嗚呼、真実の愛に祝福あれ
「申し訳ありません。若様は高熱を出されたお嬢様が心配でならないため、予定をキャンセルしてほしいとの言伝です」
「まあ、それは大変ですわね。わかりましたわ、ロミアス様たちにはお大事にと伝えてください」
すっかり顔なじみになった使者のいつもの伝言に内心「またなのね」とがっかりしながらも私はにっこり笑ってうなずいた。何度も謝りながら彼が帰ると思わずため息が出る。控えていたメイドのジルが怒る。
「まあ、またですのっ。病弱な義妹様が心配なのはわかりますがっ。婚約者のリディア様とのお約束をこんな頻繁に断るなんてっ失礼すぎますわっ。ちょっとあの使者をふん捕まえて説教してきますわ!」
「ありがとう、ジル。でも、いつもロミアスの代わりに謝りに来させられている彼にやつあたりしてもかわいそうだし、急なことで慌てているのだから仕方ないわ。……たぶん」
私の代わりに怒ってくれるジルをなだめるも、さすがに続けて3回も約束をキャンセルされるとモヤモヤする。
私、リディア・テアトル伯爵令嬢とロミアス・キュビット伯爵令息の婚約は、私の父テアトル伯爵がキュビット家の事業を支援するという政略的な理由で結ばれた。
ロミアスとは時々会う友人のような感じでうまくいっていた、と思う。お父様は私と彼が2人で過ごせるようにと会う時には毎回出かけ先を手配してくれるけれど、その時も普通に過ごせていたと思う。
それが1月前から、ロミアスは病弱な義妹ジュディス様が体調を崩したといって急に約束をキャンセルしてくるようになった。
たぶんそれだけ大変な状態なのだろうとは思うけれど、私だって前からその日を楽しみにしているのに当日になって急に断わられるとがっかりする。それに、後で送られてくる手紙にも私への謝罪よりもジュディス様の心配の方が圧倒的に多い。というか、それしか書いてない気がする。
さすがに3回もそんなことが続くと傷つくし、わくわく感や準備の時間を台無しにされて腹が立つ。
「今日はオリオン座の観劇なのよね……。ジルと2人でこっそり行ったらお父様怒るかしら」
「そうですね……。奥様も観劇だけは許されないそうですから、キュビット様がキャンセルされたからとはいえ良い顔はされないでしょうね」
私が聞くとジルも困った顔をする。
普段はお母様と出かけるのが生きがいなお父様はお母様がどんなにねだっても観劇だけは許さない。私と弟も生まれてから一度も行ったことがない。
今日、私の観劇が許されたのも、友だちに大人気の劇のことを熱心に語られて「皆の楽しい話についていけなくて寂しくて切なくてっ。このまま許してくれなかったら魂になって劇場に飛んで行ってしまいそう!」と渋るお父様に泣きついてやっと叶ったのだ。ついでにお母様にも協力してもらって人生初なのだからと一番良い席を用意してもらった。
が、なぜか観劇となるとまるで敵地にでも行くかのように危険視するお父様は”ロミアスと一緒にいて、絶対に1人で行動しないように”と絶対条件を付けた。
お父様も信頼するメイドのジルも一緒とはいえそこまで警戒する劇場にこっそり観に行ったのがバレたら最悪2度と劇を観られない、なんてことになるかも。でも、この日をずっと楽しみにしたのにあきらめられない。
ジルと一緒に何とかできないか話し込んでいると、ふいにノックと同時にお母様とお付きのメイドが飛び込んできた。
「まあ、やっぱり! まだいるってことはキュビット様はまた約束をキャンセルしたのね。わかったわ、代わりに私が一緒に行きましょうっ」
「お母様が一緒に来てくれるの? それはうれしいけれど、お父様が怒るんじゃ……」
「大丈夫よっ。今日の劇は創作の神々が魂をこめて作った至高の話を人間が持ちうる美と輝きを磨きぬいて超人となったスターたちがこの世界で最も尊いオリオン座の舞台ですべてをこめて演じ訪れた人々の魂を魅了するこ今この時で一番素晴らしく尊い時間なのよっ。
その素晴らしい世界に浸れるたった2つしかないプレミアムチケットを無駄にするなんてっできませんっっっ。旦那様が何と言おうと私が行きますっっっっっ!」
「あ、はい……」
劇に行けるのはうれしいけれど、恋する少女のように目をキラキラと輝かせてノンブレスで言い切ったお母様の熱意にちょっと引く。良く見るとお茶会に行くみたいにきちんと着飾っているしお母様、まさか準備してた?
