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月華燃ゆる  作者: ぼたん鍋
第一部 月が照らす世界は何色か
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第伍話 時は水流の如く


「御中くん、右から来ます!」


 背中合わせに円を描くように固まる三人――御中、高御、咲耶――。咲耶の正面、御中の右方向から二体の黒影こくえいが迫っており、咲耶の合図で緊張感が一気に増していく。


「了解! 高御、後ろ頼む!」

「わかった」


 御中が合図を出すのとほぼ同時に、隣り合っていた高御が御中と背中合わせになるような位置まで素早く移動する。向かってくる黒影に対して、正面に御中、その後ろに咲耶が対峙する。そして、後ろからの黒影に対しては、高御が待ち構える。


「はあああああ!」


 御中は迫りくる黒影に向かって走り出し、一気に距離を詰める。手が届く位置まで来たところで、手にもった細い長剣を黒影に向けて振り下ろす。剣先が当たる瞬間、意識をその一点に集中させる。すると、わずかに剣先が赤みを帯び、黒影の身体を中心から二つに切り裂いていく。身体を半分にされた黒影は、裂け目の部分から色が灰色に変色していき、最後には全身が砂のようになって、地面に吸収されていく。


「次、来るよ! 咲耶!」

「はい!」


 すぐ後ろに控えていた咲耶は、御中と入れ替わるように前へ出ると、続く黒影に対して正面に立つ。その手には、御中と異なり長い槍が握られている。


「ごめんなさい……」


 静かにそうつぶやくと、咲耶は足元のぬかるむ地面に向かって、槍を真っすぐ突き立てる。すると、突き立てた部分から泥の波が起こり、黒影の元へと走っていく。真下に届くと勢いよく隆起し、黒影の左右に泥の壁が出来上がる。挟み込まれる形になった黒影は、たちまち泥の壁に圧し潰されていく。壁が崩れ落ちると、挟まれた黒影は断末魔さえ上げることなく、跡形もなく消えてなくなっていた。


「さすが咲耶、すごい神通力だね」

「いえ。御中くんも、すっかり剣の腕を上げましたね」


 御中と咲耶は片手を揚げ、音が鳴るくらい強めに叩き合わせる。


「お二人さん、どうでもいいけど、後ろから来てるやつのこと、忘れてない?」

「おっと」

「すみません」

「まあ、それはこっちで倒しておいたけど」


 二人に向かって、ゆっくりと高御が歩いてくる。どうやら、後ろから来ていた二体の黒影は、高御が一人で倒してしまったらしい。剣の修練を積んだことで、御中も以前よりは戦い方に無駄がなくなったと思っていたが、高御のそれは御中とは比べものにならないくらい、素早く、そして正確な身のこなしだった。

 高御はどの戦闘でも、黒影が視界に入ると同時に、長さ違いの二本の短剣をもち、我を忘れたかのようにものすごい早さで突っ込んでいった。その姿は、ともに戦う御中の目にも、時に恐ろしく感じるほどの鋭さがあった。


「高御くんも、元々剣の扱いが上手でしたが、ここ最近はさらに上達しましたね」

「まあ、おれにはこれしかないから」


 短剣をしまい、腰に差してあった木刀をなでる。高御はあの日からずっと、最初の木刀を大切そうに持ち続けていた。時より木刀に視線を向けて、刀身を優しそうになでるその姿は、まるで剣と会話するかのような仕草にすら思えた。


 あの日。御中と高御が生まれ育った村が黒影によって焼かれ、咲耶に助けられたあの日から、すでに五年の歳月が流れていた。二人は五つ歳をとり、お互いに、それなりに成長しているように見えた。


 三人にとって、五年という時の流れはあっという間だった。


 禍津を倒すために必要となる十拳剣を探すため、この芦原のどこかに存在するという高天原を目指して始まった、御中たち三人の旅路。道中、黒影に襲われることは数えきれないほどあった。それでも、その度に傷を負いつつも、三人で助け合いながら退けてきた。そのおかげか、御中は剣の扱いが上達し、神通力を合わせた戦いにかなりの幅が出てきていた。


 咲耶は元々神通力の扱いが飛び抜けてうまく、槍を持ってはいるものの、ほとんどの黒影を神通力で倒してきた。その戦い方は御中とは違い汎用性が高く、周囲に存在するあらゆるものを利用して戦いに臨んでいた。時折神通力の扱い方を教わってきた御中だったが、その腕は未だ咲耶には遠く及ばない。


 三人の中で最も特筆すべき成長を遂げたのは、神通力を扱えない高御だった。旅に出てしばらくの間、高御は三人の中で唯一黒影を倒すことができなかった。なぜなら、高御の剣の腕がいかに優れていても、直接的には黒影に攻撃を与えることができないからだ。そこで咲耶は、旅の途中で行商人から買った二本の短剣に対して、咲耶が神通力を流し込み、高御専用の武器として鍛えた。定期的に剣を新調する必要はあるが、今では高御の飛び抜けた剣の技量もあり、対黒影では真っ先に先陣を切る、頼もしい戦力になっていた。

