浮気の証拠として、夫の寝言からデートプランを組み立ててみた。
この作品は、「第6回下野紘・巽悠衣子の小説家になろうラジオ大賞」に応募しているため、1000文字以内という規定に沿った掌編となっております。ご了承ください。
「あなたって、意外とおしゃべりなのね。結婚していても知らないことが多くて驚いたわ」
私の言葉に、夫は心当たりなどなさそうな顔で首を傾げている。白々しいったらありゃしない。
「まあいいわ。今日は黙ってついてきて」
結婚して以来、指一本私に触れてくることのない無口で無愛想な夫には、秘密の恋人がいるらしい。夜中に寝言として語られるのは、赤面するような愛の言葉。丹念に拾い集めたものから推測するに、夫は浮気相手との特別なデートを計画しているようなのだ。
白い結婚なんて別に気にはしない。こっそり妾を囲うのも、貴族ならばよくあることだろう。だが、しっかり隠し通すのは最低限のマナーだ。少なくとも声量の大きすぎる寝言で、私の睡眠を邪魔するなんて万死に値する。睡眠不足は美肌の大敵なのだ。私の美貌は大切な武器。万が一にでも衰えたらどうしてくれる。ここ数日、寝言の勢いに拍車がかかり、とうとう堪忍袋の緒が切れた。
男の浮気を責めるには、どんな方法が効果的か。騒ぎ立てるのは悪手だ。金切り声を出せば頭が悪いと思われるし、周りの男たちも夫に同情するだろう。それでは意味がない。だから私は何も気が付かない振りをして、夫を外出に誘いだした。そう、彼が計画中のデートコースに先んじて行ってやるのだ。浮気相手とは、私との手垢がついた場所を回るがいいわ。
カレンダーに印をつけ、イメトレをしながら待ち望んだ決行日。散々っぱら夫を引っ張り回し、王都でも評判のレストランの席に着いたところで、ドヤ顔を決めてやった。全部彼の妄想通り。ただし一緒にいるのは、恋人ではなく離婚届を鞄に忍ばせた妻。こんにゃろめ、反省したか!
けれど夫は顔を青くするどころか、興奮したように鼻息を荒くし、頬を染めた挙句瞳を潤ませている。やだ、手酷く責められたいとか、特殊性癖持ちだったの?
「君も、僕と同じように思ってくれていたんだね!」
「はあ?」
「僕はずっと、君とちゃんとした夫婦になりたいと思っていたんだ」
なんとあの寝言の数々は、私とうまくおしゃべりできないがゆえの譫言だったらしい。まったく、愚かにもほどがある。けれど気分は悪くない。当てつけだったはずのデートを楽しんで、結婚以来初めてぐっすりと眠った。
それ以来寝言を言わなくなった夫は、代わりに私にぎゅうぎゅうに巻き付いて寝るようになった。冬場のゆたんぽ代わりにちょうど良いから、多少の寝苦しさには目をつぶっている。
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