第108話 二人との訓練 3
「それでは次はババンゴーア様ですが…」
「うむ!どうであった?」
自信有りそうに頷いているけど、さっきの模擬戦、ランニング、筋トレ含めて指摘しなきゃいけないところが多過ぎて困る。
全部伝えてもいいものだろうか?
それとも多少花を持たせた上でお茶を濁すか?
私はババンゴーア様の家庭教師ではないのでどこまで指摘していいかの判断がつかない。
周りでは私たち以外にも訓練に励む学生が何人かまだ残っていてあちこちで武器を振り回す音、ぶつかり合う音、魔法が放たれる音が聞こえてくる。
呆けて立っていては危ないので早めに訓練に入りたいとは思う。
私が黙っているとリードは何か察したかのように呆れた顔でババンゴーア様を親指で指した。
「セシル、ババンに遠慮は不要だ。こいつはお前の指摘で落ち込むほど柔ではないからな」
「…ふん。セシル殿と戦ってわかったが、俺の実力ではセシル殿の足元にも及ばん。俺が今よりもっと強くなるためだ、遠慮無く指摘して貰えると助かる」
私の周りにはこういう竹を割ったようにさっぱりした貴族が多いけどこの世界の標準なのかな?
…いやリードもたまにやたらと面倒くさい時があるしそうとは限らないか。
でも素直なのはいいことなので、この際ちゃんと全部話してあげよう。
「では言わせていただきます。…一から訓練し直しです」
「な、なな、何がそんなに駄目だったのだ…」
私があまりにも極端な言い方をしたせいかババンゴーア様の驚きようは凄まじい。
とは言え、私の言い方にも実は語弊がある。
「いえ、まるで駄目なわけではないです。大剣の扱いはそこそこできていますしこの調子で訓練していただいて構いません。戦うこと対する戸惑いがあるわけでもないですし、思い切りの良さもあります」
「ふ、ふむ。であろう?俺とて今まで遊んでいたわけでは…」
「でもそれだけですね」
「んごぁっ?!」
なんか変な声が聞こえた。
ババンゴーア様は顎が外れたように大きな口を開けたまま私を凝視している。さすがにちょっと怖い。
リードはその様子を面白そうに眺めているだけで口出しもしてこない。こういうところは本当領主様そっくりだね!
「まず、体力無さ過ぎです。準備運動でへばっていて長時間の戦闘が出来るはずありませんよね?」
「む…むぅ…」
「騎士としての決闘しかしないというなら話は別ですが、魔物との戦闘は連続することがあります。場合によっては数時間戦い続けることだってあるのですから」
私の最長は先日のブラッディーエイプの群れを殲滅させた時だから実はまだ数時間以上の戦闘はしたことがないんだけどね。
断続的になら森の中で鐘一つ分以上戦い続けたことはあるけども。
「あと、筋力が無さ過ぎます。その大剣を振り回しているのは元から力が強いのもあると思いますが、自由自在に扱うとなれば話が違います。今のままではただの重量武器を叩きつけてるのと同じですから刃を気にしないで済む分、金棒の方がマシです」
「た、確かにセシル殿には簡単に受け止められていたが…今まで俺の攻撃を受け止めたのはゴルドオード侯爵領の騎士団でも上位の者くらいだったが?」
「そんなの知りませんよ。そこに私も追加しておいてください」
私が冷たく言い放つと驚き、その後怒ったように顔を赤くし始めた。
ちょっとキツく言い過ぎたかな?
「ゴルドオード侯爵領騎士団がどの程度の実力か存じませんが、私にとっては先日討伐したブラッディーエイプのパンチほどの衝撃も無かったとだけ言っておきます。魔物はどうすれば自分の力を最大限生かした攻撃を出来るか本能で悟っているのかもしれませんが、それを抜きにしてもとにかく攻撃が軽いです」
「か、軽い…。領内でも指折りの重撃と言われた俺の剣が…」
確かに普通の人ならあれだけの大剣の一撃を受け止めることはなかなか出来ないかもしれないけど、普段から魔物と戦っている私にとっては別に大した攻撃でもない。
「とにかく全身の筋力が全然足りません。だから攻撃も上から叩きつけるか横から薙払うかの二つに絞られてしまうのです。さっきやった筋トレ…筋肉を使う運動を二日に一回は行うようにすれば数ヶ月でかなりの筋力はつくはずですので、必ずやってください。いいですね?」
「わ、わかった」
「それと…」
「まだあるのかっ?!」
彼のメンタルではそろそろ限界だろうか?
