泣きゲーRPGの世界に転生した私は廃人レベルのプレイヤー知識を活かし死の運命から推しの女キャラを救うために頑張って足掻こうと思います!六話:砕け!
「う、おあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあっ!!」
残る命はあと……5回……。
予想以上に早かった……いや、むしろ……こんなバケモノを相手に……よく戦えた方だ……。
当然、こちらの攻撃は硬い防御力に阻まれ通らない。どれだけ素早く動いても、相手が巨大過ぎるが故に避けきる事は難しい……。
今の私はあまりに弱い……一撃で即死級の技を繰り出すこんなバケモノを相手にするにはあまりにも……脆弱だ……。
初期状態のヒットポイントが50だとして……その素早い連撃を放つ爪を受ければ100は削られ、牙による攻撃は1000、尻尾は200……。
どうすれば……いいの……。
こんなのを相手に……。
軋んだ精神が私の動きを鈍らせて、隙を作ってしまう……。
「いぎ、あ”ぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああっ!!」
木の板が割れるような音と共に、足へと食らいつかれた。
さっさと死なせてくれたらいいのに!……こんな悪趣味なシーンなんて要らないのに!……。
……『ティアーズ・オブ・リーブラ』の年齢指定は15歳以上が対象だけあり……残虐描写にも特に力を入れている……。
本当に悪趣味で……こうして実際に経験する側になってみると、製作者に対する殺意すら……感じる……。
ゴキンッ!……。
太い足の骨が破断する音と共に、私の体は落下した。
即死級の一撃を受けた私の体は光の粒となって四散し、再び新たな命を……。
瞼を開けた瞬間、胸へ丸太を叩き付けられたような衝撃が襲い……私の華奢な肉体は背後へと吹き飛んだ。
「かひゅっ!あ"っ!……」
臓器や骨を叩き割るに留まらないその一撃は、まるで強靭な刃物のように私の肉体を真っ二つに千切り飛ばす。無意識のまま振るわれた尻尾に掠っただけで、この有り様だ……。
マズい……マズい……これは、マズい……!。
ゲームなら疲れてもスタートボタンを押せばポーズ画面に入り休憩できる……でも、今のこの世界にそんな生易しい概念はない。
何度も挽き肉に変えられるような痛みと恐怖が、私の精神をジワジワと……蝕んでいく……。
どうにかバックステップで距離を離した瞬間、心の中で何かが切れて……膝から力が抜ける……。
無理、だったんだ……やっぱり……。
こんな貧相な状態でコイツに戦いを挑むなんて、無謀だった……。
……私、たぶん……今度こそ……死ぬ……。
この状態でゲームオーバーになったら……どうなるんだろう?……。
ごめんね、ティナ……。
「一人でカッコつけて、一人で勝手に死ぬなんて……本当にあなたって身勝手で世話の焼ける方ですわね!」
え、えっ?……。
顔を上げた瞬間……私の体が横へ持ち上げられ、信じられないほどに……高く、高く浮き上がる。
あのバケモノに咥えられたのではない……背中と膝にとても温かくて、力強い体温を感じる。
その時点で私は泣いていた。
あまりにも情けなくて、そして……そして……!。
私を抱きかかえたまま、王子様みたいに微笑むティナが……あまりにも、あまりにも……カッコよくて……!。
「ティナァァァァァツ!!……」
「遅れて申し訳ないですわね……エンジェリック・タリスマンの残りは?」
「あ、あと……二回……」
「こんな強敵を相手によく一人で頑張りましたわね……もう、大丈夫ですわ!あの子は助けを呼びに戻りましたから!」
……ああ、ティナ……ティナ……!。
助けたかった、救ってあげたかった……そんな彼女に、逆に助けられるなんて……。
私は何て、何て浅ましい勘違いをしてたんだろう。ティナは強い、私なんかよりもずっと強い。
最初から彼女を信じて……こうしてればよかったんだ!。
「私が攻撃を仕掛けます!エリシアは敵の錯乱をお願い!」
「う、うんっ!」
「でも、無茶はしないで……あなたに死なれてしまったら、悲しいですから……」
「……ありがとう、ティナ……」
……さあ、反撃開始だ!。
彼女と一緒ならもう……どんな奴が相手でも、怖くなんてない!。
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目線を交わし、駆け出した二人は地面を蹴り上げ巨大な怪物の元へと向かった。
足を進める中、身を低くしたティナは地面に転がるソレに気付くと足を止める。
それは、最初に捕食された少女の惨たらしい亡骸であり、白い士官用のズボンを血で真っ赤に染めた腰から下の半身だった。ティナは躊躇する事無くそんな彼女の腰に刺さる煌びやかな装飾と宝石に彩られたサーベルを鞘から引き抜いた。
「お借りしますわ!あなた達の無念……私が晴らします!エリシアと一緒に!」
