来るな茶菓子の分け前が減る
「今日は姉上の好きなトトンの実のタルトですね」
弟の言葉に私は満足げに頷いた。
季節柄そろそろ出てくる時期だなと期待していただけに、侍女達が押してきたワゴンに茶器と共に乗せられているのを見た瞬間、湧き上がった唾液が危うく口から垂れそうになった。
嗚呼、早く食べたい!
しかし今は家族水入らずのお茶の時間。
茶菓子に意識を乱されている時では無く、会話を楽しまなければ。
「あら今日はトトンの実の焼き菓子なの?今年もこの実が出回る季節がやって来たのね」
にこやかに微笑みながら母上が扇子を揺らす。
「今年は天候が良くて豊作だよ」
父上もニコニコ笑いながらティーカップに口を付ける。
作物の出来はそのまま国の経済状態に影響する。
豊作と聴いてこの国の代表者である私達一家は、季節の移ろいを楽しむだけではない喜びを感じた。
前世の私にも何だかんだと小さな幸福があったが今世の私は本当に恵まれている。
その一番の幸せは家族が仲良く暮らせる事だ。
お人好しの父とのんびり屋の母はこれでもこの国の王と王妃で、忙しくなかなか食事を共にするのも難しいがこうして3日に一度はみんなで揃ってお茶をする。
元々は無かった習慣だったが前世の記憶を取り戻した私が強請りまくって実現した。
国の為の仕事が山積みの父とその妻として貴族の奥方達と交流し人脈を作るのが仕事の母が、毎日では無いとはいえ合わせて時間を空けるのは大変な事だが、弟のエバンスの為にもとても良い事だと思う。
前世で兄弟が居らず両親を亡くして天涯孤独になった私は、今世のこの6歳下の弟が可愛くて仕方が無い。
栗色の髪と瞳にりんごのほっぺの弟エバンスは年齢よりも幼く見え肩より上で切りそろえた髪型も相まって女の子のように愛らしい。
「姉上に頼まれていたハンカチの刺繍、完成しましたよ」
「えっ!もう出来たの?」
可愛らしい外見と同じく男の子が好む荒っぽい事が苦手で、狩りや剣の練習より刺繍や楽器の演奏が得意だ。
弟が恥ずかしそうに頬の赤みを増しながら私のハンカチを差し出す。
「姉上のお好きなハイデラオオクワガタの刺繍、自分では上手く出来たと思うのですが…」
「ウッヒャー!スッゴい!エロかっこいぃぃ!!!!」
「まあ上手く出来たのね」
「エバンスは本当に上手だなぁ」
「ちょっと待って下さい。カッコ良いは兎も角、この昆虫のどこがエロいと感じるのかお聞かせ願えますか?」
何時も思うんだが何故毎回宰相のクールべがこの茶会に当然のように参加してるんだろう?
「えぇ~!この色といいこの顎の形といいエロティズムに溢れてるじゃんか!」
「エロティズムってあなた……」
呆気に取られているオッサンを放って置いて私はタルトにフォークを入れた。
「またあなたはそんなに大きく切り分けて大口をあけて食べて」
うるせー!トトンの実のタルトは大きく切って食べた方が旨いんだよ!
「エラータはこのタルトが本当に好きね」
「私の分も半分お食べ」
「姉上僕の分も食べていいですよ」
「エバンスの分はいいよ。育ち盛りなんだから自分で食べなよ」
嗚呼良いよこの和気あいあいとした光景!
約一名余計なのが混じってるけど。
「トトンの実は美味しいけど母様はトトンの花が一番好きだわ」
「すぐに散ってしまうけど美しくて香りが良いからね」
トトンの花は薄いピンクの花でとても可愛い。
「花言葉は確か初恋でしたね」
頭の良いエバンスは花言葉なんてのもよく知ってる。
「美しいけれど儚い恋なんてぴったりの花言葉ね」
母上がうっとり呟く。
「大口あけて実を食べている方に少しは花も愛でて頂きたい」
「クールべに言われたくないよ!自分こそ恋なんて縁が無いでしょ!」
いい年して色気より食い気なのは自覚してるけど、女っ気無さ過ぎて同性愛者疑惑が立つ奴よりはマシ。
「エラータちゃん、クールべは恋に縁が無い訳ではないのよ。この世には秘めなければならない恋もあるの」
優しく諭す母上はきっとあの噂を信じてるんだな。
「クールべって同性愛者じゃ無いそうですよ」
「えっ!」
珍しく大きな声を出し驚く母上。
「何処からそんな根も葉もない噂が立ったのか知りませんが、私は普通に女性が好きですよ。因みに幼女を愛でる性癖も持ち合わせておりません」
母上は何故か酷く動揺している。
公爵家に生まれそれはそれは大切に育てられた母上は、……
「でもこの前騎士の称号を授与されたカズラー家の次男坊のケインなんか中性的で麗しい容姿だから良いんじゃない?」
「男か女かわからない男性を相手に選ぶなら女性とわかる女性を選びますよ私は」
おっとりとして何時も夫である父上を立てて出しゃばらず、優しい良妻賢母の鏡のような人で私とは真逆の人なんだが……
「じゃあ東の門の守衛責任者のほら何て名前だったかしら?焦げ茶の髪の精悍な顔立ちのあらそうだったわジェイクとかいう名前のあんなタイプが―――」
「…王妃様、私は 絶 対 に女性以外とは…」
時々私は、……
「では、ほらあの方は?サドル国の使者で何度かいらっしゃった方!ほらあの巻き毛の可愛らしい。目がくりっとして女の子にしか見えないお顔の―――」
「………」
嗚呼やっぱりこの人とは血が繋がってるなぁと感じる。
次々とクールべにお似合いの男性を奨める母上の横で、居心地が悪そうにお茶を飲む父上に侍従が近寄り何事かを囁くと、父上は途端にキリリと表情を引き締めた。
あれ?どうしていきなり『王様の顔』?
「やっといらしたようだ。実は今日ジーニアス王子をこの茶会にお招きしていてね」
そんなぁぁぁぁぁ~!!!!!




