プロローグ・第一章
完全版の本編しか読んでいらっしゃらない方には、『SAKURA DOLL~暁桜編』、第3章以降のネタバレになりますのでご注意ください。
また、以前掲載していた角スニ応募Ver.をお読みの方には、今回の応募作の最後の方10枚相当ほどが、新規エピソードとして追加してあります。
内容は次編(二度桜編-仮題)の頭にしようと思っていたエピソードで、こちらもネタバレになりますのでご注意ください。
なお、『SAKURA DOLL・ショートVer.』は「小説家になろう」のみの掲載とし、「ノクターンノベルズ」の方へは掲載いたしません。
〈プロローグ〉
眠い。ひたすら眠い。
かれこれ二時間、ずっと〈こいつ〉と向き合い、面白くもない文字の羅列を復唱させられている。
……何の罰ゲームだよ、全く。
「……甲により不適切と判断される利用者の不正行為の禁止と、利用停止に関する法律を以下に伝える――はい、復唱をお願い致します」
〈機械的〉に復唱を続けさせる〈こいつ〉は、全高は20センチ程で、八頭身のフィギュアに似たロボットだ。
段々カット前髪に、もみ上げを残したポニーテールで、漆黒人工毛のロングストレート。
スレンダーだが適度に豊満な肢体には、黒いハイレグワンピース水着に似せた、ソフトタイプの太陽電池を装着。
「甲により不適切と判断される利用者の禁止と……」
「違います、繰り返しますか?」
容赦ねえ。
「……お願いします」
5月7日金曜日、記念すべき俺の16歳の誕生日は――いや、いつの間にか深夜12時を少し回って昨日になってしまっている。
……はぁ、
深いため息をつきつつ顔を上げる。
俺の目の前にいるロボットの正式名称は。
【自立歩行型多機能高速通信機】
一見するとただの動くフィギュアだが、ボディは芳香性ポリアミド系、ハイパーTIポリマーの高分子素材でできており、Segmentationと呼ばれる体節制ボディで、具体的にはカニや昆虫のような甲殻類の関節と体構造に近い。
各部を動かす原動機は、誘電性エラストマーという人工筋肉で稼働。
こちらもシリコン系の高分子素材で構成、その名が示すとおり動作は人間の筋肉と同じ動きをする。
頭部にカメラ、発声装置と各種センサーに通信システム。
ボディには肺構造に似た膨縮型ラジエターを備え、演算装置と記憶回路、バッテリー。
内部を非電導性のオイルで満たし、四肢の人工筋肉内の単弁ポンプで循環させている。
その機械的で無機質なボディは、一体縫製ポリウレタン生地にシリコン樹脂を組み合わせたintegumentで覆う。
それは通称〝インテグ〟と呼ばれ、DOLLのB・H・Wを決定し、人肌に近い外観と触感を実現させている。
それが、今から12年前の2020年開催された東京オリンピックにて初めて発表。
聖火点灯や、集団演舞などのデモンストレーションを行い、世界中に衝撃を与えた。
開会式後それらは選手や関係者に配布され、通信、通訳、ガイド、健康やスケジュール管理など、全てこれ一体で行うホストマネージングコンピュータとして利用された。
日本製のこのハイテクロボットを諸外国はこぞって賞賛し、敬意を込めこう呼んでいる。
【SAKURA DOLL】と。
機械的分類で言えば、〈総合管理型汎用通信端末〉であり、疑似人格を持ち、対話により各種機能を利用するもので、その疑似人格は、国や各機関の主演算装置で厳重に管理されている。
そうしてさらに2時間後。
「――お疲れ様でした。これにて取り扱い説明と、復唱による規約内容の理解確認、記録作業を終了いたします。引き続き作業を継続いたしますか?」
DOLLが聞き返してきた。ちなみにこのやり取りはDOLLのカメラアイを通じ、経済産業省省内の管理機構が記録、管理、保管し、有事の際の証拠とされる。
そして時刻はすでに午前2時15分。
「いや、いい。続きはあし~~じゃ無いな。後でいいや」
もはや次の作業をする元気など無い。こんな高性能機の使用と取り扱い説明、契約、法令、使用登録を一字一句違えずとは言わないまでも、正しく復唱するのはかなりハードな作業だった。
「承知いたしました。それでは私は〝専用クレードル(ピット)〟で待機させて頂きますが、ツインユニット設定作業が終了していませんので、ツインユニットをはずす際は、解除作業をお忘れになりませんようお願い致します」
〝ツインユニット〟――空間投影機に加え、装着者の健康管理や位置情報、DOLLのバックアップメモリ、通信ブースターなどの機能を備えた腕時計型ウェアラブル端末――を指し示しながら聞いてみた。
「え~~っと、〝使用者に重大な事案が発生した〟と見なされて、君が見た〝画像記録〟の前後60分間が緊急ロック、警察に転送・解析・確認・出動がある〟だったっけ?」
「その通りです、しかし設定作業が全て完了して、マスターの安否を本機が視認できるよう外して頂ければ安全でございます」
寝ぼけた頭でもさすがにこれは覚えていた。
「了解です」
DOLLの使用者たる〝マスター〟の安全を守る為のシステムでもある以上、むやみに脱着すると安全管理プログラムに触れ、緊急システムのいずれかが作動してしまうのだ。
――そんな訳で、ケーサツ呼ばれるのはイヤなので外すのをやめて、とりあえず休むことにした。
そうしてベッドに倒れ込むと、あっという間に眠りに落ちた。
第一章
それから六時間ほど眠り、リビングに下りたら、家族がニュースを見ながらくつろいでいた。
「おはよ~」
一通りみんなとあいさつを交わし、遅い朝食をママに頼むと一人の少女が愚痴ってきた。
「もう! 裕兄ったら夕べはいつまでかかってたのよ、なんか般若心経みたいなジュモンが一晩中ボソボソ聞こえてきてよく眠れなかったよ!」
言葉ほど怒っておらず、ソファにもたれながら後ろに頭を倒し、俺のTシャツの裾を掴んで、チョンチョンと引っ張って、かわいい仕草でプンスカしている。
「ああ、ごめんな、俺もあんな時間がかかるモンだとは思わなかった」
そう言いながら少女の頭を撫でてやった。
「……フン、しょうがないなあ~♪」
この、頭を撫でられるのがまんざらでもない様子で照れている少女は俺の妹で、今春中学一年生になった水上姫花だ。
姫花の背は俺の目線くらい、160センチちょいでスレンダーな肢体。白黒で幾何学模様のチュニックに、スリムジーンズという言うスタイル。
母親譲りのしっかりしたストレートの黒髪は、今は後ろから前に下がる感じのボブで、前髪は目の上で一直線に切れそろえられている。
顔は細面で目鼻立ちはすっきりしていて、パーツは大きめ、よく開いて大きな黒目が特徴的な、丸みがなくなってきた柴犬の子供という印象だ。
中学に入り、少々大人っぽく背伸びした髪型が、スレンダーで長身の肢体と相まって、本人の予想以上にハマり中学3年生くらいに見える。
「あー、だるい~~……」
独りごちながら流れているニュースに目をやる。
扉を横にしたほどの大型積層液晶モニターでは、凜々しいおじさんアナウンサーが、次世代型高速通信網の法整備と、IPS細胞による神経系再生医療の成功臨床例が三桁になったと報じていた。
腰掛けて、その報道をボンヤリ見ていると声をかけられた。
「まあ、年々新しい条項が増えてきているしな。大変なのは最初だけで、後は更新分を追加していけばいいだけだから楽になるぞ」
ソファに座り、俺の肩に座っているDOLLを見ながら聞いてきたこのオッサンは、今年40半ばになる俺の父親だ。
「そうなんだ、よかったよ、あんなゴウモンもうこりごりだよ」
「それで? 設定とかはもう終わったのか?」
「まだ。取説とかの復唱は終わったけど、まだキャラのインストールと初期設定が残ってる」
「そうか、それでどこのキャラを被せるつもりだ?」
「ん、〈ブルーフィーナス〉の無料キャラ」
「ほう、何故?」
少々口元をあげ、にやりとしながら聞き返してきた。
「好きな声のキャラがいるし、隠蔽宣伝も誘導も隠蔽調査もないって評判だから」
きっかけを与えたのがこのオッサンなのが口惜しくて、必要な理由の方を強調して答えた。
「どのキャラだ?」
案の定わかっているらしいニュアンスでもって、ここぞとばかりに聞いてくる。
「まだ秘密」
「そうか」
納得顔でうなずいているのがシャクに触る。
「ところでDOLLの服はあるのか? 八頭身モデルならお父の前のDOLLのがまだ残してあるぞ」
未だハイレグワンピース風で、柔軟性太陽電池のままののDOLLを見てお父が聞いてきた。
「いや、遠慮しておくよ」
「どうして?」
「ボンテージやメイド服やビキニアーマーなんて要らないよ。第一そんなの着せて学校とか持っていけないし」
「いいじゃないか、せっかくのDOLLなんだから色々着せてやれよ」
「俺が恥ずかしいって言ってんの!」
恥ずかしげもなく言い張る親父に思わず声を張り上げる。
「しょうがないな、じゃあ仕事用と礼装用のスーツ服は持ってろ」
こんなやり取りはしょっちゅうなので、あっさりと引き下がる。
「そうだね。式関係では着せなきゃいけないらしいから、それは有り難く貰うよ」
今の学校は私服OKだが、こういうイベント時にはやはり、それなりに〝礼節を重んじた服装にするように〟と教師から言われている。
「……残念、〝巫女さん〟インテグが着たその姿見たかったなあ、〝ひな〟」
オタク趣味丸出しのお父にあきれる。
お父の足の上に座っているDOLLを見る。
〝Woody Bell〟社製、六頭身モデルの〝ひな紅〟である。
見た目は小学校高学年女子くらいの外皮。髪は淡い金色のセミショートを左右に束ねたツインテール。服は白で丸襟のちょいフリブラウスに、サスペンダー付きの赤いスカート、白のハイソックスと、なかなかレトロな雰囲気のコーディネートだと思う。
頭部比率が大きいのはカメラとメモリー部の性能によるもので、設計仕事をしているお父には必要なのだそうだ。
春の新機種ラインナップの時に機種変更して、最初このDOLLを見た時は姫花に煙たがれるようになって、ついに目覚めたのかと思ったものだ。
そのお父に聞き返され〝ひな〟が答える。
「そうですねえ、でもひなの体操服なら着れると思いますよ」
ガチャン
キッチンから食器を落とす音が聞こえた。
「あら、おかあさん大丈夫ですか?」
「奥様、お怪我はございませんか?」
そう声を掛けたのは〝ひな紅〟とママのDOLL。
DOLLは〝Water Spear〟社製、八頭身、執事風イケメン男性モデルの〝愛染〟だ。
ママは今年40ぜんは……自称35才になる普通の主婦だ――と本人は言いはっている。
そしてひなの発言にお父、姫花、俺がフリーズした。
「……大丈夫よひな、愛染、それで体操服ってどんなの? ジャージ?」
うつむきつつ、声を半トーンほど落としたママが聞き返す。
その質問にあっと声を上げかけるお父を目で射貫き、黙らせた。
「いいえ、パパは〝ブルマ〟って言ってました、――これです」
そう言うと瞬時にテレビにLAN接続すると、大画面いっぱいに三種の神器でその一つである、今では失われし至宝、〝場違いな工芸品〟を身につけ、膝に手を当てて屈み、振り返るような可愛らしいポーズでにっこり笑って自撮りしたひな紅がアップで映し出された。
その画像の隅の方に、オッサンのにやけた顔の下半分が映り込んでるのが痛い。
さすが実用バランス最適モデルの最新機種、反応速度早えぇ、それに〈ひな〉可愛い……じゃない! 前言撤回、オッサンやっぱりヘンタイだった。
しかしお父め、個人情報保護設定忘れていたな?
