狩ったときも同じことを思った。それでも確かオレが八つくらいの時だったからセシルは本当にすごい」
「父さんもその時に父さんの父さんから同じ話をされたの?」
「そうだな。だが、こんなに優しくはなかったぞ?オレは男だったから『メソメソするんじゃない!』って怒鳴られたけどな」
今まで会ったことないけどおじいちゃんってことだよね。ちょっと会ってみたいかもしれない。
「そのとき言われたんだ『殺さなきゃお前が殺されるんだ。お前が殺されたらお前の後ろにいる人たちが殺されるんだ。だから泣くな』ってな。だから自分の背中にいる人を守るために必要以上に命を重く感じることはない。奪った命の重さに泣くより、守りきった人たちと一緒に笑ってた方が何倍もいいじゃないか」
そう言うとランドールはイルーナの肩を抱き寄せた。
この二人には私の知らない物語があるんだろうなぁ。いつか聞いてみたいな。
すっかり冷めたお茶をくいっと呷ると私は目線を前に向けた。
「私は…私はみんなを守れたことを誇りに思うことにするよ。守って、生きて帰ってみんなで笑っていたいよ」
「あぁ、そうだな」
「セシルちゃんは本当にすごい子だね。なんだかあっという間に大人になっちゃいそうで寂しいよー」
前世で既に大人でしたから!実年齢は既に貴方達より大人なんだよ?…精神年齢的にはまだまだだけど。
だから。
「でも今日はまだちょっと怖いから父さんと母さんと寝たい、な。ダメ?」
「ふふ、あはははは。セシルちゃんが子どもで安心したよー。今日は私と一緒に寝ようねー」
「なっ!?セシルはオレと一緒に寝よう!なっ!?」
「ぷっ。狭くてもいいから三人で寝たいかな」
私が笑うとイルーナも輪をかけて笑い出し、ランドールも大きく肩を揺らしながら笑ってくれた。
生きて帰ってこれて、よかったな…。
その後カップをテーブルの上に残したままイルーナは換気していた窓を閉めに行き、ランドールは大人二人のベッドを寄せてくっつけていた。
これなら三人で寝ても全然余裕だね。
そのまま三人でベッドに潜り込み、私はランドールとイルーナに挟まれ川の字になって寝た。二人とも私が完全に眠るまでずっと手を握ってくれていた。
もう悪夢は見なかった。
明けて、翌朝。
私は着替えてランドールの出勤に合わせて自衛団本部に行くことにした。
怒られに。
結果から言うと、お咎めはほぼ無し。ちょっと注意はされたけど。
内容はしばらくは子どもたちだけでの森の狩りは禁止。
これは仕方ないと思う。これだけ大騒ぎになっちゃったんだしね。もちろん私も含まれるから訓練中のお昼ご飯は何か考えないといけないね。
それと昨日私たちが狩ってきたブーボウは今日の昼に村の広場で解体して、各家庭に配られるそうだ。
折角の大物だからね。私もすっごく期待してるよ。絶対おいしいよ!
私以外のみんなは昨日のうちに怒られたらしい。特にハウルとキャリーは集中的に。多分今日は相当落ち込んでると思うので後でキャリーの家に行ってみよう。
コールとユーニャも自衛団本部に遅れてやってきた両親にかなり怒られたと聞いたが、特に私達と遊ぶなとかそういう話にはなっていないそうだ。
前世だったら「もうあそこのお家の子と遊んじゃいけません」だろうね。
私は生まれも親もその後も普通じゃなかったからそんな陰口は日常茶飯事だったし、気にしないけどね。
でもコールやユーニャと遊べなくなるのは嫌だし落ち着いたらまたみんなで遊べるといいな。
ちなみにミックとアネットはちゃっかり褒められていた。一目散に逃げて大人を呼びに来たのが良かったとのこと。
口もうまいしね。
弁明スキルと詐術スキル持ちの兄妹は伊達じゃないってことなんだろうねぇ。
一通り話も聞いて注意を受け終わると仕事に向かうランドールに「お仕事頑張ってね」と応援して私はいつもの丘に向かった。
訓練、ではないが確認しておきたいことがあったから。
今日もありがとうございました。




