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憑依退魔師は憑かれない  作者: 榊原モンショー
第一章-御三家編-
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No.7 退魔師の評価

 階段を駆け下りていく麗奈に対し、俺は二段飛ばしで一気に距離を詰めた。

 黒髪を振り乱す麗奈は何も言わずに俯いたまま階下の渡り廊下を抜けていく。八号館と九号館を結ぶ小さな屋根だけで仕切られた外の空気に急にさらされて、空気が一瞬だけ重くなったように感じられた。

 俺が渡り廊下の先にある屋根付きの外通路に差し掛かった時、彼女は真ん中にある柱に顔を埋めていた。


「……珍しいじゃねえか、お前があんなキレてんの」


 俺の言葉に彼女は何も答えない。


「……何があった」


 と、口を閉じると同時に昼休み後、五限の授業開始を告げるチャイムが校内に鳴り響いた。

 その時彼女は柱を伝わして何かを呟いているようにも見えたが、その声はすべてチャイムによってかき消されてしまっている。


「ハヤトはさ、何で退魔師やってるの……?」


 消え入るようなか細い声。

 彼女がそんな弱音を吐いた姿を俺は初めて目の当たりにしているかもしれない。


「……なんで……か」


 ――ごめんね……ハヤト……。


 と。雲行きが少しだけ怪しくなってきた空を見上げながら、俺はの脳裏に母親の遺した言葉がよぎった。


「……見返すため……だろうな、根本的には」

「…………」

「退魔師やってて、街のみんな救えることに誇りは感じているし、やりがいもある。けどやっぱ、いくら別のこと考えても頭から離れねーんだよ。あの光景は。どこまで行っても、深く、深く抉ってきやがる」

「…………そう」


 麗奈も口には出さなくとも、理解はしているのだろう。

 それは、過去はかない記憶だった。

 忘れたい記憶だ――だが、俺はこれから先も永久に忘れることなどできないのだろう。

 『鶸空』『鳶山』『烏海』の御三家が最後に集まったあの場所。

 烏海が――俺が、母さんが晒しあげられた場所だ。

 過去のご先祖さんが何をしでかしたかなどは知る由もない。ただ、それをなんで俺たちが引き継がなきゃならない。なんで母さんがあんなに背負わなきゃならなかったんだ――。

 そんな状況に弱音一つ吐くことなく俺を心配し続け、心労で倒れた母さんの痛々しい姿が今でも脳裏に深く焼き付いている。

 それからだったと思う。『烏海』の地位向上ではなく、『烏海家第二十二代目当主烏海隼人』の地位向上を目指したのは、

 結局、俺は俺のことしか考えていないのだ。

 自分には何もできない無力さと、言い知れぬ敗北感が全身を伝わっていくが、所詮は過去のことに過ぎない。

俯き気味の麗奈に、俺は逆に問うた。


「むしろ麗奈はなんで退魔師続けてんだよ」


ふと投げかけたその言葉に、彼女の肩がピクリと震えた。

何も返答のない中、麗奈は再びゆっくりとこちらを振り返りながら。


「……分かんない。分かんないよ」


 小さく呟いた麗奈。

 空気がさらに重くなったと感じたのは錯覚ではないようで、次第にはらはらと雨が地面に落ちていく。

 次第に勢いを増して降る雨に、外での体育が中止になったのか体操服を着た生徒たちが手で小さな傘を作りながら靴箱のほうへと全力で駆けていくのが見えた。

 そんな様子を横目で見つめ続けながら「……授業、戻りなさいよ」と呟いたその少女の目頭には涙が溜まっていた。


「……それどころじゃねーだろうが……」



 事実、麗奈は他人からたとえ何をされたところで決して手を出すような人間ではない。

 一族型退魔師という生来からの職業柄俺たちは、一般の人たちから避けられることも多々ある。理解を示されないこともある。拒絶反応を示されることもある。ありもない噂を流布されることもある。

 小さい折、それに一々激昂して突っかかる俺を止めていたのは、紛れもなく麗奈だった。


 ――言わせておけばいい。私たちの仕事はあくまで『裏稼業』なんだから。


 そう言っていた麗奈ならばなおさらだ。

 退魔師という職業を広く、正しく知ってもらうために善処する彼女が他人に激しく激昂する姿なんて――。


「言わせておけばいいんじゃないのかよ」

「……耐えられないことだってある」

「昔の俺かよお前は」

「……一緒にしないでよ」


 ぶすぅと、端から見てもわかるそのふくれっ面が少しだけ面白かった。


「……今はだれもいないところで一人で泣きたいの。だから、ごめん、ハヤト」


 そう言った彼女はふいと懐に手を入れた。

 ――そして、一瞬で。


「――鳶山流霊魂術、出でよ……大蛇」

 なぜここで鳶山流の退魔術が出てくるのかと疑問を呈す前に俺の頭上には一メートル大の『妖魔界ブリュート』とつながる扉が開かれた。

 そこから素早く出てきたのは、俺と同じくらいの体長を持つ一匹の蛇。


「……っ!? なっ!?」

「ごめん、ハヤト。こうでもしないと追いかけてきちゃうでしょ」

「……シュルルるるロロロロロ!」

「く……食い殺されねえよな……?」


 一匹の小さな大蛇は、ぬるぬると素早く俺に巻き付いて最終的に柱と俺を結び付ける役割を果たしていた。

 ただ長く伸びた舌が俺の眼前をかすめ通る。

 大蛇の唾液って塩酸くらいの強さあるって聞いてるんだが……。

 俺のそんな疑問を払しょくするかのように麗奈は表面上無表情に告げた。


「安心して。その子は私がよく使役してる大蛇、イーダスの息子。即効性の酸も持ってないし、ちゃんと調教してる大蛇だから」

「いや安心できるか! どこの世界に大蛇の子供に体縛られて安心できる退魔師がいるよ! 何でこんなとこで退魔術使ってんだお前は!?」

「だって……」


 と、麗奈は初めて歪んだ顔を俺に見せた。


「そうじゃないと、私、もっと泣いちゃいそうだもん……」


 その言葉を残して彼女は走り去っていった。


「シュロロロロ……? ルルる……?」


 鳶山の大蛇の息子(?)蛇は感情ありそうな瞳で俺を見つめていた。

 雁字搦めにされているために俺は身動きが取れない状況だ。麗奈を追いたくても追うことなどは到底できない。


「……麗奈……」


 大蛇の息子の舌が俺の頬を撫でた。

 そんな状況が数分と続き、俺を発見したメイによってこの蛇が解かれるまで俺はその場で顔中を弱酸性の大蛇の唾液でべとべとにされていたのだった――。


 ……さすがに顔溶けたりはしないだろうなあ……。


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