泣きゲーRPGの世界に転生した私は廃人レベルのプレイヤー知識を活かし死の運命から推しの女キャラを救うために頑張って足掻こうと思います!五十八話:支配後の世界
いよいよ彼女と暮らすための条件は全て出揃った。
誰かを救い、誰かに愛されるという願いを諦めたエリシアはもう私以外に縋れる人は居なくなった……。
彼女にとって傍に居て安心できるのはこの私だけ、私だけがあの方の孤独を癒す事が出来る……。
「ふふっ……寂しがりやな貴女の隣に立つのが相応しいのは誰か、いい加減にお気付きになられたんではないですの?それはこの私……気まぐれな貴女をどこまでも純粋に信じ、想い続けてきた私に決まっていますわ……」
頬に片手を添え笑みを浮かべながらそう言うと、私は再構築を始めるべく世界を作り上げていく。
終わった後の世界を再び作り直すのは簡単だ。
あの女神から託された魔女の力により願った事は全て世界に反映される。
だから望むがままに静かに手を掲げ、最善の世界を想像するだけでいい。
……例えば、二人だけしか生き残った者が居ない世界……。
魔界と人間側の全面戦争が本格的に始まり双方の世界が滅んだ結果を反映させるのもいいかもしれない。生き残ったのは私とエリシアだけで、永遠に残された世界で愛を育みながら平和に暮らす……。
人間は誰も居ない、動物も何も居ない……私が魔女としての能力を使い不老不死の能力を付与すれば食事や睡眠すらも必要ない。
私とエリシアがキスをして体を重ねる為だけに続く世界……何て、素晴らしい……!。
そんな世界の実現には更なる邪魔者を排除する必要がある。
あの女を……この力を私に与えたいけ好かない気味の悪いあの女も消す必要がある。
イヴというあの女神が消える事を願えばどうなるか……唇の端を吊り上げた私は静かに片手を掲げ目を閉じた。
「それはあまり、オススメできません……私の付与した魔女の力は神に等しい力を与えるのと同時に、神には絶対に逆らう事の出来ない安全装置が組み込まれていますから……」
「……ッ……」
突然、耳元でそんな甘ったるい声が聞こえ……蛇のように首筋に五本の指が絡みついてきた。
いつの間にか……気配すら感じさせずに背後へ現れたその女はクスクスと耳元で笑うと、子供に言い聞かせるような口調で声を発した。
「……私の消滅を願った瞬間に貴女の頭部は破裂し血と脳漿を撒き散らしながら絶命してしまいます……。それが魔女の能力を与えられた者に課した安全装置です、世界すら滅ぼす力を持った存在をさすがに手放しで自由にはさせられませんので……」
「……悪趣味ですわね……自分に決して反抗できない様に首輪まで着けていたなんて……」
「神は時に悪魔ともなる、その存在は紙一重であり表裏一体……神は人間を見守る存在なのに対して悪魔は積極的に人間へと干渉し、惑わしていく……ふふ、うふふふふっ!」
……いつもと様子が違う……。
高みから見下ろすような普段の態度ではない、もっと悪意に満ちた……違う何かにこの女はなろうとしている……。
荒く息を漏らしながら、女は両手で首筋へ添えた指に力を込めた。
「……私は、アスカを見ていて……悪魔に堕ちようと決意しました……」
その瞬間……皮膚に食い込む程の力で、気道が締まった。
「あ”っ、がはっ!……」
「もっと、もっと、もっと!あの子の泣いている顔が見たいのです!愛という救い難い感情に精神を軋ませるあの子が見たいのです!絶望して泣き叫ぶあの子が見たいのです!どんどんあの子が欲しくなってしまったのですぅぅぅぅぅっ!……きひ、きひひひひひひひひひぃぃぃっ!あひゃははははははははははははははははははははぁぁぁぁぁああああああああっ!!」
「お”っ、え”っ……!」
木の板が割れるような音を感じた瞬間……私の意識はぷっつりと途絶えた。
………
……
そして、私の意識は再び覚醒する。
「げほっ、ほごっ!お”っ、お”ぉぉっ!……」
「ぎひゃはははははははははぁぁぁぁっ!!アスカは私に語ってくれたのです!!愛する事とは究極の自己満足、他者の命を使った自慰行為であると!!人類が生まれて以来、彼等を愛し見守ってきたこの私の苦悩にあの子は答えを出してくれたのですぅぅぅぅぅぅっ!!幸せにする必要などなかった、悲しむ必要などなかった!!人類という罪深い生物の業の全てを受け入れ、そしてその支配者であるこの私が満足できるように……身悶えする程に快楽を感じる結果へ陥れてしまえば良かっただけの話だったのです!!……ああ、アスカ……アスカ……貴女は何て逞しく、そして悍ましい……そんな貴女の虜に私はなってしまいました!!」
「……こ、のぉぉぉぉぉぉぉぉおおおっ!!……」
渡して……たまるものですか!!。
あの子は、あの方は……私のモノだ!。誰にも渡さない、誰かの手に渡る事などあってはならない。
この女の消滅を願えば自分が死ぬというのなら……この女を殺す事を願えばいい!。
殺す、殺す、殺す……!!。
「ごろじで……やるぅぅぅぅぅぁああああああああああああああああああああっ!!」
素早く身を起こすと、腰の鞘から長剣を引き抜き一閃させる。
滾る魔力を完全に開放し、首元に下げたペンダントの魔石から伝わる熱をそのまま剣先へ流し込む。
放たれた真っ赤に燃え盛る炎の壁が、その女を押し潰す様に呑み込んでいった。
まだ……足りない……。
コイツはまだ、死なない。
心臓を貫いてやる、心臓を潰せば神であろうと死ぬはずだ。
