泣きゲーRPGの世界に転生した私は廃人レベルのプレイヤー知識を活かし死の運命から推しの女キャラを救うために頑張って足掻こうと思います!五十話:終わる世界
……全てが……終わった……。
ラウル・ホワイトホースに……勝った……。
仰向けに倒れ込む彼の胸からは大量の血液が溢れ、血の海を広げている。
虚ろな目をしたその男は、唇を動かしながら掠れた声で何かを言っていた。
「……アルト、リウス……すま、ない……おまえの……せかいを……あした、を……つくれな……か……た……」
やがて、その声は小さくなり……聞こえなくなっていく……。
……最後の最後まで、彼は自分達の世界しか……見ようとはしていなかった……。
「……本当に、勝手な人!……自分達の事ばっかり考えて……傷付けられた人の事なんて見もせずに……」
「……私も昔は彼に憧れていた……英雄的な活躍や騎士としての強さばかりを見て、この男の本質を見ようとはしなかった……。周りがきっと、そんな奴等ばかりだったから止めてくれる人間すら居なかったんだろう……」
レオナは哀れむ様に目を細めてそう言うと、膝を曲げて薄く開いた彼の目を閉じさせた。
頼られて、縋り付かれて、依存されて……この男はそんな多くの重圧から目を逸らす事が出来ずに、全てを救おうとした。
そんな孤独な彼を止めてくれる人は誰も居なかったのだ。
……私はこの男の考え方が嫌いだった、全てが嫌いだった。
自分の弱さを一切見せずにどこまでも足掻き続けるその姿は、私なんかより遥かに輝いて見えたから……。
「……さて、まだ敵は残ってる……あの船を沈めるのはさすがに手間が掛かりそうだな……」
「……やれるよ、私には貴女が居るんだもん……レオナ……」
「……言ってくれるな、そこまで言われてしまったらもう私は歯止めが効かなくなるぞ?」
圧倒的な力を持つ空中空母を前にしても、私達は笑い合っていた。
隣に立つ彼女と手を結ぶと、その指を硬く握り合う。
……そう、私達は彼とは違う……孤独を吐き出し合って、弱さを見せられる対等な人が居る。
レオナは……私を好きだって、私が欲しいって……そう言ってくれた……。
手を握りながら巨大な船を睨み付けていると、後ろからジャンが声を掛ける。
「……あの船、護衛の姿も無いですし……独断でこちらまで侵入してきたのではないでしょうか?」
「独断で……?」
「魔界を現在治めているのは人間との戦争に対して非常に慎重な姿勢を見せている方だと聞きます……そんな方がこのような殺戮を突然行うとは考えられません……」
「……なるほど、魔界本国は今回の件に関して何も知らないという事か……」
「彼はかつて命を救った魔界に住むダークエルフと協力して今回の計画を実行したと言っていました……。彼等の件を魔界本国に伝える事が出来ればあの船を追い返す事が出来るかもしれません!」
「だが、魔界へどうやって伝えるんだ?……」
レオナのそんな問いにジャンは答えた。
押し付けられたとはいえ、彼女は王子という役割を懸命に果たそうと努力していたのだった。
「王子の役割を与えられるのと同時に私は魔界側と対話を図ろうと極秘で何度も足を運びました。兄はそういった事を全て人任せにしていたので怪しまれましたが、何とかこちらの意志をある程度伝える事が出来そうな人と出会う事ができたんです!……」
「す、すごい……それじゃあその人に連絡さえ取れれば何とかなりそうだね!」
「はい!その協力者とは私の自室にある通信用の魔石で連絡が取れる筈です!急ぎましょう!あの船がまだ動きを見せない内に魔族側に今回の事を伝え、事態の収拾を!」
……ジャン……本当に……なんて強い子なんだろう……。