私の疑いの視線に気づいたお母様はいつものようにおっとりと笑う。
「さ、時間がもったいないわ。行くわよリディ、いざ夢の世界へ!! 大丈夫、私の子ならばこの気持ちがわかるわ!!」
謎のキラキラオーラをみなぎらせるお母様とそれを讃えるお母様付きのメイドに連れられて、私とジルはおそるおそるついて行った。
*****
オリオン座は王都の中心部にある陽ざしがあたると白く輝く石壁と優美な曲線が美しい建物だ。国内外に商会をかまえる裕福なレクエス伯爵家がパトロンとなって優秀な人材を集めてさまざまなジャンルの劇を行っている。貴族たちにとっては最高の娯楽の一つだ。
今日の席は劇場が一番良く観える上に演者が挨拶に来てくれるというプレミアム席だ。馬車が着くと劇場スタッフに出迎えられ、お母様曰くプレミアム席の客人専用だという入口から丁重に案内される。ふかふかのソファが置かれた広々とした個室に入ると、真正面がすべて開けていて舞台全体と客席が良く見える。
見慣れない高さから眺める開放感のある景色と壁から天井まで施された華やかな装飾が珍しくて、ジルと一緒にきょろきょろしているとお母様に笑われてちょっぴり恥ずかしくなる。
「お母様はオリオン座に来たことがあるの?」
「ええ、旦那様と結婚する前は姉妹でしょっちゅう来ていたわ。ここで出会った同じ趣味の友だちたちと語り合えて本当に楽しかったのよ。それに、演者の人たちともすっかり顔見知りになってね、劇が終わると必ず会いに行ったの。これは旦那様には秘密だけれど2人で一緒に食事にも行ったのよ。とても楽しい方でずっと話が尽きなくてね、本当に楽しかったわ~」
「ええっ、2人でなんて大丈夫だったの?」
「大丈夫よ、女性だもの。そこにいるだけで光り輝いているような華やかな人でね。初めて会った時から一目惚れして、彼女が活躍する姿を見ると心が幸せでいっぱいになったものよ。今でも人生で一番素敵な思い出で、大好きな友人なの。リディも今日はきっと心がキュンとする方に会えるわよ」
劇の始まりを告げるベルが鳴るとお母様はいたずらっぽく片目をつぶりオペラグラスを舞台に向ける。母親の青春の話に胸がドキドキしながら私も舞台を見る。
そして、幕が上がった舞台の上で物語が動き出すと私はすぐに惹きこまれ、夢中になった。
気がつくと周りからは劇場を包み込むような大拍手が沸き起こり、私もまたこの感動を伝えようと涙目になりながら一生懸命手を叩いていた。
「ううっ、アーサー様もロゼッタ様も本当に良かった……。友だちも敵の人もロゼッタ様のお父様も物語も演出も小道具も何もかもがとても素敵……。ああ、この劇と真実の愛に祝福あれ……」
今日の劇は幼い頃から想いあう男爵令嬢ロゼッタと騎士アーサーが、ロゼッタの父親に結婚を反対されるも、アーサーが父親が課した試練を乗り越えてその功績と深い絆を認められて結ばれる。恋愛と騎士道の物語だ。
私も勇敢で誠実な騎士アーサーが彼を支える仲間とともに数々の難題をやり遂げるのを全力で応援し、彼の帰りを信じて待つ令嬢ロゼッタの純真な気持ちに首が痛くなるぐらいうなずき、彼らの物語をひたすら見守った。
そして、やっと会えた2人の想いあう姿に心打たれた父親が「嗚呼、真実の愛に祝福あれ!」と祝った時にはいろんな熱い感情がこみ上げて来て、涙がボロボロ溢れてとまらない。
隣で感激するジルと一緒に「良かったね~」とたたえ合っていると、劇場のスタッフが「演者たちが挨拶に伺ってもよろしいでしょうか」と声をかけてくる。
慌ててメイクを直してマナーと猫を総動員してしおらしく待っていると、やわらかな笑みをたたえた支配人の女性と舞台衣装の騎士服をまとったアーサーが入って来た。
にっこり笑った彼と目が合って挨拶をされた瞬間、先ほどの劇の演出よろしくぶわっと花と光が咲き乱れる。
きゃっ、きゃあああああああああああああああああああ。本物のアーサー様だ!!
う、美しい。お顔も仕草も今まで会った方の中で一番きれいだけれど、こんな近くでお会いするとつややかな髪の毛もぷるんとした唇も襟からのぞく男性らしい首も細くてしなやかな指も色気がすごいわ……。
それに全身がほんのり輝いていて良い匂いがする気がする……。もしかしてアーサー様は光と花の妖精様だったの?
