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第95話 魔法の鞄の価値

 さて、とりあえず出された宝石は買ってみたけども…。

 目の前に相変わらず偉そうに座ったままのヤイファの表情は変わらない。

 さっきの箱に入っていた宝石はどれも扱いが雑だったせいで傷やちょっとした欠けが見られた。

 私の鉱物操作を使えば綺麗な状態に戻せるとは言え、この商会の宝石に対する扱いは許すことができない。

 後ろに控えている男性店員は箱を揺らさないように持ってきてたけど、そもそもそういう扱いが横行してる時点で厳罰モノだよ!極刑だよ!


「カボスさんに言われて来てみましたけど、さっきので終わりじゃないですよね?」

「……ふむ、多少は金を持っているようだ。だがそれよりも…」


 話ながらヤイファの視線の動きを見ていると、それが私の腹部に向いたのがわかった。

 …まさか…この人もか…?インギスさんと同じ幼女趣味なのでは…?


「その、腰のベルトにつけている小さな鞄。ひょっとして『魔法の鞄』かね?」


 違った。

 どうやら私がさっき宝石を入れた箱をそのまま収納したのをめざとく見ていたようだ。

 そういうところにだけは目が行くのね。


「えぇ、いろいろと必要な物が多いのでとても重宝しております」

「ほぉ…?どの程度の容量がある?」

「どの程度…かは私も試したことがないのですが、今はこの部屋いっぱいの物を収納しています」


 嘘ではないけど、本当でもない。試していないのは本当だし宝石を入れた鞄にはこの部屋いっぱいくらいの宝石や鉱石が収納されている。

 もちろん実際にはこの建物くらい余裕で入るけど、私がそこまで多くの宝石を持っていないだけだ。

 ただ腰ベルトにつけている魔法の鞄はそれぞれで用途が違うので、さっき受け取った箱を入れたのは宝石や鉱石が入っている鞄。他にも魔物素材や肉、野菜、果物なんかを入れておく鞄。もう一つが日用品や予備の武器を入れてあるカバンだ。

 どの鞄も容量は同じくらいあるはずで、使用期限も五十年や百年くらいもつ。

 私の答えに曖昧に「ふむ」と答えたヤイファはそれでもねっとりとした目で私を、正確には私の持つ魔法の鞄を見ている。

 これは知ってるよ?所謂危ない人の目だ。変質者と言ってもいい。

 前世の私は整った顔立ちをしていなかったのであまりこういう目で見られることはなかったけど、園にいた妹たちの中にはこういう視線に晒されていた子も何人かいて、よく相談を受けていたっけ。


「どうだね?それを私に譲ってはくれないか?」

「…この魔法の鞄を、ですか?」


 予想通りの反応ありがとうございます。

 断固お断りさせていただきますとも。

 でも面白いからちょっとだけどういう態度に出るか見てみようと思う。


「そうだな…君はそれをいくらで手に入れたのかね?」

「…これはとあることから偶然私の手元に来ました。なのでお金はほとんどかかっていません」

「なるほど…。では君が今支払った白金貨二枚をそのままお返しするということではどうだろう?」


 どうだろう?じゃないよ。

 どれだけぼったくる気なの?

 普通に考えてこの魔法の鞄、リードと同じくらいの容量だとしても白金貨二百枚はするものなんだよ?

 でもまだまだこのまま流されてみよう。


「とてもではありませんが、その金額でお譲りすることはできません」

「なんだとっ?!この私が平民風情から買い取ってやろうと言っているのを断るというのかっ?!」


 平民風情かもしれませんが、そんなあくどい商売する人にはとてもじゃないけど売る気になんてなれないよ。


「では白金貨五枚」

「売れません」

「十枚」

「売れません」

「…白金貨十枚と言えば平民が数年は働かなくても過ごせるだけの金額だというのにか。では二十だ」

「いくら積まれてもこの鞄を売ることはできません。ですが…こちらなら」


 そう言って私は日用品の入ってる腰ベルトから小さな魔法の鞄を取り出した。

 これはここに来る前に露店で買った鞄に魔石を入れたものだ。汚くてもみすぼらしくても良いから頑丈なものをと、銅貨一枚で購入した。魔石は自分の手持ちの水晶を魔石にして空間魔法を付与したものだが、それでも内包魔力は三千を超えている。

 普通に考えたらこれでも白金貨百枚はくだらないものだが、原価は銅貨一枚だ。

 さて、これでどういう反応を見せてくれるか楽しみだね。


「それは?」

「これもちょっとした伝手で手に入れたもので普通の農家一軒分くらいの容量はあります。多少鞄自体は見窄らしいのですが、頑丈で長持ちすることは間違いないでしょう」

「ほう?それはなかなかの品だな。それで、その魔法の鞄をいくらで譲ってもらえるのかな?」


 やっぱり食いついた。

 魔法の鞄自体はとても有名な道具だけどあまりに出回っている数が少ないため値段が高騰しやすい。場合によってはこんな適当極まりない物でもオークションに掛けられて値段が吊り上がっていってしまうらしい。

