第97話 もう…許して…
タイトルはセシルの一言です。
カンファ達と一緒にお店をやる話をされたが、とりあえず保留することで乗り切った私はようやく本来の目的である宝石のやり取りができることになった。
カンファもテーブルの上のお茶をベルーゼに片付けるように指示すると大きな木箱からいくつもの小さな箱を取り出して並べ始めた。
「さ、セシルお待ちかねの品だよ。好きなように見てほしい」
これ以上乗り切らないというほどテーブルの上に並べられた木箱を一つ一つ開けていくと中から宝石を付けた加工済みの装飾品が私の視界に飛び込んできた。
「へぇぇ……すごいすごい!」
今まではソファーに座ったまま体を乗り出すことすらせずに話していたけど、実際にちゃんとした宝石が目の前に置かれた私は餌を前にした犬のように顔を近付け、食い入るようにそれを見つめていた。
まず並べられたのはカボスさんも取り扱っていた宝石類。
とは言え、大きさは比べ物にならない。
彼の露店に並べられていた宝石は全て小粒なものだったし、原石も母岩から取り外すのが困難なものばかりだった。
もちろん私にとっては母岩から取り外すことなど造作もないことなのであくまで一般的な話としてだ。
磨かれる前の、私にとっては原石と変わらない品々だけどそれでも正しく一級品と呼ぶに相応しい輝きを放っている。
「すごい、このルビー。本当に燃えてるみたいに真っ赤…一流の鍛冶屋が操る炎みたい…」
「そうだろう?それはゴルドオード侯爵領にある鉱山から産出された一級品のルビーだ。かの鉱山はいくつもの宝石が産出される鉱山があるからあそこまで繁栄していると聞いたことがある。そして同じくこちらのサファイアもゴルドオード侯爵領産出の品だ」
カンファに差し出されたサファイアはとても良く晴れた青空を通して宇宙を見つめているみたいな濃い青を湛え、落ち着いた高貴な淑女を思わせるような輝きを放っている。
「……なんか見せているだけなのに恥ずかしくなるようなことを言うね…」
「…ふぇ?…って私口に出してた?!」
「えぇ、そりゃもうばっちり。ルビーの時から呟いてるわよ」
「ううぅぅぅっ…」
すごい恥ずかしい…。でも思わず呟かずにいられないくらい見事な色の宝石だよ。
ルビーもサファイアもどちらもコランダム、鋼玉と呼ばれる鉱石にそれぞれ別のイオンが混じり合うことで出来る宝石だ。
クロムイオンが混じるとルビーになり、鉄イオンとチタンイオンが混じるとサファイアになる。ちなみに、クロムが混じったルビー以外の総称をサファイアと言うため色は青以外にもピンクや無色透明などいくつもの色が有り、総じてファンシーカラーサファイアと呼ぶ。
最も希少で美しいと言われているのがパパラチアサファイアで桃色と橙色の中間のような色合いなのだが、どちらかに偏りすぎてもいけない。
パライバトルマリン、アレキサンドライトと並ぶ超希少な宝石の一つと言われている。
しかし古来よりルビーは赤、サファイアは青を象徴とした宝石であるし名前の由来もそれぞれラテン語で赤と青を表すものである。
「それにしても、どれも透明度が高いね。本当に吸い込まれそうかなくらい綺麗。この真っ赤な色を生んだ大地と真っ青な色を作り出した大空には感謝しなきゃね!」
「本当にセシルは宝石が大好きなんだね。これらを何人もの貴族達に見せてきたけど、誰に見せても似たような反応ばっかりでつまらなかったよ」
「えぇ…だってどれ一つ取っても同じ色じゃないのよ?この色が生まれるためにどんな奇跡が起こったのかな?本当にちょっとした違いでこんな燃えるような色になったり、澄み渡った空みたいになったりするんだよ?この子達一つ一つが奇跡の集まりなんだよ?」
「うぇぇぇ……この子本当にさっきまでカンファとやり合ってたのと同じ人間なの…?よくこんな歯が浮きそうなこと平気で言えるわね」
「はは……それは僕も同じ意見だよ…」
しかし、本当に美しいルビーやサファイアは内包物が少なく透明度の高いものほど良いと言われているのだが…とにかく内包物、インクルージョンが多いことでも知られている。もちろん金紅石…ルチルという針状結晶のインクルージョンが入るとアステリズム効果という特殊な光の効果が生まれることもある。
基本的にこの宝石は透明であることが良いとされるので、そういった物があるとは思えないけどね。
「ねぇカンファ。このルビーとサファイアはいくらなの?」
「それはどちらも一つ白金貨十枚だね」
「む…ぅ……高い…」
「当然だろう。それだけの宝石だし、何より加工された一品だからね。値段もそれに応じて高くなることくらいセシルにはわかるだろ?」
「…それは、わかってるけど…」
むー…それでもすごく綺麗…。どうしよう、これを買っても全然余裕はあるけどネックレスに加工されているのでそれだけで無駄なお金が発生してるのは間違いない。
これを買ってしまうのは何か違う気がする。