ああ、そんな。こんな涙で汚れた顔と目でまっすぐ見られない……。でも、せっかくアーサー様と会えたのだもの、やっぱり少しでもお姿を見たい……。
「ははは、ユリの花の妖精のような可憐なご令嬢にそんなに褒めていただけるとはとても光栄です。あなた様の心からの言葉と笑顔は、不肖アーサー、騎士として最も栄誉ある勲章としてこの胸にしかと刻みます」
「へ? 勲章?」
「リディったら、ぜんぶ口に出ているわよ」
「ふふっ、こんなに熱心な言葉をいただくのは初めてです。演者として大変名誉なことです、ありがとうございます」
お母様が呆れたように言いアーサーがにっこりと笑って優雅に一礼する。私は恥ずかしさでぼっと顔が熱くなり、ついでショックでさあっと血の気が引いた。
できるならばこのまま気絶してしまいたい。でも、そんなことしたら今しか会えないかもしれないアーサー様にとんでもなく変な令嬢として覚えられてしまう。それは嫌だ。何とか全身の気力をふりしぼって令嬢としてきりっとした顔を作る。
「ほ、ほほほほほ。取り乱した姿をお見せして恥ずかしいですわ。ごきげんよう、アーサー様。私はリディアと申します。
先ほどの劇はとても素晴らしかったですわ。見送るロゼッタ様に必ず帰ると誓って旅立つ凛々しい姿から、数々の試練に友人たちと一緒に知恵と勇気を振り絞って立ち向かう勇敢で誠実な騎士、友人たちと笑いあい遠く離れたロゼッタ様と故郷を想う1人の青年まで。アーサー様のいろんな姿とキレのある立ち回りに惹きつけられて一時も目が離せませんでした。
何よりもロゼッタ様と再会した時のあの喜びが溢れかえるシーンに私も胸がいっぱいになって、今も心が幸せでいっぱいですわ。
素晴らしい劇を見せてくださってありがとうございます、アーサー様。今日のできごとは私も心に刻んで一生の宝物にしますわ!」
思いつくままにアーサー様への感謝を伝えると彼は碧色の目をきゅっと細めた。うぐっ、かわいいっまぶしいっかっこいいっ最高っ。
「ありがとうございます、リディア嬢。あなたが惜しみなくくださる言葉に私も幸せでいっぱいです」
飾らない言葉と素の笑顔にアーサーの本心がこもっていて胸がキュンキュンとする。
これがお母様が言っていたことなのかな。そうだとしたら何て温かくて素敵なんだろう。ああ、今日ここに来て良かった。
その後も私はアーサー様と話して人生で一番幸せいっぱいの時間を過ごした。
*****
案の定、観劇に行ったことを知ったお父様は渋い顔をしたけれど。ロミアスが時間ぎりぎりになって3回目のキャンセルの連絡をしてきたことや、お母様が「劇好きな貴族ならば誰もが命と財産をかけて欲しがるあのオリオン座のプレミアムチケットを無駄にするなんてできるわけがないわ」と長々と威圧、もとい説得したおかげで許された。普段はおっとりしたお母様が本気で怒るとお父様も涙目になるぐらい怖い、なんて思ったら失礼よね、うん。
お母様ががんばってくれたおかげで、お父様はキュビット家にお母様に締め上げられたやつあたりもとい苦情を入れてくれ、私もまたオリオン座に行くことを許された。
あくまでも婚約者のロミアスと一緒にとは言われたけれど、またアーサー様の姿を見られると思うとうれしい。
そんなこんなで楽しみにしているうちに次の約束の日がきたけれど、私とジルの予想通りロミアスはあっさりと断ってきた。
一応はお父様の苦情が応えたのか「ジュディスが心配で離れられない」と長い言い訳の手紙が付いてきたけれど。文面には私なら断っても許されるというのがにじんでいて、このまま婚約していても私よりも義妹を優先するんだろうなあと冷めていく。
前よりも顔色が悪い気の毒な使者に「義妹様との時間をお大事にしてください」とだけ書いた手紙を渡して帰すと、私は不愉快なことをきっぱり忘れて待っていたお母様と出かけた。
2回目になると心のゆとりができて、新しい発見をしたり前に気に入ったところをじっくり見たりと前よりももっと楽しめた。
今日もまたアーサー様が会いに来てくれて、興奮した私はアーサー様に根掘り葉掘りいろんなことを質問してしまった。ううっ、彼は優しいから笑って答えてくれたけれどっ、私ったら子どもみたいにはしゃぎすぎてはしたないわ。
でも、アーサー様は本名も同じで好きな物も聞けてラッキーだった。今度行く時は彼が好きなスコーンを差し入れしよう。
そして、次の5回目の約束の日も予定通り(?)キャンセルされた。
もはや我がテアトル家では、ロミアスのキャンセルは朝日が昇るぐらいに当たり前のことだと思われている。ロミアスとキュビット家はお父様をのぞくテアトル家の敵になった。
私としてもいちいち我が家に来て使用人たちににらまれながら謝る使者がかわいそうだし、そもそも連絡を待つのも面倒だから、朝一番、いやその前日にでも連絡してほしいぐらいだ。
