泣きゲーRPGの世界に転生した私は廃人レベルのプレイヤー知識を活かし死の運命から推しの女キャラを救うために頑張って足掻こうと思います!六十話:公開処刑
「……あ……れ?……」
体中を揺さぶる鈍い衝撃で目を覚ましたレオナ・ハミングバードは顔を上げ、そして目の前に広がる光景を見て朦朧としたまま声を漏らした。
霞む視界の中で真っ先に見えたのは赤い液体の脈動であり、本能へ危機を知らせるその色は彼女の意識を瞬く間に覚醒させていく。
焦点の定まった視界で切断された自身の肘から先を見たレオナは顔面を引き攣らせながら悲鳴を上げようと空気を吸い込み……そして、再び襲い掛かる鈍い衝撃と鋭い痛みに絶叫した。
「ぎぃっ!?ひっ、いっ、あ”ぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああっ!!」
「いやあぁぁぁぁぁぁぁあっ!!やめてっ、やめてっ、やめてっ!!お願いです、やめてください!!やめてぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
「あ”、あ”ぁぁあっ!……んう”ぅぅぅぅぅぅっ!……」
激しく体中を痙攣させ、振り下ろされた斧によって今度は左の膝から下を切り落とされたレオナは苦悶の声を漏らしながら赤い液体を迸らせた。履いているブーツの靴底を血で濡らしながら荒く息を漏らす魔族の女は恍惚とした笑みを浮かべながら斧を床へ置くと、瞳に涙を浮かべながらも懸命に痛みに耐える女騎士の前で膝を屈め囁いた。
「これから貴女を処刑します……エリシア様に愛してもらうために……」
「ぐっ、うぅぅぅっ……ミレェェ……ヌ”ゥゥゥゥゥゥゥッ!!……」
「貴女とエリシア様が特別な関係なのには気付いてた……コルセア共和国の王であるジャン・フィリップス・コルセアを私が辱めて殺した時、怒りのままに少ない軍を率いて死のうとしたあの方を止めたのが貴女でしたから……」
「……おまえ、だけは……絶対に……許さない!!……」
「ジャンも可哀そうな女の子でしたね、なので最期は乙女の柔肌を大衆の前に晒させ女である事を知らしめた上で首を斬り落としました!あの時になって彼女は初めて本当の自分を曝け出す事が出来たと思うんですよ!それまで長い間、ずっと抑え付けてきた女の自分を剥き出しにして死ねたんですもの!凛々しさとか威厳もかなぐり捨てて死の恐怖に怯えながら泣いて、それでもエリシア様への想いを貫いて立派に死んだんですもの!こんなに幸せな死はないと思います!」
「うがぁあああああああああああああああっ!!殺す、殺す、ごろずぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!!」
再構築された新たな世界では既にジャン・フィリップス・コルセアは死亡していた。その惨たらしく恥辱に満ちた処刑の有様を聞かされたエリシアは声を上げて泣き始め、頭を抱えながら掠れた声で必死に” やめて "と懇願した。
心が折れ、既に怒りすら抱く事の出来ない彼女に代わりレオナは吠え続けた。
信頼と希望を預けた戦友であり、そして密かに惹かれていた少女を傷付ける相手へ殺意を剥き出しにした。
「お前を……殺してやる!!……その喉笛を食い千切って殺してやる!!……」
「うふふっ、まるで獣のような瞳ですね……。それは主君を殺された怒りだけではないし私が人間の敵であるからでもない……もっと心の奥底に根付いた激しい憎悪。自分の命より大切な者を傷付けられた事に対する屈辱の怒り……」
「黙れぇぇぇぇっ!!お前は敵だ!!私達の敵だ!!私とエリシアの敵だ!!」
「はいっ!その通り、その通りなんです!私は魔族で人間が持つ愛情という言葉を知らない……それでもすごくエリシア様に興味があるんです!もっと知りたいんです!もっと私を知って欲しいんです!感情を軋ませるあの方の顔や声を聞いているだけでとっても嬉しくて……胸がはち切れそうなんです!」
頬を紅潮させ声を上げたミレーヌは傍に置かれた戦斧を手にし、自由を失った身で血の海に溺れ藻掻くレオナの右足の側面に回り込む。
そして、唇を吊り上げたままその足を切断した。
「お”あ”っ!……あ”、あ”ぁぁぁぁっ……」
「どれだけ勇ましい事を言っても、貴女はもう何もできない……エリシア様を救えない……」
「あ”、ぐっ、う”ぅぅっ……エリ……シ……アァァァッ……」
「悔しいですか?情けないですか?……自分の死が相手の心を傷付けるのを知り怖くなりましたか?」
「……グ、ゾォォォッ!……わだじ、わだじは……まもるんだ……まもるんだ!わだじが、まも---あ”う”っ!!」
言葉を遮るように重い魔力の刃がレオナ・ハミングバードの肉体を更に傷付ける。
残された左腕を切り落とされた彼女は、遂に四肢という人間の活動に必要な部位の全てを切り落とされた現実を受け入れ心が砕けるのを感じた。怒りや反抗心すらも失い、生気を失った虚ろな瞳でボンヤリと泣き叫ぶエリシアを見つめていた。
「やめて……やめ、てぇぇ……レオナを、ころさ……ないでぇぇっ……」
「いいえ!殺します!魔族は誰かを愛する事が出来ないのですから!それでも私は貴女に意識してもらいたい!暖かな愛の温もりの代わりに煮え滾る殺意と背筋が凍るような嫌悪感を向けて欲しいんです!うふっ、うふふふっ!エリシア様!私、決めました!私は、私は!……」
