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憑依退魔師は憑かれない  作者: 榊原モンショー
第一章-御三家編-
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No.2 退魔師の責務

 錫杖、鵺、俺と。一直線からは少し外れてはいるが、今ここでベストな瞬間を狙う。

 錫杖の先に霊力が飛んだことにより、先についた十二の遊環はそれぞれ空中分解を始める。

 もとより遊環に込めていた霊力と俺の手を使えば簡易的な霊力の檻を作成できる。

 その簡易的な檻を作成したのちに、右腕に込めた膨大量の霊力とともに拳を鵺に打ち込む。

 普段はこれで何とかなるのだが……。この簡易的な檻がどこまで精巧に作られるかが今回のカギである.


「……ここで逃したら面倒だぞ……!」


 俺は自分自身を鼓舞するようにして左腕を突き出した。


「二の技! 『捕縛!』」


 左腕に込めた霊力を抽出。そのそれぞれが奇妙な弧を描いて、遊環につながっていく。

 一つ、また一つと遊環との間に霊力を帯びた檻が形成されようとする。


 ――が。


「ハヤト!」


 メイの声が木霊した。


 ……やはり無茶か……!


 体勢があまりにも芳しくなかった。鵺の右前方に向かうはずの遊環が力なく地面に落ちたのだ。

 これが示すことはすなわち、檻に穴が開いたということだ。

 一般退魔師が作ったこの結界空間も、維持できる時間は残りわずかだ。

 ここでもし結界が解かれようものならば、市街にまで被害が及ぶ。

 ただでさえ評判の悪い退魔師、その中でもとりわけ評価の低い烏海の失態ともなると世間からのバッシングは避けられまい。


「……ぐっ! メイ! アレ(・・)やるぞ!」


 俺の言葉にメイは「ふおっ!?」と小さな顔を可愛く歪ませた。

 鵺は不完全な檻の中に閉じ込められたまま、少しの隙間を縫って外に這いでようとしている。


「左手が塞がったままだ。法を超える(法律違反)するが街の被害を考えると仕方がねえ」

「せ、世間からまたバッシングが来るんじゃぞ!?」

「……一発で仕留められなかったこっちにも非があるだろ……!」


 苦渋の選択だった。

 だが、法を守って人を守れないでは話にならないのだ。

 俺の言葉にメイは渋々といった形で霊的存在へと再び姿を変えた。


 ……行くぞ、メイ。


 俺が檻への繋がりを断ち切り、左手を自由にするとともにまるで地獄から地上に顕現した悪魔のように、鵺はひとっ跳びで結界の壁に足をかけた。


「ヒョオォォォォ……」


 あからさまな威嚇に苦笑が漏れ出る。

 あの爪で一度でも引き裂かれれば命はない。

 俺たちでさえ苦難するこの相手を一般退魔師がどこかで退魔してくれるようになる時代を願いつつ――。


「……ったく、馬鹿じゃない?」


 メイとの霊的連携を接続しようとしていた、まさにその時だった。


「……むぅ!」


 「ガルルルル」とメイがその声の方向に視線を向けた。


「――レイナ……!」

「何よその不服そうな顔。失敗したのはアンタでしょ?」


 その少女は、巨大な鳥の上に乗っていた。

 鳶山の使役鳥、鳶に乗ったその少女は、すり抜けるようにして結界の中へ入り込んだ。


「視界良好、霊力安定! タイプ、大蛇の顕現を自主許可!」


 少女――鳶山麗奈は、使役鳥である鳶から飛び降りた。

 高校の制服を纏う、鳶山家第八十三代当主は素早く左手で印を結んだ。


「ヒョ……ォォォォォォォォォォォ!!」


 俺の作った霊力檻を足蹴に結界に飛び移った鵺は、奴から見て前方より来る巨大鳥――そして空に舞う一人の少女に目線を合わせた。

 「むぅっ! 小娘!」とメイは歯痒そうに親指を噛んだ。


「ここに来たからには帰ってもらわなきゃいけないの。ごめんね」


 麗奈が言うや否や、霊力を練った左腕を天に突き上げた。

 結界を掴んでいた鵺は、一気にそれを蹴って自身の体を空に預けた。