というか、ここまで続けて会う予定をキャンセルしてくるなんて婚約を続ける気なんてないんじゃないだろうか。散々約束をすっぽかされた上に義妹よりも軽く扱われている私としては、今さら会うことがあっても初めて会った他人よりも興味が持てないし、どんな約束をしても一切信頼できない。
ちなみに、お父様には初めて劇を観に行った日に「婚約者として信頼できないから、別れたい」と伝えたけれど事業の提携を理由に断られた。
でも、さすがに3回連続不誠実な断り方をしてきた上に、ロミアスやキュビット家からもろくな謝罪もないことに怒ったお母様が「あんな約束の1つも守れないろくでもない男とその家を信頼して、かわいい娘を不幸にさせたあげくこの家の財産をまんまと食いつぶさせるつもりですかっ!」とお父様にブチ切れ、ロミアスが10回キャンセルしてきたらあっちの有責で婚約解消すると言質をとった。
それからはお母様は毎週オリオン座の観劇を予約してはロミアスに誘いの手紙を出し、なぜかいつも当日になって送られてくる断りの手紙と痩せこけていく使者の言伝を証拠に残して、せっせと数をこなしていった。
ついでに念を入れて友人たちにロミアスとキュビット家の”不誠実な態度”をやんわり愚痴って評判を落としているらしい。お母様すごいわ。
そんなこんなであっという間に9回目。
終わった後、お土産のスコーンを手に今ではすっかり友人のように仲良くなったアーサーの楽屋を訪れた。私を見つけると彼は少年のようににこっと笑った。そのほがらかな笑みに心がほんわりする。
「ごきげんよう、アーサー。この間話したスコーンを持って来たわ」
「ごきげんよう、リディア。ちょうど公演が終わってお腹が空いていたんだ。すごくうれしいよ、ありがとう」
アーサーはうれしそうに受け取ると、廊下に置かれた花を見て私に微笑む。
「そうだ、さっきちょうど花が届いたのだけれど。良かったら君が好きな花を使ったブーケを贈らせてくれないかな」
「アーサーはブーケも作れるの? すごい、騎士様も庭師も得意なのね」
「ふふっ、そうだよ。誰もが名を知る高名な騎士も最初は誰かの従者として身の回りの世話をしながらいろんなことを学んで一人前になるんだ。だから、僕もいろんなことに挑戦しているんだ」
「へええ、騎士様もアーサーもいつもかっこいいのは、陰でものすごい努力しているからなのね。……じゃあ、あの真っ白なユリがいいな」
「うん、わかった。少し待っていてくれるかい」
楽しそうに笑ったアーサーは白いユリとそれを引き立てる花を手にとると手際よくまとめて小さなブーケを作り、私の足元にひざまずいてうやうやしく差し出す。
何だか劇の騎士アーサーに手作りのブーケを差し出されたロゼッタになったみたい。そんなことを思って心と頬がぽっと熱くなりつつも大事に受け取る。
「わああ、きれい。ありがとう、アーサー。大事にするね」
「僕もおいしいスコーンをありがとう。君を想いながら大事に食べるよ」
そういえばロゼッタもアーサーにスコーンを焼いて届けていたんだ。ちゃめっ気たっぷりに劇中のセリフを口にするアーサーにからかわれているのだと思いつつも、私はますます赤くなった顔を見られないように別れを告げてそそくさと離れた。
馬車に乗り込むとジルとお母様もブーケを褒めてくれた。
「アーサー様は最近恋人のロゼッタとのやりとりがすごく良くなって、愛情が伝わって来るって評判なのよ。ふふっ、好きな女性ができたのかしらね」
「そういえば、そうね。アーサーは努力家だから、きっと観に来ている彼女のためにがんばっているのかも」
アーサーの幸せを喜びつつも胸がしくりと痛む。
私にとってアーサーは憧れの人で、親しい友人だ。異性であり住む世界が異なるのだから決してそれ以上は近い関係にはならない。それに、ロミアスが次に約束をキャンセルすれば彼との婚約はなくなるけれど、お父様はすぐに次の婚約者を探すだろう。新しい婚約者様が決まったら今のようにアーサーを一番の存在として応援するのは難しいかも。
そう考えると無性に寂しくなってきて私はブーケをそっと抱きしめた。いつか現実に戻っても、今だけは少しでも長く素敵な夢を見ていたい。そう願いながら。
*****
「えっ、今日は来るの?」
「はい。たびたびこちらの事情でお断りしていているのに恐縮ですが、若様は今日はどうしても観劇に行きたいとの仰せでして。申し訳ありません、もう出発しているのでじきに劇場に到着するかと」
疲れきった顔をしたいつもの使者に「ロミアスが観劇に来る」と告げられて私は驚いた。
9回もキャンセルしておいて何で今日は来るのだろう。でも、チケットを持っているのはこちらだし、劇場に迷惑をかけるわけにはいかない。
大急ぎで報せにやって来た彼に礼を述べると、お母様に知らせて慌てて馬車に乗る。