二本の剣を手に、惨たらしく殺された犠牲者の仇を取るべく少女は鬼気迫る顔で鍛え抜かれた脚力を活かし跳躍する。
エリシアの持つ士官用のサーベル以上に鋭い切れ味と強度を誇る二本の剣を振るい、悪しき独裁者の表皮へと飛翔ながら切りつける。騎士育成学校の中でも人並外れた才覚を持つティナの振るう攻撃は黴の浮かんだ鱗に亀裂を走らせ、そして赤黒い血を噴き出させた。
絶叫を上げつつ痛みを与える忌々しい相手へ振り返ろうとした緑の独裁者の眼球を今度は素早く動くエリシアの一撃が掠めた。
二人は事前に打ち合わせる事もなく、その息の合った連携攻撃を華麗に熟していく。
エリシアは集中的に目を攻撃しつつ巨竜の意識を引き付け、その間に巧みな剣技を持つティナの連撃が少しずつではあるものの着実に緑の独裁者の肉体へと傷を入れる。
鋼のような体に傷を入れ、いつしか腕を吹き飛ばし、脚部から噴水のように赤黒い血を噴出させ緑の独裁者を追い詰めていく。
二人の間には絶対的な信頼と、そして絆があった。
お互いを守り、救いたいと心から願う二人の少女の想いが彼女達を強くする。
大きく開かれた顎による一撃を空中でエリシアが華麗に回避する中、ティナはその巨体を支える大木のような足を雄叫びを上げつつ斬り付ける。
集中的に足を狙い攻撃を続けていたティナにはある思惑があった。足を一本でも切り落とせば、この巨大なドラゴンは自らの体重に負け動けなくなる。その巨体が逆に枷となり、崩れ落ちる事になるだろうと考えた。
そして、右足首を撥ね飛ばされたグリーン・ディクテイターの20メートルを超える巨体は遂に……周囲の木々を大きく揺らしながら地面へと崩れ落ちる。
最後の悪あがきと言わんばかりに振るわれた尻尾がエリシアの体を弾き飛ばし、木へと叩きつける。
「かはっ!あ”っ!……」
「エ、エリシア!……」
大量の血液を唇から吐き出しながら地面へ倒れ込む彼女の体が、光と共に四散する。
そして、最後の一回を残したエンジェリック・タリスマンの効果によって再び……その命を再構築する。
エリシアの命は残り一つ、そして残り僅かとなった命は地面で絶叫を上げながら藻掻く緑の独裁者も同じ事だった。
体中に刻まれた剣撃の傷口から赤黒い液体を迸らせ、切断された足をバタ付かせながら緑の独裁者は血走る殺意と捕食本能に満ちた目で少女達を尚も睥睨する。
ティナ・ガードナーは決意を固める。
その一撃でこの巨大な怪物の命を燃やし尽くすと……。
「---契約者たる我は此処に宣誓する。汝の力を借り、目の前のあらゆる敵を焼き尽くすと誓う!精霊の名の下に、私は一切合切の全てを殲滅する!……」
両手に持った剣を地面と突き立て、空いた手で首元に吊り下げた赤い宝石の埋め込まれたペンダントを握り込む少女の背後に、ユラユラと蜃気楼のように巨大な影が浮き上がった。炎の精霊の力を宿す赤い宝石、” レッドサファイア ”を通して結ばれた契約により呼び出された精霊がその灼熱の炎を貸し与えんと現界する。
「炎の精霊、イフリート!汝の加護を以て目の前の敵を焼き払え!」
それは、騎士を志す者が至るある種の境地だった。
剣技を極めた者が更に目指すべき高み、世界の守護者たる精霊の力を借りた魔術と剣技の融合……。
炎の力を操る魔剣士へ、戦いの最中にティナ・ガードナーは覚醒した。
周囲の木々や草が、その精霊の放つ灼熱の熱風により焼け落ち延焼する。
炎に包まれた森の中、覚醒した魔剣士は輝く金色の髪を揺らし地面に突き立てられた二本の剣を引き抜いた。
その剣はティナ・ガードナーの覚悟……卑劣な罠に陥れられた自身の家を再興するという信念を宿すガードナー家に伝わる宝剣。
その剣はティナ・ガードナーの信念……剣を以て苦しむ人々を救い、救えなかった命の数だけ更に多くの人を救うという死者へ向ける彼女の敬意。
数千度を超える炎を宿し、二本の火柱と化した長剣を手にしたティナは大きく息を吸い込むと……契約により得たその力を解放すべく、叫んだ。
原初の恐怖、人類と魔物が共通した認識を持つ死に直結する自然の恐怖を……。
「 ------インフェルノ・ゼロオォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!!」
剣を振るうティナと、膝を突いたまま唖然とするエリシアの周囲を除く空間から酸素が消失し、吸い込まれていく。そして、取り入れた酸素の全てをその一撃と共に……数十メートルに達する炎の壁として緑の独裁者へと撃ち放つ。
大きく振り下ろした二本の剣から放出された炎の壁は数百年を生き人間と魔物を食らってきた独裁者の脳裏に本能的な恐怖を呼び起こさせた。
逃げ出そうと足掻くその巨体を、やがて灼熱の壁が飲み込んでいく。
黴を纏う鱗が熱によって溶け、燃え上がる。
沸騰した血液が表皮を突き破りながら爆ぜ、蒸発する。
恐怖の色を宿す眼球の毛細血管が煮え滾る血液の膨張に耐えきれずに破裂する。
骨と肉が溶解し、その巨体は三秒もの間に灼熱の炎に焼かれ蒸発した。