泣きゲーRPGの世界に転生した私は廃人レベルのプレイヤー知識を活かし死の運命から推しの女キャラを救うために頑張って足掻こうと思います!五話:殉愛
暗闇に染まった視界が明るくなるのと同時に、猛烈な痛みが半身を襲う。
選択を行い、戦闘画面へと移った直後に私の体はその巨大な顎により挟み込まれ……凄まじい力によって食らい潰される。
「が、はぁっ!お"っ、ゔぅぅっ!……」
お腹の辺りが……猛烈に熱くて、痛い……。
ゲームの中ではそこまでエグいエフェクトなんて付かなかったけど……現実だと、こんなに痛くて……悲惨な事になっていたなんて……。
持ち上げられた私の体は激しく痙攣を繰り返し……ボタボタと血を溢しながら凄まじい力によって左右に揺さぶられる。骨が軋み、気が狂いそうな痛みと恐怖が襲ってくる。
意識が、飛びそうになる。
このバケモノは気に入った獲物を嬲り殺す悍ましい性質がある。じっくりといたぶり、悲鳴を上げさせてジワジワと殺す……。
唐突に地面へと放り投げられた私は……何度も転がりながら生暖かい液体を周囲へとぶち撒けた。鋭い牙によって引き裂かれたお腹からは、きっと中身が外へ出ちゃっているかもしれない。背骨も折れてる……すぐに体が真っ二つになっても不思議ではない。
「はぁっ、はぁっ……お"っ、ぐふっ!ごほっ、お"ぇぇっ!……」
血と吐瀉物を大量に吐き出しつつ、地面に手を付きながら立ち上がろうとした私へ……その容赦のない一撃は襲い掛かる。
突然、背中から凄まじい重さが伸し掛かった。その巨体を支える大木のような足が……私の体をプレス機のように押し潰した。
「ぎっ、ぃぎゃああああああああっ!!あ"っ、あ"っ……」
ミシミシ、パキパキ、グチュ、ゴヂュッ……。
全身が圧縮され、潰される。お腹の傷と、口と、下の穴から内臓が押し出される感触が……私の脳を擦り切らせていく。
もう、ダメ……やっぱり初期データじゃ……勝てない……。
もはや呼吸すらままならない状況の中、ボンヤリと目を開けたまま私は死を覚悟する。
……やっぱりティナを行かせたのは正解だ。こんな姿になった私を見たら……あの子はきっと、冷静さを失い無茶をしてしまう。自分の事なんて考えずに駆け出して、同じように殺されてしまう。
でも、安心して……ティナ……。
これも、作戦の内なんだから……!。
「やっぱり……アンタを相手にするならこれぐらいの備えは必要だと思ってたよ……」
光に包まれた私の体は、その巨竜の背後へと再構築される。
一度死した肉体を10回まで蘇生させる事ができる復活アイテム、” エンジェリック・タリスマン ”を私は三つも購入した。高難易度を誇るゲームだけあり、復活アイテムも幾度も死ぬ事を想定した優しい仕様になっている。
つまり、今の私は30回は死ぬ事を許されている。あの高価なアイテムを三つも買い与えてくれたティナには……本当に感謝しかない。
そして、更に彼女はアイテムをもう一つ買い与えてくれた。
いくら死ねる回数が増えた所でこの凶悪な性能を誇るバケモノが相手ではあっという間に命を削り尽くされてしまう。
だからこそ、求められるのはこのバケモノの攻撃を避けられるだけの機動性、スピードだ!。
ゆっくりと振り向く相手を前に、私はポーチから反撃の要となるそのアイテムを取り出した。
鮮やかな色をしたそのアイテムは” ハチドリの羽根 ”と呼ばれる機動力を向上させる補助アイテムだ。使用した戦闘の間はスピードが三倍に向上し、その効果は死亡しても持続する。
青い輝きを発するエフェクトが全身を包み込み、体が浮いているかのような軽さを感じた。
この戦闘には制限時間が設けられている。戦う選択肢を取った場合、一定時間が経てば原作ゲームでは異常を察した教官達が助けにやって来るのだ。それまで時間を稼げれば私の勝ちだ……ティナとあの子を生かしたまま、ゲームを進行できる。
