表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

103/574

第98話 リードは男の子

「…どうしたんだ?随分熱にほだされたような顔をしているようだが?……まさかとは思うが…男か?」

「……ふぇ?何でもないよ。…とりあえず夕飯作るねー」


 ヴィンセント商会を出た私はそのまま特にどこにも寄らず貴族院の寮へと帰っていた。

 リードが何か言っていた気がするけど心ここに在らずの今の私の耳に届くことはなく、買っておいた食材を取り出しながら備え付けのキッチンへと向かった。

 頭の中は相変わらず蕩けそうなくらいの多幸感で満たされているけれど、料理中はしっかりと冴えさせて作る。

 包丁で手を怪我したら危ないしね?




 食事中もリードはこそこそと私の表情を窺っていたようだったけど、私が何も言わなかったからか特に追求してくることもなく食器を動かす音だけが響いていた。

 貴族院にいる間、部屋で食事する場合に限り同じテーブルにつくよう言われている私は自分の作った料理を機械的に口に運んでいた。

 時折リードの視線に気付いてそちらを見ると彼は慌てて目の前の料理に視線を落としていたけど、バレバレだからね?

 というか、一体何をそんなに気にしているのか。

 今更リードの不審な行動をどうこう言うつもりもないし、変に無茶なことさえしなければ私の仕事が増えなくて済む。是非とも今まで通り大人しくしていてもらいたいものだね。

 食事が終わって私が片付けをしている間にリードは入浴を済ませ居間で寛いでいたが、私が入浴する頃になって声を掛けてきた。


「セ、セシル!」

「うん?何?」


 今は私もかなり落ち着きを取り戻していたけど、早く済ませて自室でもう一度手に入れた宝石を堪能したくてうずうずしていたので、その掛けられた声の大きさに少し苛立ちを覚えてしまう。

 リードもリードで私の含みを持った声に少し戸惑ってしまったようで話そうとしていたのに怯んでしまっているようだ。


「…お前……僕はお前の主人なんだがな?」


 だが、次に掛けられたリードの言葉は更に私の心に波風を立ててしまった。


「そうね。でも私は貴方に絶対服従の使用人ではないよ。従者であると同時に家庭教師でも護衛でもあるのだからね。それは領主様にも言われているはずよ?」

「……あぁっ!そうだな!」


 売り言葉に買い言葉とは正にこの事かと言わんばかりに棘のある言葉を言ってしまい、今度はへそを曲げてしまったようだ。

 やれやれ…。

 一体何をそんなに苛々してるんだろ?