勝手に押し付けられたその役割から逃げようとせずに、彼女は彼女の戦いを人知れずたった一人で行ってたんだ……。
振り向いた彼女の顔は先程の恐怖に怯える少女のものではなくなっていた、国を背負って立つ一人の王に相応しい力強さの感じられる毅然とした表情をしていた。
「貴女とレオナは命懸けで私を守ってくれた……だから、私は同じように貴女とレオナの世界を守ります!」
「ジャン?……」
「……貴女に相応しいのは……きっと私ではなく、レオナの方ですから……」
ほんの少し、寂しそうな顔を彼女は浮かべた。
……ああ、そっか……そう、なんだ……。
ジャンは、どうやらラウル・ホワイトホースとの死闘を見て決意したようだ。
自分は身を引き、そしてレオナに私を託すと……。
私の中で、迷いは既に……消えていた。
この世界でレオナと一緒に生きていたい……彼女の傍に居たい……。
そんな明確な想いが生まれつつあった。
だから、そうやってジャンが自らそう言ってくれた事は嬉しくもあり……申し訳ない気持ちにもなった。
でも、だからこそ今は最悪の事態を回避する為に動かなきゃ!このままあの船が好き勝手な行動を取り始めたら戦争が本格的に始まる!。
王都の街どころか、更に多くの人間が死ぬ事になる……それだけは避けないと!。
再び踵を返して歩き出すジャンを追い足を踏み出した時、後ろからレオナの声が聞こえた。
「ジャン、私にもっといい考えがあるんだが……協力してくれるか?」
「レオナ?……いい考えとは……?」
「……簡単な事だ、難しい事は何一つない……とても簡単な事をしてくれるだけでいい……」
「……レオナ?……」
足を止め振り返った彼女に、レオナは穏やかな表情を浮かべたまま黙々と歩き出した。
いい考え……この状況でジャンの提案以外にあれを何とかする方法なんて思い付かないし、知らない……。
二人であの船と戦う?……いや、まさかそんな……。
レオナの真意を掴み切れず、首を捻る私の横を通り過ぎ……やがてジャンの目の前に立ったレオナは、穏やかな笑みを浮かべたまま言った。
「……お前が死ねばいい……ジャン・フィリップス・コルセア……」
……え?……。
思わず、そんな間の抜けた声を漏らし……視線を動かした瞬間だった。
剣先を肉へ突き立てる、鈍く湿った音が聞こえた。
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「……レオ……ナ?……」
腹部を貫通するサーベルと、目の前で笑みを張り付かせたまま立ち尽くす相手の顔を交互に見てジャンは瞳を大きく見開いた。
声を発そうとしたその時、突き立てられたサーベルの刃が腹部を大きく横へ切り裂き血と皮膚の下の中身を噴出させた。
「ごぼォッ!お”ォォう”っ!……あ”、あ”……」
「ふふっ、あはははは!醜い中身だな、どれだけ綺麗事を並べていようともその腹の内からは権力者の腐敗の臭いが漂っているぞ!……お前は結局、弱い人間から大切な者を奪う略奪者なんだ……」
「え”、あ”っ……なん……で……なん、でぇぇぇぇっ!!……」
「……お前がエリシアを私から奪おうとしたからだろう……。気付いてないなら教えてやろう、私は最初からお前を殺すつもりであの場所に駆け付けたんだ!エリシアを私から奪うお前を殺す機会をずっと伺ってた!……多少の邪魔は入ったが、私が一番殺したかったのはお前だ!ジャン・フィリップス・コルセア!」
「あ、あ……あ”ぁぁぁぁぁぁぁッ!!うぞ、だ!!うぞだ、うぞだぁぁぁぁぁぁぁッ!!……」
混乱と恐怖のまま、水音を立てながら溢れ出てくる臓器を手で押さえジャンは泣き叫んでいた。
惹かれて、想って、悩んだ相手を託そうと信じた相手が振るう……その殺意と怒りは、少女の心を粉々に打ち砕いた。
