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 中は予想以上に真っ暗……と言うより、真っ黒の方が近い。お互いの姿が急に見えづらくなった。唯一の足音を頼りに位置を確認する。


「では、君は中学何年生だったっけな」


 それも忘れたの!? 先生担任だったじゃん。……って言いつつ思い出せないや。なんか、学校生活の一部いちぶが綺麗に抜き取られた感じ。


「そうかぁ。先生も学校での細かい記憶が、どうしたものか無いんだよな。じゃあもっと違うことを聞いた方が良さそうだな。君、最近の趣味は?」


 漫画読むことかなぁ。あと家でゲームしたりネットしたり。


「家にずっと籠ってるのかぁ? もう少し外に出た方が良いぞー外に出ないと、素敵な男性との出会いも無いんだから」


 余計なお世話ですよ。先生だってどう見たってアウトドア派には見えませんけど、外出てます?


「結構散歩するぞ。空気を吸って、太陽を浴びる。先生の健康法だ」


 なんか年寄りくさーい。そんなことする暇あったら婚活でもしてきたらどうですか。


「どうせなら、素敵な人とは自然体で出会いたいだろう」


 運命の恋とか一目ぼれとか信じてるタイプですか、何かイメージに無かった。きもーい。


「……うるさいね。君、テストの点数は正直あまり良くなかった気がするが、親は勉強のことには何か言って無いのか?」


 何でいきなり勉強の話になるの? すっごいテンション下がりました。勉強しろとはそりゃ言われますよ? 言われますけど、両親が頭良いわけじゃないし、お姉ちゃんは賢すぎて有名大学行っちゃったし、もう勉強とかやる気無くすんです。


「そうか。君のところのお姉さんは確かに賢いものな。確か家庭教師のバイトしてるんだったよな、お姉さんに教えてもらったりはしないのかい?」


 お姉ちゃん、最近バイトと勉強で忙しそうだったから。それに私もともと飲み込み悪いから、お姉ちゃんに何回も丁寧に教えてもらわないと分かんないし忘れるんだよね。多分、私みたいなのにお姉ちゃん勉強教えるの嫌だと思うんですよ。


「そうか。でも、お姉さんに教えてもらったことはちゃんと覚えてるんじゃないのかい?」


 うん。だって摺り込ませる様に教えられたんですもん。もう掛け算や割り算を忘れることなんて一生出来ませんよ。


「掛け算や割り算で止まっているのか君は……」


 さぁ、指導の炎が小さくなったんだから、質問を変えて下さいよ先生。


「少し違う話をして、炎を元に戻すとしよう。趣味はゲームや漫画と言っていたが、どんなのをしているんだい? 先生も昔はやったものだよ」


 別にー少女漫画とか、ファンタジー系とかだけど。でも、18歳になったら年齢規制されてるゲームとかもしてみたいなぁって思ってるんですよね。


「ゲームに規制されているものがあるのかい? まぁ、個人の趣味だからどうこう言う気はないが、ゲームと現実の区別はちゃんと付ける様にな」


 はぁい。全く、何でも説教臭いんだから。


「先生は君のことを思って言っているんだぞ。年頃だから仕方ないが、みんなあまり先生の話を真摯に受け止めてくれなくて悲しいよ」


 仕方ないよね。先生って続柄が既になんか敬遠しちゃいますもん。先生が頼れるのは幼稚園までですよ。


「悲しいことをいうね。じゃあ君、先生のことは嫌いなのかい」


 ううん別に。普通に面白いし、話す分には良いんじゃないですか? 可もなく不可も無くって感じです。でも、何でも話せる程信頼してるかって言うと、やっぱし無理でしょ。


「それもそうだよな、今日の今日まで、まともに君と話すことはほとんど無かったんだから……」


 そうそう。そもそも一気に数十人受け持って、全員の信頼を得ようなんて無理なシステムなんですよ。極端な話、一人に一教師くらいじゃないとさ、お互いのことなんてわからないでしょ。


「うむ。せめて一クラス十人だったらな……一人ひとりにちゃんと向き合える気もするが。しかし、これも出来ない私の言い訳に過ぎない。出来る人間はちゃんと出来るのだからな」


 くっそ真面目ですね~。小学校の頃のあの先生よりマシだけどさ。


「小学校の頃? 嫌な先生だったのかい?」


 はい。私達に興味無いんだなって感じでした。


 授業の時とか、何かとうるさい生徒とか、とにかく迷惑する様な生徒がいたんですよ。でもその先生、その生徒叱らず。うるさいから先生の声全然聞こえないし、そのくせテストで点悪いと、「お前等何でこんなこともわからない?」とかぬかしやがるんです


 クラスでの話し声が増えてきて、あまりにも授業が続けられなくなった時、一人の生徒が先生に直談判したんですよ。そしたら、「だったらお前が直接言いに行け」だよ。でさ、ある日授業参観があったんですけど、親がいてもうるさくする生徒もいて。そしたら先生どうしたと思います? 叱ったんですよ。親がいるから。ドン引きっすよ。


「同じ教師として、情けないよ。そんな教師もいるんだな」


 少なくとも、いますよ。あんま気にしないで下さい、その先生もう定年退職しましたから。


「よく定年まで働けたなぁ、その方」


 先生は本気で言ってるみたいだけど、あの教師の痛いところをよく突いていて、ついくすくすと笑ってしまった。


「まぁ、教師には生徒を見る時間は限られている。休み時間だって、君たちは好きな子と好きな場所へ行くだろう? 先生も、休み時間は職員室に籠ることが多い。先生が見られるのは担当授業の時、ホームルームの時、給食の時くらいになる。そうだな、好きな給食のメニューでも聞いておこうか」


 給食で喜ぶのは男子だけですよ、私にご馳走するならフランス料理くらいは出してくれないと~。


「先生にそんな余裕はないぞ。君、恋はしてるのか?