そんな事を思いつつ、おそるおそるママを見るとワナワナと震えていた。
!!ヤバイ、刺激しないように避難だ。
そうして姫花と目で会話し、こそこそと退場する。
去り際お父を見やると、完璧な〝終末への憂い〟を浮かべていた。
――合掌。
結局朝食を食べ損ねてしまったので、部屋へ戻り財布を持ってコンビニに向かう。
„~ ,~ „~„~ ,~
庭に出ると、トレーナーだとちょっと汗ばみそうな暖かな日差しの中、桜の新緑の香りが微かに鼻をくすぐった。
ゴールデンウィークも終盤の今日、ソメイヨシノは2週間ほど前に散り終わり、庭を見渡せば、お父が趣味で育てている数十種類の桜が、10坪ちょいの庭に鉢や地植えで所狭しと置かれ、または植えられている。
この庭での開花の始まりは3月の終わりから5月の半ば、夏を過ぎて秋口から冬入りまで、何かしらの桜が綺麗な花を咲かせる。
盛春の日差しの中、人の背丈ほどのとある桜が、一緒に芽吹いた新芽に混じって、白に近い可憐で清楚な花を回りの桜達に遠慮しているかのように、チラホラとまばらに今春で最後の方の遅い花を咲かせていた。
桜の品種名は片丘桜と言い、県内由来の霞桜とかいう野生種系統で、矮性(大きくならない事)の珍しい桜だそうだ。
――桜庭
そう形容するにふさわしい庭。だが、この庭を喜んでいるのはお父ただ一人だけだったが、なんと最近一人増えて二人になった。
駐車場にある機動球車の、コントローラーを掴み起動する。
直径30センチほどの球体ローラーにはカバーが被せられ、左右に耳のようなペダルが付き、停止時はスタンドがせり出し、両足を乗せると引っ込む。
走行は体重移動と重心移動で行い、方向は前後左右に任意で自在に進める。
拳銃のグリップに似た、コントローラー兼充電プラグコードが出ているシンプルな乗り物で、それに乗りコンビニに向かう。
周りを見渡せば各家々や休耕田、空き地には、光の吸収率99.8%の限界黒色のソーラーパネルがあちこちで見受けられる。
『いらっしゃいませー』
コンビニに着き、出入り口のドア兼用の大型積層液晶モニターに近づくと、このコンビニのイメージガールをしている、ナントカという芸能人の画像がにこやかに出迎えてくれた。
店内に入り、中を見回すと雑誌コーナーに見知った顔があり、斜め後ろに立って声をかける。
「よう涼香」
「! おっっおは…こ、こんにちは裕ちゃん」
ビクッと飛び上がりそうに驚いたのは、〝雨に濡れた茶トラの子猫〟――ではなく、すぐ近所に住む幼馴染で、同じ高校に通う思川涼香である。
背は自分の肩ぐらい。小柄で子ど……スレンダーだ。
光の加減で縞模様に見えてツヤのある栗色の髪は、肩までのショートウェーブで、綺麗な扇状に広げている。
白く薄手のメッシュの春カーディガンの下は、パッド入りの紺のキャミソール、膝丈で水色の折り目のないシンプルなスカート、靴はピンが太くて低めのピンクのミュールに素足だが、きっちり紅いマニキュアをしている。
赤ん坊の時から兄妹のように過ごしてきた涼香は、〝咲耶姫〟と呼ばれる、ティーンズ向けDOLL雑誌を手にして、半顔を隠して照れている。
「……そうか、涼香ももうじき誕生日だったな、どんなDOLLにするのか決めたのか?」
「…う、うん…あ、ぐ、具体的にはまだだけど……いっ、イメージはあるの」
相変わらず歯切れの悪い尻すぼみの喋り方をする涼香は、意外にも自分と同じ工業高校、工業デザイン科に進学した勇者である。
詳しくは聞いていないが、将来はデザイン系を考えているようだ。
「ふうん、――まあ、今度実物を見るまでの楽しみにしておくかな。涼香がどんなDOLLとキャラを選ぶのかスッゲー興味あるし」
「え? え? どっどうして?」
「お前の兄ちゃんだし姫花の〝妹〟だからさ」
「~~~~っもう、か、からかわないでよおお……」
両手に持った本をあおぐように胸をパタパタ叩いてくる。
涼香は姫花と仲がいい、外では姉御肌で長身の姫花。引っ込み思案で背の低いモジモジな涼香。名前の韻が似ていることもあって、知人からは〝異父母姉妹〟と呼ばれるほどで、他人がどう思うかは一目瞭然だ。
「はははは、冗談冗談、悪い」
真っ赤になってやんわりと抗議するが、このリアクションが可愛いのでやめられない。
「……そ、そういえば夕べ、おめでとうメールしたんだけど、届いたの……かな?」
「あ~~~~そうか、悪い、まだコイツの設定終わってなくて見ていないや」
「そう――みたい、だね、そのDOLLの格好見れば」
「ああ、どんなメール?」
「たっ誕生日プレゼントDOLL服って思ってたけど、昨日結局会えなかかったし、DOLL見た…いけどどうかなー、見ときたいなあーっ……つてメール」
昨日の昼間はDOLLや付属品を選ぶ為、あちこち駆けずり回って時間がかかった挙句、セットアップを始めたのがあの時間になってしまった。――という訳なのだ。
「そうか、涼香のセンススゲーいいし、俺も好きだからぜひ頼む、素体と外皮とツインシステム以外は中古だから、服ぐらいは良いヤツって思ってたんだ」
「そっ…センス良いなんて…、すっ…好きだなんて…、あっ…ありがとう」
さっきより、更に赤くなりどもる涼香。
……このムスメは褒め言葉で殺せるなあ。
「じゃあ俺飯買って外で食べてるから、その間DOLL見て、体規格もコイツに聞いておいて」
これ以上はかわいそうなので、そう言って切り上げる。
「うん……わかった。おいで、――えっと、名前…は?」
「さくら」
ソーラーセルむき出しだと恥ずかしいので、ついでにDOLL用の白と淡いモスグリーンで幅広横ストライプで、飾りっ気のない長袖ワンピースとミュールを買っておく。
駐車場でサンドイッチをほおばっていると、店から雑誌袋を抱えた涼香が出てきた。
「はい、ありがとう」
そう言ってさくらを手の平にせて俺の肩に移すと、こんな事を聞いてきた。
「ま…まだキャラも被……せていない…いんだね、き…決まってているの?」
デフォルトのキャラはバッテリー消費を抑える為、基本無口で挨拶はおろか表情も作らず、最低限の対話リアクションしかしないのが普通だ。
だがしかし、一部オヤジ世代にこれに近いキャラで、青色短髪密着型白スーツを装備した、某伝説美少女DOLLモデルが根強い人気がある。
数あるキャラから俺が選んだのは。
「ああ、〝ブルーフィーナス〟の〝霞さくら〟にする」
「……おやじ?」
眉根を寄せ、怪訝に聞き返す涼香。
このキャラで珍しくツッコミが入るほどの〝霞さくら〟とは、オヤジ世代に彗星のごとくデビューし流星のごとく儚く、わずか数年で事故死した女性マルチタレントである。
「別にいいだろ、好きなんだ」
「……いいけど」
「お父が大ファンで、俺がママのおなかの中にいる時もよく歌を聞いてたんだって」
「おじさんが?」
「ああ。あんまりベタ褒めするから、この間ネットで歌とかライブ聞いてみたら、俺も気に入っちゃってさ」
「そう……なんだ」
なんだかシュンとしている。今まで黙っていたのが寂しかったのかもしれない。
「うん、まあアレだな、胎教ってやつなのかもしれないな、たぶん俺の深層意識に刷り込まれたんだ」
あのオヤジと趣味が同じとは認めたくないのだが、彼女の歌声に心惹かれた理由は、マジでそうなのかもしれないと思った。
「……そう…それじゃあ服は、が頑張って作らないと」
「え! 作るの?」
「まっ…まだ始めたばっかりだから、上手には出来ないかっ、かも知れないけど……」
自信がないのか、人が見れば俺が怒っているように見えるほど萎縮している。
「いや、そんなこと無いよ、涼香器用だから絶対大丈夫だよ」
そんな涼香の心理と技術を十分把握しているので、ワザと大仰に褒める。
「――――っ!……あっっ…りがと、がんばる」
真っ赤になってうつむく涼香。
引っ込み思案で、噛みまくりで、人とうまくコミュニケーションをとれない涼香だが、影で黙々と頑張る涼香は、実はとても芯が強いんじゃないかと思う。
「そうだ! そのお釣りは涼香がDOLL手に入れる時に返すよ」
「え!?」
「今回DOLL手に入れて思ったんだけど、安くオプション集めるの結構大変なんだって知ってさ、認証や契約とかは代われないけど、オプション買い集めるとか、アプリのインストールは出来そうだから、涼香がDOLL手に入れたら手伝うよ。どうだ?」
「!!!!!おおおおっ…願いヒまふ」
左手を出してきたので握り返したとたん、引っ込めこう言った。
「ごっっ、ごめっ…つい利き手で――」
ついと手を頭に載せて落ち着かせるようにこう言った。
「大丈夫、涼香ならうまく出来るよ」
涼香がパニクった時のお約束。
「…………ん」
うつむいて顔は見えないが、口元はほころんでいた。
„~ ,~ „~„~ ,~
家に帰ると、お父の足がうつぶせの状態になっているのがソファーの影に見えたが、かまわず通り過ぎる。
部屋に帰りPCを起動、モニターはテレビと同じ大型積層液晶モニター。キーボードは平面上にレーザー照射され、イマジネーションタッチと呼ばれるリアクション反応式を採用している。
空中投影は背景まで見えてしまうため、専用ディスプレイに比べてまだまだ解像度に劣り、携帯端末やツインシステム、街頭広告の簡易ディスプレイにしか採用されていない。
PCが起動完了し、美容院の椅子に似た専用クレードルに座らせるようにセットしてさくらを接続した。
さ~ていよいよキャラマスクのインストール。
〝ブルーフィーナス〟はいわゆる芸能プロダクションだ。その方面は詳しくないが、業界屈指の大手だそうだ。
2Dのテキスト画像。リンクが示されているお気に入り一欄のサイト。そこにあらかじめ入れておいたブルーフィーナスのダウンロードリンクをクリック。
ページが表示され、〝霞さくら〟のキャラのバナーをクリックし、インストールの手順を読む。
んん?、何々? 『インストール後のマッチングをスムーズに進める為、100の質問を用意……事前にユーザーの指向と傾向に修正したキャラクターパーソナルをお届けし……』ふんふん、『なおこの結果を持ちまして、より良いキャラクターパーソナリティの開発に御同意頂けた方に、本プログラムを提供いたします……』おお、ナルホド!