 その先にいるのは、左腕を天に突き上げ不敵な笑みを浮かべる麗奈の姿。


「ヒョオオオオオオオオオッッッ!!」


 猿の頭から放たれるけたたましい高温が空気を振るわせた。

 「ふわあぁぁぁ」とメイが悲鳴を上げて耳をふさいでいるのはもはや気にしないでおこう。

 そんな様子に、レイナはふっと笑みを浮かべた。

 鵺は風を切って、レイナに突撃した。鵺とて、歯には霊力が練り込まれている。その一撃を食らえば、いくら一族退魔師でも無事では済まないだろう。


「--鳶山流霊魂術! 顕現せよ! 大蛇ッ!」


 その瞬間だった。

 上空に突如として現れたのは、『妖魔界ブリュート』とこの世をつなぐ扉だ。

 鳶山流霊魂術。平安より代々続く鳶山家一族の秘伝退魔術である。

 『妖魔界ブリュート』とこの世をつなぐ扉を意図的に作り出す。それが鳶山流の真骨頂である。


 --毒をもって毒を制す。


 これが鳶山が平安から守り続けた家訓でもあるのだ。


「ギシャアアァァァッ!!」


 鋭い快音を轟かせながら上空から現れたのは、巨大な蛇--麗奈の使役上級妖魔、大蛇だ。


「……な、何ぞ!?」


 突如として現れた、巨木をも上回る巨大な蛇は、レイナに牙を剥こうとせん鵺の首筋を巨大な牙で一突きした。


「ヒョッ……!」


 視界外から現れた大蛇に鵺は対応しきれない。体重のまま落ちてくる大蛇の勢いを相殺できるわけもなく、鵺は横っ飛びの勢いをそのまま激減させて地に落ちていく。

 上級妖魔と上級妖魔の闘争。

 本来起こり得ることのない戦いを前に結界を張る一般退魔師さえも困惑した様子だ。


「……大蛇。そのまま噛み殺しなさい」


 レイナの冷徹な一言とともに、大蛇はその長い体を鵺に巻き付けた。


「ヒョ……ォォ……ッ……!!」


 鵺の体は、大蛇の体に蝕まれる。動けず、そのまま口から泡を吹き始める鵺にとどめと言わんばかりに大蛇はゆっくりと鵺の首筋に牙を突き立てた。


「……と、鳶山の小娘……めぇ……!」


 霊的結合を再び解除し、可視化したメイが落とした十二の遊環と錫杖を手に取り、浮遊しながら俺のもとにやって来る。

 大蛇が鵺を仕留め終わった証に、鵺は体から白い胞子状の霊力を吐き出しながらその姿を消していく。


「なあに、ハヤト」


 まさに不敵――。そういった態度で麗奈は黒い髪を左右に振った。


「……なにじゃねえよ、人の獲物取りやがって」

「そうじゃそうじゃ! お主が来ておらなんだら今頃――」

「--今頃、結界は破られて、街はどうなっていたかしら」


 俺とメイの口撃を一蹴したレイナは「それに……」と続けた。


「退魔師法裏第二十三条、『烏海家秘術デアル烏海流憑依術ハ永久禁止トス』。忘れたとは言わせないわよ」


 彼女は瞬きをして俺の隣で浮遊するメイをねめつけた。


「……わかってるさ」


 俺の呟きとともに、大蛇が張り付いた鵺が完全に霧散していく。それを見計らったレイナは「ありがとう、大蛇」と言葉をかけると、大蛇は再び空にあらわれた扉からもといた世界に戻っていく。


「……別に、烏海の評判を戻したいがためにあなたが努力していることを私は否定しない。だけどねーー」


 麗奈はそう言って、通学かばんを肩にかけた。


「あなたが法を破ることによって世間からバッシングを受けるのは『烏海家(・・・)じゃない。退魔師(・・・)なの。まだまだ世間からの退魔師への評判はいいものじゃないわ。これ以上私たちの足を引っ張らないで」


 ……ッ!!


 大蛇が完全に『妖魔界ブリュート』へと帰還したことを見計らった一般退魔師が疲れたような顔をして結界を解いた。

 通学かばんを持ったレイナは「ありがとうございました」と一般退魔師たちに礼を言ってその場を去っていく。


「は……ハヤト……」


 メイは俺の肩にポンと白く冷たい手を置いた。


「あ、そうそう」


 レイナは去り際に俺のほうへと顔を向けた。


「今、八時三十四分。学校、遅れるわよ」

 


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