劇場に着くとキュビット家の馬車は既に着いていた。こちらを待っていたのか、私が馬車から降りるとロミアスとなぜか彼の腕にぶら下がったジュディス様がせかせかと寄って来た。
「遅かったな。ジュディスがすっかり疲れてしまった、すぐに席に案内するように言ってくれ」
「はい? なぜ、ジュディス様も来ているのですか?」
いろいろ聞きたいことはあるけれど一番気になることを尋ねると、ロミアスはもったいぶった口調で話し出した。
「ジュディスはここのところずっと体調を崩していたんだが、今日はやっと出かけられるぐらいには良くなってね。素晴らしいと評判の劇を観れば気分も晴れて元気になると思って一緒に来たんだ」
「オリオン座の劇を観られるなんて夢みたい。お義兄様ありがとう、大好きよっ」
どうしよう、言っていることがめちゃくちゃすぎてどこから否定すればいいかわからないわ。
私は頭の痛みをこらえながら、盛り上がる2人になるべく穏やかに反対した。
「申し訳ありませんけれど、お父様が用意したチケットは私とあなたの2人分しかありませんの。ジュディス様の分はそちらで新しく用意していただかないと」
「ボックス席なら1人増えても座れるだろう」
「もうリディア様ったら、お義兄様が好きだからってそんな意地悪言うと嫌われちゃうわよ。さっ、待たされて疲れちゃったし早く入りましょう」
「ああ、そうだな。かわいいジュディと劇を観られるなんて最高だっ」
どうしよう、言葉が通じないわ。
でも、こうしている間にも開演の時間が迫ってきているし、2人が騒ぐせいで他のお客の視線も痛い……。
仕方ないわ、ここは一旦受け入れて、お母様に報告して抗議してもらいましょう。
「わかりましたわ。急なことですけれど、追加でジュディス様のチケット代を払っていただければ席を用意します。ですが、急なこととなると劇場に迷惑がかかりますし今回だけですからね」
「はあ、せっかくジュディが元気になった祝いだというのに、君はずいぶんと口うるさいんだな。まあ、仕方ない。チケット代は我が家に請求してくれ」
いや、連絡もなく他人を連れて押しかけてきたあげく急に席を用意するなんて周りにとって失礼で迷惑だとやんわり説明しただけでしょうが。キュビット家の教育はどうなっているのかしら。
呆れかえった私にロミアスは面倒くさそうに答えると、笑顔で甘えるジュディスをエスコートしてさっさと進んで行く。
どこまでも自分勝手なロミアスたちに怒りがこみ上げてくる。よし、こうなったら今日の婚約者らしくない振る舞いを全部お母様に伝えて婚約解消を進めてもらおう。会話を聞きもらすまいと見守っていたジルとアイコンタクトをすると私たちも中に入った。
が、舞台が始まると2人の非常識さはさらにヒートアップした。
今日は正面のボックス席だけれど、舞台が良く見える真正面のソファにぴったりくっついて座った2人はずっとぺちゃくちゃ喋りつづけ、劇の名シーンをまるで自分たちのようだと周りのボックス席に聞こえそうなぐらい大声ではやしたてる。
ジルと一緒に端に座った私はうるさくて舞台に集中できない上に、周りに迷惑がかかるから静かにしてと何度も注意するのにすっかり疲れ果ててしまった。
「ちっとも舞台を楽しめないわ。もう帰ろうかしら……」
「良いと思いますわ。あんな子どもでもしないようなはしたない振る舞いをしている方々といたら、リディア様まで変な目で見られてしまいますわっ」
耐えかねて幕間の時間にジルと外に逃げ出すとお母様付きのメイドが呼びに来た。付いて行くと舞台の近くのボックス席でお母様が待っていた。
「お母様、来ていたの?」
「ええ、友だちに頼んで用意してもらったの。あんな無礼者たちに付き合わされて大変だったわね。さ、嫌なことは忘れてあとは楽しみなさい。ここならアーサー様の姿が良く見えるわよ」
お母様に言われて舞台をのぞきこむと、いつもの正面席よりも近い分舞台と演者の姿がはっきり見える。劇が始まると舞台の空気と迫力がひしひしと伝わってきた上に、時々アーサーと目があったような気がしてドキドキする。
終わった後にはまた新しい楽しみに浸れた感動で声もなく震える。お母様も満足そうにうっとりと微笑む。
「ふふふっ、やっぱり私の見込んだ通りリディもこの素晴らしさがわかるのね」
「ええ、いつも素晴らしいけれど今日はいつもよりも近くで観られたからか熱気が伝わってきて、もう魂がしびれたわ。お母様、良い席を用意してくれてありがとう!」
「良いのよ、かわいい娘の幸せを叶えることとファンを増やすのが私の使命ですからね。そうそう、今日は私の友だちも来ているのよ。オリオン座ができた時から応援している熱心なファンだからきっと面白い話を聞けるわ、リディも一緒においでなさいな」
「まあ、素敵! ……あ、そうだ、あの2人に一応挨拶をしてこないと」
