第11話 日常と試練
教室に差し込む朝の陽光が、机の上に淡い影を落としていた。茜は窓際の席でぼんやりと黒板を眺めながら、昨日の訓練の疲労を噛みしめていた。
「茜ちゃん、昨日ちゃんと寝た?」
隣の席から声をかけてきたのは、同級生の結菜だった。彼女は茜の肩を軽く叩きながら、心配そうに覗き込んでくる。
「うん、大丈夫。ちょっと夜更かししちゃってね。」
適当にごまかしながら、茜はノートを開いた。昨日の訓練は特に厳しく、クロウが出現させた影なるものの幻影との戦闘は熾烈を極めた。その疲労がまだ体の奥に残っている。
授業が始まり、教師が黒板に数式を書き始めた。教室にはチョークの音と紙をめくる音だけが響き、日常の空気が流れていた。
しかし、茜はふと視線を窓の外へ向けた。
「……また、戦うんだよね。」
影なるものとの戦い。クロウの試練。そして、紫乃としての宿命。
全てが現実であり、決して逃げることはできない。
放課後、茜は御影の待つ神社へと向かった。
鳥居をくぐると、境内は静寂に包まれていた。神社の奥に進むと、すでに御影が待っており、彼の横にはクロウの姿があった。
「来たな。」
クロウが微かに笑い、軽く指を鳴らす。その瞬間、空間が歪み、無数の影なるものの幻影が姿を現した。
「今日も気を引き締めろよ。昨日よりも少しばかり手強いぞ。」
クロウの言葉が終わると同時に、影なるものの幻影たちが動き出した。茜はすぐに霊力を纏い、集中を高めた。
隊長格の幻影が茜に向かって突進してくる。茜は瞬時に霊力を弾丸のように打ち出した。しかし、相手は俊敏に身を翻し、攻撃を避けて距離を詰めてくる。
「ちっ……!」
クロウが腕を組みながらアドバイスを送る。
「霊力を単なる弾として使うな。狙いを定めて撃て。予測して、確実に当てることを意識しろ。」
茜は深く息を吸い、再び霊力を溜める。今度は幻影の動きを見極め、軌道を予測して撃ち出した。
霊弾が空を裂き、隊長格の肩をかすめる。だが、それでも倒れない。
「次はこれだ。」
クロウが手を振ると、幻影の爪が鋭く光る。茜は反射的に霊力を刃へと変化させ、相手の攻撃を受け止めた。
しかし——衝撃が予想以上に強く、茜の霊力の大太刀は弾かれた。
「くっ……!」
クロウはさらに助言を投げかける。
「大太刀の形状を保つだけではダメだ。もっと霊力を鋭く集中させろ。」
茜は唇を噛みしめ、霊力を研ぎ澄ませた。刃の形状がさらに洗練され、まるで実体を持つかのような鋭さを帯びる。
「——やるしかない!」
茜は一気に踏み込み、大太刀を振り下ろした。
隊長格の幻影は避ける間もなく、その一撃を受け、霧のように消えていく。
一方、御影もまた、クロウの試練に挑んでいた。
「もっと広範囲に、確実に影なるものを殲滅しろ。」
クロウの言葉に応じ、御影は術を行使する。降り注ぐ霊力の雨が無数の影なるものを焼き尽くす。
だが、クロウはさらに幻影の動きを早める。
「遅い。これでは本物の戦場では生き残れないぞ。」
幻影が御影の霊力の雨を掻い潜り、次々と接近してくる。
「もっと速く……!」
御影は全神経を集中させ、霊力をさらに加速させた。
ついに、彼の術が圧倒的な速さで降り注ぎ、全ての幻影を殲滅した。
茜と御影は肩で息をしながら、クロウを見つめた。
「今日のところは、まぁ悪くない。」
クロウは薄く笑いながら告げる。
「……悪くない、か。」
茜と御影は顔を見合わせながら、肩をすくめた。
訓練を繰り返す日々の中で、二人は確実に強くなっていた。しかし、学校では——
翌日、いつものように登校すると、茜は突然、クラスメイトたちに囲まれた。
「ねぇねぇ、茜ちゃん、昨日さ、御影先輩と一緒に神社にいたでしょ?」
「えっ?」
「もしかして、茜ちゃんって御影先輩と付き合ってるんじゃない?」
茜は一瞬、言葉を失った。どうやら、誰かが彼女が御影の神社へ通う姿を目撃し、噂が広まってしまったらしい。
「え、いや、そういうんじゃ……」
曖昧にごまかそうとするが、周囲の女子たちは納得しない。
「そんなはっきりしない返事、余計怪しいんだけど!」
「え、マジで!? やっぱり付き合ってるの!?」
茜は思わずため息をつき、額に手を当てた。
(……面倒くさいことになったな。)
こうして、茜と御影の間に思わぬ噂が広がり始めるのだった——。