泣きゲーRPGの世界に転生した私は廃人レベルのプレイヤー知識を活かし死の運命から推しの女キャラを救うために頑張って足掻こうと思います!六十二話:剥奪
「ティナ・ガードナー、貴女は確かにエリシアが一つの結論に至る為に役に立ってくれました……私としても貴女は最高の親友であると思っていた……」
「イ、イヴ!……」
「ですが、貴女は私に刃を向けた……その力を与えたのは誰なのかすら忘れ、エリシアを独り占めしようとした……」
「うるさいっ!!……私だって、エリシアを……アスカさんを愛してた!……私を救う為に……何もかも削り尽くした彼女を愛してた!……それの何がいけないと言うんですの!?」
真っ暗なあの空間に再び私の意識は呼び戻される。
そして私達の何もかもを狂わせたあの女と対峙した。
世界に魔女を生み出した悪魔、人間の愛を弄び鑑賞する悪趣味な女神と……。
「私はアスカに既に答えを教えてもらいました……人間の愛とはどこまでも身勝手な私利私欲に満ちた自慰行為であると、だからこの私が思い悩む必要などないのだと……」
「そんな!……貴女はエリシアがあのままになっても構わないと言うんですの!?あのまま生きながら……永遠に閉じ込められ続けてもいいと……言うんですの!?……」
「それがあの子の望む結末だというのなら私は否定しません……貴女を救う為にアスカは永久の地獄を選択したのですから……」
「ッ……私はそんな事、望んでない!!私が望んだのはアスカさんとずっと二人で居られる世界だった筈ですわ!!」
「私はアスカを鑑賞していたのであって貴女がどうなろうと知った事ではありません……故にその先にどのような末路を迎えようと関知する事はありません……」
……この、悪魔!!。
私にあんな地獄を見せておきながら……あんな救いを見せておきながら……。
ゲームという架空の世界を通して大勢の人間から汚らしい欲をぶつけられ、悍ましい絵や恥辱に満ちた文章を無理やり見せつけられて発狂しそうだった私に……あんなに、あんなにも美しく無垢な愛を示しておきながら……!。
その愛に縋りつく私を……こうも、簡単に……!。
「私の与えた狂愛の魔女の力はもはや、貴女に相応しくはない……アスカを最も愛しているのはこの私なのですから……」
「……お願い、お願いですわ!……アスカさんを、あの方を返して!……」
「アスカは貴女のモノではありません……あの子は---」
それは、悪意に満ちた女の勝利宣言だった。
世界の全てを自由に操作できる神という存在が、一人の人間の少女を手中に収めた宣誓だ。
もう、あの人は……私の手が二度と届かない所へと行ってしまった……。
「あの子は私のモノだ……」
------
暗い世界に居たティナ・ガードナーの世界が元の居場所へと引き戻される。
暗く悪臭の漂う死体置き場の中で、彼女は自身の置かれた絶望的な立場を理解すると涙を溢しながら絶叫した。
「んう”ぅぅぅぅぅっ!……エ”リ”ジア”ッ!エ”リ”ジア”ぁぁぁぁぁぁぁっ!……」
『アハハハハハハッ!エリシア様、溶けてる!私のカラダのナカで、グチャグチャにぃぃぃぃぃっ!きひひっ、ぎひひひはひゃははははははひっ!……とけて、とかして、わたしと、ひとつにぃぃ……えひゃひひひひひひひははははははははははあああああああああああああああっ!!』
「がえじでっ、がえじでっ、がえじでぇぇぇぇぇぇっ!!……おねがい……おねがいだからその人を、かえして……!!」
『あひゃえひゃひゃひゃひゃひゃああああああああああああっ!!貴女のその顔を見ていると打ち負かした気分になってとぉっても良い気分ですぅぅぅぅぅぅぅぅっ!!顔も知らなかったこの人がずっと欲しかった、ずっと私だけのモノにしたかった……ようやく、ようやく私の夢は叶ったのですねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇえっ!!』
崩れ落ちるティナを前に眼を細めくぐもった声で絶叫する巨竜は悪意と狂気に満ちた声色で嘲笑うと、その身を再び人間の姿へと戻すべく赤く輝く術式陣を展開させた。
涙と鼻水を溢し嗚咽を漏らすティナは、やがて人の姿へと戻ったその女を見ると言葉を失い目を見開いた。
