第105話 二つ名
ちょっと遅れました。
「金閃姫…知らないのですか?」
「だから知らないって言ってるじゃんかっ?!」
戻ってきてそうそうに他の冒険者を問い詰めていたところに戻ってきたクレアさんから散々嫌みを言われた後、私はカウンターへ行き今度はクレアさんを問い詰めることにした。
「どういうことですか?」
苛立ちを隠そうともせずに少し強めの口調と威圧スキルを使いクレアさんがいるカウンターの椅子に座ると、さすがの彼女も表情に怯えが見られた。
たまにはちょっとくらいお灸を据えてもいいと思う。
「え、えぇ…えと、その…」
そう思ったけど、今度は威圧が強すぎたせいか何も話せなくなってしまっているようだった。
仕方ないので私も威圧スキルを解除して少しだけ表情を和らげてみた。
そこまでしたお陰か、彼女はあからさまに安堵の溜め息をついて私の向かいに座って今度こそちゃんと説明を始めた。
「それで先程の件でしたね。『金閃姫』というのはセシルさんの二つ名ですね」
「二つ名?」
「はい、著名な冒険者や偉業を為した冒険者に対してギルドから送られる称号のようなものです。これは一人一人全て違うものになっています」
「著名って…私そんな有名ではないと思うんだけど?」
冒険者になってからまだ二年と経っていないし、コツコツと依頼をこなしてきただけだ。お金を稼ごうと思ってたくさんの依頼をこなしたりはしたけどそれだけだ。
「…どうやら先週の件が原因ですね。ついでですので報酬をお渡しします」
クレアさんはカウンターの上に置かれた革袋を私の方へと押しやってきた。
その仕草からそれなりの重量がありそうだ。
「ギルドマスターにも確認してきましたが、今回セシルさんが達成した依頼は全部で三十六個です。…これは冒険者ギルド始まって以来の一日で達成した依頼数の新記録ですね。前記録を三倍以上更新したようです。……いったい何をされたのですか?」
「い、いや……まぁちょっと頑張っちゃったというか…」
「……ギルドとしては一気に依頼が片付いて助かりますが…ちょっと異常ですよ」
思ったより多くの依頼に関わっていたらしい王都周辺の強力な魔物達。関係ないワイバーンなんかもいたけど。
それにしてもそんなに依頼が溜まる…というか滞るのは問題にならないのだろうか?
「それで今回達成された依頼の報酬ですが、全部で白金貨六十七枚、金貨五枚、小金一枚、銀貨九枚です。端数はオマケで繰り上げて白金貨六十八枚、ご確認下さい」
「え…。なんか思ったより多い気がするんだけど……」
私はクレアさんから渡された革袋を開いてちゃんと数が合っていることを確認すると彼女に首肯してから自分の腰ベルトに収めた。
しかし一日頑張っただけで白金貨百八十枚弱かぁ…。これなら毎日やれば宝石を買う資金もどんどん貯まっていくね。
「それではギルドカードにも今回の依頼達成と報酬受取の件を書き込みましたのでお返しします」
「ありがとう。それでクレアさん、さっきの二つ名についてなんだけど」
「…まだ何か?」
依頼の話はこれで終わりと思い、さっきの話に戻すと彼女は明らかに不快そうな表情をする。
そんなことは関係ないので気になることを更に追求することにした。
「なんでその名前になったのかとか、私に関する噂を教えてほしいの」
「なるほど、そのくらいでしたら構いません」
そのくらいじゃないことってどんなことなのかそっちも気になるけど、とりあえず今の私には無関係なので話を進めてもらおう。
「選考の内容もギルドカードに記載されていますので、もう一度お貸しいただけますか?」
え、そんな恥ずかしいものまで載せてあるの?
少しばかり出し渋りながらもクレアさんにギルドカードを渡すと彼女はいつもの箱にカードを入れた後、浮かび上がってきた半透明の白いボードを操作し始めた。
アレに私の情報と今までの依頼内容、ギルドへ納品したもののリスト、受け取った報酬のリストが書いてあるらしい。
そういえば以前リコリスさんに説明を受けた時にたまにでいいからステータスを更新したいのでギルドへ申告してほしいと言われてたっけ。
勿論するつもりはないけれど。
「二つ名『金閃姫』。選考では当初拠点のベオファウムのギルドマスターより推薦のあった閃光が走るかのような短剣技、幼い容姿、美しく舞う金色の髪を持って名付けとする。冒険者間では金賤鬼と揶揄されているが悪名も高名とするのが冒険者。」
「……ブルーノさんかあぁぁぁぁぁっ!!あのオッサン…今度会ったら絶対殴る…」
「……ですが、二つ名を持つというのは冒険者にとっては憧れでありステータスでもあります。Bランク冒険者でも二つ名を持つ人は一握りですし、その誕生に立ち会えたことをとても幸運なことだと思っています」
いつもの退屈そうな顔でもなく、表情の読めない顔でも呆れ顔でもない、今まで見たことのないクレアさんの表情にさすがの私も少し気後れした。
この人がここまで言うのならこの二つ名も受け入れるしかない、よね?
