第5話 封じられた記憶
修行の第一段階を終えた茜は、クロウの導きによって山を降り、庵の奥にある神社へと足を運んだ。
そこには、古びた絵巻が納められていた。
「この絵巻に触れ、お前の目で過去の真実を見ろ」
クロウの言葉に従い、茜は震える指で絵巻に触れた。
次の瞬間——茜の意識は、遠い過去へと引き込まれた。
目を開けると、そこは神話の時代——。
そして、目の前には黄金の瞳を持つ八咫烏がいた。
「巫女よ、お前に試練を与えよう」
八咫烏は茜を鋭く見つめ、静かに語りかけた。
「この試練は、お前の過去と対峙するものだ。お前が忘れ去った記憶、お前の血に宿る因縁。そのすべてと向き合う覚悟があるか?」
茜は唾を飲み込みながらも、しっかりと頷いた。
「……私は知りたい。自分の力の本質を、そして、なぜ私が選ばれたのかを」
八咫烏は満足そうに羽を広げ、黒い炎を纏わせる。その炎が空中に揺らめき、やがて形を成す。それは、かつての巫女と八咫烏の姿。
「この幻影を通じて、お前は過去の巫女の記憶を追体験する。そして、彼女が背負ったものを知るのだ」
茜の目の前で、炎の中に情景が浮かび上がった。
ある巫女が、八咫烏とともに闇と戦う姿
映し出されたのは、激しい戦場だった。夜の帳が降りた山奥、無数の黒き影が這い出し、巫女を取り囲む。彼女の名は「紫乃」。八咫烏と契約を交わした巫女の一人であり、災厄を鎮める宿命を背負っていた。
紫乃は大地に祝詞を唱え、その足元から浄化の炎が広がる。しかし、影は次々と形を変え、彼女の術をすり抜ける。八咫烏は鋭く鳴き、彼女の肩に舞い降りた。
「紫乃よ、迷うな。お前の力は、ただ祈るだけではない——戦え」
紫乃は息を整え、霊力を込めた刃を抜いた。闇の使徒と対峙し、渾身の一撃を振り下ろす。茜はその感覚を、まるで自分自身が剣を握っているかのように感じた。
しかし、紫乃の戦いは決して容易ではなかった。闇の勢力は強大であり、彼女が倒しても次々と現れる。戦いの果てに、紫乃はある選択を迫られる——己の命を賭して封印を完成させるか、あるいは撤退し、力を蓄えるか。
——彼女が背負った使命と、封じられた記憶——
戦いの最中、紫乃の脳裏に過去の記憶が蘇る。彼女は生まれたときから巫女としての役割を課されていた。幼少の頃から修行に明け暮れ、感情を押し殺し、ただ災厄を鎮める存在として育てられた。
「お前の命は、ただ人々を守るためにある」
それが紫乃に与えられた宿命だった。だが、彼女は本当にそれだけでよかったのか?幼い頃に出会った少年との淡い記憶が蘇る。彼と過ごしたわずかな時間だけが、彼女にとって「人」として生きた証だった。
しかし、その少年も、村も、彼女が力をつける前に闇に飲まれた。
「巫女は決して涙を流してはならぬ」
その言葉を胸に、紫乃はただ使命を全うするために剣を握り続けた。だが、心のどこかで自問する——これは本当に、自分が望んだ生なのか、と。
そして、その先に待つ哀しき運命
戦いの果てに、紫乃は封印の儀式を決意する。自身の命を代償に、闇の王を封じ込める禁術を行使するのだ。
「紫乃……」
八咫烏が低く鳴いた。それが、最後の別れの合図だった。
彼女の身体が徐々に光に包まれ、霊力の波動が辺りを震わせる。闇の王は咆哮しながら、その場に封じられていく。紫乃の瞳から、最後に一筋の涙が零れ落ちた。
「私は……本当に……これでよかったの……?」
その問いの答えを得ることなく、紫乃は消えた。
茜は目を見開いた。
全身が震え、涙が頬を伝う。紫乃の記憶が、あまりにも鮮明に自分の心に刻まれていた。
「……こんな、哀しい運命を……」
八咫烏は静かに羽を広げた。
「茜、お前はどうする?紫乃と同じ道を歩むか?」
茜は震える拳を握りしめ、静かに答えた。
「私は——私は、絶対に繰り返さない。紫乃のように、大切なものを犠牲にしない道を……私は探す!」
八咫烏の黄金の瞳が細められる。
「……ならば、お前の試練は続く」
茜の覚悟は、ここから試されるのだった。
過酷な修行が、今始まる。。