美味な午後には特攻野郎
ついに料理長登場
満開のトトンの花を見上げる私に彼が問い掛ける。
「そんなにトトンが好きなの?」
「うん大好き!」
すると彼は微笑んで言った。
「確かに綺麗だね」
違うんだ。
本当は……。
世界には美味い物が溢れている。
でもそれを口にする為には大変な努力を強いられる。
それは王女なんて特権階級にいる私だとて例外では無い。
「それで和やかな筈のお茶会が変な空気になっちゃってさ~」
チリの実の皮をちまちまと剥きながら私は見習い君に愚痴り続けた。
「いきなり『どんな手を使っても連れ帰る!』だよ?トトンの実のタルトなら自分の国でも食べられるだろうに…」
「よっぽどお気に召したんですね」
見習い君は流石に私よりも皮を剥くのが速い。
「父上も母上も食べるのに夢中で何も言ってくんないしさ」
「皆さんそんなにタルトに夢中に?」
「そうだよ!まだ子供のエバンスが…ってんならわかるけどいい歳した大人がみんな…」
私は今城の調理場で、見習い君のチリの実の皮剥きを手伝いながら、小声で先日のお茶会の話をしてる―――否、その向こうにいる料理長にゴマを擦っている。
まだ若い癖に頑固で偏屈な料理長は知らん顔で料理の仕込みを―――するフリをして全身を耳にして私の話を聴いている。
仕事一筋ストイックなフリをしているこの腕の良い料理長は、本当は誉められるのが大好きだ。
「私、泣きそうになっちゃって思わず『嫌です!』って叫んじゃったよ」
「焼き菓子でそんな事にまで…」
「料理長の作る料理は人を狂わせるね。タルトであれだもん、トトンの実の“パキャプリズ”を食べたりしたらどんな事になるのやら」
苦しげに溜め息を吐きながら、見習い君の背後に居る料理長を盗み見る。
案の定“パキャプリズ”に使う材料の粉をチェックしてる。
シメシメ上手くいったこの様子だと明日あたり“パキャプリズ”が出てくるな。
フヒヒヒヒ、チョロい奴!
“パキャプリズ”って超絶うんまぁ~な菓子なんだけど作るのにムチャクチャ手間が掛かるんだよね。
仕事大好きの料理長も流石に大変らしくてなかなか作ってくんないの。
でもトトンの実の季節には一度はいや二度三度…何度となく食べたい。
だから調理場まで王女様の私が出向いて、料理長を天高く舞い上がらせてその気にさせないと。
ヨイショが上手くいった私はチリの実の皮むきを終え、ウキウキしながら調理場を出た。
おいしいおいしいトトンの実~♪
前世では食べたくっても食べられ無かった。
花を見ながら涎を垂らしてるんだって友達に話したら大笑いされたっけ。
浮かれて歩いていると呼び止められた。
「エラータ王女、お声をお掛けする無礼をお許し下さい」
無礼?イバネス国民は誰でも私にガンガン声掛けてくるけど?
見れば話し掛けてきたのは見慣れない男…いやどこかで見た事がある。
騎士の服装の胸にはレデルの国の紋章の刺繍。
もしかしてこの人、ジーニアス王子の護衛騎士その1?
うじゃうじゃいる護衛の中にいたような~、平凡な顔してるから記憶が曖昧だ。
「私はジーニアス王子の護衛騎士でカイル・グリーンズと申します。ジーニアス王子とは恐れ多くも乳兄弟の間柄」
乳兄弟の関係が恐れ多い?
どっかの無礼者なオッサンに聴かせてやりたい。
ウチの国みんな砕けすぎじゃない?
イバネス国の人々は身分の高い人に対して良くも悪くもかなり馴れ馴れしい。
それはこの国独特の身分制度が影響してる。
外国から見たら「えっ?!」ってかんじる習慣が沢山ある。
そんな習慣のひとつに身分の高い女性でも子供に自分で授乳するってのがある。
だから私にもエバンスにも乳兄弟が居ない。
これって他の国の身分ある人達から見たらかなり有り得ない事だろうね。
大体良い家の奥様方は、子供産んだら乳母に世話を丸投げして自分は社交だなんだと忙しく飛び回るからね。
「構いません。何か?」
緊張し青ざめた男におしとやかっぽく応える。
自分の国に帰ったら、イバネス国のエラータ王女は気さくで素敵な女性でしたと噂を広げるんだよ、カイル君とやら。
「…エラータ様はジーニアス様の求婚を退けられたお聞きしましたが、真ですか?」
うげ!そんな話かよ。
「その理由をどうかお聞かせ願いたい!」
生理的に受け付けないの…っていったらマズいだろうな…。
「え~とその~ジーニアス王子のような見目の麗しい殿方は気後れしてしまって…それにレデルのような豊かな国とイバネス国では釣り合いが…」
「私如きがこんなお話をするのは僭越ながら、どうか御再考頂きたいと思いやってまいりました」
うえぇぇ~直談判?勘弁してよ~。
ちなみにこの料理長、実在のモデルがいます。コツを覚えるとチョロいです。