ちゃんと磨かれた石が入ったネックレスなら私だってそのまま購入しても良いかもしれないけど、これは全く磨かれていないので表面がまだまだくすんでいる。折角透明度も高く最高級の宝石が使われているのに未完成としか言えない。
ようするに、コレジャナイ、というやつだ。
「買わないのかい?…というか、装飾品はあまり好きじゃないみたいだね。加工前の宝石の方がお好みかな?」
「…見るのはとっても大好きだけど、この加工はちょっと…」
「ふむ…そうなるとここにあるほとんどはアクセサリーばかりだからね…。やはり加工前の宝石だけを見せた方が良さそうだ」
そう言うとカンファはテーブルの上の装飾品を元の木箱に片付け始めた。
開かれた箱が閉じられる度に私の口から「あ…」と声が漏れているのをカンファはとても楽しそうに眺めており、私の目の前であえてゆっくりと箱を閉じていくのだった。意地悪…。
そしていくつも持ち込まれた箱の中からちょうどみかん箱くらいの大きさの箱をテーブルの近くまで持ってくるとその中からまた箱を取り出し、更に手のひら大の小さな木箱をテーブルの上に並べていく。
「今度は加工前の宝石だけを並べてみたよ。僕が開けるよりもセシル自身で一つ一つ開けて確かめてみてくれ」
私は彼に言われるままにテーブルの上に並べられた宝石の小箱を一つ一つ開けていちいち大喜びしていくのだった。
「はぁはぁはぁ…んむ…もう、これ以上は許して…」
「……アンタね…十歳の小娘のくせに何卑猥なこと言ってるのよ」
「ひぅ…ん…だってぇ……どれもこれもすごくて…もっともっと欲しくなっちゃうんだもん」
「あぁ、い、いや。うん、セシルに特殊な性癖があっても僕はビジネスパートナーとしては偏見は持たないから大丈夫だよ。こういう仕事をしてるとちょっとだけ変わった人もいるから、セシルもそれと同じなんだろう…きっと」
なんか「は」のところだけ強調されてた気がするんだけど気のせいかな?しかもその後のセリフもフォローしてるようで全然出来てないからっ。
それにしても…やばいくらい堪能してしまった…。言わなくてもいいようなことまで口走っていたような気もしなくはないけど、カンファが自信満々で準備しただけのことはあったよ。
それなりの数を購入したからこれで私の資金は半分くらいになっちゃったけど、全く後悔はないよ!
据え膳食わぬはなんちゃらの恥とか言うのと同じ。
出された持ってない宝石買わないのは宝石好きの恥!!
ということでルビーやサファイア等、いくつかと言ったものの実際に購入したのは数十にも上る。
冒険者として稼いだお金で今までもこうして宝石を買うためにしか使っていないから、規模が大きくなっただけとも言える…よね?また時間を見つけて冒険者ギルドで仕事しなきゃ。
いやしかしほんと腰が砕けてしまったみたいに恍惚としてしまいました。
「しかし、いいのかい?箱はもう一つあるんだけどね?」
「…ふぇ?……見る!」
「…あぁもうアンタが宝石を大好きな卑猥な女子ってことだけはアタシの中に鮮明に残ったよ…」
フラフラと身体を起こしながらカンファの用意した箱を覗き込むとそこには微かに光を帯びた宝石が見えた。
しかしさっきまで見ていたものと同じように私が知らない、前世の世界にはなかった宝石だということは間違い無さそうだ。
「これは?」
「これは魔石だよ。特に強力な魔物から稀に採れる石で魔力が籠もった石のことさ。セシルが作った魔法の鞄にも使われているだろう?」
「…うん、それはそうなんだけどね」
私の曖昧な答えにカンファは首を傾げたが特にそれ以上聞けることもなく、手袋を着けた手でいくつかテーブルに並べていった。
少なくともこの会話でカンファは私が魔法の鞄を作ることができることは見抜いていても魔石まで作ることができるとは気付いていなさそうだった。
それにしても…。
「…随分程度の低い魔石じゃない?」
「程度の低い、か…。セシルには恐れ入るね。これでも内包魔力八百の上物だよ?」
八百で上物?
私ならカボスさんが取り扱うようなクズ石サイズの水晶に付与魔法を使えば事足りるようなものだ。
例えば目の前に置いてある魔法の鞄に使った魔石なら内包魔力は二万近くある。そのくらいしないと魔法の鞄を作成しても収納量の減少や使用期間が短くなる等の弊害が出てしまうからだ。
私が使っている腰ベルトの魔石はアメジストを素材にして限界まで内包魔力を上げたので八十万もの内包魔力があるけどね。
それを踏まえて、今カンファが取り出した魔石を見れば魅力を感じないのは仕方がないだろう。宝石としても透明度が低く、魔石でなければカボスさんが取り扱うような品でしかない。
「やれやれ…これでも白金貨一枚くらいの価値はあるんだけど?それじゃこっちはどうかな?」
「…え?これって……?」
カンファが次に取り出した魔石を見た私は思わず身を乗り出した。
今日もありがとうございました。