「ああ、すっかり忘れていたわ。わざわざリディが会いに行くことはないわ。先に帰ると伝えてきてちょうだい」
すっかり忘れていた嫌なことを思い出して顔をしかめるとお母様がメイドを送り出す。しばらくして帰って来た彼女は険しい顔をしていた。
「キュビット家の方々は既にお帰りになられていました。『次も楽しみにしている』との言伝です」
「ええ? それどういう意味かしら。今まで散々約束を破ったのに、また2人で押しかけて来るつもりってことかしら?」
「まあ、図々しい。大丈夫よ、リディ。今日の失礼極まりない振る舞いのことは私が信頼する方々がきっちりと証言してくれますからね。旦那様が何と言おうとあんな不誠実な家とは婚約を解消します。
……さ、嫌な話はここまでにして、劇のことを話して楽しみましょう」
大先輩に会えると聞いてすっかり舞い上がった私はお母様に連れられて劇場を後にした。
その後、お母様からあの2人の無礼な振る舞いを聞いたお父様は怒りで顔を真っ赤にして婚約を解消すると約束してくれた。
それからロミアスからは「次の劇はいつだ」と誘いらしき手紙がしつこく届いたけれど、婚約を解消するのだしお母様にも関わらなくて良いと言われたので「ジュディス様と2人で行ってください」と返して、後は無視した。
しばらくして婚約は無事に解消され、お祝いにと私はお母様と一緒に劇を観に行った。
*****
「リディア・テアトル! 義妹のジュディスを放って自分だけ劇を楽しむとは何て冷酷非道な女だっ!」
「ひどいわリディア様っ。私は毎日病気で苦しくてオリオン座の劇を観ることだけが楽しみなのに、私を置いて1人で劇を楽しむなんてっ。ああっ、こうして喋っているのも辛いわ。げほっごほっ」
「ああ、かわいそうなジュディ。ジュディは劇を楽しみにしていたのに、おまえが意地悪をしたせいでジュディは落ち込んで病が悪化したんだ!! 今すぐジュディに謝りチケットを用意しろ!!」
「ごきげんよう、キュビット伯爵令息様。何が言いたいのかさっぱりわかりませんけれど、キュビット家との婚約はあなたの有責で解消されていますわ。そんなに劇が観たいのならば他人の私にごねていないで、自分たちでチケットを手配してくださいな」
劇が終わってお母様よりも一足先に外に出ると、もはや存在を忘れていたロミアスとジュディスが寄って来てわめき散らす。そのしぶとくまとわりつく蚊のようなうっとうしさに思わず冷たい声が出る。ついでに、この間のもやもやを晴らすべく「自分たちでチケットを買いなさい」と言ってやると2人はぐっと言葉に詰まった。
ええ、何その不満そうな顔。そちらのいつも失礼すぎる態度が原因で婚約を解消したのに、良くのこのこ現れた上にそんなこと図々しいこと言えるわね。もしかして、今日は本当に熱でも出ていていつも以上におかしいな振る舞いをしているのかしら?
それとも、キュビット家はこうやってわけのわからないことを言って相手を脅すのが当たり前なのかしら? こんな嘘だって丸わかりな上にこちらをわざと怒らせようとしているえらそうな態度じゃ誰も言うことを聞いてくれないと思うけれど。何にしてもこんな面倒な人たちと婚約を解消できて良かったわあ。
「リディア様、口に出ています」
ジルにささやかれてはっと我に返る。いけない、また心の声が出てしまったわ。
キュビット家の2人は顔を真っ赤にしてぶるぶる震えている。あんなにべったり引っ付いているのも寒いのかしらね。変な風邪をうつされないうちに帰ろう。
「では、お母様が待っていますので、先に失礼しますわね。先ほども言いましたけれど婚約は解消されていますので、もう話しかけてこないでくださいね」
「待てっ、病に苦しむジュディがやっとここまでやって来たというのに無視するとはっ。貴様には情というものがないのかっ」
「そうよそうよっ、婚約を解消しただけで他人呼ばわりなんてひどいわっ!! それに、病気の私を放って自分だけ贅沢をしているなんて恥ずかしくないの!?」
つい嫌味を言ったのが悪かったのか、2人は私の前に立ちふさがってまたぎゃあぎゃあ騒ぎ出す。
集まって来た人たちの同情と好奇の視線が痛いわ……。強引に押しのけて帰ろうかと思っているとふいに不快な声を吹き飛ばすような涼やかな声が響いた。
「ごきげんよう、テアトル嬢。お迎えにあがりました」
「まあ、アーサー様。ありがとうございます」
振り返るとにこにこ顔のお母様と支配人の女性、優しい笑顔を浮かべたアーサーが立っていた。スターの登場に周りのファンたちから一斉に歓声が上がる。さっきまで騒いでいたジュディスもうっとりした顔でアーサーを見つめる。
皆の視線を集めたアーサーは心を撫でるような柔らかい声で告げる。
「皆様、本日は当オリオン座に足を運んでいただきまして心より感謝申し上げます。皆様の笑顔と応援が私たちの何よりの喜びです。またお会いできることを楽しみにしております」