「はっ、あっ、あぁぁっ……これが……肉体に新たな命を、宿す……という事なんですねぇぇ……♡」
それは異様な光景だった。
先ほどまで細身の体型を維持していた女の腹部に、まるで子を宿したかのような膨らみが浮き上がっていた。光沢のある黒いレオタードを迫り上げるその膨らみはゴポゴポと音を立てながら内部で蠢いていた。
耳元まで紅潮した顔を俯かせ、半開きになった唇から一筋の唾液と甘い吐息を漏らすミレーヌは暴れ狂う体内の相手を宥めるように手を添えながら声を漏らす。
「ん、んんっ……すごく、苦しい……エリシア、さまが……あばれて、動き回って……痛い!……はぁっ、あっ!……」
「……あ……あ……」
「ふ、ふふっ!……これから、エリシアさまを……産み直して……何度も、何度も、何度も……食べる……!」
「……やめ、て……やめて!やめて!やめてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
愛する者を救うだけの力は、もはやティナには残されていなかった。
脳を激しく揺さぶる焦燥感と恐怖が彼女の体を奮い立たせる。
敵意や怒りではない、愛した人を失いたくないという純真な想いのみが彼女を突き動かす。
駆け出した彼女の足首を力強い何かが抑え付けた。それは魔力で構成された足枷であり、突如動きを止められたティナは顔面から床へ激突する。
「お”っ、あ”ぁぁっ!……えりひあ、ひゃ……ぐ、ぎぃぃっ!……も、う……うま、れ……る……!え”っ、あ”っ、お”あ”ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああっ!!」
体を震わせるティナが鼻血を垂らしながら顔を持ち上げた瞬間……世にも悍ましい命の門出を彼女は目にする事となった。
体を震わせるミレーヌの腹部が大きく膨れ上がり、大量の赤黒い体液を撒き散らしながら内包物を吐き出した。体液と共に勢い良く排泄された何かが粘液質な音を立てながら床に転がり、猛烈な悪臭を放ちながらティナの目の前へ放り出される。
それが何であるか、ティナ・ガードナーは分からなかった。
そして、それが” 誰 "であるかを理解した瞬間……軋んだロープが引き千切られるような音がティナの脳裏に響き渡った。
「……エ……リ……シア……?」
その粘液に塗れ湯気を立てる赤黒い人型の肉塊をエリシア・スタンズだと認識した時、ティナは目の前が黒く染まっていくのを感じながら意識を失った。
------
……ティナ……。
……ティナ……ごめんね……本当に、ごめんね……。
こんなに、こんなにもフラフラしていた私を……愛してくれていたのに……。
命の終わりを迎えた私は真っ暗な闇に落ちていく。
このまま死ねたなら、どれだけ良かっただろう……何も感じず、何も苦しむ事のない世界に行けたならどれほど幸せなんだろう。
でも、現実はそうはいかない。
「あぐぅっ!あ”っ!……」
ゆっくりと落下していく私の体を、突如強い力が縛りあげた。
視界が反転し……喉が詰まった。
四肢と首に絡み付く鎖がジャラジャラと音を立てて張り、皮膚に食い込んで来る。
「さあ、エリシア……貴女は私に愛とは何であるかを教えてくれました。私が進むべき道を示してくれました……愛とは精神の自慰行為に過ぎないという貴女の結論を私は受け入れます 」
「か、ひゅっ!え”、お”っ……イ”、ヴゥゥゥッ!……」
「神は人を見放してもいい、神は人を陥れてもいい……だから私は貴女をこれから苛め抜き、気持ちよくなろうと思います……」
気道が塞がれ、舌を突き出して喘ぐ私に顔を近付けると……彼女は裸のまま磔にされる私の唇を支配と狂気に満ちたキスで塞いだ。震える舌先を挟み込むように口づけを交わし、僅かな空気の出入りすらも遮断する。
「貴女の絶望と苦痛に歪むその顔が私を堪らなく……堪らなく愛おしい気持ちにさせるのです。自分自身の欲に忠実な貴女が私の巡らせた罠に落ち、蜘蛛の巣に飛び込んでしまった蝶のように藻掻く様が堪らなく愛おしいのです……」
「げほっつ、ごほっ!……ぐっ……うぅぅっ……」
「人間を正しく導く必要なんてなかった……その滑稽な行いと貪欲な彼等の所業を私は笑い飛ばしていいのだと初めて知る事が出来たのです……何もかも貴女のおかげ、本当に……本当にありがとう!アスカ!……」