「さあ、お前を丸裸にしてやる……その醜い何もかもをエリシアの前で晒して、失望されろ……」
待ち続けたその瞬間を迎え、女は紅潮した顔に歪んだ笑みを浮かべサーベルを再び振るう。
ジャンの着込んでいた豪奢な意匠の施された男性用の上着が血に染まり、縦に生地が引き裂かれた。下に着込んでいたコルセットが破断し、息苦しさを与えていた圧迫感から解放された事を喜ぶように、二つの豊かな脂肪塊が揺れた。
それは、錯乱した彼女の精神が破壊を迎える合図となった。
「じにだぐ、ない!!じにだぐない、じにだぐない、じにだぐないぃぃぃぃぃっ!!なんで、なんで、なんで私ばっかり、私ばかりこんな目に!!いやだ、いやだ、いやだ……たすけて……たすけて……」
「……ああ、いい声だ……エリシアは懸命に王子としての役割を果たそうとするお前に惹かれていた。その化けの皮が剥がれた今のお前が上げる無様な命乞いは、あの子を失望させる……」
「だずげで、だずげで……だずげでよ、エ”リ”ジア”ぁぁぁっ!……さっきの、うそ、だからぁぁぁっ!おね、がい、たすけで!……」
エリシア・スタンズは頭の中で何かが崩れていくのを感じながら、あまりにも痛々しく……そして必死なその声を聞き剣を抜いた。
そして、吠えた。
「……レ”ェェェオ”ォォォォナァァァァァああああああああああああッ!!!」
喉が裂けんばかりの絶叫で相手の名を呼び、エリシアは長剣を引き抜き駆け出した。
加護の光を受け、人間離れした身体能力を活かしその首を跳ね飛ばそうと剣を持ち上げ……。
そして、バランスを大きく崩し地面へと倒れ込む。
レオナの手にするサーベルが、怒りと悲しみの絶叫を上げ突撃するエリシアの両足首を切断した。
獣の唸りのように声を漏らしながら顔を上げるエリシアへ、レオナは揺れる瞳を向け静かな声で言った。
それは叶わぬ事のない想いに精神を軋ませる一人の人間の女から、魔女へ至った彼女の口にする愛の告白だった。
「……エリシア……悪いのは全てお前だ……お前のせいで何もかも、私がおかしくなった……」
「なに、を……!?」
「ただ、あの子に少し似ていたお前を守れるだけでよかったのに……そうすれば、私はこれ以上奪われずに済んだのに……。お前がどんどん、私を変えていった……お前が私の中に入り込んで、満たしていった……」
「私は……私は私を好きで居てくれる人を皆守りたいの!それの何が悪いの!?好きだけど、誰かを見捨てて一人を選ぶのが正しいの!?そんなの私は嫌!!皆が好きで、皆を救いたい!!……」
「……そんなお前の身勝手な愛が……私をここまで、壊したんだ……!」
魔石の効力により足の再生が始まる最中に、レオナはその愛情が決して自分一人に向けられる事はないと確信し手にしたサーベルを愛する人の腹部へと突き立てた。
「あがぁっ!ぐふっ!……」
「……これからあの女を処刑する……そして、邪魔者を全て皆殺しにして……私とお前だけの世界を作る……」
その時、エリシアは彼女の瞳が燃えるように赤く輝いている事に気付くと小さく息を飲み込んだ。
全てが、同じだった。
以前の世界でエルメスと名付けた少女がそうだったように……レオナ・ハミングバードもまた、魔女という悍ましい愛の権化に至ってしまった。
「あ……あ……お”あ”ぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああっ!!!」
それは、あらゆる絶望を込めた悲痛な絶叫だった。
魔石により足の再構築が終わり、エリシアは立ち上がろうと全身に力を込める。だが、強い愛憎と執着心の込められたサーベルの刃が傷口の再生を阻害し、焼けるような激痛を与えた。
