第十三夜「天下の黙示」
静寂が長く続いた後、焚火のはぜる音だけが聞こえていた。やがて、老子が静かに杖で地面を叩き、沈黙を破った。
「人々は光を追い求める」老子は言った。「だが、闇もまた、世界の半分」
ソクラテスは顔を上げた。「闇を知ることは、光を知ることと同じく大切なのですね」
「世界は陰と陽」老子はうなずいた。「分けられるようで、分けられぬもの。どちらかだけを選ぶことはできぬ」
ガリレオは眉を寄せた。「しかし科学は、闇を照らし出すために存在する。我々は真実の光を求めているのだ」
イエスはそっと微笑んだ。「照らすことと、受け入れることは、違います。闇を知らずして、光の価値はわかりません」
「あの男——ジャックは、闇に溺れていた」ガリレオは言った。「彼が示したのは、混沌だけだ」
「彼は、闇を理解していないのだ」老子は言った。「闇に溺れることも、闇から逃げることも、同じ誤り」
シェイクスピアは静かに聞いていたが、やがて口を開いた。「私の劇の中で、最も愛されるのは、光と闇の間を彷徨う者たち。ハムレット、マクベス、リア王…彼らは光を求めながらも、闇に足を踏み入れる。しかしそれこそが人間の姿だ」
「あなたの言う通り」イエスはシェイクスピアに向き合った。「人は完全な光でも闇でもない。その間を旅する存在」
「人は誰でも、内なる闇と向き合わねばならない」ソクラテスは言った。「そして時に、その闇に名前を付けることさえできない」
炎が揺れ、影が踊る。老子は杖で円を描いた。
「善も悪も、“揺れ動く水面”のようなもの」老子は言った。「岸辺から見れば、波は来ては去る。だが水そのものは、ただ在り続ける」
「しかし、行いには責任がある」ガリレオは言い返した。「あの男の残虐さを、流れゆく波と同じだというのか」
イエスは静かにうなずいた。「責任はある。しかし、裁きは私たちのものではない。理解しようとすることが、まず必要だ」
「理解するとは、許すということではない」ソクラテスは言った。「真理を見つめることだ」
「そう」イエスは言った。「そして、真理は時に痛みを伴う」
シェイクスピアは立ち上がった。「私の言葉は尽きようとしています」彼は言った。「この場で交わされる知恵を、何かの形に残したい。この夜の会話から、新たな劇が生まれるかもしれません」
老子は微笑んだ。「言葉を残す者と、沈黙を守る者。どちらも必要だ」
「あなたの言葉は、これからの時代に響き続けるでしょう」イエスはシェイクスピアに言った。「それが創造の力です」
シェイクスピアは一礼した。「私は去りますが、この焚火の光は私の心に残り続けるでしょう。哲学者、科学者、そして信仰の導き手たち——皆さんの対話は、私の魂の糧となりました」
彼はペンを耳に挟み、深くコートの襟を立てた。「さようなら、皆さん。この夜の星々の下で、真理の探求が続きますように」
シェイクスピアは、来た時と同じように、静かに夜の闇へと溶けていった。残されたのは、彼の言葉の余韻と、微かな足音だけ。
「言葉の魔術師は去ったか」ガリレオはつぶやいた。「だが、私たちの問いは続く」
老子とイエスは黙ってうなずいた。ソクラテスは焚火に小枝を投げ入れ、炎が高く燃え上がった。その光は、四人の顔を照らし、木々の間から見える星々にまで届くかのようだった。
「では、この先の夜に、何を語りましょうか」ソクラテスは尋ねた。「宇宙か、魂か、それとも…」
「愛について」イエスは静かに言った。「すべての始まりであり、終わりである愛について」
焚火はゆらめき、星は瞬いた。夜はまだ、長く続いていた。