 何ですか急に。女子にそんなこと聞くとかスッゴイ好感度下がりました。


「も、申し訳ない。年も年だし彼氏くらいいるんだろうなと思ってな。……いないのか? 先生は同情しないから素直に言ってごらん」


 いたよ! いるに決まってるんじゃん!! 今はいないけど、幼稚園、小学校、ちゃんと付き合ってきてるから! 彼女いない歴6年の先生に同情とかされたくないから。


「……教頭先生、また調子に乗って喋ったな」


 ええ言ってましたよ。先生がインフルエンザで休んだ時、生徒に色々聞かれて嬉しそ~に答えてましたよ、先生のこと。


「あの先生には敵わないよ……。話を変えよう。君、部活動ってしていなかったよな?」


 確かそうだった様な。で? それが何ですか?


「いやぁ。君の為に素直に言うが、勉強も出来ず、部活動もせず、家に引き籠ってばかりではこの先大変だと思うぞ」


 バイトとかするんで別に大丈夫ですよ。親はそもそも私に期待してないし。


「だがね、君はまだ中学生だ。この先の進路を考えると、知力が高校の学費や高校までの交通費……つまり多少の知力を持っていないと、沢山のお金がかさむんだ。両親への負担も増えるぞ」


 だったら中退します。


「中退した生徒でも、ちゃんと仕事をしている人は確かにいる。いるが、今の時代、そう簡単に受け入れてもらえるところばかりでは無いんだぞ。勉強は面倒で難しいものだが、この先一生つきあってくものだ。だからな、もう少しちゃんと考えてほしいんだよ」


 こんな時だけ教師面しないでよ。普段そんなこと言わないクセに。


「……そうだな。確かに自惚れ過ぎだな」


 何だか、静かになっちゃった。音がほとんどないから、余計に不気味。


 先生がちゃんと言ってくれるのは嬉しいんだ。嬉しいんだけど、小学校の時のあの記憶。多分、自分とことん頭悪いんじゃないかな? 運動はもともと好んではしなかったし、今更頑張ったって絶対一番になんてなれない。会話だって、親やお姉ちゃんとも最近はぜんぜんしないし、ある意味今、一番話してるのはこの先生なんだよな。そんなワケで、特に話すのが好きでも得意でもない。そんな出来損ないの私に、今更何を頑張れって言うんだろう。今まで散々話してたくせに、何か言ってよ先生。興味無くなったら無視なの? あの教師や、家族の様に。


「そうだ。君、昔書いた小説で賞を貰ったんだってな」


 まるで心を読んだかのようなタイミングで言った。それも、自分でも忘れてたことを。だって、ソレ、小学校の時のことだもの。


「驚いたろう? ちょっと前に家庭訪問した時にな、家に飾ってあったから先生聞いたんだよ。そしたら、お姉さんが君の小説のコピーを持ってきてくれたんだ」


 余計なことを。しかもアレコピー取ってたんだ、全然気付かなかった。何書いてたんだっけ。変なこと書いてたら超恥ずかしい。


「可愛くってほんわかする、不思議な世界観の話だったよな。でも、時々現実にも通ずる様な、核心をついたことを書いているんだ。それが、時に胸を痛めたり、安心したり。色んな気持ちにさせてくれる話だったよ。ひらがなとカタカナが多めで、少し読みづらかったがね」


 先生が珍しくやわらかな笑みで言った。言われて見て、そう言えばそんな話書いたなぁって思いだした。……やっぱ、アレは恥ずかしいタイプの話だ。


「もし、今の自分に自信が持てないのなら、そう言う得意なことをもっとやって、伸ばして見たらどうだろう? ほら、ナントカ大賞とかよくあるじゃないか。君はとても良い感性を持っている子だから、良いとこ行くと思うんだよなぁ。先生で良ければ、手続きくらいの手伝いは出来るぞ」


 でも、勉強とかして言葉の幅広げないと難しいでしょ……?


「先生が君の担任の間は、表現できない言葉とかあったら相談しても良いぞ。なるべく君の表現したいものに近い言葉を調べて、教えるくらいのことは出来ると思うからね」


 それで成功出来る程、楽な世界じゃないでしょ?


「そうだな。だが、少しでも自信を付けるきっかけになってくれれば、先生は嬉しいと思う」


 何言ってるんですか。私なんかに出来ることなんて、たかが知れてますよ。


「じゃあ、そのたかが知れてることからしてみるのはどうだろう?」


 うっざいです。


「そうか」


 反抗期の娘の様な、トガった言葉しか言えない。本当は、すっごく嬉しいのにな。こんなに私のことを知って、それでも諦めず話しかけてくれる人なんていなかったのに。ごめんね、私本当に自信が無いんだ。出来ないことから、目を背けることしか出来ないんだ。あの時も。


 ……あの時って、何だっけ。


 そんなこと考えてたら、もう目の前に出口があった。どこから出て来てるんだろう? そう思うくらいの真っ白な光。でも不思議と、目を痛める程強くはないんだよな。この先にも、この光の様に綺麗な世界が待っているのかな。


 いや、違う。


「良かったな、もう出口だぞ。出る前に君の名前を思い出せなかったことは悔いる点だが、皆に聞いたらすぐ教えてくれるだろう。帰るか」


 先生の言葉に答えず、私は頭を抱えてうずくまった。


「……どうした?」


 しゃがんで私の背中に手を乗せる先生。私のこと、待っててくれるんだ。嬉しいよ、嬉しいけど……。


「私行けない、帰りたくないよ先生……」


 思い出してしまった。どうして、私が此処にいるのかを。

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