まるで誰もを救い、愛したいというエリシアの想いを否定するように突き立てられた刃がその肉体を傷付ける。
「……そこで見ていろ、これからあの女の首を切断する……」
「やめ、ろ!!やめろ、やめろ、やめろ!!……」
「……やめない……絶対に私はやめない……」
「何で!!やめてよ、私が好きならやめてよ!!愛してるんでしょ!?私の事が好きなんでしょ!?……だったら、私が嫌なことなんて……しないでよ……」
「……お前は本当に……身勝手だな……」
掠れた声で失望を露わにし、女は腰に刺さるダガーナイフを引き抜くとその鈍く輝く刃先を相手へ向けて問いかけた。
「……お前はさっき、自分を好きで居てくれる人を全員守る事の何が悪いと聞いたな……。なら、私からも聞きたい……」
「レオ、ナ”ァァァァァッ!!……」
「そんなお前の愛情を私だけのものにしようとして何が悪い?……愛を振り撒くだけのお前には理解できないだろうし、分からないだろうな……愛される方の気持ちなど……」
「……なに、言ってんのよ!……私は……!」
「お前は誰にでも真っすぐな愛を向ける……助けたいと思った者を助け、寄り添いたい者の心へ入り込む……。やがて、全てをお前に満たされた者達は更に多くを満たして欲しいとお前へ縋りつくようになるんだ……。私やジャンのようにな……」
「……わたし、は……そんな、つもりじゃ……!」
「そうやって自覚もないまま人を溺れさせ、何が起きた?……ジャンには勇気を与えたが、私には何を与えた?……今の、この私を見れば分かるだろう……」
言葉を詰まらせるエリシアの頬に手を添えると、レオナは……目の前の愛おしい人へ胸に渦巻く将来への悲観と愛憎を一気に吐き出した。
「お前は呪いを私に与えた!!こんなものは愛ではない、呪いだ!!私を縛り付け、四肢を拘束する鎖だ!!お前の興味がいつか別の相手へ移ってしまう恐怖に震えながらこのまま過ごせと言うのか!?向けられる愛が私一人のものではないと自覚しながら抱かれ続けろと言うのか!?……他の誰かに現を抜かすお前に、キスしろと……そう言うのか!?……」
涙を頬に伝わせながらそう叫ぶ魔女の叫びは、エリシア・スタンズという虚構を通して生きてきた佐渡明日香という女へ……その歪みを突き付ける。
「……ち、ちが……ちが、う……わたし……」
「……だから、もう……要らないんだ。アレッサも、その女も……この国も、どうでもいい!他の人間がどうなろうと知った事ではない!……私はただ……一人の女としてお前に愛されたいだけなんだ……」
「……ま、待って……ちがう、ちがう、ちがう、ちがうっ!!そんなつもりじゃないの!!私、貴女を真剣に……」
「……さあ、何もかも終わらせよう……そして、今度は私だけを見て……?」
唇の端を吊り上げ、魔女は渦巻く様々な感情を宿した泣き笑いを浮かべながら青白い顔で僅かに呼吸を繰り返す王子の元へ歩み寄る。
そして、倒れ込んだその髪を掴み上げ……首を持ち上げた。
エリシアは必死に手を伸ばしながら、今度は先程とは違い自分自身が相手へ縋るように……懇願の言葉を繰り返す。
「やめ、て……やめてぇぇぇっ……お願い、お願い……だから……」
「……見ていてくれ、エリシア……これが私が……お前に捧げる……愛情だ……」
「……ちゃんと、ちゃんと!……貴女だけ、見るから!……もう、誰にも……誰にも……貴女以外に恋なんてしないから!……」
「……もっと早く……その言葉を聞きたかった……」
顔を俯かせたレオナ・ハミングバードのそんな声と共に、鈍く湿り気を帯びた繊維の破断音と大量の血液と共に吐き出されるジャン・フィリップス・コルセアのくぐもった声が響き渡った。
「ごふっ、あ”っ、お”ぉ……ゔっ、ぐっ、ゔぎゅ……お”ぉぉ……」




