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憑依退魔師は憑かれない  作者: 榊原モンショー
第一章-御三家編-
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No.4 退魔師の相棒

「……ト……。ヤト! ハヤト!」


 耳にジンジンとした鈍痛を感じながら俺はゆっくりと目を開いた。眼前には小さな両手で俺の左耳をぐいぐい引っ張るメイの姿があった。


「……どした?」

「どうしたじゃないぞ! もう四限は終わったぞ! 昼餉じゃ、ひーるーげーっ!」


 よく見ればメイも若干元気がないような気がするな……。一応これでも元気でないように見えるのは恐ろしいことでもある。


「……あぁ……腰痛ぇ……」


 無理な姿勢で机に長時間突っ伏していたからだろうか。枕にしていた腕が徐々に痺れ始め、腰に重い痛みが広がっていく。

 横では耳元で「ひーるーげーひーるーげー」と叫んでいる幼女はさておき……。

 そんな中で、教室の前方から俺のほうへと手を振りながらやってくる二つの人物。


「おーハヤト。起きたか。食堂いこーぜ。期間限定でペッパー丼やってるみてぇだしな」


 へらへらとした笑顔を振りまきながら、隣の机に脚をぶつけて躓き、涙目になっているのは高崎和樹たかさきかずき

 茶髪を逆立てているその男は、右手の親指を立ててクイと教室の外を指さした。


「食事を邪魔するのは貴様か……憑いてやる……」


 幼女ながらすさまじい顔色となったメイはふっと俺の前から姿を消しゆらゆらと和樹のそばに寄っていった。

 とはいえ、霊的能力が常に発動しているわけではない和樹にメイの姿など視認しようもないのだが……。


「……あれ……? 何か肩重いんだけど……なんで……?」

「にししし。にししし」


 ……メイ、ホント楽しそうに和樹に憑くよなぁ……。

 少しばかり可哀想ではあるが和樹には当分メイの相手をしてもらうとしよう。メイはメイで和樹に憑りつくのは案外好きみたいだし。

 まあ、その間の和樹は身震いしたり寒気を感じたり鳥肌が立ったり片方の肩が重くなったりとかなり大変らしいがな。

 最近はメイに憑りつかれすぎて開運成就の護符を買ったみたいだ。あまり効力はないがな。


「か、烏海くん……っ」


 ついには「なんで……こんなに憂鬱な気分なんだ……俺……今から飯なのに……」と絶望オーラを漂わせて教室のリノリウムタイルに膝を付き始めた和樹。その後ろから恐る恐るといった体で一人の少女が現れた。


「お、恵理」


 少女の名前は斉藤絵里さいとうえり

 真っ黒の髪のショートヘアに大人の雰囲気漂う表情。男子にも女子にも愛想のいいその性格の良さは、このクラスの人気者として文句の付けどころのないところだろう。輪郭は非常に整っており、このクラスでも一、二を争う美少女だ。


「にしししし。にしししし」「ああ……もう俺だめだ。富士の樹海に埋めてきてくれよ……ははは」


 こんな問答を繰り返す二人の様子に苦笑いを浮かべる恵理。


「メイ、そろそろいいだろ。食堂でゆっくり吸わせてやるんだから今は離れろって」


 その俺の言葉にメイは「今日はここまでにしておいてやろう……!」と悪ガキのごとく再びゆらゆらと俺のもとに戻って来る。瞬間、「お? 何か体が軽い!? 何だ!? 何だ!?」と打って変わって大はしゃぎする和樹に向かって、恵理はまたも苦笑を浮かべる。


「ひ、ひとまず食堂に向かいませんか? 高崎君、ペッパー丼は早くに売り切れてしまうみたいですし……」


 その恵理の言葉に呆然とした和樹は、


「と、とりあえず、行くか」


 と、促したのだった――。


○○○


「……で、見事に売り切れか。とことん運のねー奴だなお前は」

「……いや、別に俺は卵とじ丼でもいいんですけどね? 期間限定がですね?」

「また明日もあるじゃないですか。明日は早く来ればいいだけですよぉ」

「……ちゅ――――……ちゅ―――……」


 学食に言った俺たちを待っていたのは強烈な人込みだった。

 俺は家から持ってきていた弁当を。和樹はペッパー丼が売り切れていたためにその横にメニューとして書いてあった卵とじ丼を。恵理はゆっくりとメニューを考えた結果、かけうどんに。そしてメイは俺の霊力を一部食べる。

 といった構図になっている。

 メイと出会ったのは、一年数か月前。もともとメイは下級妖魔だった。

 昨今、もはや「霊」というものは恐怖や畏怖の存在にとらわれることはなくなってきた。

 数十年前から「霊」として恐れられていたものは、実質的には人間界で死んだ魂がこの世に未練を残していたために、霊的結合の強い『妖魔界ブリュート』に誘われる。そして『妖魔界ブリュート』で得た霊力を使用して未練の強いこの世にもう一度顕現するために扉を開いてやって来る。そうしてここでは霊的結合があやふやになったりするために霊が見える――という仕組みが解明されていた。

 一族退魔師である俺たちはもとからそういう知識は得ていたのだが、それを世間に公表しても毎度似非占い師だとしか思われなかったから進んで公表をしていなかったというのもある。

 つまるところ、『霊』とは今日、『下級妖魔』に位置づけされるれっきとした妖魔なのである。

 一般退魔師は訓練などにより比較的霊力をコントロールできるようになっている。そのため、彼らの討伐対象である『霊』を最近ではよく退魔することもあるのだそうだ。

 その弊害としてバラエティ番組での幽霊特集が減ったのは玉に傷であるといえよう。

 そんな中で、俺が出会ったのは、彼女は「霊的結合が不安定なままでこの世にあらわれたときのことだった。

 その当時、俺は上級妖魔を追っていた。そこで出会ったのが彼女だった。


「……美味いのぉ……やはりハヤトの霊力は極上じゃのぉ……」


 にへらと崩した笑顔を見せながら、俺の左腕にかぶりついてちゅーちゅーと吸っているのは俺の霊力だ。


 メイは、この世の換算で江戸時代から霊として存在している。それを知ったのは、俺がメイと会った時のことだった。

 当時俺は上級妖魔を一人で追っていたが、いかんせん烏海流退魔術は封じられている。そんな中で一人で上級妖魔をとらえ、仕留めるのはかなりの高難度のことだったのだ。

 だが、メイと出会ってそれは激減した。

 メイは、江戸を霊として生き抜いていた。いかにもポンコツそうな風ではあるが、こと戦闘に関してはすぐ近くで見守っていた――そして時には武士に憑依して戦っていたという。

 そこで、その戦闘センスを見込んで俺はメイと一種の契約を交わしたのだ。


 ――俺の霊力をお前にやる。その代りにお前は俺のために尽くせ――と。


 『霊』という下級妖魔は、定期的に人間から霊力を吸わないとこの世に居続けることはできなくなる。それを逆手に取った交渉だった。

 幸い、俺の霊力がメイのお口に合っていたようでその交渉は成立した。

 それからというもの、上級妖魔討伐数は一族退魔師内で鳶山と鶸空の二強だったのだが、ここ最近では烏海の名を連ねることも多くなり始めた。

 もともと、錫杖を使用しての上級妖魔捕縛作戦もメイが考案したものだしな。俺たち烏海の評価を上げるうえでこいつの存在はもはや欠かせないものとなってきているのも確かだ。


「……ふわあぁあ……」


 見た目はただの幼女だけどな。割とこいつは凄いやつなのだ。


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