 咲耶は、槍の先に付着した泥を払い、高御の横へと歩み寄る。


「そんなこと言わないでください。高御くんにはいつも助けてもらっています」

「そうだよ、高御。今じゃもう、剣だと高御に適わないよ」

「剣では、ね」


 笑うことなく、真っすぐと御中を見つめる。その目は、以前のような無邪気さはなく、黒影に対して向けるような、冷たい色味を帯びている。


「まあ、これはおれだけの力だから。これからもどんどん黒影を倒すよ」


 そういうと、ようやく顔を緩ませるように、高御の顔はほぐれていく。きっとあの瞳に映った冷たさは、なにかの勘違いだろう。御中は頭の中から疑念を振り払い、身体の強張りをほぐすように、軽く背伸びをする。


「二人とも、そろそろ移動しましょう。ここに留まっていたら、また黒影に襲われてしまうかもしれませんよ」

「うん、そうだね」

「ああ、わかっている」


 辺りは、三人の腰くらいまで伸びた草に覆われている、広い湿原だった。足元はぬかるみ、歩く度に少しずつ体力を奪っていく。この湿原に入って、すでに三回目の夜を迎えている。御中も高御も、いい加減乾いた地面で休みたいと思い始めていた。


 この五年で、三人は様々な土地を歩いて回った。多くの人が集まって暮らす村。一面に花が咲き乱れる丘。痩せて乾いた土地。壊れた建物が今なお残る洞窟。黒影を倒しながら高天原を目指して歩き続けた。行く先々で十拳剣に繋がる情報を耳にしては、その真偽を確かめるために次の土地へ移動していった。五年の歳月は、ずっとその繰り返しをして、瞬く間に過ぎていった。


「今度の情報は確かなの?」

「わかりません。ですが、聞いた話が本当か嘘か。実際に聞いて確かめたいと思いました」


 少し前まで、三人は小さな村に滞在し、いつものように高天原や十拳剣についての情報を集めていた。しかし、有用な情報は簡単には得られず、そろそろ次の土地へと移動しようかと考えていたとき、朗報が舞い込んできた。通りすがりの旅人曰く、湿地帯に住む夫婦は、かつて遠方の誰も知らぬ地からやってきたという。


「それが高天原のことかどうか。それは私にもわかりませんが……」

「嘘じゃなきゃいいけどね……」

「高御、そんな足蹴な言い方しないでくれよ」

「別に、そんな言い方してない」


 睨み合うような視線を向け合う御中と高御。


「まあまあ、二人とも。落ち着いてください」


 優しく、穏やかな声で二人を諭す咲耶。その声を聞き、二人はどちらからともなく視線を逸らす。


「うん……、咲耶がそう言うなら」

「わかってる」


 止まない雨によって、二人とも気が立ってはいた。しかし、高御のその口調は、どこかとげがあるように感じられた。


 時の流れは変化を及ぼした。二人にとって五年という歳月は、性格を変えるには長すぎるほどの時間だった。まだ村で暮らしていたときは、お互いに思っていることをなんでも口にして言い合い、その都度喧嘩しながらも仲良く過ごしてきた。剣の修練も一緒に行い、同じところで寝て、同じところで起きて、同じところでご飯を食べていた。


 しかし、今の二人は違う。二人の間には、見えない線が引かれたかのように、以前はなかった溝ができていた。


 御中は、咲耶と神通力の修練を積むようになり、自然と高御との剣の修練は減っていった。すると、次第に高御は口を開く回数が減り、たまに開いても悪態をついたりするような、以前の様子からは考えられない性格になっていた。今でも、二人は互いに話し合い、近くで寝食を共にしている。しかし、その距離感は確実に開いていた。自然と、お互い別々に行動することが多くなっていた。


 もちろん、咲耶もその状況をずっと無視していたわけではない。積極的に声をかけて三人の時間を作っていた。昔の話をしたり、これからの話をしたり、そんな他愛もない時間を過ごした。それでも、こうして二人は対照的な性格になってしまったのだから、咲耶にはその原因がさっぱりわからなかった。


 いつしか咲耶も、男の子とはそういうものだと考えるようになっていた。今ではすっかりこの構図――前を歩く御中と咲耶、後ろからついてくる高御――に落ち着いている。


「今日はここで休みましょう」


 咲耶の声を聞いて、御中と高御は視線を前へ向ける。そこには、ぬかるむ湿原の一角、大きな岩が不規則に重なる洞穴のような場所が存在していた。

 咲耶の横を歩いていた御中は、背負っていた食糧や調理器具などが入った荷物を乾いた地面に降ろして、大きく息を吐くように深呼吸する。少し後ろからついてきていた高御は、なにも言わずに御中と咲耶の横を通り過ぎ、洞穴の奥へと進んでいく。この奥に黒影が潜んでいないか、あるいは別の脅威がないか、確認に向かったのだ。こうしたそれぞれの役回りも、五年の旅路の中で自然と三人の中に定着していた。


