《番外編》勇者様の捨てたもの (Ⅰ)
シリアス注意!
裏切り者、勇者様視点。
この《番外編》はたまに投稿します。
「王、お気を確かに!」
五月蝿い、私を呼ばないでくれ…やっと解放される時が来たのに…。
長かった…人並みの寿命の筈なのに千年にも感じた。
でもやっとこの苦痛に満ちた人生が終わる。
よくぞ正気を保っていられたものだ。
いやそれとは気付かずとっくに気が狂っているのでは?
そうかも知れない。
私はあの時から正気を失っているのかも。
彼女を失ったあの夜から……。
それならばいっそ良い。
涙さえ流れない深い悲しみの日々が私の幻覚ならどれほどよいか。
気狂いならば自分勝手な妄想の中で死を待てたのに。
懺悔の叫びを喚き立てられたのに。
理性は私に贖罪さえも許さない。
けして赦されない罪の証に、彼女はこの世界の何処にも居ない。
「触らないで…あんたなんかの腕の中で死にたく無い」
彼女の最後の言葉は拒絶。
夜の庭で、私を拒んで彼女は死んでいった。
何故…何故あの時彼女を留めなかった?
ぎこちない歩みで歩き去る彼女を呼び止めなかった?
愚かな気の迷いだと…英雄だと持ち上げられ舞い上がった男の余りに軽薄な自惚れだったと許しを乞えば…。
私は彼女という陽の光を失って暗闇を生きた。
闇だ…此処は…私が『聖王』として生きたこの場所は…この全ては…。
執拗な医者の呼び掛けに目を開ければ、その後ろに見えるのは(妻)と(子)。
(妻)は最近のお気に入りの若い男に張り付き私が死ぬのを待っている。
金と権利を与えたツバメに更なる権力を強請られたんだろう。
恐らくそれは未亡人になった王妃の再婚相手にならなければ与えられない。
(子)はそれぞれの取り巻きに囲まれながら睨みあっている。
それぞれの父親によく似た愚かな息子達は、(父)の死後今まで以上に無意味な争いを続けるだろう。
臣下の貴族達は今頃どちら側につけば今まで以上に贅沢三昧できるか頭を悩ましている。
私が彼女を捨て去り得たモノは醜悪な現実。