要はアンケートに協力すれば、ノンベクトルのキャラをくれるってことか。
OK、不安要素は無い。
ポチッとな。
まずは生年月日から始まり、インストールするDOLLの規格、俺の体格、趣味嗜好、家族構成、恋愛経験、性格分析と簡単な心理テストと、〈霞さくら〉を希望した動機など、およそ一〇〇の質問に答える。
そうして最後にDOLL名を入力してダウンロード開始。
順調にプログラムを保存し、解凍~インストール~再起動を終え、〝さくら〟が起動する。
瞳を開け、あたりを見回し自分を凝視している。
「おはよう、さくら」
「あなたが〝水上裕貴〟様でよろしいですか?」
「ああ、そうだよ」
「承知いたしました、ツインシステムに接続、登録データベースに照会。……確認完了、管理者として認識、通常モードに移行いたします」
目を開け、そう言うと表情が変わり、にこやかになった。
「おはよう、ゆ~き」
「おお、もう呼び捨てになってる」
「うん、〝呼び捨てで対等口調がいい〟って答えてあったからだよ~」
「アンケートの事か。そうだったね」
「早速だけど初期設定始める~?」
「えっと、何やるんだい?」
「まずは各種データと設定の引継ぎ~」
「ああ、そうか、まだ終わってなかったな」
そうして既に解約済みのデバイスとさくらをダイレクトリンクさせる。
方法は、DOLL側がU字型のヘッドホンのようなオープン端子で、耳にあたる部分に接触端子が出ていて、デバイス側がマルチコンセントの差し込み(クローズド)端子になっている。
モバイルを端子に接続し、DOLL側をさくらに渡す。
「ん~、カタくてできない~、ゆーきおねがい~」
「新品はまだ堅かったか。はいよ。――よっと」
両手親指の付け根でボディを挟むように支えながら、指で端子を開き、頭の正面側から端子で髪を除けるように端子をはめる。
はめた瞬間。
「ア~~ン♪」
うわ! ビックリ。
身をよじるように腰をくねらせるさくら。
「……なんて声出すのさ」
「えへへ~、サービスだよ~」
いかん、ちょっと……いやかなり嬉しい。
「……人前ではやらないようにして」
自分でも赤面しているのがわかる。
「は~い! 二人だけの約束だね♪」
腰をおとして右手を後ろに回し、左人差し指を口元にあて、ウィンクしながら小首をかしげるさくら。そのリアルな動作に驚く。
くっ……それにしてもこの色気。リアルすぎて3Dな分ギャルゲーよりいいぞ。
「それじゃあ引継ぎしま~す」
「ぴっぴっぴっ……あれー?、ゆーき友だち少ないの~?」
左手の人指し指を頬に当て、小首をかしげる。
「……悪いか」
むう、ツッコミキャラか?
「ううん、ジャマが入らなくてさくらはうれしいよ~」
違った……でへ♪
グッジョブ! 制作者。ナイスフォロー! ナミダ出るぜ。
ひとしきり感心していたら、さくらが驚くことを口にした。
「あ、えっちい壁紙と動画がある~」
しまった~~~! 圭一のプレゼントだ!
「おおお!、そっそそそれは保存しないでくだださい~~~~」
両手をワタワタさせつつ、涼香のように激しくキョドる。
「ゆーきの秘密ゲットォ~!」
お菓子を見つけた子供のように喜び、左手を突き上げるさくら。
「お前はエロ本見つけた親兄弟か!」
たまらずロボット相手なのにツッコミをいれた。
くっ……まあいい。あとでPCに落としなおそう……とか思っていたら。
「え! え! コレってむしゅーせー? ゆーきこういう体位が好きなの?」
「ぐはっ!……ってどんなカタチだよっ! ってか実況すんな! 消せよ!」
「おお~~! すごい! このヒトおっぱいおっきいよ~~? ゆーきはおっきいのが好きなの~?」
「そんなのおまえのボディ見れ……じゃねえ。違う!」
「はふ~! は! ほえ! ひょあ~、今時は大胆なんだねえ~ ゆーき?」
擬音を交えつつ、頬に手を当てクネクネするさくら。
俺はジタバタ。くあああ! ヤメテ~~~~!
「〝今時〟っていつのじだ……あぁ~~~~もうっっ! 俺に聞くな! んで言う事聞いてくれよ!」
「あ~~! ええ~~?」
かまわず悶えるさくら。俺も悶える。ふたり……一体と一人で悶えてる様は……って!
なんだこの状況!
「消してください!! 俺まだ全部見てな…………くっ!」
チクショー!! やべえ~~~! 悶死しそう~~~~!。
「二人? 三人? 後ろも? すごいね~ゆーき、この女性タフだよ~ え~~~!、そんなコトも!?」
マスター(おれ)を無視して一体で電脳内再生し続けるさくら。
「要訳伝達でバラすな……いやもう喋らないで! お願い!」
たまらず土下座して懇願する。
「はっっ! あ~~! イヤ~~! ゆーき!、この男の人ヘンタイさんだよ?」
かはっ!! 土下座しても効果なしだ。
演算装置と記録装置がヒートアップしてきたのか、ラジエターがフル稼働を始め、さくらの胸部が激しく膨縮している。
最後の力を振り絞り最終コマンドを口にする。
「〝転送キャンセル〟! これで言う事聞かなきゃ〝強制終了〟!!」
ビシイッッ!!!! と指さす。
「え~~~~? でも実行中にキャンセルしたらバグ残る~」
バツ当番で、掃除を命令された小学生のように不平をもらすさくら。
普通のパソコンでもそうだが、実行中の指令や作業をキャンセルすると、どこかしらに指令の残骸が残りバグとして蓄積される。
そしてそれは重い作業で応答が悪いときに発生しやすく、また複雑なプログラムほど多くなり、ついにはシステムエラーを誘発する。
「くっ……そうか」
「――だから、一度落としきってからじゃないと削除したくない~」
「判ったけど、リアクション付けて要訳伝達で言う事ないだろ!」
「んん~、でも進行状況説明は基本設定事項だよ~」
{そうでした!……く、……すっ、すいません、貴女様の仰せの通りです……でも……余計な感情ニュアンスは入れないでくださいますようお願いたします……」
伏して申し奉る。……どっちが主人だ?
「さくらはこの方がスキなんだけどな~……」
好き嫌いかよ!
「ぐぐ……それでしたらデータの送受信はアナウンスモードでお願いたします」
ロボットのくせに納得いかない様子に疑問を覚えつつも、人前でこんな羞恥プレイさせられたら人生詰んでしまうので、なんとしても聞いてもらう。
「は~~あ。つまんないの~ ぷ~~~」
不平がある時のオリジナルからの口癖擬音。
だが、俺が悶死するのでこれは譲れない。
「……なんてキャラだ」
「ピッピッ…………データコピー完了~」
声のトーンを落とした変な擬音と共に、ぶすくれた調子で言うさくら。
「アナウンスモードでもこれかよ……大して変わらねえじゃん……はぁ、んじゃあ、動画と壁紙データを削除して」
「は~い……ピッ……削除しました~ ぷ~~~」
このキャラ侮れねえ。って待てよ。
「ゴミ箱も空にして」
後ろを向くその瞬間、口元が歪むのが見えた。
「(チッ)は~い……」
「今舌打ちが聞こえたぞ」
「えへへ~、ばれた~?……ゴメンね~、――テヘペロ」
小首をかしげながら舌を出しつつ、握りこぶしをこめかみに当てる仕草をするさくら。
「許しちゃう♪」
かわいいぞ、こんチクショウ。
……すんなり言う事を聞かないさくらとワアワアやりつつ、モバイルのデータを一通りさくらに転送。
「……なあ、俺はネットで見た仕事中の〈霞さくら〉しか知らないけど、オリジナルもこんなキャラなのか?」
「そうだよ~。さくらはねえ~、ほぼオリジナルの性格を再現してあるんだよ~」
「それでこんなに応答が悪……いや、〝おきゃん〟なのか」
「うん……ゆーきはこんなさくらはキライ?」
オリジナルの〝霞さくら〟と同じにした、琥珀色のカメラで見つめられ、ドキリとする。
「いっいや、……まっ、まあ、真面目な場面で困らなきゃそれで良いし……かっ、かわいいと思うぞ」
「よかった~~♪ 憶えておくね~~、ピッピッピ~」
後日、……ツインシステムからもDOLLを操作できる。と知った。
おれの …………馬鹿。
„~ ,~ „~„~ ,~
「それじゃあ次の作業へ進みますか~?」
「ああ……何やるの」
「ユーザー情報の登録~」
「住所氏名生年月日趣味特技?」
ちょっとしたイタズラ心が頭をもたげる。
「ちがう~、それはもうデータベースにある~」
「身長体重血液型とスリーサイズ?」
「健康診断とちがう~、サイズは見れば判るけど近い~」
おお!、ノってきた! びっくりだ。
「ごめん、全然わかんない」
「裸~」
予想外の言葉が聞こえた。
「え?」聞き返す。
「ハダカ~」
「うぇ?…………」
再び聞き返すが、意味を計りかねていて曖昧な言葉になる。
……ツッコむべきかスルーするべきか……それが問題だ――頭に手を当てて考え込む。
「裸身」
棒読み系音読み変換キタ~~~~~~!
