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第10話 歪められた時間

 破壊された校舎の残骸が、夕焼けに染まる空の下で静かに佇んでいた。瓦礫の間からはまだ燻る煙が立ち昇り、焦げた教室の匂いが鼻を刺す。茜は拳を握りしめながら、崩れた校舎を見上げた。

 「……こんなことになるなんて」

 御影もまた、言葉を失っていた。あの激戦の余韻がまだ残る中、突如として現れた影なるものによって、日常は一瞬にして崩壊した。

 「嘆くのはまだ早いぞ。」

 ふいに、静かな声が響いた。振り返ると、クロウが瓦礫の上に悠然と佇んでいた。彼の漆黒の翼はすでに人の姿へと変わり、冷静な瞳で二人を見つめている。

 「時間を巻き戻す。それがお前たちに与えられた機会だ。」

 「時間を……巻き戻す?」

 驚愕する茜と御影に対し、クロウはゆっくりと頷く。

 「俺の力で、影なるものが襲撃する直前まで戻すことができる。ただし……俺の力は始祖たる八咫烏のそれには及ばぬ。完全なる改変ではなく、あくまで『機会の再生』にすぎない。」

 クロウの言葉に、茜は息を飲んだ。

 「そんなことが……本当に……?」

 クロウは無言のまま、手をかざした。すると、空間が波打ち、校舎の崩壊した光景が次第に薄れていく。視界が歪み、光が収束する。

 ——次の瞬間、茜と御影は、元の世界に戻っていた。

 瓦礫はなく、学校は普段通りの姿をしていた。周囲の生徒たちも、まるで何事もなかったかのように笑いながら歩いている。あの戦いの爪痕はどこにも見当たらない。

 「……本当に戻った……?」

 御影が呆然と呟く。茜は心臓の鼓動を感じながら、周囲を見渡した。確かに、ここは影なるものが襲撃する直前の時間だ。しかし、自分と御影の二人だけは、記憶を失うことなくそのままだった。

 「お前たちに与えられたのは、『ただの巻き戻し』ではない。知識を持ったまま、影なるものの襲撃を防ぐ機会だ。」

 クロウの声が、どこからともなく響いた。気配はなくとも、彼が近くで見守っていることは明白だった。

 茜は深く息を吸い込み、御影と視線を交わした。

 「……もう一度やるしかない。」

 御影は静かに頷く。

 ——放課後、茜は御影の神社へと足を運んだ。

 鳥居をくぐると、冷えた風が頬を撫でる。静寂に包まれた境内の中で、彼女は誰かの気配を感じた。やがて、闇の中からクロウが舞い降りる。

 「待っていたぞ。」

 クロウは羽ばたきながら、人の姿へと変化する。

 「お前に話すべきことがある。」

 茜は息を整え、彼の言葉を待った。

 「御影の家系は、代々影なるものと対峙する運命を背負ってきた。彼の家は、結界を張り続け、影の侵入を阻む役割を担っていたのだ。」

 御影の家が戦いに身を投じていたことを聞き、茜は驚きを隠せなかった。しかし、それ以上に、クロウが次に語った言葉が彼女の心を大きく揺さぶった。

 「そして、お前の家系——茜、お前の血には、巫女の力が宿っている。」

 「……巫女の力?」

 クロウは静かに頷く。

 「かつて、この地を守るために戦った巫女がいた。その名は紫乃。そして、お前は——その魂の転生した存在だ。」

 茜の脳裏に、過去の幻影が蘇る。

 封印の儀式の最期に散った紫乃の記憶が、彼女の中で鮮やかに蘇る。

 「お前は彼女の意志を継ぎ、この時代に生まれた。宿命を果たすために。」

 茜は拳を握りしめ、ゆっくりと目を閉じた。

 運命は、避けられない。

 ——だが、それでも。彼女は紫乃のようにすべてを犠牲にする道を選ぶつもりはなかった。

 「……なら、私は決めたよ。」

 茜はクロウを見据え、力強く言い放った。

 「私は、紫乃のようにはならない。誰も犠牲にしないで、この運命を終わらせる!」

 クロウの口元に、わずかな笑みが浮かぶ。

 「ならば、試練は続く。覚悟しておけ。」

 こうして、茜と御影の戦闘訓練が始まった。

 クロウは茜に隊長格の影なるものの幻影を出現させた。実際に戦った隊長格よりもわずかに強く設定されており、茜は苦戦を強いられる。クロウは茜に対し、霊力を弾丸のように打ち出すよう助言し、激しく動きながら攻撃を仕掛ける幻影を的確に射撃する訓練を課した。

 さらに、霊力を刃へと変化させる茜に、クロウは「大太刀の形状まで伸ばせ」と指示する。茜は試行錯誤の末、巨大な霊力の刃を形成し、ついに隊長格の幻影を切り伏せた。

 一方、御影には無限に湧き出る影なるものの幻影を対象に、霊力を降り注ぐように飽和攻撃する術の鍛錬が課される。クロウの助言を受け、彼の朮はより広範囲に、確実に影なるものを殲滅する力を増していく。

 最終的にクロウが猛攻を加え、二人は霊力を使い果たし崩れ落ちた。しかし、クロウは満足げに二人を見下ろし、静かに呟いた。

 「悪くない。」

倒れ込んだままの姿勢で、茜と御影は顔を上げた。

 「悪くない!?」

 二人そろって驚愕の声を上げる。

 クロウはくつくつと笑いながら、静かに夜の闇へと溶け込んでいった——。


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