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宿屋 筍桃萄  作者: 御陵
5/11

桃壱

 

 夏は過ぎるのは早すぎて、時が刻まれるのは早すぎる。


 もう一度って言ったとしても、

 いくら時計の針を巻き戻しても時間は、もう二度と帰ってくることはない。


 でも、あの夏だけは絶対に消えることはない。

 この記憶だけは、絶対に忘れない。


 *


 いつのまにか、一ヶ月がたった。

 もう、既に八月の初めである。


「どこに出かけるです?」

 金物を用意していたら、そんなことを聞かれた。


 穂苗は、最近の定番になったのか知らないが、今日も今日とて窓際で、まだそんなに暑くない朝の日光で日向ぼっこしながら、少し欠けたお茶碗を磨いていた。

 フーフーと、息を吹きかけては薄い柔らかい布で磨くという念の入用である。

 何でもかけたお茶碗は神社で使っていた大切な物なんだとか。


 今日も今日とて。

 そんな言葉を付け加えてしまうくらいには、穂苗が普通にいるという生活を既に当たり前のように思ってきてしまっているということだろう。


「河童探しですけど?」

 金物というか、そういう類はあまりないなぁと思いながら、倉庫の一角をガサゴソとあさりながら答えた。

「河童探しですか?」

 そんな、すこしさわがしい中、耳元に疑問符をつけた穂苗の声が帰ってきた。


 *


「幸助、はっけ~ん!」

「「…………」」


 場違いすぎる。

 バカすぎる。

 すべてにおいて、悪目立ちしている。

 ただでさえ、利用客の少ない田舎の駅でその少ない乗客が自分に注目していることに何故、気づかないのか。

 なんというか、能天気なバカという言葉が当てはまる人間はこれ以上いないであろうという感じである。


 日本人離れした肩口まで伸ばした長い髪は金色。

 そのぱっちりとした大きな目は、綺麗なブルーアイ。

 どことなくあどけないその顔は、憎めないような愛らしさを漂わせる。

 アイドルといわれたら、それこそ信じてしまいそうな少女。

 幽霊やら、妖怪だの、UFOだの、UMAだのそんなものが三度の飯より好き等という特殊な性癖が無ければ、とっくに彼氏ができていておかしくないであろう少女。

 われらが『オカルト研究会』の部長だった。


 名前は知らない。

 というか、忘れた。

 やけに長い横文字の羅列だったので忘れてしまった。

 それが、この少女の幸助の中における重要度を表していると言えよう。


「よーっす、元気だった?」

「部長がこんなくだらないこと、やろうといわなければもっと元気だったかもしれないです」

 外見とは裏腹に流暢な日本語。

 そんな部長の服装は、暗緑色を基調にランダムに緑系の色を配した上下である。

 素材は、難燃ビニロンと綿なのだとか。

 迷彩服という非常に動きやすい服装であった。


「な、なんなのなんです? このリュック…………」

 傍らの神様は先程から絶句しまくりの様だ。

 それはそうだ。その背中には大きな登山で使うような長方形のリュックを背負っている部長。たかが、遠足の装備ではない。


「まさか、泊まり込む気なんですか……?」

「だって、帰る時間は決まってないじゃん」

 泊まり込む気なのだろうか。

 きっと、リュックには大量の食糧やらテントやらが詰まっているに違いない。


「僕は泊まり込む気ないですからね」

 ここはきっぱりと言っておく。

「え、つれないな~」

 部長がすこし残念そうにしているが、そんなことは気にしない。

 この人は甘やかしたら、調子に乗るのだ。


 そんなくだらないことを言い合っていたら、ブォ~という大きな汽笛を鳴らしながら気動車がホームに入ってきた。


「あ、来た、来た、乗っちゃおうか、幸助」

「分かってますって」

 いつのまにか、そんな時間になっていたのだろう。


 やって来た気動車へと乗り込む。

 その時、あまりの迫力に怖くなったのか恐る恐るという風に乗り込んでいた穂苗に手を貸してやると、部長がなにか不思議なものを見るような眼でこちらを見ていた。

 部長には、穂苗が視えないのだからある意味当然なのかもしれないが。

 それにしても、穂苗は気動車に乗ったことが無いのだろうか?


 そんな様子を小さな子供の初体験を見守るような目で見てたら、

「別に、神様だってやったことが無いことはあるんです」と膨れられてしまった。


 そんな、穂苗鬼軽い釈明をしながら、部長の座っているボックス席の方へ向かう。

「なんか視えたの、幸助?」

 おもむろに真剣な顔で部長が聞いてきた。

 部長は、自分が『視えること』を知っている。

 そもそもで、その噂を信じて、高校に入ってきたときに無理やり勧誘してきたのだと部長は随分前にあっけらかんと語っていた。

 ついでに、自分は学校では『視える』ことは隠している。もっとも、噂が経ってしまっているのは前述のとおりだが。

 それにしても、何か視えているように見えたのだろうか?


「別に何も見えて無いですよ、部長」

「おかしいな、何かに手を差し出していたような」

「勘違いですよ」

 たまたま、そう見えただけだろう。

 幻覚か、何かだ。神様が『視える』少年というどうでも良い怪しさマックスの噂を信じるような人だし。

 ついでに、その手を差し出された当の本人は部長の隣、窓側の席でふかふかのイスとそこから見える景色に大変満足の様子で、子供のようにはしゃいでいる。


「おかしいな~、確かにそう見えたのに……」

 部長は頬杖をついて、唸っている。

 田舎の電車は対面の四人掛けなので、ちゃんと肘掛というものが存在しているのである。

 どうやら、納得していないようだ。


 だが、そんなことももうすぐ忘れてしまうだろう。

 腕に付けてある防水仕様の時計の文字盤を確認。


 ちょうど、発車まであと一分だ。

 途端に、駅の構内の方が騒がしい声がする。


 文字盤の時計が無慈悲に時を刻んでいく。

 ちょうど、秒針の弧が半月の形を描いた。


 さらに十秒。

 ブォ~という出発まで、あと少しということを告げる汽笛がなった。

 にわかにホームが騒がしくなった。


 さらに十秒。

 誰かが、駆け込んでくるような音がした。


 さらに十秒。

 誰かの息せき切ったような荒い息と共に、ドアの閉まる大きな音が鳴り響いて驚いた穂苗の肩がびくっと震えた。

 そこで、穂苗も新たな人物の登場に気付いたのだろう。


「と、とにかく飲みなよ、これ」

 部長と穂苗が驚いたように新たな人物を見つめる中、一瞬、我に戻るのが早かった部長が紙コップに入った水を差し出す。

「す、すみませ~ん、部長」

 その水を一息に仰ぐ新たな人物。


「霞、巫女服で大丈夫なのか?」

 幼馴染のいつもの遅刻癖にすこし、ため息をしつつ言った。

「結構、機能的なんだよ、この服装」

 オカルト研究会、最後のメンバーがやって来た。

 賀茂霞。

 あの件の葛城さまのお社、葛城神宮の巫女さん見習いで幸助の幼馴染ともいえる女の子であった。


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