周囲の木々を揺らしながら、緑の独裁者は食らおうとした獲物が再度現れた状況を不思議そうに眺めている。
……コイツに食われたあの子達は、こんな最期を迎えるような悪人ではなかった。本当にティナが好きだから、仲の良い私に嫉妬して意地悪をしてただけ……こんな……人の形すら残さない無惨な末路を辿る必要はなかった。
血の海を広げながら沈黙する彼女達の残骸を見ると、静かな怒りと使命感が込み上げてくるのを感じながら……私は大きく口を開けながら捕食体勢を取るバケモノへ言った。
「……遊んであげる……アンタと私、どちらかの心が折れるその瞬間まで……!」
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背後から響き渡る雄叫びを聞くと、ティナ・ガードナーは足を止め振り返った。
大量の蘇生アイテムを手にしたエリシアであれば自分達が助けを呼ぶまでの間、時間稼ぎができるかもしれない。そう判断し、ティナはあの強大な怪物の相手をエリシアへと任せる事にした。
だが、不安感はいつまでもティナの心を揺さぶり進もうとする足を止めさせる。
「……ガ、ガードナー様……」
「……もう、一人でも歩けそうですわね……私はやはり戻ります!」
「ダ、ダメです!あんなのを相手にしたら殺されちゃいます!エリシアだってきっともう……生きてないですよ!……」
「それでも私はあの子と共にありたいのですわ……」
「……ガードナー……様……」
縋るような顔をする少女の肩に手を置くと、相手を安心させるように微笑みを浮かべティナは言った。
「教官達を呼んできて……あの方達であればグリーン・ディクテイターが相手でも倒す事ができますから……」
「……い、いや……いやあぁぁぁっ!行かないで、行かないでください!ガードナーさまぁぁっ!……死んじゃいます……死んじゃいますよ!……」
「……心配してくれてありがとう……でも、私は---」
「貴女が好きなんです!!大好きなんです!!……だから……だから……死んでほしく……ないんですぅぅっ……」
その少女は募りに募らせた自身の想いの全てを泣きながら吐き出した。
「血筋も家柄も関係なく、貴女だから私は好きになった!……見た目だけじゃない、気高さを失わない騎士としての在り方や誰にでも手を差し伸べる優しさ……ぜんぶ、ぜんぶ好きなんです!……」
「……あなた……」
「あなた様は、私の……わたしの、すべてなんですぅぅぅっ!……だから、死なないで……お願い……」
「……私はそこまで言われるような立派な人間ではありませんわ……まだまだ、騎士としては半人前……」
「う、うぅぅぅっ!……ガードナー、様ぁぁっ……」
「……こんなにも愛されて、心配されて……本当に嬉しく思います、半人前の私には身に余る光栄ですわ……」
跪いたティナは、泣き続ける彼女の手を取ると……静かに瞳を閉じ、その手の甲へ唇を付ける。
小さく声を漏らしながら顔を上げた少女へ微笑みかけると、力強く彼女は告げた。
「私を好きだというのなら、私を信じて……私もあなたを信じます……」
「……ガードナー……さま……」
「私は必ず、エリシアと二人で生き延びますから……」
それは明確な、ティナ・ガードナーにとってエリシア・スタンズという少女が如何に人生にとって大きな存在であるかという答えだった。そして、その愛の全ては相部屋で生活を共にしてきたエリシアへと注がれていた。
瞳を震わせる少女はもはや、それ以上何も言う事が出来なくなった。
自分を信用してくれた嬉しさ、自分の気持ちが決して届く事のない悲しさ……相反する二つの大きな感情に突き動かされ、乱れた髪を揺らしながら彼女は駆け出した。
「……ごめんなさい……」
そんな彼女の背中へ小さな声で謝罪し、ティナは腰に差さる長剣を引き抜き足を踏み出していく。
胸を突き動かすその想いのまま、気高き騎士見習いの少女は愛すべき友の為に命を懸けると決意を改にした。