プロローグ
猛吹雪のロンドン駅で、プラットフォーム内の椅子に一人の少年が眠たそうに座っていた。もう少しで、小一時間も待ちわびていた電車が来るころだろう。今日は大嫌いなじいさんの見舞いに行く日だった。
なんでも、また登山途中で足を滑らせて怪我をしたのだそうだ。これで三回目だ。大きな怪我こそしないものの。じいさんは、八宝石を探しに世界各地の山々を登山しては怪我をしていた。
そんなじいさんは、顔を合わせればいつも冒険はいいぞとしか言わなった。今年で80歳にもなるというのに、懲りずに未だ登山をしている。筋肉隆々で、偏屈で、そして、頑固で。そんなじいさんが、元々身体の弱い少年にとっては、どこか羨ましく。大のつくほど嫌いな存在になっていた。
「その……隣? いいかい?」
その少年の隣の席へ、一人の男がやってきた。その男は、頑丈な登山靴を履き、大きなリュックを下げていて、立派な居丈高でキラキラとした少年と同じような瞳の持ち主だった。
「あ、いいですよ。どうぞ」
「ありがとうー。いやー、助かった。この大きなリュックが重いのなんのって。いっつも旅先に行く道中では困り果てているんだよ」
「はあ……」
「でも、長年使っていたリュックだ。このリュックに助けられたことは数え切れない程あるんだよね」
「はあ……」
「少年よ。旅や冒険はいいぞー。未知なことや、前人未踏なところ、例え危険なところでも、全部自分の足で体験しに行くことができるんだからね。人生で一度はしたほうがいいぞー」
「はあ……」
「君。おじさんの年齢は幾つか当ててみるかい?」
「え? おじさんの歳? 30歳くらいかな?」
眠気がどこかに吹っ飛んでいた少年は、いつしかその大きなリュックを背負ったおじさんに興味を持ち始めていた。
「いや、はははははは。実は今年で65になったばかりさ」
少年はびっくり仰天した。
…………
それから、55年後。
遥か昔、少年だったその男。ジェームズ・ルコルベックは、ルコルベック家という名門貴族出身という身でありながら、御年72歳という高齢にも関わらず。数々の山々を踏破し、標高8750メートルのエベレスト初登頂も果たしたのだった。




