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 トンネルの中は三十メートル程ごとに今にも消えそうな薄暗い明りがあるだけ。正直、あって無い様な存在だ。これなら入る前の方が明るかったな……トンネルに入ってしまったことを既に後悔している。そんな今、彼の声と二人の足音だけが頼りになる。


「お姉さん、お姉さんはどうやって此処へ? ってわかんないか。僕も全然わかんなかったし」


 その通り。何で此処にいたのか、そもそも元々いた場所さえも少しぼんやりしている。記憶が、水で薄められた様な感覚なのだ。私がそう話すと、彼は嬉しそうに弾んだ声でこたえた。


「そうそう! 僕もなんですよ~!! でも何だか怖くないです? 今までの大切な記憶が、このまま消えてしまいそうな気がして」


 そんなこと考えもしなかった。そうか、この感覚は消えてしまうかもしれないってことなのかな。もし、今までの記憶が全て水に溶けてしまったら、私と彼はずっと此処を彷徨うことに……なんて、それは無いって信じたい。


「そうだよね、そうですよね。僕もそうかな。……それじゃ、暗い話はコレでやめやめ! 今度はお姉さんのこと聞くよ!」


 明りが乏しい為、表情は殆ど見えない。でも、彼がどんな表情をしているのか、声のトーンで目に浮かぶ。彼と共に来て良かった。


「お姉さんってスリーサイズ幾つ?」


 は? 少しの沈黙の後、彼が笑った。冗談だと分かった途端、どう返したらよいものかと考えた私が恥ずかしくなり、もう! と彼の背中を叩く。


「いや~ごめんごめん。冗談です。お姉さんのところの家族ってどんな方だったんですか? なるべくちゃんと話して下さいね。そしたらもし自分の記憶を忘れても、お互いに覚えててくれてるかもしれないですし。ね?」


 成程。この子はつくづく賢い。自分のことは覚えて無いのに、互いに記憶を知っているなんてちょっとロマンチックかも。……って、それは不謹慎かしら。


 ・ ・ ・


 私の家族は、父母と、弟が一人。特別波乱万丈な道を歩んだわけでは無いと思うけれど、それは私から見ての話よね。父は公務員で働いてて大変なこともあっただろうし、母だって、私や弟にいっつも叱ってたけど、いっつも早起きしてお弁当作ってくれた。中学校の時、弟がクラスでいじめられてて学校行きたくないって言ったけど、母は必死に励ましてたな。たまに父が、私達の行きたい所も連れてってくれたし。休日くらい、休みたいはずなのに。そうやって、私も弟も一応立派って言えるくらいには育ったと思っている。弟は大学に行ってるけど、今は友達がたくさんいる。私は普通の会社員だけど、やりがいあるし、そこそこ充実してるのかな。やっぱり、この記憶が消えちゃうのは悲しいな。


「そっか。やっぱり家族って良いよね。ねぇねぇ、もっと話聞かせてよ。お姉さんのこと、家族のこと、くだらないことも、悲しいことも、楽しいことも」


 聞き上手な彼に乗せられて、私は沢山のことを話した。父が自分のいびきに驚いて起きたこと、母がたまに不思議な寝言を言うこと。弟が休日の半日くらい金縛りに合ってしまったこと。って寝てばっかりやないか。彼には当然つっこまれた。他にも色々話した。色々……。


 話してたら過ぎるのはあっと言う間なんだな。数十メートル先、大きなトンネルの先に真っ白な光が差した。おかげで彼の姿がくっきりと見える。真っ白で明るすぎて先なんて見えないけれど、それでも良い。早く抜けよう! と、彼に言った。


「……案外短かったな」


 え? 小さな声だったけど、何となく嫌そうな雰囲気は伝わった。暗い中、ずっと彼の声だけが頼りだったから。すぐに分かった。少し寂しそうに先を見つめる彼の手を握り、行きましょ? と、彼を引っ張って歩く。


「お姉さん、ごめんね」


 彼を掴んでいた手をそのまま引っ張られ、彼と私の体がピタリとくっついた。何だろう、コレ。何で抱きしめられてるの? そう思ったすぐ後、背中に激しい痛みを感じた。力が抜けていく体を、倒れない様に彼がギュッと抱きしめる。この痛み……何か刺されたのだろうか。腰が生温かい。


 遠のく意識の中、彼の言葉だけは耳が捉えた。


「まだまだ、聞きたいことが沢山あるんだ」

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