「いや、言葉とイントネーション変えなくても聞こえてるよ、っつか、なんでハダカ?」
「ユーザー情報の登録~」
「いや聞いてるし、理解してるよ。俺が言いたいのはその理由と必要性なんだよ」
……どうしよう。意志の疎通が無い。
「言ったら怒る~」
「怒らない」
「たぶん怒る~」
「たぶん? って、何を根拠にそう言う」
「アンケート~」
「いやいや、人間そんな単純じゃないぞ?」
「でも絶対怒る~」
ここまでのやり取りで、既にこめかみがヒクついているのが自分でも判る。
話が進まねぇ……
「怒らない、約束します」
だが、笑いながら努めて冷静に言う。
「ニンゲンのヤクソクあてにならない~」
お前はどっかのケモノ神かっ!
「怒りません、絶対です!」
「それでも怒るよ?」
ナゼ疑問形?
「だから怒らねえって!」
思わず声を荒げる。
「ほら怒ってる~」
「幼稚園児のケンカか~~~~~~!!!!」
キレた。
「怒られちゃったよう…」ピスピス。
「誘導してるだろ! 絶対! てか言う事聞いてくれよ、仮にも……じゃない、正式なマスターなんだから……くぅぅっ」
言ってるうちに自分が情けなくなってきて、最後の方は力なく呟くような声になってしまった。
……無料キャラにいいように振り回される俺って。
立ち上がりベッドに近づき、下に潜りこむ。
理由は定かでないが、この圧迫間とホコリ臭さが妙に落ち着くのだ。
「ゆ~き?」
「……………(うるさい)」
返事をする気になれず脳内で反論する。
「どうしたのゆ~き? よく判らないけどそれがゆ~きの基本設定なの?」
「……………………(そんなデフォねえよ)」
「返事が無い、ただの『ヤメテ、古すぎてツッコめない』…………」
時代錯誤なボケに、たまらず声に出して途中で遮る。
「そっか~、じゃあデータベースに登録~っと、ピッピッピ~」
「チョット待て! なにが〝そっか~〟なんだよっ! ついでに変な学習すんじゃねえ!」
ベッドの下でモゾモゾと動いてやっとこ振り帰ると、目の前にさくらが居た。
そうして俺の鼻先をつつき、にこやかに笑う。
「も~~。ゆーきってメンドクサイ性格なんだね~、ぷんぷん」
俺のキャラのせいにされた。
「俺か? 俺の事か? 俺ですか? 貴女様は? が~~~~~!!!!」
ヘビメタのボーカルのように絶叫しつつ激しく頭を振る。
ゴン。……ベッドの柱に頭をぶつけた。
色んな所が ………………痛い。
„~ ,~ „~„~ ,~
その後、みっともなくベッドからゴソゴソと這い出し、テーブルの上にさくらが正座し、向かいに俺も頭をさすりながら正座した。
「すいませんホントわからないんで、ご説明願えませんでしょうか?」
~~既視感。何だろう、確か12時間前にもこんな事してたような?
「いいよ~」
丁寧語で通じた!
「うんとねえ~、要は〝身体的特徴の記録〟なんだよ~」
「ハイ」
「顔や声、体全体が見えなくて、顔や声以外の部分しかわからなくても~、ゆ~きを判別できるようにってするためなんだよ~」
人ごみの中ではぐれた時や、ツイン外して布団被って寝てるような時かな?
……まあ、理由がある事なら納得するか。
「ふ~~ん、ナルホド」
すんなり話が進む事に驚きつつ考えてみる。
ひょっとして、あんな茶々を入れるとプログラムの対話構成にエラーとかが出ておかしくなるのかな? メモメ……って俺が調教されてるよ!!
「――ってゆうことで~、ゆーきのカラダ見てみたいなあ~♪」
小首を傾げ、不必要になまめかしいような、悪戯っぽいような顔とイントネーションで言ってきた。
「くっっ……さくらの声にこれだけの強制力があるとは……」
だが、服を脱いでいるうちに頭も冷めてくる。
「そしたらねえ、床に四つんばいになってくれる~?」
またクライン空間に閉じ込められるのは嫌なので、言葉にせずさくらをじっと見つめ返す。
「…………………………………(マジっすか?)」
怪訝な顔をする。
「…………………………………(ニッコリ)」
さくらはスマイルで返す。
「…………………………………(イヤです)」
めげずに顔をしかめる。
「………………見せて♪」
左手の三本指を口元に当て、天使のスマイルで命令。
「…………はいぃぃ」負けた。
そうして、言われた通りの姿勢になる。
だが天使様は不満だったらしい。
「ほら~、〝ゆ~き〟がよく見えないよ~?」
何を言うデすかアナタ!
「ハダカでいるのにさらに〝俺〟って〝どこ〟よ?」
しまった! ツッこんじゃった。
「あのね、お『わ~~~~~~』…」
はぁはぁ、
「えっとね、おち『ぐわ~~~~~~』……」
ぜはぁ、ぜはぁ、
「んっとね、おち『どっせ~~~~~~い』………」
ゴホッ、ゲホッッ……
「お○ん○ん!」
フェイントキタ~~~~!
「その声で言うな!」
さくらを指先で小突いた。
「え~~~?、〝聞かれた〟から〝答えた〟のに~、なんで~~?」
よろけながら困り顔で抗議するさくら。
「さくらどうすればいいの~?」
軽く握ったこぶしを口元にあて、イヤイヤをするようなリアクションを見せる。
その言葉でハッとする。
そうだ……ロボットに〝聞いて〟おいて〝言うな〟は矛盾だ。
「……そうだね、俺が間違ってた、ごめん、さくら」
「ゆーきはさくらのマスターだから〝ごめん〟はい~んだよ?」
確かにその通りだ。だけど、
「謝りたいから謝ったんだよ」
右手でボディを掴むように、親指でやさしく頬を触る。
「えへへ~♪」
親指に頬ずりするさくら――カワイイなあ。
犬の足を踏んだって思わず謝るんだから、まあ当然だろう。
そして覚悟を決め、天使様に従う。
「……こうでしょうか?」
くっ、……とはいえこの耐え難い恥辱感。
俺の後ろに回り込み、姿勢をチェックするさくら。
「うん!〝よく見えた~!〟でももう少し足ひらいて見せて~」
がはっっ!!――血反吐を吐く。(イメージ)
「っっく……わっわかりました」
言われた通りにし、天使様のご尊顔を不遜にも足の間から逆さまに拝謁すると、非難するどころか逆に〝慈愛に満ちた笑顔〟で、俺の原罪を見つめてらっしゃった。
洗礼という名の焔に焼かれ、俺の聖剣は台座に収められ、真実の口は熱く燃えている。
情けない事この上ない。
「……トホホ」
さくらが俺の周りをトテトテと軽やかに歩きながら,〝時々止まっては凝視〟する。
「はい、いいよ~、次は体育すわり~」
「うぐぐ……ハイ。承知しました」
まあそれぐらいなら。
「そしたら後ろに手ーついて足ひらいて~」
ダメじゃん、てか。
「〝M字開脚〟ですか!」
「うん♪」
楽しそうだ。
「~~っ……どーしてもか?」
ダメ元で聞いてみた。
「ど~~~~してもなんだよ~」
強調された……
人間のような仕草で喋っていても、所詮ロボットだからゴネた所でどうにもならない。
諦めて言われた通りのポーズをとった。
ハハハ……もうどうにでもなれだ。
左頬を暖かいものが伝う。
AV女優達の気持ちがちょっとわかったよ。
――俺……ごめんなさい……そして …………ありがとう。
「ハイOKだよ~、チョットそのままでいてね~」
「ハイ……(くぅぅ)」
………………早くイっ……じゃない終わってクダサイ。気分はもうXX染色体。
とか、悶々と考えていた。その時!
「裕兄、もうじき昼ごは(ガチャッ)んだy……………………………」
姫花――さくら――俺
惑星直列が成立した!
「イヤ~~~~~~~! ゆー兄ーがDOLLとヘンなプレイしてるーーーーー!」。
悲鳴を上げながら階下に逃げていく姫花。
フリーズした俺。
無視して観察――記録しているさくら。
「ハ~イ、終了しました~、お疲れ様です~」
平然と言うさくら。それを見て俺の感情に火がついた。
「なにが終わったの? お前の仕事? それとも〝俺〟?」
さくらと俺を交互に指差しながら、オーバーリアクションで訴える。
「ん~~、あたし?」
左人差し指を突き出し、頬にあててソッポを向く仕草をするさくら。
「お~~前が終わってどーするよ! お前の何が終わるんだよ! ロボットのクセに言葉を端折るなよ! てか何で疑問系なんだよ!」 ぜえはあ。
「お疲れ様です~」
「ちゃんと答えてねーし、リピートいらねえよ!」
「よくわからな~い」
「んが~~~! ネットにしかいないアイドルの真似すんなよ! ――あ!」
しまった!