 いつでもいくらでも作れる私からしたら馬鹿馬鹿しいことこの上ない。


「こちらを白金貨百五十枚でお譲りします」

「ひゃっ百五十だとっ?!馬鹿も休み休み言え!そんな金額で買い取れるわけなかろう!」

「何故ですか?…それが販売価格だからでしょうか?」

「ぐっ……あぁそうだ。そのくらいの魔法の鞄であれば販売価格はそのくらいだろう。そうなればそんな金額で買い取ったら利益がほとんど出ないではないか」

「そうでしょうね。ではこの話はなかったことにしましょう」

「ま、待て!五十枚出そう!それで手を打たないか?」


 私が魔法の鞄を再び収納しようとしたところでヤイファが立ち上がって手を突き出してきた。私を止めようと伸ばしたのだろうが、その手を簡単に避けて立ち上がって腰ベルトに魔法の鞄を収納した。

 だがヤイファはそのままバランスを崩してテーブルに倒れ掛かってしまった。


「今貴方が仰ったでしょう?『百五十枚は販売価格』だと。ですので、私がこちらのヴィンセント商会に『販売』する価格が百五十枚なのですよ」

「くっ……」

「とは言え、私もいきなりそんな大金を用意しろなんて言いません。こちらにある宝石類をもっと見せていただけませんか?勿論気に入った物があれば正規の金額で購入させていただきます。但し、今度は化かし合いは無しで真っ当な取引で、という条件も付けさせてはいただきますけど。この要望を聞いていただけるのであれば、先程の魔法の鞄を白金貨五十枚でお譲りしましょう。いかがですか?」

「……それはこちらとしては願ってもないことだが…何が狙いだ?」

「私はもっといろんな宝石が欲しいんです。だからここならきっともっとたくさんの宝石があるに違いないと思っています」


 テーブルに突っ伏していたヤイファはそのまま床のカーペットの上に座り込むと何かを考えるような格好をした後、勢いよく顔を上げた。


「よし、いいだろう。おい、伯爵以上に見せる装飾品関係を見繕って持ってこい」

「あ、できれば珍しい宝石なんかも良いですね。装飾品になる前の原石の状態でも構いません。とにかくいろんな宝石を見せてください」


 ヤイファと私がそう言うと後ろに控えていた男性店員は頷き、再度丁寧な礼をして部屋を出ていった。


「ところで、あの男性店員さんはなんと仰るのですか?」

「うん?アレか。カンファ・ヴィンセントと言う…私の息子だ」

「…彼はとても良いのに、なんで親はこんななんだろう…」


 私がヤイファに聞こえない程度の小声で呟くと「何か言ったか?」と彼も聞いてきたが「なんでもない」とスルーしておいた。

 親が駄目だと子どもは反面教師にして正しく育つものなのかね。

 私の前世の親も本っ当に駄目な親だったけど…この人はまたベクトルの違う駄目親だね。

 それでも育児を放り投げていないだけまだマシと捉えるべきなんだろうか。私じゃそういうことはわからない。もし将来家庭を持つことがあったとしても子どもなんて持てるのだろうか…。

 そもそも「私より強い人」と婚約するようなことを公言してる私としては結婚相手なんて見つかる気もしないけどね。

 その後ヤイファが指示して女性店員に紅茶のお代わりを入れてもらい、更にお茶菓子まで出てきた。

 小麦粉と卵を混ぜたものを焼いて大量に砂糖を振り掛けたもので紅茶にはよく合う。というか紅茶が無いと食べられないくらい甘い。これはやりすぎだと思う。

 それでもこうして高価な砂糖を使ったお菓子を出してきたということは相応の客として対応するという表れだろう。私もそれからは特に何かを言うことも無く、テーブルの上にはさっき一度片付けた魔法の鞄を出してある。

 売るつもり満々ですよということだ。

 これで宝石がもっと手に入るならこんな物どうでもいい。中に入れた水晶はちょっと勿体ないけど、これも石英を集めればどこでも作れるような小さな水晶でしかない。


コンコンコン


 待つことしばらく。

 小気味良い調子でノックされると出ていったカンファさんが戻ってきた。

 今回は一人ではなく数人の店員と一緒だ。それもそのはずでいくつもの木箱を抱えて戻ってきたのだ。

 彼自身は小さな木箱を抱えているだけだが、後ろから続く店員達は顔が見えないほどの大きな木箱を抱えている者もいる。

 これはなかなかに大変だっただろう。

 というか台車でも使えばいいのに。…無いのかな?馬車があるんだからそういう荷物を運ぶための台車くらいすぐ思いつきそうなのにね?


「お待たせしました」

「遅いぞ!……いや。カンファ、お前も挨拶しておけ。ひょっとしたら今後贔屓にせねばならんかもしれんからな」


 そう思うことこそ遅いと思うんですがね?

 カンファは苦笑いを浮かべるとニコニコと微笑んでいる私に向き直り綺麗な礼をした。


「私はカンファ・ヴィンセントと申します。今は番頭である父ヤイファの下で修業中の身ですが、今後とも当商会をよろしくお願い致します」

「ご丁寧にありがとうございます。私はセシルです。こちらこそよろしくお願いします」

「セシル様は貴族院に通われてらっしゃるのですね。その制服を一目見てわかりました。失礼ですが、どなたの従者として入学されたのでしょうか」


 おや?ヤイファは気付かなかったところを突っ込んできた。

 ちゃんと世間話から相手との溝を埋めようとするところはとても接客慣れしていて上手いと思う。

 折角なので、商談に入る前にもう少し彼との会話を楽しむことにしようかな。

今日もありがとうございました。

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