すっと騎士の礼をとると皆が歓声を上げる。すごいわ、アーサー。一言で空気を変えたわ。
アーサーに目でお礼を言うと彼はにこりと笑って私に手を差し出す。その手をとると優しくエスコートしてくれる。
わああ、私アーサーと歩いているわ!? ひゃあああああっ、近いっ、かっこいいっ、空気が甘くてふわふわしているわ~~~。
「ふふふっ、大丈夫ですよ。私が支えますので、どうか安心してご自分のペースで歩いてください」
アーサーのいつも以上に優しい声に心が幸せでとろけていく。そのままどこまでも歩いて行こうとすると、ふいにガラスが割れるような不愉快な声が上がる。
「待てっ、リディア。いつも劇場に来ているとはおかしいと思っていたが、その男と浮気をしていたんだなっ!! それを知られないためにいきなり婚約を解消したのだろう!! もはや許せんっ、慰謝料を払ってもらおう!!」
「そちらこそ勝手な妄想に私を巻きこむのもいい加減にしてください。これ以上私とアーサー様を侮辱するなら、これまで集めたあなたの悪行の証拠と証言を使ってキュビット家を訴えますわよ」
アーサーに言いがかりをつけられてぷつんと何かが切れる。自分でも驚くほど冷たい声でロミアスをにらみつけるとさすがに少しはわかったのか青い顔をする。それでも、まだ何かひねり出そうと口をもごもごさせる彼にアーサーが口を開いた。
「ふむ、私が敬愛するご令嬢が私のせいでありもしない侮辱を受けたとは。不肖アーサー、騎士として生涯の恥です。いかがでしょう、そこの方。ここはお互いにはっきりと決着をつけるために、一つ決闘といきませんか」
「決闘だと?」
「ええ、当劇場で使っている模擬剣を使ってお互いの名誉をかけて戦いましょう。私が勝てばあなたはリディア・テアトル様に今までの非礼を謝り、二度とこのようなことがないように誓う。あなたが勝てば……」
「永遠に使えるプレミアムチケットが欲しいわっ!! それと、アーサー様と好きな時に会う権利も!! お義兄様お願いっ、私のためにがんばって!!」
ジュディスの非常識極まりない言葉に周りの人々から非難の声と視線が集まる。が、ロミアスはとろけそうな笑みを浮かべてうなずいた。
私はとっさにアーサーを見上げるも彼は安心させるように微笑んでうなずくと支配人の女性に顔を向けた。と、彼女が進み出て穏やかな声で告げる。
「承知しました。当劇場の支配人の私が今の誓いの保証人になりましょう」
彼女の声に同意するようにお母様を含めて複数人が名乗って保証人になる。
「これだけの貴族たちが見守っているのだ。そこの男、今の約束を忘れて無様に逃げるなよっ」
「そちらこそ、この約束だけはお忘れなきように。……どうかお任せください、リディア様。大丈夫、こう見えて私はけっこう強いのですよ」
「私のためにありがとう、アーサー様。どうかご武運を」
アーサーはいきがるロミアスの嫌味を涼しい笑みで受け流して不安がる私に微笑む。まるで勇敢な騎士のように勝利を誓う彼に、私はロゼッタのように精いっぱいの励ましをこめて声をかけた。
アーサーは私の言葉にとびきりの笑みを見せてくれた。その頼もしい姿に私はこんな時でも胸がきゅんとした。
*****
決闘は小ホールの舞台で行われることになった。関係者の私とお母様を始め、たくさんの見物人たちが集まって摸擬剣を構えたアーサー様とロミアスを見守る。
「始め!」
支配人の女性の合図と同時にロミアスが飛び出した。素早い動きでアーサーを追い詰めていくが、隙をついたアーサーが力強い一撃をあびせて押し戻す。その後も、がむしゃらに攻め続けるロミアスをアーサーは冷静に受け流し手痛い一撃を浴びせる。
その余裕すら感じる洗練された美しい動きに、アーサーが怪我をするのではないかという恐怖を忘れてまるで劇を観ているように惹きこまれる。他の人たちも同じ気持ちなのかアーサーが優勢になると歓声が上がる。
そのうち攻めていたロミアスが焦りの表情を浮かべて動きが鈍ると一転してアーサーが攻めていく。そして、重たい一撃を受けたロミアスが床に尻もちをつくとアーサーは剣を突きつけた。
「ま、参った……」
「わかりました」
アーサーがうなずいて剣を引くと座り込んだロミアスが剣を握りしめた。
気づいた私が「アーサー、危ないっ」と悲鳴を上げると、ロミアスが何事か吠えながら立ち上がって背を向けたアーサーに剣を振りかぶった。と、機敏な動きで振り返ったアーサーはなんなく剣をかわして無防備なロミアスの胴体を薙ぎ払った。
放り投げられたクッションのように宙を飛んだロミアスは、情けない悲鳴を上げながら舞台の床に背中から落ち、そのまま大の字になったまま動かなくなった。
まるで劇を盛り上げる下っ端悪役のような負け方にあぜんとしていると、見守っていた支配人が軽やかに近づいて無事を確認したのかうなずく。