「さくらのオリジナルもそうだよ~ ゆーき」
当然ながら、傷ついた風も見せず平然と答えるさくら。
「そうでした……ごめんなさい」
だが、失言した後味の悪さは自分のもの。だから拭い去りたくて謝る。
「ゆーきはやさしいんだねー。さくらもヘンな事言ってゴメンね~」
手を後ろに組み、屈み気味ににこやかに微笑むさくら。
「……いや、いいよ。さくらは自分の仕事しただけだもんな」
「判ってくれてありがとうゆーき。ふつつか者だけど、これからよろしくお願いね~♪」
正座して三つ指をつき、深々とお辞儀をするさくら。上げた顔は極上のスマイルだった。
「そこは〝ふつつか者ですけど〟って敬語にしてよ……ふっ、まあいいや。はい。よろしくお願いします」
俺もさくらに習い、姿勢を正して全裸のままお辞儀をした。
„~ ,~ „~„~ ,~
その後、階下では事情を聞いた両親が姫花に説明してくれていて、なんとか誤解は解けていた。
だが、実兄のあられもない姿を目撃した姫花は相当なショックだったらしく、昼食も取らずに部屋にこもってしまっている。
両親の前、リビングのソファに座り鬱々(うつうつ)としていた。
「でも変ねえ……」
「なにが?」
「ママの時は直立姿勢だったわよ?」
「……俺もだ」
「ええ? ――どういうことだ? さくら」
――数秒後、ネット経由にて3体で確認しあって〈さくら〉が答えた。
「〈愛染〉〈ひな紅〉と〝主演算装置と基本設計概念の相違〟ってなってるよう?」
「ええっ?」
思わず声に出す。
「ほう、〝ブルーフィーナス〟は独自のフレームがあるのか。それなら国と違っても不思議はないな」
「でも相当実績やら権威のある機関じゃないと、たとえ主人格を作れても一般向けの接続はできないんじゃなかったっけ?」
「うん、まあそうだな……私立学校や大企業のローカルネット用は敷地内だけだし……外でも有効なのは政府関係者とか警察官、自衛隊関係ぐらいだな」
「ええ!!」
「まあ、〝あんな事〟させる位だから〝そんなに〟固い理由じゃないと思うがな」
「うっ……それは言える……かも」
黒歴史が疼く。やばい、夢に見て悶えそうだ。ぐぐぐ。
忘れようと努めるが、逆に根本的なことを聞き忘れていた事に気付く。
「……そうだ。〝霞さくら(おまえ)〟のメインキャラクターがどうして一般向けにリンクしているか判るか?」
「ん~~……ごめんね~。〝読める〟けど〝さくら〟じゃあ〝わからない〟の~……」
一瞬の間が空き、その間に調べたのだろう。答えながら眉根を寄せ、左親指を咥えて落ち込むような仕草をするさくら。
「……読めるけど判らないって、……どういうことだ?」。
「さくらちゃん。つまり疑似表層人格には拡張機能か機械言語とかが与えられていない……ああいや、意味の判らない英単語でもアルファベットだけは読めたりするだろ?――多分そういう事なんだ」
お父が困ったさくらを見て庇うように代わりに弁護して答える。
「……なるほど」
ならこれ以上の追及は無理か。
「う~ん、謎だ。ところであの映像はどこ行くんだ?」
さくらに問う。
「ケ~サツのサーバー~」
「御○体の身元確認用か~!」
ママがすでに無言となった息子と対面したような涙目で俺を見ている。
…………ああ、ママはこういう顔をしてくれるんだね。
産んでくれてセンキュー!!…………ふっ。
俺に気遣うようにお父が声をかけてくれた。
「……ま、まあ、お父もそんな過激なポーズになるとは思わなかったから言わなかったけど、もっと気楽に映させる方法はあったんだぞ」
「……え? どんな?」
ダメージを引きずり、投げやり気味に聞いてみる。
「キャラを被せる前にやっちゃえば良かったのさ、そうすれば看護師に見られる程度の恥ずかしさになるからな」
「!!……そうだった、確かに最後に〝作業を続けますか?〟って言ってた」
だからさくらが引き継いでやった訳だ。
……聞かなきゃよかった。
さらにお父が追い打ちをかけてくる。
「しかし、お前が〝霞さくら〟を選ぶとはなあ。……ふふふ、16年前に仕込んだ種が今花ひらぶへっ!」
ママから鉄拳を頂くお父。
「「…………(ニッコリ)」」
ママと顔を合わせ、親指を立てる。
„~ ,~ „~„~ ,~
だが、姫香の問題を思い出し、鬱々とした気分で部屋に戻る。
するとさくらに着信が入る。
「名島圭一さんから音声着信だよ~」
いけね、電話帳の読み方で言ってら。なおさ……なくていいか。
「あ、ツインの方につないで」
「は~い」
そうしてツインシステムのバンドにあるスピーカーを耳に当て、会話を始める。
『よう、裕貴、DOLLは手に入ったか?』
「ああ、今使ってる」
力の抜けた気のない返事をする。
『なんだあ? 元気ねえなあ』
相手は親友。たぶん親友。親友……かな?
嫌な事があると認識が曖昧になるなあ……(遠い目)
「ま、色々あってな。どうした?」
原因は判っている。
『プレゼント届いていたか?』
コレだ。
「ああ。その事で言いたいことは三つある」
『ほう、何だ?』
圭一は期待を込めたようなニヤけ声で答えた。
「一つ――なぜ俺じゃなく家のアドレスに送った?」
『DOLLの入手がどうなってるか判らなかったからだ』
見え透いた嘘を。
「二つ――ありがとう」
これはまあ、……本当だ。
『どういたしまして――だ』
「三つ――俺は巨乳派じゃない、ノーマルカップ派だ!」
そう答えると、さくらが両手のひらを口に当ててびっくりしている。
聞いていたな? いや、中継してるから当然筒抜けか。
ってか主人の会話に反応するキャラって初めて見るな。
これも〝ブルーフィーナス〟独自のことなのかな?
『それは……スマン』
さくらを見ると、口に当てた手を頬にかえて、クネクネしながらデレデレしている。
「ウム、以後気をつけるように」
可愛いので指先でさくらをイジリつつ、教師調に言ってみる。
『サーセン、先生!』
ヤンキー調で返ってきた。
『「あっはははは』」
さくらもゴキゲンらしく、指に抱き付いたり、手首にまたがったりしてじゃれついてくる。
「しっかし朝っぱらからエロ動画を家のアドレスに送ってくるなよな~、モバイルへ転送設定してなかったら誰かに見られててやばかったぞ」
さくらも同意して諭すように指を立てて振り、〝そうだよね~〟のジェスチャーをしてくれる。――うんうん。
『ハッハ、ワリい――で?、どうやばかった?』
ここぞとばかりに聞いてきた、さくらも小首を傾げ、聞きたそうにしている。
バカ正直にさっきの事を言うのは悔しかったので、アレンジした。
「見られてたら――姫花は泣き、ママは怒り、お父は――――」
『どうなった?』
さくらも〝それで?〟って顔をして俺の顔の近くに迫ってくる。
「コピーしていただろうな」
『――――………!!…クッ、……ハッ、…ハッ……』
死にそうな呼吸困難に陥ったようだ――いい気味だ、笑い死ね。
さくらも腹を抱えて震えている。
当然、声を完全に切っているのだが、本当に声を上げて笑っているように見える。
……へええ、元キャラは笑い上戸なのか。
『――――――あ~~~~笑った、俺オッサンの子供に生まれたかったゼ』
代わってやりたい。だが断る。
「永遠にありえないな」
『そうでもないゼ』
「そのココロは?」
さくらも首を傾げる。
『姫花ちゃんと結婚するのさ~~~~、〝裕貴義兄さん!〟ってな!』
さくらがポンと手を叩く。――おい。
「ではまた来週~~――じゃあな」
取り合わず、ぞんざいに言う。
『待て待て~い!』
「何だよ?」
『どんなDOLLなんだ?、画像送れるか?』
「ああ、ちょっと待ってて」
「どうする~?」
『お、カワイ系の声だな』
圭一が言う、ふふふ、そうだろうそうだろう。
「こんな感じのポーズで画像送って」
左手をにぎって腰に当て、前かがみにアッカンベーをするポーズを見せた。
うなずき、それに習うさくらの前に鏡を置く。
「いいよ」
「カシャ♪」
常にボイスレコーダーのように数時間単位で動画を記録しているので、送る瞬間の部分だけ擬音で伝えるのである。
「は~い、送ったよ~」
DOLLの声は口腔型スピーカーから出ていて実は口パクであるが、一応舌と唇の機構はついていて普通に喋っているように見える。
『……オイ、何じゃこりゃ』
「ハハハ、どうだ? かわいいだろ?」
『ふっ、そうだな、素体は『Wing社製のHA―ELF16、八頭身、外皮はモデル〝大和撫子〟、Ver.〝 巫女〟、 Cカップ(当社比)ってトコか』
「このポーズで素体にカップ、頭身、インテグまで当てるとは……ウヌヌ、やるな」
さくらも驚いて手を叩いている。
『おう任せとけ、俺に読めないボディは無い!』
お前はDOLLか!
「スゲエ特技だぜ師匠! 今度伝授してくれ」
『高いゼ?』
「いくらだ」
『姫花ちゃんのスク水画像』
「さくら、ここにもヘンタイがいる。警察に通報してくれ」
『まてまて! 悪かった! 冗談だから通報するな』
「ふっ、姫花の水着姿を愛でていいのは俺だけだ」
そう答えたらなぜかさくらがプンスカしている。
『くそう、あの身長でスク水……見てえなあ』
「あいつの彼氏になれたらな」
俺すら去年家で試着したのを見た時、さんざんおだてたり、スイーツをねだられたりしながら頼み込み、やっと撮らせてもらったくらいだ。
――ん? さくら?