瞳を潤ませ歪み切った愛を吐露する女はもはや声すらも発する気力すらも失った女の髪を掴むと、座り込んだまま震えるエリシアの前へ引き摺り小さくなった身体を乱雑に放り投げる。
石畳の床を赤色で汚しながら、レオナは最期の時を悟ると力無く首を持ち上げ僅かに口元を緩め彼女を見つめた。
「……レオ……ナァァッ……」
「……エリ……シア……わた、し……」
「……言わない、で……言わないで!……知ってた、知ってから!……お願いだから、言わないで!……」
「……あなた、を……あいし---」
鈍く松明の炎を反射するくすんだ黒色の刃が振り下ろされ、彼女の最期の言葉は気道と脊椎を切断された事により中断された。
噴水のように湧き上がる大量の液体が床を叩く音と、質量を持った肉体の一部が転がる鈍い音がした。
目を見開いたまま全身を硬直させるエリシアが薄く笑みを浮かべる彼女から目を離せずに思考を停める中、返り血で顔を汚す女は自身の思い描く愛を爆発させた。
「あははははっ!私は貴女の敵になりたいんですぅぅぅっ!エリシアさま、エリシアさまぁぁぁっ!貴女の思考はこれで私にのみ向けられる!貴女の好きだった女の首を刎ねた私が憎いですよね!?頭の中が私でいっぱいになりましたよね!?魔族が人間と違うというのなら、決して相容れない種族だというのならこうする事で私は貴女に意識してもらえるんです!力づくで壊して、殺して、犯して、奪って!それが私達魔族なんです!それが貴女達、人間の敵なんです!さあ、私を憎んで!私に殺意という名の愛を向けて!エリシア様ぁぁぁぁぁぁぁあああああっ!!」
その瞳には悪意など無かった。異なる種族の常識で生きてきたミレーヌという魔族の女が抱く無垢な愛情だけがそこにはあった。
宿した狂愛のまま瞳を爛々と輝かせる女は足元に転がる頭部を掴むと、体を小刻みに揺らしながら呆然とするエリシアの元へ歩み寄る。
「ふふっ、殺してしまいました……エリシア様の大事な人……」
「……レ……オ……ナ……」
「これで私を憎んでくれますか?この美しい顔をした女の頭部を切断して、殺した私を……」
「……もう……いや……嫌、嫌、嫌っ!……なんで、私ばっかり……なんで、私だけ……もう嫌よ……こんな、こんなぁぁぁっ……」
「私はどこまでも貴女を傷付け続けます、死ぬまで貴女を苦しめ続けます、一生付きまといます……それが私達の愛し方。奪って支配する事こそが我ら魔族の愛!……他の全てを奪い、自分だけの者にする……それが私達の愛なんです!」
手にした灰色の髪を垂らす頭部を放ると、ミレーヌは赤らんだ頬に片手を添え歪み切ったその衝動を叫んだ。
魔族という種にとってはそれこそが本能であり欲だった。制圧と支配、その二つこそが人間に備わる愛情と呼ばれる本能であり子孫を残す為に備え付けられた欲望だった。灼赤の眩い長髪を揺らしながら足を進めた魔族は更なる絶望で心から欲する少女の心を捩じ切ろうと行動を開始する。
「実は貴女の大切な人……もう一人居るんですよ?……」
「……えっ?……」
「ティナ・ガードナーも貴女の大切な戦友の一人……きっとレオナと同じように貴女が大好きな女の子ですよね?」
「……ティ……ナ……?」
無数の亡骸の山の中からミレーヌは再び一人の体を掴むと引き摺り出した。
全身を真っ赤な血で汚し裸体を晒すティナ・ガードナーを床へ放ると、その腕を踏みつけながら魔族の女は高揚感に満ちた声で叫んだ。
「あははははっ!起きて!起きてくださいティナ!死体の中に放り込むこの拷問でとっくに精神が壊れてしまってるんでしょうけど、今は正気のままでいてくださいね!」
「ぐっ……あぅっ!……」
「貴女もエリシア様が好きですよね!?そしてエリシア様も貴女が好き!なら殺さないと!もっとこの方に憎んでもらう為に殺さないとぉぉぉぉぉぉっ!!……」
「がはぁっ!うぐっ、お”う”っ!……はっ、あ”ぁぁ……!」
うつ伏せに倒れ込む彼女の体を足で蹴りつけ裏返すと、視界に入った腹部を硬いブーツの底で踏み付けながらミレーヌは恍惚とした表情でその惨たらしい処刑方法をエリシアへ述べた。
「うふふっ!この女はカラダを二つに裂いて殺します……上半身が切断された後もほんの少し意識が残る事があるんですよぉ……。死ぬまでの十秒もない時間にこの方はどんな未練を貴女に囁くのでしょうか?どんな後悔を貴女に伝えるのでしょうか?……楽しみですよね、エリシア様ぁ……」
「……い、や……そんな……やめてぇぇぇっ!!……」
「垂れた腸から汚物を溢しながら声にならない声を上げ、そして最後に貴女に縋るような目を向けるんでしょうね……そうやって死んでいくこの方を見て貴女は私への憎悪を深めていく……なんて、なんて素敵なんでしょう!もう貴女には憎む私しか映らなくなってしまう!」
手にした斧を振り上げると、ミレーヌは荒く息を漏らしながら眼下の相手を二つに切り裂こうと嬌声を上げる。
そんな彼女を止めるべく、エリシアは疲弊した精神の奥底から喉が裂けんばかりの声を振り絞った。
「……ぢゃんど愛してあげるから!!ぢゃんど、あなたを……ずぎになるがらぁぁぁぁあっ!!……やめて、もう……もう……」




