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「あれ、破棄するの大変じゃなかった? どうやってやったの?」


 あれかい? 君には悪いが、僕なりに信頼出来る人間にしっかりと説明して、気持ちが一致した上で本、データ共に捨てたんだ。あの研究に特に熱心だったアイツにも言ってみたら、アイツも理解してくれたよ。あそこのチームも、まだ腐っちゃいないみたいだよ。


「そう。それは申し訳なかったわね。みんなのこと、もう少し信じてあげれば良かった。以前、とても信頼していた学者に、二人で研究していたものをさも一人で研究していたように学会で発表されたことがあってね。それ以来あまり人は信用出来なくて」


 そうだったのか。そんなこと今まで知らなかったよ。でも、それ本人に直接言ったのか?


「ううん。大した発見じゃないから」


 そういう問題じゃないだろう。君はな、他人にもっと関心を持った方が良い。そうしないと、何が良くて何が悪いかなんて分からないだろう。


「そうね。関心なんてある様で無かったのかしら。だとしたら不思議ね、貴方には関心があったのかもね」


 彼女はにこっと微笑んだ。関心、か。仕事中、彼女とは張り合ったり喧嘩することも多かったものだが。だが、他のものに比べて、一番話していた相手かもしれないな。


「さっきは聞き流しちゃったけど、婚約者出来たって? おめでとう。でも、奥さんにするなら大切にしなさいよ。あと、多少のホコリがあっても彼女の前で掃除しちゃ駄目よ。彼女がいなくなった時こっそりやってあげないと」


 何故君にそんなことを言われないといけないんだ。そんなことは分かっているよ、潔癖症であることは彼女に言って無い。


「言った方が良いんじゃない? 後でどうせボロが出るわよ。今のうちに潔癖症だからたまに細かいこと言ってウザいかもしれないけど、たまに聞いてやってねーくらいのこと言えば?」


 だから何故君にそんなこと……僕がそんな言い方をする様な人間に見えるかい?


「見える? リック」

「見えない」

「ですって」


 少年に見えないと断言される男だ。そんなこと言えるわけがないだろう。


「貴方、そんな意地張ってると、そのうち別れるわよ。奥さんになるってことはね、大概の人は、昔より自由を失うってことなの。小さな箱庭に閉じ込める形になるんだから、少しでも彼女のことを尊重して、自由を作ってあげないと」


 何だ君、普段そんなこと言わないのに。第一、君なんて自由の塊じゃないか。それに、妻になって働こうが遊ぼうが僕は気にしない。


「私は貴方のことを思って言ってるんじゃないの。相手のことを思って言ってるの。それに、きっと妻になるのは私みたいなタイプじゃないでしょ。婚約者ってどんな人? 多分、優しくて気が弱そうな感じじゃないの?」


 まだ3回しか会ったことないから詳しくは分からんが、穏やかで優しそうだな。あと、全体的に少しのんびりしていて、正直遅い。


「やっぱり。ってか詳しく分からん人と婚約者になる貴方も貴方ね……しつこいみたいだからあんまり言わないけどさ、相手の人、なるべく大切にしてあげてね」

「してあげて」


 少年にまでなだめられる僕。


 あまり気を遣うのは好きじゃないんだが、なるべくそうするよ。まぁ、結婚すると決まってるわけじゃないがね。


「ダニエルってさ、兄弟いたっけ?」


 ああ、一応1歳と3歳違う弟が2人。


「長男かー、でも下が弟だもんね。兄弟とは結構思い出ある?」


 家族旅行とかはそれなりに。ただ、特別すごい話すとか仲が良いわけでは無かったな。だから、弟の学校での話とか、全然聞いたことが無い。久々にこの前会ったが、そこで初めて知った昔の話とかも多かった。


「男の子ってそんなもんだよね」


 君は下に年の離れた弟がいたんだったな。姉から見た弟は可愛いものなのか?


「うん。そりゃあリックみたいに可愛い子でね。でもあの時は家族より好奇心って感じだったから全然話さなかったなー。だからかな、リック見るとギューってしたくなるの」

「そりゃそっくりだよ。本当はオレの弟だもん。まぁ、生まれたのはオレがいなくなった後のことだろうけど」


 オレの弟? いなくなった? どういうことだ?


