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 両手に伝わる温もりが落ち着く。ゆっくりと目を開けると、私の手を握っていたのは、さっき喧嘩したばかりのお母さんだった。


「リコ!!」


 私が目を覚ましたことに真っ先に気づいたのは、お姉ちゃんだった。お母さんは祈る様に目をつぶっていたからか、お姉ちゃんの声に驚いて顔を上げた。お父さんも私の方を見た。


「良かった……」


 お母さんは肩の力が抜けたのか、ゆっくりと体を曲げて俯いた。私の手を握ったまま。私の足に掛けられた白いシーツが、灰色に滲んだ。


「アンタ馬鹿だね。リコが病院に連れてかれて、一番動揺してたのはお母さんなんだよ」


 お姉ちゃんがお母さんの背中をさすりながら言った。


「……すまない」


 お父さんも目をつぶって重々しく頭を下げた。


「アンタが今まで色々苦しんで来てたことに気付けなかった私達も悪いけどさ、何で私とアンタの仲で何も言ってくれなかったの? ちゃんと言ってくれたら、転校だって出来たんだよ。お母さんもお父さんも勉強とかうるさいけどさ、決してアンタのことが嫌いで言ってたわけじゃないんだよ」


 そんなこと今更言われたって……此処まで騒ぎ起こして、今更どうにか出来るわけ無いじゃない。今更……。


「そうね。アンタの出した犠牲は大きいね。小山先生のことは、特に」


 息の根が止まる様だった。暫く声が出ず、もどかしくて喉元を爪で掻いた。……小山先生が、どうしたって? 思わず起き上がろうとすると、胸に痛みが走った。痛みにもがくと同時に、3人が立ち上がって私を押さえつける。


「気持ちはわかるけど、駄目だよ! 今のアンタが会っちゃ……絶対に、駄目」


 今の私が会ったらどうして駄目なの? ねぇ、お姉ちゃん。お母さん、お父さん……。自然と涙があふれた。叫んで怒りをぶつけることも出来ない、うずくまって泣くことも出来ない、走って今すぐ会いに行くなんて到底かなわない。私は上を向いたまま、歯を食いしばって泣くことしか出来なかった。


「リコ、ごめん。本当にごめんね……」


 お姉ちゃんがか細く言った声が、尚更胸をえぐって、涙が止まらなくなった。朝も、昼も、夜も。ずっと。あの時守ってくれた、私の話を聞いてくれた小山先生を思い出しては泣き腫らした。


 疲れるまで泣いて、疲れ切ったら気を失う様に眠りにつく。夢の中にまで先生は現れた。両手を広げて先生の元へと走って行くと、抱きしめる寸前で先生は何時も消えてしまう。目を覚ませばまた先生はいない。そんな毎日を1週間以上繰り返した。今までロクでもない女に振り回されていたのが嘘みたい。今は先生のことしか浮かばない。


「リコ~」


 何て考えてた時に能天気な声が聞こえた。アイツか。ノックもせず、アイツは仲間を引き連れてぞろぞろと入ってくる。


「大丈夫? 痛く無かった? もう、辛いことがあったんなら言ってくれれば良かったのに。友達でしょ?」


 罪の意思なんて微塵も無い笑顔で言った。でももう、正直コイツに良い子いいこして構ってる余裕も無い。


 帰って。


 そう、たった一言答えた瞬間、アイツの顔が悪魔の様な顔つきになる。


「……怪我してるからって調子乗んなよ。退院したらまた遊んでやるからな」


 1度低い声で脅す様に言った。その後、いつもの笑顔に戻る。周りの女子達の顔も思わず引きつる。


「アンタ等、何してんの?」


 病室の入り口から声がした。女子達が全員振り返ると、扉にもたれかかったお姉ちゃんがいた。


「せ、先生!?」


 アイツが声を上げた。……先生? お姉ちゃんが?


「アンタ等、ってか、そこのアンタ。うちの妹に何してるんだよ。……ってアレ? よく見たら君、私が指導してる三浦七恵ちゃんじゃないの」


 お姉ちゃん家庭教師のバイトしてるって言ってたけど、もしかしてコイツのこと? お姉ちゃんが近づく度に、アイツが後ろへと下がって行く。


「三浦ちゃんとこのご両親、君に頭の良い高校に行って欲しいって言ってたよね。良いのかなぁ、こんなか弱い娘をいじめてるなんて知ったら、名門高校なんて到底……ご両親が浮かばれないわ」


 口をまごまごさせて、アイツは仲間達に視線を向けた。すると、仲間はそれぞれ視線を逸らした。追い込みをかける様に、お姉ちゃんは片手を壁に付け、逃げられなくなったアイツに顔を近づけて言った。


「分かったら、妹には2度と近づかないことね」

「……は、はい」


 お姉ちゃんの威圧感に、アイツは思わず2回頷くと、「すみません」としゃがんでお姉ちゃんを避けていき、逃げるように病室から去って行った。


 そう言えば、私も勉強出来なくてお姉ちゃんに怒鳴り散らした時、たまに脅されてたなぁ。先生には思わず美談の様に言ってしまったけど。


 ……また、先生と話しがしたいよ。


 顔を両手で覆い隠して、私はまた何時もの様に泣き続けた。

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