第十四夜「星影の愛語り」
焚火は静かに燃え続け、四人の影を木々に映し出していた。松の枝がわずかに揺れ、シェイクスピアが去った後、夜はより深く静かになったようだった。星々は一層鮮やかに瞬き、彼らの対話を見守っていた。
「愛について」イエスは再び言った。その声は、炎のはぜる音よりも柔らかく、それでいて確かな存在感を持っていた。「それは私が生涯をかけて伝えようとしたもの」
「愛とは、何だと思う?」ソクラテスは問いかけた。いつもの彼の流儀で、対話は問いから始まる。彼は焚火の光に照らされた顔で、真剣な眼差しを向けていた。
イエスは静かに微笑んだ。彼の瞳に火の光が映り込んでいた。「愛とは与えること。自分を超えた何かのために、自らを捧げること」
「しかし、それは苦しみを伴う」ガリレオは言った。彼の目は、焚火の奥に何かを見ているようだった。「愛する者を失う痛みは、愛しさの大きさと同じだけ深い」
老子は杖で地面に優しく線を引いた。「愛は川のようなもの。流れ、時に溢れ、時に干上がるように見える。だが、その本質は変わらぬ」
「あなたは”捧げる”と言いました」ソクラテスはイエスに向き直った。「しかし、多くの人は”得る”ために愛します。欲望と愛は、どう違うのでしょう?」
イエスはしばらく考えてから答えた。「欲望は満たされると消える。真の愛は、与えることで満たされる。それは決して尽きることのない泉のようなもの」近くで梟が鳴いた。
「星を見上げるとき、私は愛を感じる」ガリレオは空を見上げた。彼の瞳は星空を映していた。「理解したいという願い、知りたいという渇き。それも愛の形かもしれない」
「知への愛、真理への愛」ソクラテスはうなずいた。「それもまた、自分を超えたものへの憧れだ」
老子は静かに笑った。「西洋の人々は、常に『何か』を求める。東洋では、時に『無』を愛する。在ることと、無いことの間に」
「無を愛するとは?」ガリレオは眉を寄せた。
「空の器を愛するようなもの」老子は言った。「その『空』があるからこそ、水を受け入れることができる。愛もまた、自らを空にすることから始まる」
イエスはうなずいた。「自らを空にして、他者で満たす。それが私の教えの核心でもあります」
「だが、そのような愛は、時に足元をすくわれる」ガリレオは言った。彼は焚火に小枝を投げ入れた。「他者のために自らを捧げれば、裏切られることもある」
ソクラテスはガリレオの言葉に深く頷いた。「確かに。だからこそ、愛は賢明であるべきだ。無知な愛は、ただの盲目」
「裏切られることを恐れる愛は、まだ愛ではない」イエスは静かに言った。「完全な愛は恐れを知らない」
焚火がパチンと音を立て、火の粉が夜空へと舞い上がった。それはほんの一瞬、星々に合流するかのようだった。
「愛と知は、互いを必要としている」ソクラテスは言った。「愛なき知識は冷たく、知性なき愛は盲目だ」
老子は杖で円を描いた。「すべては循環する。愛から知へ、知から愛へ。陰と陽のように」
「私が望遠鏡を作ったのも、星々への愛ゆえだった」ガリレオは言った。その声には、懐かしさが混じっていた。「もっと近くで、もっと深く知りたかった」
「そして、あなたはその愛のために苦しんだ」イエスはガリレオを見つめた。「真理への愛は、時に世界との対立を生む」
ガリレオはうなずいた。「だが、それでも私は選び直すだろう。星を見つめることを」
「愛するとは、選び続けること」イエスは言った。「新たな朝ごとに、再び愛を選ぶこと」
ソクラテスは火を見つめ、深く考え込んだ。「では、最も深い愛とは何か?人への愛か、真理への愛か、それとも…」
「それらはすべて、同じ川の支流」老子は言った。「源は同じ」
「愛は分けられない」イエスは同意した。「すべての愛の源は一つ。それは宇宙の根源にあるもの」
「だからこそ、星を見上げるとき、私たちは故郷を感じる」ガリレオは空を指さした。「我々はすべて、同じ火から生まれた子供たちだ」
「愛はそのように我々をつなぐ」ソクラテスは言った。「そして問いもまた、魂と魂を結ぶ」
焚火は静かに燃え続け、四人の影は木々に揺れていた。老子は杖を置き、イエスは白い衣の袖を正した。ガリレオは望遠鏡に手を伸ばし、ソクラテスは夜空を見上げた。
「この問いに答えはあるのだろうか」ソクラテスはつぶやいた。「愛とは何か、という問いに」
イエスは微笑んだ。「答えは、問い続けることの中にある」
「そして、愛し続けることの中に」老子は付け加えた。
ガリレオはうなずいた。「ならば、我々は正しい道を歩んでいる」
焚火の光は彼らの顔を照らし、その光は互いの目に映り込んでいた。星々は静かに見守り、風はそっと彼らの言葉を運んでいった。
夜は深まり、対話は続いていた。愛について、そして永遠について。