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 此処か。やっぱりトンネルの前にいる。彼は悪びれる様子も無く笑顔を向ける。彼の手にはジュージューと音を立てる鉄板に乗ったハンバーグ。ご丁寧に温野菜付きだ。でも素手では食えないな。鉄板を受け取ると、彼はズボンのポケットからナイフとフォークを出した。何かちょっと生温かい。少し萎えたけれど、貰えるものは貰う。水欲しいなーって言って見たけど、取りに行く姿を見せられないからかな、珍しく無視された。


 食事を終えると、彼が立ちあがる。


「さぁ、トンネルへ入りましょう」


 何でトンネルに入るの? だって、貴方は私に此処にいて欲しいのでしょう? 第一、出口前に行ったら刺して。メリットが一つも無いじゃない。


「……うん。どうして、入るんだろう。本当に。お姉さんがずっといてくれたら幸せなのに」


 寂しそうな顔をする。素直に事情を話してくれれば良いのに。どうして、言わないの? まぁ、入るつもりだったから良いけどね。


「出発進行~!」


 ・ ・ ・


 真っ暗なトンネル。もう三回目か。前回の時点でだいぶネタ切れしてたみたいだけど、そろそろ自分のこと話してくれるかしら。


「今度は……恋愛のことについて聞いちゃおっかな」


 変な質問はしないでね。質問によっては一人で走ってトンネルの先まで行っちゃうんだから。


「そ、そうか。陸上部だからやりかねないな。初恋は何時?」


 初恋。確か幼稚園の時、隣のクラスの男の子に。でもその子、お母さんにべったりしてるの見て、子供ながらに引いたんだっけ。


「幼稚園児なのに? それくらい良いでしょー」


 違うのよ、尋常じゃなかったのよ。ママ、ギューって。しょっちゅうママとキスしてるし、何よりママがいかにもザマスな感じで。こんなママと子供嫌ーって。


「それは嫌かも……ぶっちゃけ、付き合った人数は?」


 中学に一人。高校ではニ人。大人になってから付き合ったのは、今の彼だけだな。学生時代はね、数か月で何だか合わないなって思ったのよ。でもね、今の彼は本当に良い人。のんびり屋でちょっと危なっかしいけど、私が辛い時は黙って料理作ってくれるの。さっきみたいに、ハンバーグとか。


「そう。お姉さん、今の彼氏のことになると話止まらないよね。ちょっと焼いちゃうよ」


 だから、焼かれる程出来た人間では無いのよ。むしろ彼の方がね。


「また、彼氏の話。好きなんだね」


 ……うん、大好き。なんつって! 恥ずかしくて言えやしないけどねーっ!! あのね、貴方ももっと可愛い彼女出来るはずよ。もし自信が無いなら私も話し相手になるけど、なるべく自分でアタック出来る様に頑張りなさい。それにね、仮に彼女に別の彼氏が出来ても、私にやったみたいに手を出しちゃ駄目。怒ったり泣いたりしても良いけど、簡単に他人を傷つけちゃ駄目よ。それは、一生自分の傷になってしまうんだから。


「僕はさ、お姉さん以上の女性いないと思うよ。いたとしても、会えないんじゃないかな」


 弱気になっちゃ駄目よ! まずは外に出なくっちゃ。


「お姉さん、何か熱いよ?」


 ふふ、確かに。先生のこと話したからかな。何だか思いだしたらつられちゃった。


「彼氏って、顔はどう?」


 貴方に比べたらちょっと劣るけど、人間顔だけじゃないわ。でも可愛い顔してるわよ。体型はまぁ普通かな。背は私と同じくらい。


「……そう、だよね」


 でもね、顔だけじゃないけどね、貴方も悪い人じゃないのよね? それは、喋ってたら何となくわかったから、ね。


「そう言うこと、言わないで欲しいな……手放せなくなっちゃうから」


 あら、じゃあ貴方は相当なクズ男ですって言った方が良かったかしら。それも、間違っては無いけどね。


「今更だよ」


 ふふっと控え目に笑う彼。どうしてだろう、三回も危ない目にあったのに、彼の言動を見て聞いていると、どうしても悪い子には思えない。


 ねぇ、私に聞きたいこと散々聞いたんだから、そろそろ答えてもらえないかな? 貴方のこと。


「何のこと?」


 さっき言ってた弟のこととか、君がトンネルを抜けたくない理由とか。もっと、家族のこととか、好きなこと、嫌いなこと、趣味、そうね……下着の色もついでに聞いとこうかしら。


「下着は緑だよ」


 ……そこは答えなくて良いのよ。他のこと。何でも良いから貴方のこと、教えてほしいわ。じゃないと、私は貴方のことをぼんやりとしたイメージでしか考えられないもの。


 すると、彼は息を呑んでから話し始めた。静かなトンネルの中だから、生唾の音も結構耳に入るものね。


「お姉さん、僕の質問に答えてさ、ぼんやりとしてた記憶、どうなった?」


 どうでも良い様な質問も多かったけど、答えながら思い出を振り返った気がする。思いだしたら、何だか今まで気にも留めない様な事もふと浮かんだ。今思うと、初めてあの場所にいた時より、大分記憶がしっかりしている。此処に来る直前の記憶を除いては。


「うん。やっぱりそうなんだ。僕の方なんだけど、さっぱりなんだ。なんてったって、そもそも記憶なんてあって無い様なものなんだから」


 記憶がない? 彼がトンネルから抜けられない理由は其処にあるのだろうか。記憶喪失で帰る場所も無いから?