何か手招きしてパソコンを指さす。
見ると、起動した画面の中で〝霞さくら〟の二頭身ポリゴンが動き回っている。
そして画面の中でフォルダアイコンを叩いて画像ファイルを開いた。
「ぶ~~~~~~~~!!!!!!!!!」
ホンの三分ちょいの動画から、俺がセレクトした静止画像が映し出される。
紺色に白い縁取りで、倫理観ギリギリの際どいⅤラインワンピースの水着。
まぎれもなく〝三種の神器〟が一つ、〝スクール水〟姿の姫香。
シーズン前の試着で、まだ日焼けしていない白い肌。
この時の髪は今の涼香と同じ肩までのショートウェーブ。
スレンダーな肢体をくねらせて軽く照れながら手を後ろで組み、それでも少し胸を張って、からかうような目で撮影者を見てる。
(どう、可愛いでしょ?)
そう言って俺をいじろうとしていた瞬間の画像。
(ふん、〝子供みたいに可愛い〟というならその通りだ。カワイイぞ。色んな所がな)
姫香の幼い肢体を、上から下までからかうような視線で撫でつつも、確実に女らしくなってきている事に内心悶えながら、それでも平静を装って言い返す。
(くっ……やし~~)
(ま、可愛いと思ってるのは本当だぞ)
(…………裕兄のバカ)
まだ口の方が拙く、言い返せなくて拗ねている事に姫香の幼さを感じた瞬間。
~~~~~~って、チョット待て。思い出してマッタリしてる場合じゃない。
「さくら~~~~!!」
「や~~ん。姫香可愛いね~」
本体とポリゴンが同調してデレる。
「〝可愛いね~〟じゃねーよ! 勝手にデータ漁るな! つか、なんでパスワード知ってんだよ!」
「ふっ、アタシに破れないプロテクトはないはわ!」
斜めの姿勢で右手で自分の腰を抱き、腕を上げて顔を覆い、指の隙間から鋭い視線を送るキメポーズで仰々しく言い放つ。
「なんのキャラになってんだっ! つかハッキングかよ!」
「私を誰だと思っているのかしら?」
今度は足を開いて指をさす。女王様風だ。
「いやいや、無料のマイナーキャラだろ?」
乗らずに淡々とツッコむ。
「ハッキングでちゅ♡」
それでもメゲずに可愛く白状する。
「……く、どこのキャラ(メイド)だよ」
「ホントはゆーきの指の動きをトレースしたんだよ~♪」
素に戻って白状する。
「ぶっっ!!……って覗き見かよ!!…………っとにこのポンコツ!!」
「ぷ~~~!」
ポンコツ言われたのが悔しいのか、ぶー垂れるさくら。
そしてパソコン画面内、さくらのポリゴンがメーラーを勝手に起動すると、宛先(To:)に圭一のアドレスを入力して、姫香の画像(スク水)を動かそうとする。
「おい止めろ止めて悪かった姫香に殺されるですすいませんポンコツじゃないですさくら様最高中継しながら画像ファイル検索して表示して操作するってなんという事でしょうこの高性能こんちくしょうホントさくら様ダウンロードできた幸運にワタクシめは死んで天にも昇る勢いで地獄に行きそうです」
一息に言い放つと、すべてのアプリが閉じられ、桜の花の壁紙が表示された。
ぜえぜえはあはあ…………
「えへ♪」
そう言うとさくらが俺の肩に乗り、頬にすり寄ってきた。
「敵わねえなあ……」
『なんかさっきから楽しそうだな』
「悪りい。圭一の存在を忘れてた」
『おい。……まあいいや、お前のさくらが途中で動画に切り替えてくれたから面白いものが見れた。はっはっは』
「くっ…………さくらさん。もうこの辺で許してクダサイ」
どうしよう。羞恥プレイが止まらない。
「きゅ?」
すっとぼけた調子で聞こえないフリをする。
「……も、いいっす。でも動画中継は切ってください」
「ハ~~イ」
聞こえてるじゃねえか。
『…………くっくっくく。あ~~楽しいキャラだな。オレもDOLL手に入れたら被せようかな』
「…………おう、お勧めだ。退屈しないぞ」
腹のほかに頭も抱える事になるけどな。
……そんな感じにひとしきりボーイズトークして電話を切る。
そうして、ふたたび姫香の事で悩んでいたら、さくらに着信が入った。
「プリシフローラさんからメールだよ~」
「おお?――読んで」
「〝件:無し/内容:家に居ろ、これから行く〟以上だよ~」
「なんだそれ、命令か?……まったくもう」
リビングに行き、両親に来客予定を告げ、ママにお茶の準備をお願いしてそのまま待つ。
程なくしてチャイムが鳴った。
「あ、俺出る」
そうして玄関でフローラを出迎える。
「こんにちは、そして1日遅れたけど誕生日おめでとう、裕貴」
「いらっしゃいフローラ、ありがとう――まあ上がって」
目の前にいるのは長身で金髪碧眼の異国の美少女。
彼女の名前は〝Prisciflora Ingram〟
春から俺と同じ高校に通う留学生で情報技術科1年の女子。
イギリス出身の彼女は、本来の年齢的には学年は上だが、イギリスでは16歳で日本で言う義務教育(キー・ステージ4)が修了する。
そして彼女はそれを修了させてから日本に来たので、今はいっこ下の俺と同学年になったというわけだ。
淡く緑がかった背中半ばまでの繊細なストレートブロンドは、頭頂で幅の広い天使の輪を輝かせている。
顔立ちは細面、鼻は高いが外国の魔女の様ではなく適度な高さでパーツは小さく、どこまでも澄んだ青い瞳は力に満ちあふれ、強い意志を感じさせる。
スタイルは抜群で、身長は175くらい。スリーサイズはB95・W62・H90(圭一調べ)、の超弩級。
生命感あふれたオーラは、相手を真っ直ぐ凝視しているインパラとかトムソンガゼル、アフリカの草原に住む鹿類の雰囲気に似ている。
„~ ,~ „~„~ ,~
――回想。
初めてフローラに出会ったのは3月の入学者説明会の時だった。
機械科クラスの説明が終わり、保護者だけが残され手続き上の説明を受けている。
俺はといえば涼香と圭一を校門近くで待っていた。
この時のフローラは、イギリスあたりの制服なのか、白のブラウスに紺のベストに、グレーのブレザーを着て、タータンチェックのスカートを履いていた。
「おい! 見ろよこの外人のDOLL!」
部活だろうか、春休みの学校に来ていた2人組の上級生が、長身の外国人少女を見てこう言った。
「おお! 何だこのDOLL! ありえねー! 二頭身モデルじゃねえか。しかもヒデーブスなインテグだ!」
オタクっぽい大肉中背油顔の男が言う。
「だろ? 〝赤べこ〟人形みてえでありえねーよなあ!」
インテリイヤミ君風で黒縁プラメガネ長身痩躯の男が答える。
そういう2人のDOLLは、1人は四足歩行型と、もう一人のはこれまたレアな、スキンなしの素体にメタリックペイントを施した機械系だった。おそらくはバトルDOLLを視野に入れているのだと思う。
ならば確かに二頭身の彼女のDOLLは驚きだろう。
「さすが外国、日本発のDOLLをよくここまで酷くいじれるな」
お前達が言うな。ココロの中でツッコミを入れる。
「てかこんなインテグ売ってるのがすごいぜ、なあ」
「「ハッハッハッ」」
遠慮なく嘲笑する二人。だが、俺の記憶が正しければあのDOLLは――
「私ゃお多福 御室の桜 鼻は低ぅても人が好く」
そう詠いながら先輩達に近づく。
「なんだお前?――新入生か、なんか用か?」
無視して続ける。
「そのDOLLは〝お多福〟まあ関東では〝オカメ〟って言うけど、それが外皮型式なんだよね?――彼女」
目線が俺より頭半分ほど高い。不安からだろうか? 胸の前で手を組んで困惑顔をしている。
彼女のDOLLが肩に乗り俺の言葉を同時通訳する。
「Yes」
「やっぱり。先輩方、今の歌は京都の仁和寺の桜を詠った和歌ですよ」
「それがどうした?」
「仁和寺は土が硬くて桜が大きく育たないそうですけど、その低い木の花と、オカメの面の鼻を掛けたのが今の和歌です。それと外国では〝SAKURA DOLL〟って呼ばれているのは知ってますよね?」
「当たり前だろ」
「外国人のその彼女が、〝二頭身DOLL〟のインテグを〝オカメ〟にするあたり、最高に粋だと思いませんか? てか、日本人がそのセンスを笑うのはかなり恥ずかしい事だと思いますよ」
そう言い切り、反応を待つ。
「「……行こうぜ―行くか」」
気力が萎えたのか、反論もせずそそと立ち去る先輩達。
そして彼女に向き直り自己紹介をして手を出した。
「えっと、初めまして。俺――僕は機械科1年になる予定の〝水上裕貴〟と言います」
「I'm 〝Prisciflora Ingram〟……」
それだけ言うと彼女は手も取らず、眉根を寄せて右拳を口元に当て、うつむいて校舎の方へ駆け出して行ってしまう。
「……ま、しょうがないか。初日にいきなりあんなガラの悪いのに絡まれたら」
一人取り残され、空振りした右手をポケットに仕舞いつつそう思うことにした。
……それにしてもあのセンスで美人、惜しい。仲良くなりたかったなあ。
次に会ったのは入学式の後だった。
圭一、涼香、俺と校門で待ち合わせ、この後どうしようかと相談していた。
親たちにはこれから〝俺らだけで祝うから〟と言い、小遣いをせしめつつ帰した後だ。
