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火に問う  作者:
1/17

第一夜「魂とは何か」

深い闇に覆われた静寂の森。星々が天空を彩る夜に、一筋の光が揺らめいていた。その中心には小さな焚火があり、オレンジ色の炎が優しく夜の冷気を払っている。

焚火を挟んで二人の男が向かい合って座っていた。一方は端正な顔立ちとギリシャの衣をまとったソクラテス。もう一方は穏やかな表情を湛え、シンプルな袈裟をまとった仏陀である。二人の影は炎の揺らめきに合わせて、森の木々に長く伸びていた。

ソクラテスは炎を見つめながら言葉を紡いだ。「火を囲んで語らうのも、悪くありませんな。問いが、風に散らずに届く」

仏陀は静かに微笑んだ。彼の目には炎の光が映り込み、内なる知恵の輝きとも見紛うばかりだった。「沈黙が先にあれば、言葉も深くなる。この火もまた、問いの象徴のようです」

二人の間に静寂が流れた。ただ焚火の薪がはぜる音だけが、時折夜の静けさを破っていた。やがてソクラテスが、深く考え抜いたような表情で言葉を発した。

「仏陀殿」ソクラテスの声は落ち着いていたが、その裏には熱意が潜んでいた。「私が今宵、どうしても問いたいのは——**『魂とは何か?』**ということです」

仏陀はゆっくりと息を吸い、穏やかな声音で答えた。「その問いに対し、私の教えはこう申します。『魂』とは、五つの集まり——色、受、想、行、識——つまり身体と心の働きが、一時的に集まったもの。そこに永遠不変の”我”はありません」

ソクラテスは眉を寄せ、目を細めた。炎の光が彼の思索する顔を照らし出している。「“無我”ということですか。では、死後にも残る”自己”はないと?」

「“残る”というより、“流れる”のです」仏陀は穏やかに答えた。彼の右手が、水の流れを表すかのように宙を滑った。「行為のカルマが波紋のように次の存在に伝わる。けれど、それは『同じ魂』ではない」

「興味深い……」ソクラテスはしばし考え込んでから続けた。「私は、『魂とは不滅のロゴスに触れるもの』と考えてきました。そして人は、その魂を善く育てるために生きる」

仏陀は黙ってソクラテスの言葉に耳を傾けた後、応じた。「魂を育てるというより——執着を手放すことが、解脱への道です。だが、あなたの『善く生きる』という思想もまた、目覚めに至る一つの道です」

ソクラテスの唇に微笑みが浮かんだ。「我々は、異なる言葉で、同じ火を囲んでいるようですな」

再び沈黙が訪れた。焚火の炎が二人の思索をそっと包み込み、木の枝がはぜる柔らかな音が夜の静寂に溶け込んでいく。

しばらくして仏陀が口を開いた。「問いが尽きることはありません。ですが、問うことそのものが、すでに魂の目覚めの兆し」

ソクラテスは仏陀の言葉に頷き、焚火に小さな枝を一本投げ入れた。新たな炎が立ち上る様子を見つめながら、彼は答えた。「ならば、我々の問いは——今、この火に薪をくべることと、同じなのかもしれませんな」

焚火の周りでは、二人の哲人の言葉が星明かりの夜へと溶けていった。問いと答えは、終わりなき思索の旅の始まりに過ぎなかった。夜はまだ深く、対話はこれからも続いていく。

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