第101話 森以外は実は久々です
王都の東にある高原に降り立った私は上空からではわからない景色に息を飲んだ。
小さく見える王都。
どこまでも広がっている緑。
良く晴れ澄み渡った空。
遥か遠方に聳える山々。
正に絶景かな。
お弁当持ってピクニックでもしたら最高だろうね。
…邪魔さえ入らなければ。
ぼおぉぉぉぉぉぉ
声なのか音なのかわからないものを発しながらいくつもの気配が近付いてくる。
後ろを振り返れば幼児ほどの大きさのキノコが十体くらい集まってきていた。
多分これがクレアさんの言っていたマイコニドだろう。
それらは私から十メテルくらいの距離まで近付いてくると頭…?キノコの傘の部分を大きく揺らし始めた。よく見ると風に舞って黄色い粉のようなものが飛んでいる。もしかしなくても胞子だ。
しかし…キノコだから胞子だとわかるけど、なんというかさ?
「…きったないフケを飛ばすんじゃないよ!」
風下にいた私だけど、天魔法を使い逆風を起こすとマイコニドたちが飛ばしてきた胞子は全て彼らの方へ戻っていった。
人間や獣には幻覚効果のある胞子なのだろうけどキノコ達にとっては無害。いくら胞子に捲かれても彼らの動きが止まることはない。
「剣魔法 圧水晶円斬!」
使用頻度の高い特異魔法である水の刃を二十枚ほど飛ばすとキノコ達は簡単に輪切りにされていく。
ぱっと見は大きなエリンギだけど、胞子に幻覚作用があるなら多分食べられないよね?美味しそうなんだけどなぁ。
この後ここで採集することを考えて地形が変わるような地魔法や焼け野原にしてしまうような炎魔法を避けた甲斐もあり、高原は元の綺麗な野原のままだ。
輪切りにされたキノコが沢山あるけどそれは気にしないことにしよう。
とりあえず高原の洗礼を済ませた私は野草知識を使いながらそれぞれの草を鑑定していく。
マナリオ草、ポンデミル草、ラーナ草などポーションの原料になる薬草もそれなりに生えていてきちんと回収していく。
そのうち時間が出来たときにまとめて自作ポーションを作るためだ。錬金術スキルのおかげで市販されているポーション程度の品質より私が作るポーションの方が高品質でできる。
あまり高度なものはまだ作れないけど、それは今後の勉強次第ということで。
小一時間高原で薬草を採集しつつ、時折キノコに襲われながら探索しているとようやく目当てのバルムング草を見つけることができた。
ポップアップでアイテム名が出てくれるようになってからかなり楽をさせてもらっているけど、もう少し離れた位置からでもわかるようになればいいのに。でもさすがにそこまでしたらチートの域を超えちゃうか。そんなのはもう神の領域だよね。
目当てのバルムング草を見つけ、その周辺に群生していたそれらを十束集めると腰ベルトに収納した。
ここでの依頼はこれで達成となる。
でも折角だから目の前に現れた魔物を倒したら次に行くことにしよう。
今まで散々キノコしか出て来なかったけど、依頼達成したと同時に現れたのはドライアドだった。
樹木をそのまま子どもにしたような姿だけど、顔のある位置には窪みがあるだけで顔っぽく見えるだけだ。
シミュラクラ現象?だっけ?点が三つあると顔に見えるというアレだ。
ドライアドはガサガサと葉や枝を擦り合わせながらこちらへ向かってきているが速度は全くない。普通に歩いているくらいだろうか。
しかし、短剣で斬り伏せようと私が腰ベルトから抜き放つといきなり臨戦態勢に入った。
「アアアアァァァァァァァッ!」
「うにっ?!」
思わず変な声が出てしまったけど、あまりに高い声を大音量で聞かされたために頭にダイレクトに響いてきた。
異常無効スキルがあるのでこんなことで私を惑わすことはできないけど、聞いてて気持ち良いものじゃないね!
片手で頭を押さえながらも短剣を構えると地面を蹴ってドライアドに肉迫する。
向こうが反応するより早く魔闘術で強化された短剣がそのままドライアドの体を上下に切り裂いた。
私の胴体ほどもある木の体だったが、私の攻撃はそのくらい簡単に断ち切ってその命を終わらせた。
「…ふぃぃ…なんかここ変な魔物が多いなぁ…。早く次に行こう」
たった今倒したドライアドを腰ベルトに収納すると私は高原から聳え立つ岩山に視線を向け、来た時と同じように理力魔法と天魔法で浮かび上がると一直線に山の中腹目指して飛び立った。
実際、そんなに時間をかけてもいられないんだよ。
だから自重なんてものはいつも通り自室に置いてきて、片っ端から狩るに限る。
「でまぁ…そう思ったのが今のこの現状よね」
私の周りには体長三メテルはあるブラッディエイプの群れだったものが文字通り山と積み重なっていた。
岩山に辿り着いた私はいきなり発見した群れのど真ん中に降り立った。明らかに弱そうな個体からどんどん向かってきて、最終的には途切れることなく襲いかかられてしまった。
ところがボスらしき個体だけはなかなか向かってこなかったので乱闘の途中に光魔法のレーザーで心臓を貫いておいた。
ボスが倒されたことなどつゆ知らずブラッディエイプ達は群れが崩壊するまで私に向かってきて全滅させられることになったというわけだ。
加えて言うと私が山に着いてから三十分も経っていない。経っていないがその間ずっと戦い続けていたのでさすがにちょっとだけ疲れてしまった。百体近い数に襲われてしまえばさすがの私でも疲れは出てしまうということがわかったのはちょっとした収穫だね。
爪だけ回収するのも面倒になったのでいつもの腰ベルトへ収納はせずに空間魔法を使うことにする。
これならわざわざ鞄へと収納しなくても私の意思で開いた亜空間を移動させられるのでその場から動くことなくブラッディエイプの亡骸を全て回収してしまえる。
出すときは鞄に手を掛けながら取り出せば誤魔化せると思う。
「さて……次の依頼に行く前にっと…」
この岩山ではまだ二つやることがある。
一つは上空から見ていたときに岩山の頂上近くに洞窟のようなものを見つけていたのだ。
今私がいるのは中腹より少し下だけど、これだけの距離が離れていても感じる魔力反応とひしひしと伝わってくるこちらを警戒している気配。
間違いなくかなり強力な魔物がいる。
依頼を片付けていれば冒険者はそれなりの報酬が手に入るので普通は無駄に危険な場所へ向かうことなんてしないのだろうけど、生憎と私は「普通」という存在からは大分疎まれている。貴族院での実習中でも何度かクラスメイトたちに「理不尽」という言葉を投げつけられていてはそれも仕方ないのかもしれない。
納得はしてないよ?