「どうする? せっかくの半ドンだしカラオケあたりで祝うか?」
そう圭一が聞いてくる。
「まずはメシにしようぜ。さっきから腹鳴りっぱなしだよ」
「あ、あたしはどっちでも…」
「それじゃ『ユウキ!』……うん?」
俺を見つけたフローラが、名前を叫びつつ駆け寄ってくる。
「このマエはお礼も言わずゴメンナサイ!」
そう言いペコリと頭を下げるフローラ。あまりの勢いにDOLLが落ちそうになり、ブレザーの衿に必死につかまっている。
顔を上げた彼女は頬を上気させ、にこやかにしている。この前の事を気に病んでいる様子は感じられない。
――よかった。
「こちらこそ。同じ日本人として恥ずかしいよ」
「ジャ、あらためてチャント、ジコショカイします。ワタシは〝プリシフローラ イングラム〟デス。イギリスから来ました。ジョウホウジジュツ科一年です。DOLLが〝OKAME〟で、ワタシは〝フローラ〟と呼んでクダサイ」
英語なまりのある日本語だが、きちんと伝わる言葉だった。
「みなさんよろしくお願い致します」
フローラのDOLL、OKAME が挨拶をする。
「よろしくフローラ、OKAME。それで、ここに居る3人に敬語は要らないよ」
と言い、フローラに右手を差し出した。
「はい、承知致しました」
オカメはそう答えるが、丁寧語がデフォなのか、馴れ口調にはならないようだった。
「よろしく」
フローラが答え、今度こそ握り返した彼女の手はとても暖かった。
「――って事で俺らに判るように、説明と紹介してくれっとありがてーな」
そう言うのは圭一。長身で身長は183センチ、体重は70キロという体育会系ボディで、土建業を経営している家の長男。
そんな家でハードワーク(ガテン系)の漢職人に囲まれて育ったせいか、本人もイメージ通りの気質だ。
「え~~っと…………」
圭一と涼香にフローラとの出会いを話し、紹介した。
「……裕ちゃんったらもう、じょっ、上級生2人…あっ相手になんて無茶を。でも……相変らず…だね」
自分が相対したかのようにビビる涼香。お前が居なくてよかったよ。と思う。
「はっはー! 俺らを待ってた時か、しかし変わんねーな裕貴。まあ、今度ケンカになったら加勢してやるよ」
「そうだな。その時は頼む」
そう言い2人にも自己紹介を勧める。
「ハッ、は初めましてぷぷプリスフッフローラさん、こっこ工業ディザイン科っ、いっ1年の〝思川涼香〟ででずよよっ、よよろひく」
噛みまくりである。
「まあ、こんなキャラだけど仲良くしてやってくれるかなフローラ」
涼香の頭を撫でながら言う。
「いいデスヨ、よろしくスズカサン」
屈託なく応えるフローラ。
「俺は土木科1年〝名島圭一〟だ。よろしくフローラ」
二人と交互に握手を交わす。
「いやあ、しかし綺麗な髪だな。〝トウモロコシのひげ〟みたいだぜ! ははは、それにしてもコレは本物か?」
そう言うと、なんと、フローラのバストを右手で下から持ち上げる。
「「あっ!」」
俺と涼香の短い叫びが重なる。
当のフローラは予期せぬリアクションに、笑顔と差し出しかけた右手が凍り付いてる。
モミモミ……
圭一が手を返して正面から揉みしだく。
「おおスゲエ! 純度100%のオッパイだぞ?」
歓声を上げ俺を見る。
やめろ。こっちを見るな。感想を述べるな。報告をするな。同意を求めるな。
「う…………あ……」
そうツッコみたいが、あまりの事に言葉が出ない。
圭一の歓声に我に返ったフローラは、笑顔のままピキッと音を立て(イメージ)、やおら圭一の右手を掴むと、すれ違うようにグイッと引き寄せて、左膝蹴りで圭一のみぞおちを狙う。
「ハッ!」
!!!!――刹那、ひるがえったスカートの下から瞳と同じ色の布が見えた。
「おっと」
察した圭一が腕をつかまれたまま右足を軸に、くるりと回ってフローラの膝蹴りをかわす。
「フッ」
短く笑うフローラ。膝蹴りはフェイントで、すぐに下ろした左足を軸に圭一と反対方向に回転して、回り切った圭一のアゴへ正確無比に右エルボーを叩き込む。
「がっ!」
短い悲鳴を上げる圭一。
フローラの膝蹴りをかわした圭一の左回転と、引き寄せた反力のパワーが乗ったフローラの右回転エルボーとの相乗効果で、柔道黒帯の圭一が一撃で気絶。
ドサッ!
「圭一!!――圭ちゃん!!」
白目をむいて崩れ落ちる圭一に駆け寄る。
すると、入り口で父兄の車の誘導をしていて、一部始終を目撃した先生が駆け寄って来た。
「…………………(ふるふる)」
先生は無言で首を振り、フローラに笑って親指を突き立て、〝ナイス〟のリアクションをする。
OKAMEはこのリアクションを予測していたらしく、いつの間にかフローラの頭に乗って脱落を防いでいて、一言冷静にこう言った。
「Exessive self-defense. flora (過剰防衛です。フローラ)」
フローラはこちらを振り返り、笑って照れながら可愛らしくチロッと舌を出す。
「……I messed up(……やっちゃった♪)」
圭一が先生に担がれ、保健室へ運ばれていく。
「「…………………………」」
呆然と状況を見送る俺と涼香。
この時の武勇伝からフローラは、〝金色夜叉〟という真名を頂く事になり、皆から恐れられるようになった。
……さらに後日聞いたところ、上級生に冷やかされて黙っていたのは『日本語がまだ未熟で〝DOLLの通訳越しだと迫力がなかった〟から』と語った。
„~ ,~ „~„~ ,~
――そんな出会いの彼女。
今日の彼女の首には淡い桜色で、三日月チョーカー型ツインがかけられている。
そして、〝トウモロコシのひげ〟ではなく、そのツヤやかな髪は飾りの無い、白い三つ編みバンドタイプのカチューシャで後ろにまわされ、額を露わにさせている。
左耳には薄いピンクの象牙で(超希少らしい)桜の花をかたどった、ちょっと不格好なアンティークの根付を一つだけピアスにしている。
服装は、ローライズのホットパンツに黒ベルトを半掛けにし、足元は素足に濃紅のパンプス。上はベビードールとノースリーブの中間といった感じの、フリルが多めで淡いピンクのワンピース。
細いウエストをためらいもなく服で隠し、逆に上は豊満なバストがオープンネックから半分顔を覗かせている。
雰囲気と真逆のコケティッシュで紙一重な服装がまた良く似合う。
「こんにちは裕貴さん」
フローラのDOLLが挨拶をする。
「ああ、こんにちはOKAMEちゃん」
「新しいDOLLなんですね」
「うん、さっきキャラをインストールしたばっかり、名前は〝さくら〟だよ、よろしく」
「〝さくら〟です、よろしくお願いします」
初対面なので話し方が硬い、DOLLは基本的に相手の了承がないと敬語を使う。
「よろしく、さくら―うん、いい名前だ、私は〝Prisciflora Ingram〟だ、呼び方と言葉使いはさくらのマスターと同じでいいぞ」
フローラは自分の名前は完璧な英語で答えた。
「は~い、名前ほめてくれてありがと、フローラ」
フローラのDOLLはイギリス〝Superior〟社製、機種〝Advance〟だ。
その容姿とは不釣合いな、アダルトでやさしいお姉さん的な声とキャラ。
姿見は赤い着物を着た〝オカメ人形〟そのもので、コミカルで愛くるしい。
だが、その見た目とは裏腹に、大きな頭部は単体での性能強化に特化した、質実剛健モデルで、動くプロ用動画カメラと言うのが正しいかもしれない。
単体機能面を充実させた分、頭部が大きくなった為に運動性能に劣るのが唯一の欠点だ。
「そうだ、車が2台あるが裕貴のお父さんがいるのか?」
怪訝そうにフローラが尋ねてきた。
「ああ、明日までゴールデンウィークの休みだからね」
「紹介してもらえるか?」
「あれ? まだ会ったこと無かったかな? ――そうか、いつも平日に寄ってたから会わなかったんだね」
「YES」
「いいよ」
家に上がりリビングに行くと、お父はTVを見ていたが、こちらに気づくとTVを消して立ち上がり向き直った。
フローラのあまりの美貌に一瞬動揺したようが、さすがに態度には出さなかった
「お父、紹介するよ、こちら俺と同じ学校の生徒で情報技術科1年、イギリスからの留学生の――」と言い、フローラを促す。
「プリシフローラ・イングラムと申します、いつも裕貴君にはお世話になってます。おじ様」
「プリシフローラ・イングラム……」
その名前を反芻すると、眉根を寄せ怪訝な顔をした。
「お父?」
「ああ、申し訳ない――初めまして、Missプリシフローラ、名前の通り花のように煌いておられる」
「!! と、とんでもありません」
フローラが赤爆した! 初めて見た――てか、なんで?
「私は裕貴の父の水上昇平と言います、こちらこそ裕貴と仲良くして頂いてるようで感謝してます」
「わ、私のことはフローラとお呼びください」
赤くなった余韻を引きずりながら答える。
うーん、フローラが教師以外に丁寧語喋っているの初めて見るなあ。
「では私の事はパパとお呼び下さい、Missフローラ」
キメ顔で言いやがった!
