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憑依退魔師は憑かれない  作者: 榊原モンショー
第一章-御三家編-
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No.6 退魔師の祈祷

 食事を終えた俺たちは、教室へと向か階段へと足を進めていた。

 俺たち二年C組の教室は校舎の三階。毎度毎度思うのだが、エレベーターでもつけてほしいぜ。


「ところで和樹遅ぇな……。委員会、とっくに終わってるはずなのに」

「そ、そうだねぇ! な、なんでだろう……あはは」


 俺の呟きに、恵理は何故か若干表情を硬直させて返答した。

 「……ゆ、勇気……勇気……っ!」と何か呟く恵理は両手を前に出して何か謎のお祈りをしている。なんだこの光景。メイはさっきからどっかに消えてるし。

 メイの霊力が感知されない。メイにとって、恵理は霊力が不味いといっていたのはただの好みの問題なのだろうが、霊力が合わないってことは霊にとってはかなり重要な問題だ。


「あ、あのね……」


 ……? 食堂の時の結界退魔師になる宣言の他に何かまだ言ってないことが……?

 タッタッタと。二階から三階へ上がる階段の中腹で、少し足早に俺を抜かしていった彼女はくるりと向き直った。

 仄かな女の子特有の香りのいいシャンプーのにおいが鼻孔をついた。


「今度の日曜、予定って……空いてる?」


 手を後ろのほうで重ねているのか、彼女は恥ずかし気に俯いた。


「……空いてる……けど」


 その俺の返答に彼女は頬を緩ませた。


「あのさ……、わ、私、退魔師についてもっと知りたいんだ! だから、『霊鎮祭』、一緒に行きたいなー……なんて……駄目かなぁ……?」

「……霊鎮祭で退魔師なんてもう過去のもんだぞ」

「ふぇっ!? そ、そうだよね……あは――そうだよ……ね」


 目に潤いが出てきた恵理。……え、俺が悪いのか? いや、当たり前か。彼女の言ってる事真っ向から否定したんだから。


「い、いや……別に退魔師云々じゃなくて行けばいいだろ。じゃ、行こうぜ」


 俺の言葉に彼女は顔をぱあっと明るくした。

 『霊鎮祭』。これはもともと、一族退魔師が平安から始めたこの地域特有の祭りである。

 俺たちはいつも妖魔を討伐している。それ即ち、『魂』を壊す――ということにもなる。そこで、年に一度、退魔師が仏滅した妖魔の魂を正しく天に昇らせるために祈祷を行ったというのが本来の目的だ。

 だが昨今、そのような風習はもはや形骸化されていて、普通のこの地域で一番大きなお祭りとして知られるようになっていた。

 様々な屋台などが出店する。とはいえ、『祈祷』の概念自体はなくなっていないため、祭りの会場のある麓から少し山を登ったところにある小さな神社で退魔師個人が仏滅した霊を慮り祈祷を行うという風習はまだ存在している。


「……じゃあさ、付き合ってくれよ」

「……何を?」

「前々から『妖魔界ブリュート』との扉が開かれて俺たちが退魔する妖魔も格段に増えただろ。特に俺たちなんかは上級妖魔を多数滅してんだ。祈祷道具も持っていくからよ、ちょっと手伝ってくれねえか?」


 俺の申し出に恵理はさらに顔をぱあっとにじませた。


「い、いや……といってもちゃんと祭りも参加すっからな。祈祷だけ手伝ってっていうんじゃないから――」

「うん! ……うん!」


 ……?


 先ほどとは打って変わって態度を明るくする恵理に苦笑を滲ませていた。

 恵理はにこやかに笑顔を見せながら階段を昇っていく。それに置いて行かれないようにと俺は隣について再び階段を上り、三階にたどり着いた――その時だった。


「アンタににアイツの何が分かるっ!!」


 そんな一人の女性の声とともに、「ダンッ!」とドアに何かが打ち付けられた音、そして男子のうめき声が重なった。


「――?」


 恵理は突然の音に体をピクリと振るわせて駆け足で階段先の角から恐る恐る教室のある法を覗き見た。

 それに倣うように俺も恵理の少し上からのぞき込む。


 ――れ、麗奈……?


 廊下の先にいたのは、鳶山麗奈の姿だった。

 黒髪のロングストレートを振り乱して、右の手で男子生徒の制服の胸倉を思いっきりつかみあげている。目には涙をためた彼女は左拳をぐっと握りしめていた。

 いつも冷静でクールな麗奈が、あんなに激昂しているのは今まで見たことはなかった。

 ましてや人の胸倉に掴みかかって殴ろうとしている姿など、尚更だ。

 男子生徒は胸倉を掴みあげられながらもなおも麗奈をじっと凝視していた。

 そんな男子生徒の胸を掴む麗奈はもう一度、激しく「ドンッ!」と男子生徒の体を教室の扉に打ち付けた。


「人知れず頑張ってるアイツを! 弱音なんて一切吐かずに頑張ってることをあなたは知らない! たかだか教科書の知識だけを学んだあなたごときがアイツを愚弄する権利なんてこれっぽっちもない!」

「……っ!」

「知ったような口を二度と叩かないでよ……! アイツは……! アイツは……!」


 各教室から騒ぎを耳にした生徒たちが続々と廊下に集結してくる中、麗奈は男子生徒かの胸に両手を握りしめて軽く打ち付けた。


「……何にも知らないくせに……」


 麗奈が何かを言ったことには違いないが、あまりの喧騒にうまく聴き取れはしなかった。

 麗奈は目を伏せたまま、こちら側に少しずつと歩を進めてきた。

 ざわざわとした空気は続き、生徒が麗奈を避けるようにして彼女の進む道を開けていた。


「こ、こっちに来るよ烏海君……」


 恵理が困惑した表情で口元に両手を当てて押さえた。


「……麗奈……何があったんだよ……!」

「か、烏海君も隠れて下さい……っ」

「……え、え……あ、おう」


 恵理が手で押さえた口からくぐもった声がすると同時に俺たち二人は階段わきにそっと身を隠した。


(つってもこのままじゃ普通にバレるだろ! ここから出たらそれこそ怪しいぞ!)

(……しまったです)

(しまったじゃねぇよ……!? これじゃ余計変人だぞ!)

(……でももう来ますよ。このまま身を隠してましょうよ……)

(……マジかよ……)


 息を潜める。廊下中が静寂に包まれる中、麗奈がリノリウムのタイルをカツカツとならして歩く音だけが木霊した。


 ――……っ!


 麗奈が会談へ向かう角を曲がったとたん。俺と恵理は彼女の横顔をはっきりと見ていた。

 麗奈もこちらをちらりとだけ見るが、左腕で涙を振り払って走りながら階段を下りていく。


「麗奈……っ!」


 階段の中腹で折り返して下っていく麗奈の姿を見失う前に俺の体は勝手に動いてしまっていた。


「か、烏海君!?」

「悪い、恵理。行ってくる!」


 恵理の返答を待たぬ間に俺は麗奈を追った。普段の基礎体力的に麗奈の足はかなり速い。本気で追いかけないと追いつかない。俺は階段を二段飛ばしで降りて行った。胃の中の食物が動き回り気持ち悪くも感じるが、今はそんなことは言ってられない!


「じゅ、授業始まっちゃうよ!」

「……んなもんどうでもいいんだよ!」


 ……っ。


 恵理は両手を胸のそばに落としていた。

 

「……馬鹿……」


 と何か呟いた恵理の言葉を、俺は聞き取れずにいた――。


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