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部屋

作者: ミトン

僕にとってこの部屋はまるで小さな要塞だ。

ここには誰も来ない。僕を気にしてここに来る人なんていない。それでいい。

それがいい。


誰にも会わなければ自分の惨めさを思い知ることもないのだ。人と自分を勝手に比べて

勝手に落ち込むなんて馬鹿らしいこともしなくて済む。いや、僕が望んでそれをしている訳ではない。

じゃあ誰が、と言われてそれに対する答えを僕は持ち合わせていないのだけれど。

本当は知っているのかもしれないし、知らないのかもしれない。ここに籠るようになって

最初の何日かはそれをひたすら考えていたのだが、今はもうそれすらしなくなってしまった。


今日もまた外では雨が降っている。何日目かは覚えていないが、ここ最近ずっと雨音を聞いている

気がする。こんなにどんよりとした気持ちになるのは、雨のせいだろうか。

外から近所の中学校から帰っているのであろう子供たちのはしゃぎ声が聞こえる。僕にもああやって

はしゃぎながら帰った夕暮れ時があったことをもう忘れかけている。あの頃の僕は一体

何を夢見ていただろうか。一つ確実なことは、こんなどうしようもない人間になることは

望んでいなかっただろうということだ。そう思ったところで、僕は消えてしまいたくなった。


「ごめん・・・。」

誰に宛てたわけでもない謝罪の言葉は白い壁と雨音に吸い込まれて溶けていった。


どうしようもなかった。どうしようもないのにどうかしたかった。けれどそれが億劫で仕方ない。

それでもどうかしたかった。前向きにどうにかする気はさらさらなかった。

僕は僕を消してしまいたかった。死にたいんじゃない。消えたい。あの頃の僕を、笑顔の僕を

苦しめたくない。その延長線上に存在する僕を救いたい。延長線上の今の僕を消したい。

僕を救えるのが僕だけだってことはもうずっと前から知っている。けれど僕は叫びたい。

誰か僕を助けて。僕を救って。あの時の僕にもう一度笑顔を。僕を助けて。助けて。

「たすけて・・・。」


気付けば僕は手に持った包丁を腹に突き刺さんとしていた。そこで我に返って情けない声を

あげて包丁を手から落とす。そんな勇気はない。いやそもそも死にたくなんかない。

けれど今の僕を諦めるためにはこれしかないような気がする。あの時の僕のために

今の僕を犠牲にしたとして、それで生まれる僕は果たして僕だと言えるだろうか。

僕はすべての僕を救いたい。けれどどうしたらいいかは分からない。


気付けば雨は止んでいた。代わりに僕のすすり泣く声だけがこの小さな要塞に響いていた。

今日も僕はこの要塞で僕を守り、僕を傷つける。



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