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宿屋 筍桃萄  作者: 御陵
6/11

桃弐

 

「穂苗ちゃん、ビスケット~」

「べつにもう、食べないです……」

 神様の矜持なのか、何なのか。

 だが、差し出されたビスケットへと何かと戦うように手を伸ばしては引っ込めるその姿に、既に神様としての矜持も何もないような気がする。

 結局、未知の誘惑に負けたらしい。

 うちの宿屋には基本的に訪れるお客さんの性質上、和菓子しか置いてなく、どうやらビスケットというものを穂苗は初めて見たようだった。

「わ、消えた。消えた」

 神様が手に取ると、ものは普通の人間の視覚には見えなくなるらしい。

 さっきから、同じことを繰り返しては、部長はご満悦だった。


 もっとも、受け取る方も受け取る方もだが……

「別にお供え物はちゃんと、食べなきゃダメなのです」

 少し言い訳をするように、目を逸らして穂苗が言った。

 その姿は普通に一人の少女として、十分にかわいいものだった。


 ところで惚気ているわけではないだろう。

 なぜ、こんなことになったのか。

 なぜ、穂苗が部長に餌付けされているのかなどということを説明しなくてはいけないだろう。その経緯は少し前に遡る。


 ばれた。

 部長には、面倒くさいから秘密にする気でいたのに。

 本当は置いていくつもりだったのだが、本人が行きたいと強く望んでいたし、あの約束ものことあったので連れてきたのだ。

 そのとき、穂苗と約束したことが一つ。

 人前では、あまり、話かけないでくれということだ。

 他人には、穂苗の姿は見えないし声も聞こえない。

 だから、普通にしゃべっていると自分が不自然になってしまう。

 だから、そういうことはしないでくれと約束したのだ。


 ちょうど、いいことに今日は単独行動も多いだろうし、その時に一緒に行動すれば、それで問題ないと思った。

 本人も、時折、独り言をつぶやくくらいで問題なかったのだが。


「あれ、もしかして穂苗ちゃんいる?」

 ボックス席の最後の一席に座ろうとした幼馴染のその一言で壊れた。


「ん、霞ちゃん? 穂苗ちゃんって誰?」

 まず、部長がその一言に反応した。

 一気に、その目が天真爛漫な子供のように輝きだす。

「こ~ちゃんのおうちに居候している狐の神様らしいです~」

 それにバカ正直に答えてしまう素直な巫女さん。

 巫女さんというのは嘘をついてはいけないのだとか。


「本物の神様!」

 さらにその一言に、ヒートアップする部長。

 変人にしか見えない。

 とにかく、ここは嘘がつけない幼馴染に変わって、嘘をつくしかないだろう。

「霞、何を言ってるんだ? そんな神様なんているわけないじゃないか」

 これは、このあと、家に来させろという部長の追撃をかわすための否定でもある。


 しかし、巫女さんは嘘をつけない。

「おかしいな~、ここの席に神様特有の気配というか、何かを感じたんだけど」

 本当に穂苗が座っている席の方を向いて、不思議そうに首をかしげている霞。

 可愛らしく首をかしげるその動作はまったくもって、ワザとなどではないのだろう。


 と、そこまで聞いて部長がぽかっと手をたたいた。

「そういえば、この列車に乗るときに誰かに手を貸していたような」


 嫌な予感がした。

 突然、部長の目が何かを確信したような色を帯びた。


 嫌な予感だけはしたのである。


 *


 で、ばれた。

 というか、吐かされた。


 昔の殺人事件か何かで、自白を強要された末に吐かされた冤罪犯の気持ちである。

 ただ、違うのは一点。

 それが、本当に真実だったということだけだが。


 『かわべ~、かわべ~、川辺でございま~す』

 田舎特有のどこか間延びしたアナウンス。


「おりようか~、こうちゃん」

「ぶちょ~う、降りますよ~」

「え~、嫌だ。まだ、ビスケット、まだ食べてもらうの」

 そんなことをわめく部長を引きずりながら、列車を下車。


「ここで降りるのです?」

 その後ろに部長が残していったビスケットをしっかりと抱えながら、穂苗もしっかりとついてくる。


