表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
火に問う  作者:
13/17

第十三夜「天下の黙示」

静寂が長く続いた後、焚火のはぜる音だけが聞こえていた。やがて、老子が静かに杖で地面を叩き、沈黙を破った。

「人々は光を追い求める」老子は言った。「だが、闇もまた、世界の半分」

ソクラテスは顔を上げた。「闇を知ることは、光を知ることと同じく大切なのですね」

「世界は陰と陽」老子はうなずいた。「分けられるようで、分けられぬもの。どちらかだけを選ぶことはできぬ」

ガリレオは眉を寄せた。「しかし科学は、闇を照らし出すために存在する。我々は真実の光を求めているのだ」

イエスはそっと微笑んだ。「照らすことと、受け入れることは、違います。闇を知らずして、光の価値はわかりません」

「あの男——ジャックは、闇に溺れていた」ガリレオは言った。「彼が示したのは、混沌だけだ」

「彼は、闇を理解していないのだ」老子は言った。「闇に溺れることも、闇から逃げることも、同じ誤り」

シェイクスピアは静かに聞いていたが、やがて口を開いた。「私の劇の中で、最も愛されるのは、光と闇の間を彷徨う者たち。ハムレット、マクベス、リア王…彼らは光を求めながらも、闇に足を踏み入れる。しかしそれこそが人間の姿だ」

「あなたの言う通り」イエスはシェイクスピアに向き合った。「人は完全な光でも闇でもない。その間を旅する存在」

「人は誰でも、内なる闇と向き合わねばならない」ソクラテスは言った。「そして時に、その闇に名前を付けることさえできない」

炎が揺れ、影が踊る。老子は杖で円を描いた。

「善も悪も、“揺れ動く水面”のようなもの」老子は言った。「岸辺から見れば、波は来ては去る。だが水そのものは、ただ在り続ける」

「しかし、行いには責任がある」ガリレオは言い返した。「あの男の残虐さを、流れゆく波と同じだというのか」

イエスは静かにうなずいた。「責任はある。しかし、裁きは私たちのものではない。理解しようとすることが、まず必要だ」

「理解するとは、許すということではない」ソクラテスは言った。「真理を見つめることだ」

「そう」イエスは言った。「そして、真理は時に痛みを伴う」

シェイクスピアは立ち上がった。「私の言葉は尽きようとしています」彼は言った。「この場で交わされる知恵を、何かの形に残したい。この夜の会話から、新たな劇が生まれるかもしれません」

老子は微笑んだ。「言葉を残す者と、沈黙を守る者。どちらも必要だ」

「あなたの言葉は、これからの時代に響き続けるでしょう」イエスはシェイクスピアに言った。「それが創造の力です」

シェイクスピアは一礼した。「私は去りますが、この焚火の光は私の心に残り続けるでしょう。哲学者、科学者、そして信仰の導き手たち——皆さんの対話は、私の魂の糧となりました」

彼はペンを耳に挟み、深くコートの襟を立てた。「さようなら、皆さん。この夜の星々の下で、真理の探求が続きますように」

シェイクスピアは、来た時と同じように、静かに夜の闇へと溶けていった。残されたのは、彼の言葉の余韻と、微かな足音だけ。

「言葉の魔術師は去ったか」ガリレオはつぶやいた。「だが、私たちの問いは続く」

老子とイエスは黙ってうなずいた。ソクラテスは焚火に小枝を投げ入れ、炎が高く燃え上がった。その光は、四人の顔を照らし、木々の間から見える星々にまで届くかのようだった。

「では、この先の夜に、何を語りましょうか」ソクラテスは尋ねた。「宇宙か、魂か、それとも…」

「愛について」イエスは静かに言った。「すべての始まりであり、終わりである愛について」

焚火はゆらめき、星は瞬いた。夜はまだ、長く続いていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