でも遠慮無く言ってくれって言われたし。
「折角つけた筋肉の力を武器に伝えるための力の移動を意識しないとより強い一撃は出せません。足から下半身、下半身から腰、腰から上半身、更に腕へと繋げていくことで筋力頼りだけの攻撃ではない一撃が出せるようになります」
そう言って私は近くに置いたレイピアを持ち岩で作った的のすぐ近くまで足を運んだ。
「例えばこうして腕の力だけで突いてもあまり強い攻撃になりませんよね?」
私はレイピアで軽く突いて岩の的の表面を削っていく。
これはババンゴーア様のための訓練なので、私が全力でやってしまうと腕の力で突いただけでも的を破壊出来てしまうのは伏せておく。
「ですが、こうすればっ!」
レイピアを引いた状態で構え、的目掛けて身体を捻りながら突きを放つ。
リードと初めて出会ったときにやっていた型の一つだ。
足の親指から回転する力を余すことなく腕へと伝えることでただの突きが必殺の一撃となる。
バゴッ
良い音がして岩で作った的が砕け散った。
私の突きが岩の的を貫通して破壊したためだ。
魔人化まで使えば本当に貫通しただけにすることもできるが、今のままだとどうしても衝撃が周囲に伝わってしまうのでこれが限界だ。
それでも彼には良い見本になるだろう。
「わかりましたか?」
私が振り向くとババンゴーア様は信じられないものを見たような顔をしていた。
そんなUMAを見たような目で私を見るのは女の子に対して失礼だと思わない?
「…リード…お前の家庭教師は…とんでもないな…」
「…あれでまだ本当の実力を見せてないのだからな。しかも魔法も一流以上で内政を理解し助言までして、料理まで作れる。僕はセシル以上に完璧な人間を知らない」
二人で何かボソボソと話しているけど、今は知覚限界を使っていないため小声で話されると聞こえない。
何の話をしてるか知らないけど、今は訓練中なので私の話をしっかり聞いてほしいんだけどな。
「ふむ……。よし、決めたぞ!セシル殿を俺の妻として迎えよう!」
「なっ?!何を言っている?!セシルは僕の…クアバーデス侯爵に仕える身たぞ?!」
「仕えているだけであろう?リードの婚約者でもあるまい?」
「ぐっ…いや、それはそうたが…」
「どうだ、セシル殿?我がゴルドオード侯爵領へと来ないか?将来は俺の第二…いや第一夫人として迎えよう!」
男の子二人で何を話しているかと思えば…。
勿論男の子にそう言ってもらえるのは嬉しいし、好意は素直に受け取りたい。
何よりゴルドオード侯爵領には良質のサファイアやルビーが産出される鉱山がある。これはとても魅力的だよね。
でもそれは相手が普通の女の子だったら、だと思う。買おうと思えばヴィンセント商会のカンファさんに言えば手に入るわけだし。
「ありがとうございます。そう言っていただけるのはとても嬉しいです」
「そうかっ!ではすぐ父上に…」
「ですがそちらのリードルディ様からも婚約者としてどうかと言われておりまして…第二夫人としてですが」
「いや、それは…僕としてはセシルだけで…」
「この俺ババンゴーアはセシル殿を第一夫人として必ず迎えると約束しよう!クアバーデス侯爵は父上に話して何とかしてもらう。悪い話ではないだろう?そなたは平民、俺は将来侯爵となる身だ。決してセシル殿を蔑ろにすることもしないと約束する!」
グイグイくるね。
ここまで真っ直ぐ求められるのは悪い気がしない。
女の子としてじゃなく、強さを求められてるのが丸分かりなのがちょっと気になるけど。
「待て待て待て!やはり駄目だ!セシルは将来僕の妻になる女性だ!ババンには譲らん!」
「だが次期クアバーデス侯爵の第二夫人なのであろう?次期ゴルドオード侯爵では第一夫人となれるのだ。より良い条件ではないか。セシル殿とて望むべくもあるまい」
私抜きで話がどんどん進みそうだ。
本来平民であれば貴族から見初められたら断ることなんて出来ない。しかも歴とした夫人として迎えるなんてそうそうある話じゃない。いいところ妾くらいで、本来ならただの火遊び相手でしかないのだから。
第一夫人なんて言えばほぼ前例がないのではないかと思うほど稀なケースなのはわかる。
でも私がそこに魅力を感じるかと言うと?
「ババンゴーア様、今回の話とてもありがたく思います」
「であろう?安心して良いぞ、セシル殿は身一つで来てもらえれば後は全てゴルドオード侯爵領にて…」
「ですが、私結婚相手には一つだけ条件を付けていまして」
「条件?なんだ?何でも言ってくれ、全て飲むと約束する!」
ババンゴーア様の嬉しそうな声にリードは不機嫌だった顔から突然ニヤニヤと笑い始めた。
自分にも突きつけられた条件であることがわかっているのだろう。
「私、自分を守ってくれる男性と共にいたいと思っています。ですので最低でも全力の私に一撃入れられるだけの強さを持つ方、というのが私の望む条件です」
「…セシル殿に、一撃…?」
「あぁ。しかも全力を出したセシルの、だ。今までの訓練で見せていたのはセシルの全力の…半分くらいか?」
「十分の一くらいですね」
「だそうだ」
リードの補足を聞いてババンゴーア様は「ははは」と乾いた笑いを浮かべていた。
正直、それが満たされるなら私としてはリードにしろ、ババンゴーア様にしろどっちでもいいとしか思ってない。
先日の一件で私の中でのリードの評価が一気に落ちたせいもあり、領主様には私がどういう選択をしても両親や村の人に非道いことはしないと約束してもらっている。
どこまで守られるかはわからないけど、いざという時にはそれこそ「全力」で戦うつもりだ。
「とりあえず、今は訓練中なのでこの話は一旦終わり。さぁ、続けますよ」
そして私は二人が私に一撃入れられるように訓練に熱を入れるのだった。
今日もありがとうごさいました。