さて、本来なら然るべき道具を以て登山していくのかもしれないけど、魔法を使ってその洞窟の前までショートカットすることにしよう。
飛行して洞窟の前に降り立った直後から暗闇の中からピリピリとした気配が漂ってきた。さっきまでは警戒程度だったのでなんとなく「見られてる」という感覚だったが今は明らかに敵意を向けられている。というか寧ろ殺気とも言えるだろう。
私もベオファウムの冒険者ギルドでいろいろ話を聞いて勉強しているので、こういう高い山を住処にしている強力な魔物に心当たりがある。
腰ベルトから短剣を抜き放ち私も負けないように闘志を滾らせていく。
すると洞窟の中から重量のありそうな足音を響かせながらその強力な魔物が近寄ってくる。
ギャアアオオォォォォォォッ
やがて広い場所まで出てくると皮膜を広げて大きな咆哮を上げた。
「やっぱり、ワイバーンだったね」
異世界転生物では定番の魔物だけど強さはまちまち。この世界では竜とは別の生き物に分類されている。簡単に言えば蜥蜴の一種だ。飛行はするけど火のブレスなんて吐かない。それでもその強靭で鋭い牙や爪は一般的な冒険者の防御をいとも簡単に貫いて相手の命を刈り取ってしまう。
本来脅威度A相当の魔物になるので普通の冒険者はまず手を出さないし、討伐隊が編成されるレベルだ。
ここにはたまたま一匹しかいないけど群れでいることが多いとのことで今回は稀なケースと言えるだろう。
とは言え、飛び立たれると厄介なので私はワイバーンが動き出す前に地魔法で岩の弾丸を数発打ち出して皮膜を突き破った。
ギャアアァァァッ
「うるさいってばっ!旋風柱」
傷付いた皮膜で飛び立とうとしたところへ天魔法で阻害する。ただでさえ傷付いた翼では飛び上がることすら出来ずにバタバタとはためかせるだけだ。
極々初歩的な魔法でただ強いつむじ風を起こす魔法だけど私が使えば動きを制限するくらいは出来る。
その隙に踏み込んでその胴体に拳をめり込ませる。それだけでワイバーンは声も上げずに地面に倒れた。
実はワイバーンと戦うのは初めてではない。ベオファウムにいた時に十匹程度の群れを討伐しているのでその時の経験が生きている。
あの時は上空からいいように攻撃されてとてもイライラしたのを覚えている。彼らの爪や牙でも魔人化した私の防御を貫くことはできないのだが、当時はまだ今ほどうまく飛行することが出来なかったのでこちらの攻撃がなかなか当たらなくてかなり苦労したものだ。蜥蜴系の魔物の中でも上位に当たり、魔法に対する耐性が高かったのも苦戦した原因だ。
少し苦い思い出に浸っていたが、我に返って悶絶しているワイバーンに対し首を切り落として止めを刺すとその体を丸ごと腰ベルトに収納した。
こんな飛ぶ蜥蜴でも皮膚は革鎧の原料として優秀だし、肉もなかなかに美味で買い取り単価が高い。牙や爪はもちろん武器の材料として歓迎されるので見つけたら必ず狩ってしまおうと思っていただけに運が良かった。
「さて…この洞窟には何があるのかな…?」
ワイバーンがあそこまで殺気を迸らせていたのはこの奥にあるものを守るためと考えるのが普通だろう。
以前群れを退治した時でもここまで殺気を向けられることはなかったし、余程大事なモノがあるよね?
「……まぁ予想通りか。…普通に考えれば巣にあるものなんて分かりきってるよ」
私は目の前の藁や小枝で作られた大きな巣に置かれた巨大な卵を眺めていた。
本当に大きい。一つが私の頭より大きい。それが三つもある。このままにしておいても孵化することはないかもしれないけど万が一孵化した場合は新たなワイバーンが産まれることになり、数年後には人を襲うようになるかもしれない。
それを危惧した私はその三つの卵も腰ベルトに収納することに。卵の買い取りはしてもらったことはないけどひょっとしたら高値がつくかもしれない。
昨日かなりの散財をしてしまったのでお金を稼いでおかないといけないね!
今日もありがとうございました。
 