しばらく逡巡した後、大きく溜め息をつくと両手を上げて首を横に振った。
「クレアさんには負けました。わかりました、その二つ名は受け入れます」
「はい、ありがとうございます。ですがベオファウムのギルドマスターはどうぞお好きになさって下さい」
「うん、そっちは遠慮するつもりないよ」
あのオッサン、ちょっと徹底的にやっつけてやらなきゃいけないらしい。
「噂に関しては先程二つ名の選考理由でも少し話しましたが、セシルさんが高い報酬の依頼を片っ端から達成したことに不正や虚偽申告の疑いを向けてくる人、報酬の受取を遠慮するべきだなどと言ってくる人などいました。ですが基本的に嫉妬や無意味な怨恨として無視しています。実際滞っていたAランク依頼がかなりすっきり片付いたのでAランク担当のエミルも喜んでいますし」
クレアさんはそう言うと左手ですぐ隣のカウンターを指し示した。
カウンターには隣が見えないようにパーテーションで区切られているのだけど、名前を呼ばれたエミルさんはクレアさんの後ろから顔を出した。
「セシルちゃん、ありがとね。この調子でどんどんAランクの依頼やっちゃって!クレアにもセシルちゃんには勧めるように私とギルドマスターから言っておくから」
「はぁ…まぁ気が向いたらで…」
あまりごり押しされると引きたくなるのはなんでだろう?天の邪鬼なのかな?
水色のウェーブのかかった長髪をふわりとかきあげて優雅に手を振るとエミルさんはそのまま自分のカウンターへと戻っていった。
なんだかお節介なお姉さんって感じがする。
「と、エミルも言っていますので今後はAランクの依頼を中心に勧めていきますのでご承知置きください」
「わかりました。噂の件はどうにもならないだろうし、とりあえず放っておくことにするよ」
「それでよろしいかと思います。…それにしても何故この実績でAランクに上がらないのでしょうか…」
クレアさんはボードに書かれているであろう私の依頼達成実績を見ながら首を傾げている。
そうは言っても護衛依頼を達成しないことにはランクアップ出来ないって言われてるしねぇ?
「さて、それでセシルさん。今日はどうされますか?」
「思ったより時間かかっちゃったし、今日はほとほどにしようかな?」
「わかりました。ではこちらからセシルさんにお願いしたい案件をいくつかお出しします。」
そう言ってクレアさんは私の前に十枚以上の依頼書を並べた。
ねぇ?「ほどほど」の意味知ってるかな?
結局私はクレアさんに出された依頼書の内、野草や薬草採集だけを選ぶことにしてその写しを貰った。
明らかに不服そうな顔のクレアさんに対し苦笑いだけを返して私はその場から立ち去った。
あまりにやりすぎて他の人の仕事が無くなったらまた余計な恨みを買ってしまうでしょ。それに仕事のない冒険者が盗賊とかになっても困るしね。
さて。自分を鑑定して時計を見るとまだ三の鐘が鳴るかどうかという時間。
今からさっき受け取った仕事をするならちょうどいいかもしれない。
そう思うと、私は足を門の冒険者へと向けるのだった。
「ただいまー」
「…おかえり」
なんだろう、帰ってそうそうに機嫌の悪いリードに出迎えられるこのなんとももやもやした気分は。
ギルドでの依頼を片付けた私は露店で野菜を仕入れてから寮へ戻った。
依頼の報告をした後にクレアさんから「次はこちらを」と勧められそうになったので足早に辞去してきたのだけど…。
「前門の虎、後門の狼かねぇ」
「何か言ったか?」
「なんでもないよ。それで?今日機嫌が悪いのはどうしたの?」
放置していても話が進まないので致し方なくリードの話を聞くことに。
この状態を放っておくとどんどん面倒くさいことになっていくからね。
「…ババンがな」
「うん?ババンゴーア様が?」
「ババンが『リードは今日も従者無しか、お前愛想尽かされたんじゃないか』などと言うものだからな…」
「あー……ごめんね。明日は付き合えるから」
「本当かっ?!」
ソファーから飛び出してきそうなほどに食いついてきたリードを両手で制すると彼も上がりかけた腰を再びソファーへと埋めた。
「とりあえず先週から続いてた用事は今日で片付いたから、しばらくはちゃんと付き合うよ。明日もババンゴーア様と訓練するんでしょう?」
「ああ。ババンがセシルと手合わせしたいとずっと言っていてな。あいつはあの通りの性格だから『ひょっとすると俺に恐れをなしたのか』なんて言い出したんだ」
むー。別に私は何を思われてもいいけど、それだとリードが舐められてしまうのか。
本当に貴族って面倒くさいね。
「はぁ。じゃあ明日は私が訓練に付き合うからしっかり食べてちゃんと休んでね。……久々だし、リードがどのくらい強くなったか見てみたいしね」
「い、いや!そ、そこまで本気でやらなくてもいいぞ?」
「期待してるからね。それじゃ夕飯の支度するからもうちょっと待っててね」
彼等も遊んでるわけではないのだろうけど、たまには一喝してあげないとメリハリがつかないだろうし、明日は厳しくいこうかな!
そう決心して、キッチンの包丁を振り下ろすのだった。
今日もありがとうございました。
 