「勝者、騎士アーサー。お立会いの皆様、どうか敬愛する令嬢の名誉のために戦い勝利した勇敢な若者に盛大な拍手を!」
舞台上に立ったアーサーがにこりと笑って優雅に一礼するとどっと歓声と拍手が沸き上がる。
アーサーが舞台から降りると見守っていた人々が彼を囲んで口々に褒めたたえ、帰って行く。そして、誰もいなくなると私はアーサーに駆け寄った。
「アーサー、すごくかっこよかったわ! あなたはまさしく国一番の強くて気高い騎士様だわ!! あ、そうじゃなくて私のために戦ってくれてありがとう。すごくうれしいわ」
「私こそ応援してくれてありがとう。リディアの声が励みになったよ」
「そ、そんなにうるさかったかしら……」
恥ずかしくなってうつむくとアーサーはすっとひざまずいた。そして、私の手を握りしめて甘くささやく。
「リディア・テアトル嬢。どうか私にこれからもあなたを愛し、共にいることを許してくださいませんか」
突然の愛の告白(?)にうろたえるも、これは劇のアーサーが恋人ロゼッタとの婚約をかけて、彼女の父親が用意した決闘相手に勝った後にプロポーズしたセリフだと思い出す。
アーサーは優しいからきっと私がロミアスとのごたごたに巻きこんでしまったことを気にしないように、喜劇として終わらせようとしているのかも。
それに、夢のような劇場にいる今だけは私も1人の恋する女の子として好きな人に想いを伝えたい。
「ええっ、もちろんです! 今もこれからもずっと愛しているわ、私の勇ましい騎士アーサー」
重くならないようにロゼッタっぽく返すも、恥ずかしさと言い切った満足感で顔が赤くなる。うう、リディア・テアトル、演技とはいえ一生分の愛情をこめた告白だわっ!
アーサーにも伝わったのか彼も微笑んでいる。何となく頬が赤いのは私の期待しすぎかしら。
そのまま言葉もなく見つめ合っていると、お母様と支配人の方が声をかけて来る。
「あらまあ、初々しいこと。やっぱり若い子たちは新鮮な味わいがあっていいわね~」
「ふふふ、そうね。もっとも、あなたの旦那様にはまた『レクエス伯爵家親子に奥様だけでなくお嬢様までとられた』と言われそうだけれど」
「あら、大丈夫よ。アーサー様はかわいい娘を悪い貴族から救ってくれた騎士様ですもの。心から感謝するわ」
「え、レクエス伯爵家? あの商会を展開している?」
アーサーを見上げると困ったようにふわりと笑う。
「うん、黙っていてごめん。僕はアーサー・レクエス。以前は騎士職を拝命していたのだけれど、母に頼まれて演者に剣の指導をしているうちに演劇が楽しくなってね。今はこちらの方に力を入れているんだ」
「ええ、本物の騎士様だったの!?」
「そうよ。アーサー様は今や実力派の演者として人気だし、こちらのレクエス夫人も私が娘時代から舞台に立っているトップスターで大親友なのよ。チケットも毎回彼女が用意してくれているのよ」
「ふふふ、あなたは私を支えてくれる大切なファンだもの。いつでも大歓迎よ。まあ、そのせいでテアトル伯爵にやきもちを焼かれて、堂々と会えなくなってしまったのは困ったけれど」
立て続けの爆弾発言に頭が真っ白になる。いや、支配人様もアーサーも気品があるから貴族だろうとは思っていたけれどまさかそんな偉い人だったなんて。
でも、お母様のおかげで素晴らしい人たちとオリオン座に会えて本当に良かった。お父様ったらお母様が楽しんでいるのにやきもち焼いて劇を禁止するなて大人げなさすぎるわ。
「ふふふ、まあね。でも、こっそり観に来ていたし、旦那様もリディとアーサー様の幸せな姿を見たらきっとこう言ってくれるわ。『嗚呼、真実の愛に祝福あれ!』ってね」
「ええ、僕もテアトル伯爵が心からそう言ってくれるようにどんな試練でも乗り越えます」
え、さっきのプロポーズは本気だったの? アーサーを見つめるとうなずかれて、私の心はいつかアーサーがくれたきれいなユリの花が咲き誇って幸せいっぱいになった。
ころころ笑うお母様につられて皆が笑いだす。私もアーサーといつまでも笑いあって幸せを分かち合った。
*****
お母様の言う通り、お父様は私とアーサーの婚約をあっさり認めてくれ「嗚呼、真実の愛に祝福あれ!」とやけくそ気味に祝ってくれた。その後も、アーサーと会えるようにまめに気にかけてくれてお父様には感謝しかない。
一方、キュビット家の2人はお父様がぎっちぎちに締め上げ、お母様と劇場でのやりとりを見ていた人たちがあの日の無様な負け方を劇の余興(?)として面白おかしく語ったことで、ショックで家に引きこもっているらしい。
ちなみに、あの気の毒な使者は家で雇った。今ではアーサー付きの使用人になって細やかに気配りしてくれて本当に助かる。
今日も私は最愛の騎士様と過ごせて幸せです。