「気にしないで、こっちの話。良いけど、弟と重ねてもらうのは、まっぴらごめん」

「焼いてんのかい? 可愛いねぇ~」


 馴れ合う2人に入る余地が無い。そして何とも言えない、この腹立たしさ。そうか、よくカップルが公の場でイチャイチャするのを嫌がる者がいるが、恐らくこんな感じの感情なのだろう。


「でさ」


 切り替えの早い彼女は、バサッと馴れ合いモードを切り捨て、話し相手を僕に戻した。不意を突かれ、少し驚く。


「どうして此処に来たの?」


 彼女の質問にため息が漏れた。


 ……やはり、それは重要か。


「ええ、と言うより、単純に聞きたいのよ。私個人として」


 いや何、ちょっとした不運だよ。衝突事故を起こされてしまって。信号無視したのは向こうだから、仮に僕が死んでしまったらかなり厄介だろう。衝突はそこまで酷く無かったから、まさか此処に来るとは思って無かったよ。


「そうなんだ。あんまり理由を言わないものだから、てっきりもっと凄い衝撃的なのかと思った」


 逆に、そんなに衝撃の無い出来事で来てしまったから、言えなかったんだ。


「そうねー何時も冷静な貴方に限ってショック死なんてすると思えないものね」


 ……言うんじゃない。人が必死に遠まわしに言っていたことを。


「でもそれなら仕方ないわね。良かった。まさかとは思ったけど、貴方がこの世界を見たくてわざと来たんじゃないかと思ったから」


 そりゃあ、君が見て僕が見ないなんて悔しいとは思ったさ。君が病気になって以来、話す量も格段に減ったしな。たまに君の中身の無い話を聞きたくなる時もある。だから、来たい気持ちが無かったかと言われると、嘘になる。


「あら、ご指名有難う」


 あのな、決して君に会いに来たと言ってる訳では無いからな。ひょんな出来事になったが、会えて都合が良かったと言っているだけだ。


「はいはい。身の無い話でごめんね。ウミちゃんとカワちゃん元気してる?」


 ウミちゃんカワちゃん、水槽の中にいる熱帯魚のことだ。海なのか川なのかはっきりしてほしい名前だ。


 ああ、元気だよ。君が入院してから、ほぼ僕が世話していた様なものでね。愛着が湧いてしまったよ。今は僕の自宅で飼っている。


「ウミちゃんもカワちゃんも飼い主が貴方ならきっと幸せね。貴方、あの子達には人異常に優しく接してるから」


 人にも優しくしろってね。すまんな、わかってるよ。しかし君、その格好と言い、此処にいることと言い、一体あの後何があったんだ?


「気になる? そうよねー。言っちゃって良いのかしら?」

「分かんない。でも、娘だし良いんじゃない? 駄目なら蛇王様が茶々入れてくるよ」

「そうね、良いわ。もし駄目なことだったら戻った時に忘れてるだろうし、今のうちにね。私ね、霊になった後、此処の監視者ってのになってるの。此処に迷い込んだ人達を導く用にね」


 監視者、それでその制服の様なお揃いの格好なのか。


「ああいや、これは単に、私がこの子の真似したって感じ。かっこよくない? コレ」


 ……まぁ、かっこいいけど……。


「でっしょー。実は中はこうなってんだよ」


 と言って無造作にフードを上げると、中の服には胸元に切れ目が入っていた。その隙間から谷間が覗く。


「な、なにその格好……!」


 リックが顔を赤くして目を逸らした。長いこと一緒にいる様な仲の良さなのに、今まで知らなかったのか。


「何だ、意外とダニエル興味無かった? コレ結構流行ってるのに」


 流行っていることすら知らないし、君のこの姿を見たところで何も。君、ハロウィンの時は何時も胸を開けた格好してるだろ。


「そう言えばそうね。そういやさ、ダニエルって趣味とか無いの?」


 特には。掃除と家事やってれば楽しいくらいだ。


「あっそう? でももうちょっと趣味作ったら? せめて生きがいみたいなのさー。生きてて楽しい?」


 どうだろうか。例えば、今此処でずっと此処にいることとなったとしても、それはそれで良いと思うんだ。君と話すのは楽しいし。


 と、話すと、リックは複雑そうな顔をしていた。そうだな。リックとしては、僕がいたら何かと居心地が悪いだろう。


「けど、戻るんでしょ?」


 仕方ないな。まだ親孝行らしきことをしていないし、せめて親不幸だけは避けないとならないからな。


「戻った時にはさ、生まれ変わった気持ちで、今までしない様な事とかいっぱいやってみたら? きっと色々やったら、楽しくなる様な事あると思うよ。私は出来なかったからさー」


 そうだな。考えておこう。


「うん、考えといて」


 そうだ。もし君に会ったら、1つ言いたいことがあったんだ。


「愛の告白?」

「えっ」


 だったら良かったけどな。残念だったな、リック。


「う、うん。残念」


 リックの心からの冗談に、思わず声を上げて笑った。リックもクスッと笑う。エルが怪訝そうな顔をして、「何よ、女でも無い様な反応して」と、僕等を睨んだ。


 告白は置いておいて、君が病気になってからのことだよ。僕は毎日の様に通っただろう?