 …私もか。


「とりあえずお風呂に入ってくるけど、リードは結局私の何がそんなに気に入らないの?」


 なるべく平静を装ってリードに問い掛けてみたものの、へそを曲げてしまった彼は何も言わずに再びソファーで寛いでいた。

 仕方ないのでとにかく予定通りお風呂に入ることにしよう。

 少し時間が経てば落ち着いて話してくれるかもしれない。

 部屋に戻り、着替えを持ってくると居間ではまだリードがへそを曲げたままソファーに座りどこか一点をじっと見つめていた。

 その様子を確認してから部屋にある浴室に入ると自分用の石鹸やシャンプーを取り出していつも通り入浴を済ませるのだった。




 お風呂から上がってもリードはさっきと同じ姿勢のまま何も変わっていない。

 寝間着に着替えてあとは寝るだけ…もとい、部屋に戻って今日の収穫を再確認する作業に入ろうと思ったが、さすがにこのままのリードを放っておくわけにもいかない。

 キッチンで二人分のカモミールのハーブティーを入れて、カップの一つをリードの前に置くと私の向かいの席に座って何も言わないままお茶を一口啜った。


「…セシルは……」

「うん?私?」

「…セシルは誰か気になる男でもできたのか?」

「ぶっ?!ぐふっ!けほ……な、何突然?」


 リードから想像もしていなかった斜め上の事を言われて啜っていたお茶が気道に入って思いっきりむせた。

 まったく、何を言い出すかと思えば。

 恨みの籠もった視線を向けようとして、彼を見ると思った以上に真剣な瞳でこちらを見つめていた。真剣だけど、不安に揺れる覚悟を込めた眼だった。


「あー……なんで突然そんなこと言い出したのか知らないけど、私が今そんなことしてる暇あると思う?」

「ないとは言い切れないだろう。カイザックか?別のクラスの男か?ババンということはないだろうが…まさか町で出会った冒険者か?」


 矢継ぎ早に捲くし立てられ私の答えを言う間もない。

 というか本当に恋人とか作ったりしてる時間なんて今の私にあるはずもない。


「どれも違います。だいたい私が…」

「そうやってすぐに否定する方が怪しいではないか。何故だ?僕では駄目なのにどうして他の男は…っ!」


 駄目だ。完全に自分の出した答えを正解だと信じてしまっている。

 まるっきり思春期の男の子そのものだね。

 こういう熱病にかかるとなかなか治らないんだよねぇ。


「こうして部屋で無防備なセシルを見られるのは僕だけだというのに!」


ガチャン


「ひゃっ?!」


 そう言うとリードはテーブルを飛び越えて私に迫ってきた。

 あまりに突然のことで特に敵意も感じていなかった私はあっさりとリードに接近を許してしまい正面から抱き締められてしまう。

 時期は秋。涼しくなってきたとは言え、まだ少し気温も高い。

 お互い薄い寝間着に着替えているので彼の感触が薄い布地を通して感じられる。次第に熱も伝わってきて、二人の温度が同じになっていく。

 部屋は静かになり、外からは虫の鳴く声が聞こえてきてその音だけが静まり返った部屋の中に響いている。

 と、このままではリードにいいようにされてしまうのでここまでです。

 私はリードの体を離すとそのままソファーから立ち上がり窓際へ歩いていって振り返った。


「…す、済まない…」

「…あー…まぁ男の子だからそういうことしたくなるのはわかるけど、私はまだリードの婚約者じゃないし()()()()従者でもないんだからね?」

「…心得ている」


 やれやれ…全く何をしでかしてくれるんだか。

 なんだか私まで少し熱くなってきちゃったよ。鼓動がちょっと早くなってる気がするけど、絶対気のせいよね。うん。


「それで?」

「…それで、とは?」

「だから、なんで突然こんなことしてきたのよ?まさか本当に劣情に身を任せたって言うんじゃないでしょうね?それならそれで領主様に報告しないといけないんだけど?」


 実際、私が貴族院へ従者としてついていくに当たり領主様といくつか約束事をしている。

 それも魔法を用いた契約にも等しいものなので、お互いにかなりの拘束力を持つことになる。

 一つ、私セシルはリードの身の安全を最大限確保すること。

 一つ、リードが卒業するまで貴族院での講義以外にも訓練等を行い実力を伸ばすこと。

 一つ、何かトラブルが発生した場合には速やかに領主様へ報告すること。

 一つ、私とリードが良い雰囲気になったとしてもリードが私に実力で勝利しない限りは婚約者として認めない。

 一つ、リードから襲われた場合は前述の通りとならないため、実力を以て排除し領主様へ報告すること。

 一つ、無事貴族院を卒業した場合冒険者ギルドへと掛け合いAランクへの昇格を後押しする。

 最後のは望めばそのままクアバーデス侯爵家に仕えることも可能だと言われているけど、そうするつもりは全くない。

 ちなみに、リードが私に全力を出させた上で一撃入れられたら婚約者として認めるというものも貴族院を卒業するまでと期限を切らせてもらった。

 でないと私はいつまでも彼に縛られてしまうし、そのくらいできない男にいつまでも私が拘るとも思えない。

 これは領主様にも承知してもらっていることであり、リードには言っていない。言うとしたら貴族院を卒業する直前くらいになるだろう。

 私にはやらなきゃいけないこともたくさんあるんだから。


「…から……った………いか…」

「…何?はっきり言いなってば。いつも偉そうにしてるリードはどこいったのよ」


 私の言葉で更にリードの苛立ちを大きくさせてしまうかとも思ったけど、はっきりさせないリードが悪い。それで出ていけと言うのであれば私も別にこの立場に拘る必要もないし、遠慮なく出ていこう。


「だから!さっき言ったではないか!他に好きな男ができたのではないか?!」

「……えぇ……。あれ本気で聞いてたの…?」

「当たり前だ!僕がセシルのことで本気ではなかったことなどない」


 うわぁ…よくそんな恥ずかしいことさらっと言えるなぁ。

 言った本人よりも言われた私の方が赤くなっちゃいそうだよ。現に今顔が熱くなってきてるのを感じているけど。


「…はぁ。まぁそれなら私の言うこともちゃんと聞いてた?今そんなことしてる暇はないの。好きな人と言えば友だちのミルルとかユーニャとかは大好きだけど、それはリードの聞きたい答えじゃないんでしょ?」


 リードは首を縦に振るとそのまま顔をこちらに向けて真剣な眼で私を見つめている。

 こんな風に部屋で二人きりでこういう話をしてたら変な気分になるのもわからなくはないけどさ。


「繰り返しになるけど、今は好きな男の子なんていないからね。……あ、でも」

「でも?!でもなんだ!」


 …食いつきすぎだから。

 思わず苦笑いを浮かべた私をリードは笑うことなくさっきと同じ眼で私を睨みつけている。


「村にいる弟のディックのことは大好きだよ。可愛くって仕方ないもの」

「……お、とうと?」

「うん、弟。リードは会ったことないけどね。領主様なら知ってるはずだよ」

「……はぁ。…じゃあ本当に気になる男がいるということはないんだな?」

「しつこいなぁ…。リードは私の父さんか兄さんか?心配しすぎでしょ」

「僕はお前の主人で将来セシルを妻に迎える男だ」

「…そう。…そうなるといいね?今のままじゃ絶対に無理だけどちゃんと訓練もするから必死に頑張りなさい」


 将来、なんて遠い未来を考えてるようでは駄目だ。

 この子は次期侯爵となるのだから。だからこそ、欲しいものがあるなら全力で取り組まないといけない。

 それでも手に入らないものがあるのだということを教えるのが私になるのか、それとも……。

 窓の外の真っ暗な景色を眺めながら、リードの言う将来を私も見据えてみる。

 全く想像出来ない私では彼の隣に立つには相応しくないのだと思うけど…是非とも頑張ってほしいと思う。

 私はリードにニッコリと微笑むとお茶の入ったカップを持って自室へと向かうことにした。

 リードは何かを決意しているかのような真面目な表情で、私のことは目に入っていないようだった。

今日もありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