……ふざけ……ないでよ……!。
そんな、そんな下らない事の為に……私をあんな目に……!。
喉を締め上げる鎖が少し緩まり、私はようやく声を発する事が許された。
「……こ、の……サイテーな、強姦魔!……アンタなんかの言いなりに……私はならない!……」
「ふふっ、誰かに依存する事しかできない貴女が随分と大きく出たものですね……」
「私は、もう……決めた!……この世界でたった一人の子を見つめ続けるって……決めた!」
「そうですか……現実から逃れる為に誰とでもキスをして体を重ねてきた貴女は遂に純粋な愛に目覚めたという訳ですね……」
「私が最初に助けたかったのはあの子なんだもん!……ゲームが始まってすぐ、あの寮部屋で起こしてくれた時から好きだった!自信と優しさに満ちていて、とっても綺麗な姿形をしたあの子が好きになった!……だから、だから……目の前で酷い死に方をして、助けたくなった!……」
「そして、ただ一つの道以外に救いが無い事に気付きながらも彼女を救おうと足掻き……やがて貴女は身と心を疲弊させた……」
「しょうがないじゃない!……好きになっちゃったんだから!……ひっぐ……っ……好きなんだもん!」
……思えば、皆を救いたいと願う私の行動原理は……ティナをあらゆるルートで救いたいという願いが破れた事による現実逃避だったのかもしれない。
一番好きだった人を救う事を諦め、私は……他の誰かから愛される事に溺れた……。
なんで、どうして……いつの間にか忘れちゃってたんだろう……。
一番大好きだった筈のあの子への想い……なんで、伝えられなかったんだろう……。
「……ティナ……ティナァァッ!……ごめんね……ごめんねぇぇっ……」
……きっと、もう二度と会えないと思う……。私は最悪な二人の女に囚われたまま一生、この先ずっと……苦痛と絶望に満ちた愛を刻まれ続けていく。
でも、それはきっと……罰なんだ……。
誰かの気持ちを弄んで、それこそ自慰行為のように愛に溺れた私への罰……。
この痛みと恥辱はティナを諦めてしまった愚かなゲームプレイヤーである私が受けるべき……天罰だ……。
「……覚悟は既に決まった……そう言いたげな顔ですね?」
「……好きにしてよ……例え二度とティナに会えなくても私は待ち続けてる……。そして、もう一度あの子に会ったその時は……」
「……貴女の意志など関係ありません、アスカ……私は貴女を手放すつもりはない……」
けたたましい音と共に、四肢に激痛が走った。絡み付く鎖が凄まじい力で私の手足を引っ張り、生きたまま八つ裂きにしようと軋みを上げる。
何故か可笑しくなった、この女をそれほどまでに怒らせる事ができたのが堪らなく愉快だった。
ざまあみろ……勝手に人をこんな世界に放り込んで一人で気持ち良くなっていたアンタには分かるわけもない。
人間の抱く愛情という気持ちはアンタなんかには絶対に分からない……。
「……気に入らない顔ですね……この程度の苦痛など大した事はないとでも言いたげで……」
「ぐっ、うぅぅぅぅっ!……残念、でした……アンタが……何したって……もう、わたし……ティナしか見ない!……」
「仕方ありませんね、打ち明けるつもりはなかったのですが……貴女の藻掻く姿をもっと見たいという私の願いが果たせなくなったとなれば伝えなければなりません……」
いったい、何を……!?。
ほんの僅かに不愉快そうな感情を眉を顰める事により露わにした女は、ゆっくりと私の頬を両手で包むと……今まで見た事もないような、あまりに無垢で純粋な悪意を剥き出しにして笑った。
……また、ロクでもない事を言うに決まってる。
そうやって私を苦しめて悦に浸る……最低最悪の神様がこの女だ。
こんな奴に負けない……だって……だって私は……!。
「…… この世界に生まれ落ちた貴女を殺し、愛し合った者と殺し合わせるように仕向け続けてきたのは……私が魔女の力を与えたティナ・ガードナーです 」
えっ?
い、いま なん、て ?
「……ティナ・ガードナーは貴女を殺す為だけに魔女になりました……そして、貴女を壊す為だけにこの世界に魔女を生み出し続けてきました……」