「ええ、アレは感謝してる。結構暇だったから、話し相手してもらえて良かったわ」


 そうだ、僕は君の話し相手になった。それなのに、君は言ってくれなかった。痛いとか、苦しいとかって。泣きもしなかった。何時も笑顔でな、こっちが辛くなるくらいに。今更だが、言って欲しかったよ。1度くらい、泣きついて。


「そう。ごめんなさいね。昔から、誰かに頼ったり、甘えたりするのが下手だったの。それに、あの状態になった時、苦しみと同じくらいあったのはこのトンネルのことだった。人にどうこう言っておいて、1番来たかったのは私かもね」


 君は何時もそうだ。何時も自分の体より、目先の好奇心。何日も寝ずにどころか、食べもせず好奇心を埋めることに没頭していた。


「そのツケが来たんじゃないかな~って思ってる。駄目よね、体もっと大事にしないと」


 そして何時もその楽天的な言葉が出る。確かに君はあのトンネルの存在をしきりに気にしていた。だが、わざわざ死のうと思ってはいなかっただろう? 手術して助かるものなら、お前は助かりたいと願い人間だろう?


「そうね。でも、そう上手くいくはずはないわ」


 だからこそ、僕を信頼していたのならもっと尚更言って欲しかったんだ。アレを食べたいコレを見たい。あそこへ言って、こんなことをして、そしたらこうして……そんなことを。それで、辛い時は痛い、苦しい、辛い、助けて。そう言って欲しかった。


「それは」


 それは僕のエゴだ。そう言いたいんだろう。分かってる、分かってるよ。すまない。そう言ったら満足するだろうと、思っている自分が今情けない。


「ううん、そんなこと言おうとしてない。素直に有難うって。嬉しいわ。まぁでも、私家族にも言って無いくらいだから。でもね、最後の綺麗な花を見たいって言うのは、1つのお願いだったのよ」


 そうだな。もう花は添えられているのに、不思議だと思ったんだが。その時、エルは自分の死期を悟ったんじゃないかと思って。だから、急いで行こうと思ったんだ。だが、その間に君は……。


「うん、そう思ったから、貴方に苦しんで死んだ姿を見られまいと思って行かせたの」


 何故僕に見せたくなかった?


「だって貴方、私が倒れてから仕事で接してきた時と全然違ったんだもの。とても必死で、苦しそうで、なのに無理して笑ってて。見てる方としては、私よりよっぽど苦しそうだったわ。そんな貴方が私がもがき苦しんで死んだらどうなるか。怖かったのよ」


 ……お見通しなんだな。確かに、しばらく家から出なかったかもな。


「貴方、そんなんで両親が寝込んだ時大丈夫?」


 全くだ。もう少し強い意志を持たないとな。でも大丈夫だ、こうして死後の君に会って、少し安心した。例え亡くなっても、こうして生きている。そう思っていれば、気が楽だ。


「でしょ? よく言うけどさ、例え貴方がいなくなっても、私の心の中にずっといるってヤツだよ」


 有難う。何だか逆に励まされてしまったようだよ。


 帰る決心が固まったその時だった。僕達3人とはまた違う、1つの足音が近づいてきたのは。


「もしかして、またバイキンのストライキ!?」

「ううん。バイキンなら、靴音しない」


 バイキン? 2人の言葉が少し気になったが、それより今は背後の足音。どんどん近づいてくる。そして……。


「キャッ!」


 僕にぶつかってくると、そのまま華奢な声の女性はその場に転んだようだった。


「大丈夫かい?」


 僕が暗闇の中、手探りで女性の肩を探し当てた。その感触を手立てにし、僕の手を掴むとそのまま立ち上がった。


「す、すみません……突然見知らぬ土地に来て、怖くて。誰かいないかって、がむしゃらに走ってしまい……」


 顔は見えづらいが、この声はもしや……心当たりのあった僕は、女性に尋ねた。


 君、セリシアじゃないのか?

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