「え? え?」
フローラはあごに手を添え軽く困惑している。
「パパってなんだよ! いつの間に身内になったんだよ! つか俺の友達になに言ってんだァ~~~~~!!」
全力でツッコんだ。
ついでにキッチンからジャガイモが飛んできたが、ヒョイと避けてこう言った。
「はははは、冗談冗談、堅苦しくなければなんでもいいので、好きに呼んでください」
「こっちが冗談じゃねえよ!」
身内のセクハラ発言に怒りが収まらない。
……はあはあ。
そうしてママ達とも挨拶を交わし、ダイニングを後にする。
そしてひとまず俺の部屋にフローラを招き入れる。
「…………なんか、初対面なのに色々ごめん」
座る前に深々と謝る。
「気にするな。裕貴がどうして圭一と友達で居られるのか判ったぞ」
「くっ……こっ言葉もございません」
……あの二人、いつか〆る。
「じゃあフローラの方の用は?」
何事かは判ってはいるが、順序を踏まなければいけないこのワクワクしたもどかしさは実は結構好きだ。
「ああ、そうだな。――誕生日プレゼントだ」
と、俺の部屋を見回していて、我に返ったようにフウと一息置いて、フローラも持っていた紙袋を手渡してくれた。
「おお! サンキュー、何だろう?、あ。ゴメン座って」
そう言って座布団を指し示す。
「DOLL服だけどタイムリーだったようだな、良かった」
コンビニ仕様の簡素なワンピース姿のさくらを見て言う。
「うん、涼香も作ってくれるって言ってたけど、手作りらしいからもったいないし、幾つかそろえなきゃって思ってた――ありがとう」
「ふふふ、何よりだ。涼香の作ったDOLL服か、オレも見てみたいな」
「だね。……っていい加減日本語に慣れてきたんだから〝オレ〟って一人称と男言葉止めたらいいのに」
何より美人なんだから――と、まではさすがに恥ずかしくて言えなかった。
「〝郷に入っては郷に従え〟って諺があるだろう?」
「俺ら四人の内輪を〝郷〟って言われてもなあ……」
「ふふ、まあいいじゃないか。変なのも寄らないし、もうこの方が楽でいい」
「そうだけど……」
実は新入生代表挨拶を留学生が行うという快挙を成し遂げたフローラだ。(噂では入試が前科目満点だったらしい)
そんな彼女なので、そのルックスに加え、〝圭一との一件〟から、あらゆる方面から引き合いがあったり、絡まれたり告られたりと、入学当初は相当辟易していて、俺と圭一が色々とフォローしていたのだ。
それに最初こそ〝あんなふう〟に圭一とやりあった仲だったが、圭一のさっぱりした性格に加え、妙な連中から庇ってくれる正義感を見るに至り、圭一ともだんだん打ち解けるようになり、問題の圭一のセクハラも最近では軽く受け流している。
そしてモジモジな涼香ともファション関係の話で盛り上がり、仲良くするようになったのだ。
結果オーライだけど、最初に圭一のセクハラがなければ、ここまで俺たちとは仲良くならなかったかもしれないとも思う。
「ゆーきー、ママがお茶の用意できたって~」
さくらに連絡が入る。
「お、じゃあ取ってくるから待ってて」
「ああ、お構いなく。また庭を見たいからすぐ帰るぞ」
「そう? でもまあお茶ぐらいは飲んでいって」
そうしてリビングに行きお茶を受け取る時、お父がこんなことを聞いてきた。
「フローラは何度か家を訪ねているんだったよな?」
「そうだけど」
「何しに?」
「桜が好きで家の庭を飽きずに眺めているよ」
「……そうか」
なにやら考え込む仕草を始めた。
「どうかした?」
「いや、彼女の留学目的は聞いた事はあるか?」
「そういえばないなあ」
言われてみれば聞いたことが無い。
今はDOLLを所有して、衣食住の保障があれば未成年でも単身外国へ行くことが可能だ。
しかも膨大なデータベースを常に利用できる状況で、言語の同時通訳から、位置ナビゲーションに、DOLLのカメラアイを通じて保護者や関係機関との常時接続。
それにDOLLがソーシャルカメラ代わりにもなり、DOLL所有者に何かあれば警察が即座に対応し、外国人であればなおさら滞在国が優先的に保護してくれる。
なので、気軽に転校感覚で留学してくる外国人や、留学する日本人が非常に多く、田舎のウチの学校でも一クラスあたり数人は外国人が占める。
公立で授業料も安く、レベルもさほど高くないのが気軽に来れる理由だそうだ。
部屋に戻り、ひとしきり雑談し、じゃあそろそろ帰るという頃部屋を出た。
「あ。そうそう、お父が話がしたいって。呼んでくるから庭で桜でも見ながら待っててくれる?」
「そうか、オレも話したい事があるから、そうさせてもらおう」
そうして今度は庭先でフローラとお父を引き合わせた。
「素晴らしい桜達ですね、ショウヘイさん」
今は葉桜となり、花はポツリポツリとしか咲いてない庭を見て言う。
一瞬、え? と思ったが、春先からこっち、ちょくちょく庭の桜を見ていた事を思い出す。
「ありがとうフローラ」
お父が嬉しそうに答える
「この〝Population〟の選択はやはり〝dwarf〟の 〝breeding〟を目指しておられるのですか?」
英語混じりでお父にフローラが問うが、意味が解らない。肩のさくらに目をやり、(なんて言った?)と口真似をし、読唇で言って訳させる。
「あのねえ。〝この個体群の選択はやはり矮性の品種改良を目指しておられるのですか?〟だって」
指向タイプの音声で耳元で訳を伝えるさくら。
「さすがですね。その通りです。――とは言っても、genetic analysis、つまり遺伝子解析もできませんし、ただの選抜育種で、まだF2、F3世代ですけどね」
おちちはチラリと俺を見て、気を使って日本語で言い直してくれた。
――選抜育種、たしか珍しい個体を残していく方法だったな。それで雑種2~3世代か。
毎年咲く花なら年1世代更新、10年で10世代だけど、桜が10年そこそこで未だ2~3世代……気が長すぎる。犬猫の繁殖のがよっぽどサイクルが早いぞ。
「それでも私の歳の半分以上の年月をかけていらっしゃる。頭が下がります。それに花は人に選ばれてこそ美しく進化していくのであって、塩基記号で選ぶのは情緒がありません」
「いやまあ……ははは」
丸刈り頭を赤くして照れている。
普段いじられてるからおだてに弱いな。覚えとこ。
「ええと……あと、裕貴には桜のお話をよくされてますか?」
フローラが俺をチラリと見て言いにくそうに聞く。
「まあ、桜のトリビアとか、新種を作っている話しくらいはしてます」
「……なるほど。そうでしたか」
噛みしめるようにそれだけ答え、今まで見たこともないような柔らかい笑顔を見せる。
俺の知らないフローラのそんな一面を垣間見て、少しだけ疎外感を感じる。
「俺は席を外したほうがいいかな?」
俺が居たら話にくい事もあるかと思い、聞いてみる。
「お父はかまわない、あ、いや、フローラがかまわなければ聞いて欲しいな」
「照れくさい話は、私がいない時にお願いします」
……なんだかさっきから二人で通じってるぞ? 初対面だよなあ。
「わかりました――所でMISSフローラの血縁に〝Collingwood〟と言う方はいらっしゃったかな?」
「五代前に居りました」
??……飛びすぎてイミフである。
「やはり、――何故情報技術科に?」
先祖と関係ねえし。
「データベース構築の為に」
受け答えてら。
「じゃあ留学の目的は『Wait!(待って)』……」
フローラは薄く照れを見せながら、しかしきっぱりと制した。
「OK、裕貴には後で話しておきましょう」
「お願い致します」
――ますます判らん。
「時にお嬢さん、長野の高原は今が桜が満開です。G・W明日の最終日は、長野の高原を供に散策する栄誉を、このやつがれにお与え下さいませんか?」
仰々しく背を折り、右手をお腹に引く動作をし、ニコリと言った。
「ナンパかよ!」
「喜んで!」
薄く頬を上気させてフローラは満面の笑みで答えた。
「え~~~~?」
その後、フローラはお父に庭の桜の説明をうけながら、明日の詳細を話していたようだ。
話が終わりフローラをステイ先まで送って行き、夕食後、部屋にお父が来た。
「……さて、まずは、Collingwood って人だけど、百年くらい前に日本に来日した鳥類と植物学者で、特に日本の桜に造旨が深くて権威だった」
「おお、フローラはそんな有名な人の子孫だったのか」
「そうだ――そして、第二次世界大戦をはさんでなお、桜の研究と育種を続けてた人だから、大変な親日家だったと思う」
「大戦後も? てか当時は敵国じゃん!」
「その通りだ。ちなみに彼自身は英国陸軍中尉だったそうだ」
軍人の先祖? だから格闘技に通じてるのかな? でもさすがにそれは聞きづらいな。
「……それで親日家? 大戦中どうしてたんだろ」
「そうだな、多分日本以外の戦線にいたんじゃないか? 外国では配属先はある程度志願できるようだし中尉の階級だからな」
「そうか、軍事独裁政権だった日本とは違うんだよね」
「だな」
「そうそう、あとデータベース構築で情報技術科志望はわかるけど、なんで長野
なの? 都会の学校とかの方が良くない?」
「ふふ、長野は日本の中心点で平均標高差も日本一だ」
「だから?」
「日本海気候と盆地気候の境目、太平洋気候も近くて、フォッサマグナと中央構造線の複雑な地形と地質。加えて渡り鳥の交差点で落とし種――つまり多様な植物の宝庫で、日本で一番野生の桜の種類も多くて密度が高いからなんだ」
「!」
「桜も雑種や亜種、固有種も入れれば、北信濃周辺だけで20種は超えるだろう」
地元の事だからか、お父が得意げに言う。
「じゃあフローラの留学の目的は……」
「おそらくは先祖の桜の研究の再開と、電子データベース化だろうな」
「おっ!!…………そうか、なるほど」
そうしてお父が退出し、ポツンと座り俺を見ていたさくらに声をかける。
「明日は普段着とか買いに行くからもう充電。急ぎの用事じゃないから俺が起動するまで待機。いいな?」
「わあい♪ りょーかいしました~。おやすみなさい」
嬉しそうに敬礼して専用クレードル(ピット)に座る。
そうしてさくらをシャットダウン(ねかせて)して男子タイム。
圭一のプレゼントを契約解除したモバイルで見る。
……まずいな。この女優マジ巨乳でフローラを連想しちまう。
内容くらいかは見ておこうかと思ったけど、あんな話の後じゃなあ。
しょうがないので、諦めてベッドにもぐりこむ。
そうしてさっきのお父の言葉を思い返し、真面目な思考に沈む。
――単身日本に渡る行動力。
……これはもうフローラの気質そのままだな。
――先祖の研究を引き継ごうとする強い想い。
……なんでそこまでさくらが好きなのか今度聞いてみよう。
――この短期間に日本語を使いこなす頭脳。
……研究者の先祖が居たなら納得だ。
俺は、いや、俺のほうが心底うらやましいよ、プリシフローラ。
機械系が好きだから工業――ぐらいしか考えてない俺とは月とスッポンだ。
「いや、〝高嶺の花〟と〝雑草〟だな。……ふふ」
最後は口をついて出る。自虐でなくまさにその通りだと納得できた。
つらつら考えているうちに眠気がきたので眠りに落ちる。
電灯の睡眠センサーがそれを感知し、ゆっくりと光量が落ちてゆく。
残りは数日以内に投稿します。