こんな……こんな奴にエリシアを……アスカさんを渡さない!!。
「う”お”ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおっ!!」
剣に宿る魔力以上に激しく燃え盛る憎悪を滾らせ吠えると、魔女として与えられた人間離れした脚力を活かし私は地面を蹴った。
放たれた矢のように、私は目視した相手の心臓目掛けて剣を突き出す。
炎の壁を全身に浴び、醜く爛れた全身を晒すその悪魔の心臓へ……剣先を突き立てた。
水分と甘肉を多く含んだ大きな果実へナイフの刃先を入れたような感触が伝わる。
確かに、私は……その悪魔の心臓を剣で貫いた。
その、はず’……そのはず……なのに……。
「……なるほど、” 消滅 ”させるではなく……” 殺す ”と念じる事は想定外でした……。本当に貴女は悪知恵が働きますね……そして、堪らなく目障りです……」
「……そん、な……!」
「……私はあの子を手に入れる為、終局へと手を打とうと考えています……その前に目障りな悪魔の下僕である魔女を……躾ておく必要がありますね……」
骨が剥き出しになった顔の半分を曝け出しながら、悪魔に堕ちた女神は嘲笑った。
焼け爛れた皮膚や肉が、瞬く間に再生していく。
心臓を潰せば相手を殺せるという浅はかな考えをその時になって私は心の底から後悔した。
突き立てた剣を引き抜こうと腕に力を込めた瞬間……まるで岩が砕けるような、そんな音を上げながら……。
私の右腕が取れた。
「ひ、ぎっ!あ”、あ”ぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああっ!!」
「貴女の心を壊すにはどうすればいいかも私は分かっています……貴女は狂愛の魔女、愛に狂い愛のままに破壊を振り撒く狂気の魔女……だとしたら……」
膝を突きながら、突如砕け散った右腕の切断面を押さえ私は顔を上げる。
そして、そこで……そこには……。
彼女が立っていた。
「……エリ……シア……?」
「……貴女の愛を私は否定するよ、ティナ……」
ちが、う……ちがう、ちがう、そんなはずはない!!。これはあの女が見せる幻、このエリシアは……アスカさんは偽物!!。
彼女がこの場所に現れる筈はない!!これは……これは偽物だ……!!。
「ひどいなあ、せっかく貴女を助けてあげようとしてたのに……愛してあげようとしてたのに……。私にあんな仕打ちをするなんて……」
「ち、違う!貴女はエリシアではない!……ちが、う……ちがう……!」
「……自分のモノにする為に、私の気持ちを踏み躙るなんて……最低……」
その瞬間、今度は左腕が砕け散った。
偽物だと思い込もうとしても、脳がはっきりとその姿形や声を……本物のエリシアだと認識してしまう。
そして、その言葉が……私の気持ちを否定するナイフのような言葉が……狂愛の魔女である私を殺す武器になる。
「大好きな皆を殺した貴女を許さない、大好きな皆を殺させた貴女を許さない……」
「いぎぃっ!?ぎっ、ひぃぃぃあああああああああああああああああああああっ!!」
「こんな姿になるまで、皆を救おうと思ってたのに……そんな私の気持ちを弄ぶなんて最低……」
「あ”、あ”、あ”ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあっ!!ちがう、ちがう、ちがうぅぅぅぅぅぅぅぅっ!!」
「……ねえ、見てよ……腐り落ちた私の顔、カラダ、ニオイ……ぜんぶ感じてよ……ティナ……」
両足も砕け散り、黒い魔女の血を散らしながら絶叫する私に……彼女は近付いてくる……。
この世界へやって来た時と同じ状況で……虚構の世界に全てを捧げ、孤独に死んだ彼女がようやく人に発見された姿のままで……。
逃げる事などできない、手足を失った私は激しい腐敗臭を纏いボトボトと体液を降らせる彼女に覆い被さられ……身も心も自由を失った。
「……責任、取ってよ……ティナ……」
「ち、が……ちが、う……わた、し……あなたを、あいして……」
「……貴女の愛は何もかも……私のこの体みたいに……腐ってる……」
……くさって……る?……。
わた、し……わたし……ただ、あなたが……あなたが……。
ひ、ひひひっ……いひひひっ!あは、あははははははは!……。
「あひゃははははははははははははははは!!あひゃ、ひははははははははははははははははははぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああっ!!!」
「……ネエ……ティナ……ホラ、ダイテヨ……アナタノセイデ、グチャグチャニクサッタ……ワタシヲ……」
「ひ、ひひひひっ!!ひっ……あ……あぁ……アス……カ……さ……わた、し……」
「……ナニモカモ、オマエノ……オマエノセイダ……」
……私の……せい……。
私の愛が……この人を死なせてしまった……。
私の恋が……この人を傷付けた……。
鼻が曲がる様な悪臭のするキスは、私の心をズタズタに引き裂き……私は腐敗した血と唾液を流し込まれ激しい嘔吐感に包まれながら意識が遠のいていくのを感じた。
犯される……犯されて、殺される……。
この人にそうされるのなら嬉しい筈なのに……口の中で蠢く蛆虫達の躍動が猛烈な吐き気を齎して来る。
……私の恋は間違っていたのかもしれない……。
そんな後悔が、今は頭に浮かんでいた。




