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憑依退魔師は憑かれない  作者: 榊原モンショー
第一章-御三家編-
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No.8 退魔師の母親

「体痛ぇ……大蛇(オロチ)の調教くらいまともにやっておいてくれよ……」


 件の子大蛇から解放されたはいいものの、いまいち加減が分かっていなかったらしくメイが来るまでのしばらく、俺の体は鳴ってはならないような音を発していた。

 結局そのままメイに連れていかれる形で教室に這い戻りはしたが、先生からはこっぴどく叱られる上に恵理は何か機嫌悪い。そして身体中で変な痛みが走り回り制服の襟が子大蛇の唾液のせいで若干溶けているという、それこそ霊に憑かれたのではないかと思うほどのツイてなさだ。

 学校終わりの放課後には結局痛む体を引きずって俺は一人自転車を漕いでいた。

 夕日が俺の目に突き刺さるのが非常にうっとうしいが、この時間帯は妖魔の出現率が特に低い。

 俺の目と気分的には鬱陶しいが妖魔が出ないという点においてなかなかの時間だ――という微妙な二律背反を感じながら烏海と木の板で綴られた古風な日本家屋の門を開いた。

 庭には松の木と鯉のいる池。鹿威しがカコンと小気味の良い音を鳴らす。

 外観はそれこそ古き良き日本の家といった感じだろう。


「……ただいま。メイ、お前帰ってんだろ?」


 と、玄関の下で呟いてみるとゆらゆらと一人の少女……というか幼女がしょうゆ味のせんべいを口にしながら顔を出した。

 パキッと音を立ててメイはもしゃもしゃとせんべいを食む中でもう一方の手に持っていお菓子の袋から一つのせんべいを取り出した。


「あれ以上学校に居っても面白くなくての。帰らせてもらったのじゃ。ほれ、せんべい」

「……おう、センキュ」

「上級妖魔、下級妖魔ともに討伐報告は今のところなしじゃ。霊脈も比較的安定しておるから今夜は上級妖魔も発生しないじゃろうて」


 メイの言葉を聞きながら俺は靴を脱ぎ捨てた。

 せんべいの食べかすが落ちているがこれは後でコイツに雑巾がけでもさせようか。


「……して、結局鳶山の娘のことは聞き出せたのかの?」


 カシッと軽快な音を立ててせんべいをかじるメイ。

 何も考えてないように見せかけて本質的な部分を的確に抉って来るな……。

 伊達に幼女の姿してても三〇〇年は生きてないってことかよ。


「…………」


 俺の無言の返答に、メイは何も言わなかった。


「……そういえば、親父さんがハヤトを呼んでいたぞ。気が向いていいから居間に来い――だそうじゃ」

「……お前はどうするんだ」

「今からお笑い番組が始まるのでな。それを見るため退席じゃ」

「とんだ幽霊だなお前」

「いいではないか、仕事は終わらせたのじゃ!」


 えっへんと胸を張るメイは再びふわふわと宙を舞いながら屋敷の二階に上がっていく。白装束が妙に光っているのがイラッとするものだ……。

 通学かばんを自分の部屋に投げ入れた俺はメイに言われたとおりに居間へと向かった。

 畳張りの古風な部屋の中には、どこかの有名な画家が描いた水墨画が壁に掛けられている。部屋の中央に置かれた茶色のほうじ茶からは湯気が立ち込めていた。


「……つか、当の親父がいねえじゃねぇかよ……」


 湯呑が二つ置かれただけのテーブルの下にあるのは二つの赤い座布団。

 湯気が激しく立ち込めているというこの状況から、恐らく親父は先ほどまでここにいたに違いない。

 居間の端にあった母親の遺影へと俺は向かった。

 その前に正座をした俺は一通りの所作を終わらせたのちに手を合わせた――。

 と――。


「――隼人」


 ややしわがれて年季の入った声とともに居間に入ってきたのは、親父だった。

 いまだ四十八にもかかわらず、真っ白い髭、黒の混じった白髪は相当な苦労を感じさせる風貌だ。

 単に外見と声だけを見ればゆうに七十と言えそうな風貌ではある。


 ……まあ、親父は親父で相当な苦労を経験しているしな――。


 親父が座布団の上に座ると同時に俺は端に飾られた母さんの遺影をもう一度だけ見た。

 着物を着た正装をしている辺り、お家に関することだろうか。俺の心臓がトクリと脈を打った。


 第二十一代、烏海家前退魔師――烏海壇。


 明治に富国強兵により断絶から立ち戻り、烏海流憑依術が禁止されたまま実に三十年もの間、上級妖魔とその身一つで戦ってきた退魔師である。

 第十九代に烏海が復興してから三代目。当時の烏海への逆風は計り知れない。その中で烏海流憑依術を使わずに今の俺の基礎的な戦闘スタイルを叩き込んだ尊敬できる退魔師でもあるのだ。

 遊環を使った捕縛術を筆頭に、過去の原始的な退魔術だけでなく、現代の知識と技術を模索して今もより良い退魔師界の発展に尽くしている――と自称はしているものの、最近はめっきり家に引きこもって書物を読み漁りブツブツ何かを言っていた。

 母さんが死んでからというものは、そういうことも多くなっていたものの最近はかつての親父を取り戻しつつある。


「……メイは自室か?」


 親父は目を瞑ったまま言葉を紡いだ。


「多分、醤油せんべい食ってるよ」

「……そうか。定期的に買い出しに行かなくてはならんな」


 感慨深そうに親父は笑みを浮かべた。

 メイは浮遊霊。以前上級妖魔と遭遇した際に会ったが、当時戦闘に疎かった俺を鍛え上げてくれたのはメイだ。

 過去三百年、対人戦闘、集団戦争など様々な死地を経験しているメイは確かに得体のしれない霊ではあるが、そういったリスクを抱え込むよりははるかにメリットのほうが高い。

 何せ、俺の霊力とおやつの醤油せんべいさえ与えていればこちらに協力的なのだ。

 俺たちは、妖魔を退魔する職業柄親父も最初はメイの存在については反対を示していた。

 だが、俺との協力的な戦闘などにより心を許しているところもある。

 なにしろ――。


「香苗が好いていたせんべいを食べるのを見ていればな……」


 烏海香苗――。それが俺の母親の名前だ。彼女が好きだった醤油せんべいを嬉しそうにほおばっている姿は、母親を彷彿とさせる。

 鳶山、鶸空にメイを認可させるのはかなり厳しいだろうが少ない権力でごり押しして認めさせている現状、いつメイの追放命令が出るかはわからない。

 俺たち烏海家は、ほかの家よりはるかに『()』が低いからだ。


「ところで、用事ってなんだ?」


 居間にしんみりとした空気が流れていた。それを払拭するように告げたつもりだったのだが、「お、そうそう」とまるで友達に世間話をするかのようなテンションで親父はとんでもないことを呟いた。


「……隼人。お前、鳶山の娘と結婚する気はないか?」


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