chapter1-1:憐れな鳥
「私の護衛を?」
「え、えぇ………」
肩までのブロンドの髪に、良く映えるワインレッドのドレスを着た女性が、メイドの話を聞いて暫し思案していた。
「どんな方?」
質問を受けた初老のメイドは、困惑した様子で答えた。
「それが、青年と少女でして。お引き取り願ったのですが、聞き入れてくれないのです。申し訳御座いません。本来ならば、私どもで処理しなくてはならないのですが………」
メイドがあまりにも申し訳なさそうにするので、その女性は苦笑しつつも、既に自分に起こる事を見透していた。
この女性の名は、ウィスカ。
ウィスカ=コンツァール。
小さな国の伯爵令嬢であり、そして、アリスが見せられた写真の女であった。
「そうね。折角だから、此方に通してあげて。」
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「ふぁ〜!でっかいね!」
ピンクのウェーブの髪を背中で揺らし、無駄に女の子チックなワンピースの少女が感嘆の声をあげた。
その隣では、背の高い赤毛の青年が厳しい目付きで佇んでいる。
「しっかし、本当に紅い魔物はここにくるの〜?」
反応を示さない青年に、半ば不貞腐れながらも少女が問い掛けると、青年は頷いた。
「当たり前だろ。この辺りに住む異端は、もうこいつしかいねぇって言ってたからな。なんだ?お前は、リクアの読みを疑うっつーのか?」
「それは無いけどさ〜。でも…………」
「あまりにも、堂々すぎるだろ、この異端。」
「うん。でかいね」
「あぁ。でかいな」
そう、青年は厳しい目付きをしていた訳では無い。ただ単に、呆けていたのだった。
自分達はばれない様、隠れ家でひっそりと生きているのだが、目の前の建物は普通の者からみても大きく、豪華だ。
一瞬、この差に嫉妬を覚えた二人だったが、すぐに思考を別のものへと変える。
「ねぇ、入れてくれなさそうだよね。さっきのおばばとか、帰れの一点張りだったし。………どうすんの?」
その問いに、青年は悪戯に笑った。
「そん時は、忍び込むに決まってんだろ?」
しかし、青年はそう意気込んだが、彼が言ったと同時に屋敷の門が音も起てずに開いた。
まさか、こんなにもすんなりと入れるとは思っていなかった二人は、思わず呆気に取られる。
二人ともが、一歩を踏み出せず、暫しその場で開いた門を見つめていた。
"なにをしているの?せっかく、正規に招き入れてあげるというのに………"
するとどうだろう、二人に声を掛ける者がいたのだ。いや、正確には、頭に直接語りかけてきた。
二人はこの感覚を、嫌という程知っている。二人も、仕事の時に良く使用するのだ。
これは、異端特有の力。言葉を介さず、もっと深い所で繋がっている絆の証だ。
彼等が目をつけた者が、はっきりと異端だと分かった今、戸惑い躊躇する必要は無かった。
目的と野望の為、二人は屋敷の門をくぐった。
刻は夕暮れ。この刻はまだ、闇に佇む魔物は、繋がれている。
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「アカガキタヨ!」
「ヒサシブリノアカガキタ!」
アリスが空を飛び始めると、その周りを数多の鳥が囲み始めた。
夜間は活動出来ない筈の鳥達は、彼女との再会を口々に喜び、嘶いている。
勿論、彼等の言葉を人間が理解出来る訳がない。理解しようともしていない。
しかしアリスは、人との関わりを学ぶ期間が無く、最低限のコミュニケーションも取れない程に言葉も拙かった。しかしその変わりに、彼等との絆を育む事が出来たのだ。
彼等の言語は共通であったので、鳥類だけ無く総ての生き物、言うなれば猛獣から木々、風までもと会話が出来るのだ。だが、彼女の短時間の自由では、風と空を生きる世界とする鳥だけが、友となれた。
「ひさし………ぶり」
「アイカワラズ!アリスハ、コトバガニガテ!」
既に膨大な数の鳥が囲んでおり、端から見ると、それは闇夜に浮かぶ雨雲にも見えるのだろう。
アリスは目的の場所へと向かいながら、暫し彼等との会話を楽しんでいた。
彼女に自分の感情が理解出来たのならば、楽しんでいたと言える。
しかし、彼等との会話中、胸に宿る温もりの正体が何なのか、今の彼女に分かる筈はない。
鳥達も、自分達以上に純粋な心を持つが、残酷な運命と汚れた手を持つアリスが、哀れであり、穢らわしくも思うが、何よりも愛しいのであった。