「うわ~、何にもねぇな~」

「そうだね~」

「そうなのだ~」

 降りた駅は、何にもないような場所だった。

 ホームの上には、トタン屋根の倉庫と見間違えるような待合室が一つのみ。

 駅前広場などという気の利いたものなど、一つもなく、駅前には舗装もされてない道が一つ、どこかへと延びているだけである。


「これなら、河童もいそうでしょ」

 部長が鼻高々に言っているが、そもそもで俺たちには河も見えないのだが。


「川って、どこなんですか~」

「川って、何処なのです? 幸助」

 疑問に思っていたことを霞と穂苗が言ってくれた。

 実際は、部長には穂苗の声が聞こえないが。


 と、そこで

「あれ…………?」

 固まった。


 部長は、周りを見渡して、初めて川がないことに気付いて固まったのだった。


 *


「可愛いです? 幸助?」

 キラキラと太陽の光が、川面に反射する。

 いつも着ている濃藍の袴と、上衣である平安時代の貴族が着ていたような白いだぼっとした服を水に濡れないようにたくし上げている。

 背中には、頭の上でぴくぴくと動く狐耳と同色の少し金色を帯びた茶色の流れるような髪がたらされ、お尻ではやはり同色の尻尾が何かを期待するようにぴくぴくと動いている。

 どこか、水に濡れたその姿は、妖艶とでもいうべき美しさを兼ね備えているようにももえるのかもしれない。


「ん? いいんじゃないのか」

「投げやりです」

 そんな穂苗は、今の自分の答えにどこか不満なようで頬っぺたを膨らませている。


「そんな、霞と部長? が気になるですか?」

「別に、あいつら、どこまで着替えに言ったのかなって」


「なに、怒っているんだ、穂苗?」

「別にただのやきもちやきみたいなものなのです」

 どこか怒ったような穂苗の声。

 いったい、何をそんなに怒っているのだろうか。


 結論から言うと、川はあった。

 ホームの真ん中に古びた地図があったのでそれをのぞいてみると、『川辺淡水浴場』の文字。

 ホームの反対側に階段があるので、それをくだると河原の方へつながっているという仕様らしかった。


 そして、そんな階段を下った先にそれはあった。

 どこまでも広がる石の河原。

 透き通るようなきれいな水。


 魚がちょろちょろと泳ぎ、見渡した先には森が広がる。

 自然の河原だった。


 護岸工事などで、コンクリートで河原を覆ったりなどしていないありのままの河原である。

 これぞ、日本の里山の河原。


「すごいです…………」

 穂苗の感嘆の声が聞こえた。

 その声が聞こえたわけでもないだろうに、いつもは騒がしい部長までもが思わず息をのんでいた。

 田舎だ、田舎だとさんざん言ってきた自分の住んでいた町にはなかったありのままの自然だった。


 最初に動いたのは、部長だっただろうか。

「霞ちゃん、飛び込むよ」


 そんなことをいいつつ、霞の手を引いて、一気に階段を下りて行ってしまった。

 いきなり、手を引かれた霞はなすがままだ。


 さわがしい金属製の階段が軋むような音を立てた。

 そのまま、二段飛ばし位で器用に階段を駆け下っていく。


 部長なりの礼儀というか、

 ただの子供みたいに、そのまま、河原というか崖みたいになっている所につくと、


 ドボンと、

 大きな音を立てて、飛び込んでしまった。


 深い所は、それなりに深いらしい。


「大丈夫なのですか?」

「大丈夫だろう」

 初めて見る部長のテンションに追いつけないのか、そんなことをいう穂苗と一緒にゆっくりと降りていく。

 大丈夫だ。せいぜい、被害を受けるのは一人だけ。


「幸助は、見ちゃいけないです」

 ごめん、穂苗。

 もう、何回も見てきているせいで何にも思わない。


「こうちゃ~ん……」

「大丈夫、大丈夫、大丈夫だって~」

 ご存知の通り、巫女服というのは非常に薄く、透けやすい。

 川面では、巻き込まれた末に巫女服が体に張り付きスケスケになったお気の毒な幼馴染とどこまでも、能天気な部長の姿があった。


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