「ううん。そもそも僕は、生まれたけど赤ちゃんの時にすぐ死んじゃった。そんな奴なんだ。だから彼女は当然いないし、人と言う人と関わったのはお姉さんが初めてなんだ」


 死んだ人? じゃあまさか、このトンネルは……。


 徐々に思い出して来た。私は、道路に飛び出した少年を助けようとして車に轢かれたんだっけ。じゃあ私、死んでるんだ。本当に、死んじゃってたんだ。もう、もう、家族に、先生に、大好きなあの人に……会えないんだ。


 体の震えが止まらない。悲しくて、寂しくて、涙も止まらない。水分なんて随分ととって無いのに。こんなに涙って出るものなのね。


「……泣かないでよ、お願いだから」


 ごめんね。あれだけ言いたいこと言っておいて、こんな時にボロ泣きなんてね。酷い人だよ、私本当に。でもごめんね、本当に、本当に寂しくて悲しいの。


「お願いだから、聞いて!!」


 彼は私の両手を握り、強気な表情で怒鳴る様に言った。あまりの変わり様に、驚いて一瞬涙が止まった。


「でも今お姉さんは生と死の狭間で必死に生きようとしてるよ。大好きな人達の為に。始めは僕さ、お姉さんを真直ぐ連れてこうと思ってたんだ。でもさ、お姉さんに質問してくうちに、知りたくなっちゃったんだよ。お姉さんのこと、そして、君から見た、僕の弟のこと」


 弟のこと? 私は彼の弟さんとあったことがある? 私が答えた中で出てきた男と言えば、お父さん、私の弟、それに……秋次(あきつぐ)、彼氏。まさか……。


「うん。僕の弟。君、まだアイツの家行ったことないだろうから分かんないだろうけど、普通に仏壇に写真あるからね。まぁ、見てもわかんないだろうけど。赤ちゃんだし」


 でも、秋次は私のニつ下。十九だし……幾らベビーフェイスとは言え、兄だとしたら年の近い私のことをお姉さんだなんて。


「それは、初めて会った人に急に名前で呼べ無いじゃん。分かってないなーそれに、僕生きてたら二十歳だしね。それは良いとして、お姉さんのこと聞いてたらさ、何だかお姉さんのこと好きになっちゃったんだ。弟が付き合うのも分かるよ。けど……」


 彼は大きなため息をついた。私は生きられるかもしれないけれど、彼は生きられない。そんな現実に、私は何と言ってあげればいいのか。言葉が見つからない。


「悔しいよ。弟ばっかり幸せで。兄の僕が死んでさ、親はショックだったんだ。だから、次生まれた子は僕の分まで大切に育てようってさ。愛情たっぷり注がれて育ったんだよ。のんびり屋なのは、そう言う育て方されたからじゃないかな。でさ、そんなところに惹かれて、お姉さんまで弟のこと好きだって言うじゃないか。……やってらんないよ。僕はまた、ひとりぼっちになっちゃんだ」


 そんなこと、無いよ。


「一緒にいてくれるって? ……本当はずっと抱きしめていたいくらい望んでるけど、弟のこと思いながらずっといられても空しいしね」


 ううん、違うよ。確かに、確かに貴方は辛い境遇だった。だけど、もう自由になっても良いのよ。きっと、両親が秋次をお兄さんの分まで手塩かけて育てたのは、お兄さんへのごめんねって気持ち。お父さんお母さんはね、貴方にこんなところで立ち止まってもらって欲しいとは思って無いよ。貴方が幸せになることを祈ってるはずよ。


「でも、怖いよ。また一から始めるなんて。知らない人ばっかりの中で生きていくなんて」


 大丈夫よ。だって貴方、初対面の私に図々しくも色んな事聞いて来たメンタルだもの。絶対生きてける。例え無人島でもね。


「そうかな……その時は、お姉さんつれてかないとね」


 貴方もマザコンって言われちゃうわよ?


「イジワルだなぁ、お母さんだと思って言ってるわけじゃ無いのに……お姉さんには先客がいるから、仕方ないか」


 そうそう。


 私は彼と手を取り、出口の手前まで歩いて立ち止まった。


「僕、本当に大丈夫かな」


 何かあったら、お姉さんに言いに来なさい。すぐに駆けつけるから。


「有難う。生まれ変わったら必ず会いに行くよ」


 せーの! 真っ白で先の見えない光に飛び込んだ。眩いほどの光に目の眩んだ私達は、思わず目を瞑った。

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