「大丈夫だと思う。ここ、すぐに行き止まりになるくらい小さな穴だった」

「そうか。高御、ありがと」

「ありがとうございます。高御くん」

「ん」


 高御がほんのわずかな時間で戻ってきたことから、確かにこの洞穴はとても小さなものらしい。それでも、三人が一晩寝泊りするには十分な大きさがあるように見えた。


「それじゃあ、食事の準備をしますね。二人とも、少し待っていてくださいね」

「なにか手伝おうか?」

「ありがとう、御中くん。でも食事の準備は私一人で大丈夫です。それよりも、なにか燃えやすいものがあったら拾ってきてくれますか? 燃やすための木の枝は、昨日で全て使い切ってしまいましたので、お湯を沸かすためになにか欲しいのですが……」

「了解。ちょっと待ってて、高御と探してくるよ」

「本当ですか? それでは、お願いします」

「うん」


 咲耶は、地面に腰を下ろして休んでいた高御にも視線を向ける。


「高御くんも、お願いしてもいいですか?」

「……、わかった」

「ありがとうございます」


 少しためらうような、面倒くさいと言いたげな表情をした高御だったが、咲耶の笑顔に負けたのか、再び腰を上げて洞穴から出ていく。御中も、その後に続くようにして、再び湿原の中へと歩を進めた。


 外は一面の白景色。天気は生憎の雨。それもこの数日、ずっと降り続いている。もしかしたら、この湿原は元々野原で、この雨のせいで今だけ湿原になってしまっているのではないか。そんなことすら思える天候だった。

 御中は、洞穴から少し歩いたところで良さそうな小枝を拾い集める。乾いた、という状態とはお世辞にも言えない小枝だったが、この雨のことを考えると、そんなものはないということが容易に想像できた。

 しばらくの間小枝を拾い続けると、お湯を沸かすためには十分なほどの量を容易に集めることができた。


「よし、こんなもんかな」


 一通り、辺りを歩いて周り、手ごろな木の枝は確保した。多く含まれた水気は咲耶がなんとかしてくれることを期待して、ひとまず洞穴に戻るため、歩いて来た方向を振り返る。


「ん? あれは……」


 振り返った御中は、視界の端に、雨に打たれながら地面に横たわるなにかを見つけた。目を細め、じっとその正体を探る。


「え? もしかして……人?」


 白くもやがかかったように視界が悪い中、御中の目にぼんやりと姿形が入ってくる。身体は細く、服が濡れたまま倒れているせいか、土の色をそのまま塗ったような、焦げ茶色に全身を包まれていた。


 なにかを考えるよりも早く、御中の身体はその方向に向かって走り出していた。なにもなければそれでいい。人ではなく、ただ、地面の盛り上がりが人の姿に見えただけだというのであれば、それはそれで構わない。御中が走って疲れるだけだ。だがしかし、もしも黒影に襲われた人だったら。その一心だけで、御中の足はものすごい早さで前へと進んでいく。


 地面に溜まった水を踏みつけるような音を響かせながら、御中は力の限り走った。


「やっぱり……。ねえ、大丈夫?」


 御中の目に映ったそのなにかに近づくと、やはりそれは人だった。それも小さな、見たところ自分よりもさらに若い、年の頃十そこらに見える女の子だった。


「ねえ、大丈夫? しっかりして!」


 声をかけ、強めに身体を揺すっても、倒れた少女に反応はない。


「とにかくなんとかしないと」


 神通力でなにかをしようにも、今の御中の力量では目の前の女の子を助けることは難しい。それならば、洞穴で食事の準備をする咲耶の元へ連れていくしか、この女の子を助ける術はない。

 御中は、迷うことなく手にもった小枝の束をその場に投げ捨てる。そして空いた手で、倒れる女の子を抱きかかえた。見た目通り、女の子の身体はとても軽く、腕にかかる重さは決して運べないほどのものではなかった。


「無事でいてね。すぐになんとかするから」


 自らの手で救うことができないもどかしさを感じたのか、御中の目は引きつり、口元は堅く結ばれていた。


「よしっ!」


 腕に力を入れ、周囲を覆う水の流れに意識を向ける。強く目を見開くと、背負う女の子に降り注ぐはずだった雨だけが、直前で割れるように左右へ大きく曲げられる。


「ほんの少しだけど、これで安心だからね」


 そうつぶやくと、視線を前にだけ向けて、勢いよく走り出す。洞穴まではそれほど距離が離れているわけではない。それでも、わずかの間でも、この女の子を傷つける者から守りたい。守ってあげたい。そんな想いからの神通力だった。


 御中は、ドロドロになった地面に足を取られないように、必死になって洞穴へと向かった。


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