第一章 出会い
ある8月の夜、少女はふと気づくと、月夜の世界に迷い込んでいました。そこは、こだまがやさしく響く静かな洞窟のような場所。
空気は冷たく澄んでいて、ほの暗く淡い青色の世界に包まれています。
ただひとつ、小さな隙間の向こうに、賑やかでまぶしい太陽の世界が、遠く小さく映っていました。
少女はこの月夜の世界でどうやって生きていけばよいのかを探していました。
静かに耳を澄まし、こだまする音に心を馳せ、ひとり生き抜く術を考える日々が続いていました。
そんなある日、月灯りの陰に太陽の世界からきた少年が現れます。
彼は、太陽の世界で夜になると遠く輝く美しい光 ──
月の光の正体を知りたくて、長い旅の末にたどり着いたのです。
ふたりはそれぞれの世界のことを語り合い、新鮮な驚きと発見を通じて、互いの世界に心を寄せていきます。
ー 違うからこそ、美しい。
そんな真実に、ふたりは自然と気づいていきました。
光を交わすように、ふたりの心は少しずつ近づきます。
やがて月の雫のように ── 静かに、けれど確かに
ふたりの心が、世界に新たな光を灯し始めるのです。
少女は、月夜の世界に来てからどれくらいの時間が過ぎているのかはわかりませんでした。
時の流れも、太陽のようにまっすぐな光も、ここではとても曖昧だったからです。
ただ、静けさだけはいつも変わらずそこにありました。
水面に雫が落ちる音、風が洞窟の隙間をすり抜ける音、少女の鼓動。
それらはすべて、月夜の世界が語りかけてくれる言葉のように彼女の心に刻まれました。
そんなある日、少女は、ふと背後にいつもは感じることのない気配を感じます。
「……誰?」
月灯りの影から現れたのは、あたたかな光をまとった少年でした。
彼のまわりには、まるで小さな太陽のかけらが舞っているように見えます。
「やっと見つけた。君の声、ずっと聴こえてたんだ」
少年の声は、太陽のように明るくて、でも優しいぬくもりに包まれていました。
少女は戸惑いながらも、なぜか涙がこぼれそうになるのをこらえました。
「どうしてここに?」
「知りたくて。夜の空で光っている世界が、ずっと気になってたんだ」
ふたりは、そこからゆっくりと話し始めました。
月夜の世界のこと、太陽の世界のこと。
ふたりの言葉は、まるで違う色をした糸のように紡いでいきました。
そして、少女は思いました。
── いつも過ごしている世界なのに別の世界にいるみたい。
太陽の世界の少年と出会い、言葉を交わし、
「違っているからこその美しさ」に気づいたときに
月夜の世界でひとりぽつんと佇んでいた彼女の心に小さな光が灯り始めたのです。
それは ── 月の雫がそっと胸に一滴落ちたような、そんな静かであたたかな世界の始まりでした。